2017-05-13

能見正比古の「血液型人間学」が統計であるかないかということに、どれくらい意味を持たせるかというところの真実



能見正比古の「血液型人間学」は統計に支えられていたに違いはないが…

能見正比古という人物について、若い人のほとんどは知らないのでしょう。
ところが、60代以上の人々が集まる会合などに出席すると、「本を読んだ」「講演を聞いた」という人が、必ず何人かはいらっしゃるのです。
そんなとき、当時(40年前)、老若男女問わず、どれだけ日本の人々に強い印象を与えていたかというのを再確認します。

彼はもちろんタレントではないですから、有名人的な存在としてテレビでもてはやされたとか、そういうものではありません。
彼の本を読んで強く共感を得た人々が、とにかくたくさん居たわけです。
能見の分析や理論は、画期的でもあり、新鮮でもあり、驚きでもあったのですが、それはおそらく、ここ数年の、流行りの最新××科学とか、最新ナントカとか、そういうのとも全然違ったと思うし。…書きながら何か似たような現象がないかと探しながら、そういえば…前々回の記事で「記憶喪失現象」について書いたのですが、日本の人々が記憶の一部を取り戻したような感じ、なのかもしれません。
「そうそう、確かにそうだよ!」と、能見の、的を得た分析に、モヤモヤしていたところの霧が晴れた、みたいな感動ではなかったかと思うのです。

とはいえ、既に世の流れは思考の画一化に向かっており、科学や哲学の統一化というか、規格化というか、世界の知識は欧米諸国を中心に、そういう偏狭な方向に進み始めてもいたのです。
それで、能見の分析に純粋に共鳴する人たちも多くいたには違いないですが、中には、"統計"だから、ちゃんとデータを取っているから信用できる、と、"科学性"というところを支持する人たちも結構にいたようなのです。

そして能見もまた、東大工学部卒ということであったので、科学性であるとか、統計手法であるとかは、イヤというほど学んだろうし、本人自身がそういう客観的な物差しで証明しないと気が済まないという性分でもあったのです。だから彼はデータを集めに集めまくったし、何千何万というデータと睨めっこして、取り組んだのは間違いありませんでした。
そんなことで、「血液型人間学は統計学である」というのが、ひとり歩きした感も無きにしも非ずです。
けれど、ちょっと考えれば分かるでしょうが、統計学だけで、人間の行動が細かに分析できるはずはありません。

それでその後、能見の血液型人間学理論が高まるにつれ、批判的、反論的な意見が、特に学者らの中、とりわけ心理学者らを中心に現れるようになりました。
そして、「能見正比古のデータから意味のあるものは見つけられない」、「彼の統計はデタラメである」、というような意見を、彼らは発信し始めました。
中には、「そんなデータはとっていないし、嘘八百を述べている」、などと風聴する輩まで現れて(今もいるのですが)、それにはさすがに我々も呆れ果て、「日本全国民を、そんな"ホラ"でだませる肝っ玉があるなら、親父はとっくに政治家にでもなってたよ」などと、能見俊賢は苦笑いしていたものでした。

すると先日、たまたまこんなサイトを見つけました。
http://transact.seesaa.net/article/109878065.html
このサイトは、「能見正比古は統計なんかとっていない」とタイトルにあります。

私はタイトルだけ見たとき、「へえ、そうなんだ、どういうこと?」なんて、何だか他人事のように素朴な疑問が生まれたので、読んでみることにしました。こちらのサイト運営者は、能見の本を読んだけど、性格を分析するのに統計データをとったとは、とても思えないというような説明を書いておられました。

それはあま、そう思うのも仕方ないかもしれません。
そもそも、彼の本は論文ではないし、そういう審査を受けるべく書いたものではないですから、判定しようにもできないだろう、とも思います。
本の場合、それが一般書であれば尚のこと、著者の結論的見解を述べるのが普通だし、その過程を細かに示すことはページ量的にも不可能ですし、またその必要もないわけです。
ただし、熟読していけば、それについての説明も一応ちゃんとしてあるのですけど。それで能見は、疑問に思われるならいつでも問い合わせて下さい、とも念を押しているのですが、賛同した人が訪ねてきたことはたくさんあっても、反論する人が訪ねてきたことはほとんどない、というのが実のところなのです。

それで、話を中心に戻して言うと、何だか、統計とかデータとかいうことに、やたらこだわる人々が多いのだと改めて感じたので、じゃあ、能見は何をもってして、「統計的検証をした」とし、どのように分析を進めたのかを、ここに改めて説明しておこうかなと、思ったわけです。

まず最初に言っておくべきことは、能見は本に書いてある通りの数だけ、データを取りました。むしろ控え目に書いているぐらいです。
これについてはウソも改ざんもないですし、その、あまりに馬鹿げた憶測に対して、我々はあまり反論してこなかったので、能見親子の名誉のためにも、改めてここに明言しておきましょう。

以上を前置きして、血液型と人間性の関係を確証するに至る流れを説明していきます。

①まずは、血液型と人間との間に、何らかの関係性があるのか無いのかを、どんなデータからでも探し出してみようということになりました。

能見が注目したのは、業界や職業分野や、ある特殊な集団と血液型分布の関係です。
何らかの偏りが見られ、有意性があれば、それは統計的に何らかの関係性があるとして良いわけです。
それで能見は、100件以上の分野に有意性のある偏りを見つけました。
本来、何らかの関係性だけを示すのであれば、数件でも見つかれば良かったのですが、確かな事実を求めようとした彼は、それを100以上にも増やしてしまいまいた。
おそらく面白いくらい見つかるので、勢い余って突き進んだのではないか?とも思われますが…。
まあ、中にはその時代背景に影響されている分野もあります。
社会の状況は常に変化しているので、そこで活動する人間の様態も変化するのが当然です。その有意性は一時的なものであることもあり得るため、そうした流動性を考慮しても、100も見つければ、まあ充分だろう、ということだったのです。

この段階で、血液型と人間の活動には、何らかの関係性あるというのをまずは証明したわけです。

それで次の課題は何かというと
②具体的にどのような内容で関係しているのか?といのを精査してゆかねばなりません。

これは、単に分野ごとの血液型分布の偏りだけ見ても大したことは言えません。
歴史作家にA型が多いからと言って、A型の、何のどんな部分がそれに関係するのかは言うことができません。それで能見は、各血液型の性質を詳しく探るためにアンケートを取ることにしました。
さてしかし、このアンケートがやっかいです。
「あなたは歴史が好きですか?」と訊かれて、確かにA型の人は歴史好きが多いですが、それじゃあまりに芸がなさ過ぎるし、それに、自分で申告する好き嫌いが、どれだけ社会活動に反映されてるかとなると、少々疑問が残ります。
もっと、四方八方から攻めて吟味する必要があるわけです。
すると、様々な質問が生じてきます。(以下は実際に行った設問ではなく、私が書きながら思いついたものです。)
過去の記憶をよく覚えているか?
過去への郷愁は?
資料をコツコツ集めるのが苦にならないか?
緻密な思考性は?
想像力は?
などなど。

”歴史”というテーマにまつわるだけでも、数限りなく浮かんできます。
そして、質問の仕方には、いくつかの工夫がほどこされました。
アンケートは自己申告なので、事実が正しく回答されない恐れもあるため、なるべく、回答者が善悪などの固定観念に惑わされないような設問に置き換えて、自分のことを少しでも客観的に捉えて回答できるようにしました。それは大抵、事実を述べるしかないようなものや、行動のクセを探るような質問です。

そんな感じで、ある一つのデータを元にしただけでも、質問はどんどん広がっていくわけですが、その質問は、4型に対して同時に広がりを見せるのであって、たとえば、”A型は緻密”という性質を充てる過程においては、いくつもの質問を積み重ね、他のタイプとどこが異なるかを見つけ出さなければなりません。
何気ない質問や回答のなかに、ある血液型の意外な傾向が、ふと現れたりすることもあるので、「おや?これは何だろう」ということで、更に追求する幅が広がっていきます。
また、せっかくだから、一回のアンケートで出来るだけたくさんの設問に回答して頂きたいということで、回答する人が楽しんで飽きずにやれるよう、ときどき、特に意味もないユニークな設問なんかも入れておきます。
たとえば、「幽霊を信じる?」とか。
すると、そういうのに限って、期待していなかった偏りが見られたりすることも多いのです。
この、楽しんで回答できるという要素は、非常に大切なことだと思います。
それがよくあるような、”性格診断”のアンケートのように堅苦しいものだと、回答者は「これで自分が評価される」のような、ある種の緊張を感じながら回答することが多くなりがちですが、能見の作成したアンケートは、面白くて楽しいので、リラックスして行えたようです。
また、これは個人の診断ではなく、”血液型”の調査であるということで、自分もこの研究に協力し貢献しているという、回答者のポジティブな意識を促進したので、みなさん、非常に積極的に、そして誠実に答えて下さったのでした。

このアンケート回答者について、問題を指摘されることがあります。
読者アンケートなどの、血液型に対して肯定的な回答者たちに行っても正しい結果が得られないというのです。
しかし「いや、ちょっと待って下さい」と言いたいのです。
能見が初期に行ったアンケートは、まだ血液型の内容が人々に知られていない時期だったのですよ。
それに、間違っても「あなたはマイペースですか?」などという直接的な質問をしないので、どの選択肢がどのタイプなのか、回答者に分からないことがほとんどです。
ですから、初期の行動傾向を探るアンケートにおいては、むしろ熱心で誠実に回答してくれる回答者の方が良かったといえるのではないでしょうか。結果的に、非常に信頼度が高く内容の濃いアンケート集計に成功したといえます。

アンケートに対する有意差検定というのは、ひとつひとつの設問に対して行うことになりますが、本でそれ紹介するときには、有意差がある無いに関わらず、本の話題の流れに合致する、ある程度の偏りや分かり易いものを選ぶことになります。
まあそうなると、紹介できるものはほんの一部で限られてきます。
すると、その他のデータは、全て能見のメモと頭の中に保存されたことになります。

そして能見はまた
③人間活動の観察と取材も同時に行い続けていました。

自分自身の周りの人間関係はもちろんでしょうが、知人からその知人を紹介してもらい、そのまた知人....。彼は人と会うことには、何のためらいもなく、図々しいくらいに訪ねて行っては、何でも聞いてきたのです。
能見の本は、芸能人や著名人の話が多くて何だかイヤラシイ、みたいな印象を持った人もいるらしいのですが、能見が放送作家という仕事をしていた関係で、そうした職業の知人友人が多かった、という事情もありました。
それにその方が、本を読む人も顔が浮かんでイメージしやすいだろう、とも考えたのです。

あるいは、そういう人々は特殊な世界だから特殊な傾向になるのであって、一般論に当てはまらないのでは?と考える人もおられるのですが、それは実際のところ、そうでもないのです。
何かの特性や本質を探ろうとするときには、抜きん出た特異な部分を見つけ出すことが早道なのです。
集合体の中で慣らされ平均化された8割の部分からは、あまり多くの真実は、もはや見いだせなくなってしまうからなのです。それより、その平均枠からはみ出した数パーセントの中に、物事の本質が見え隠れするのです。(この点については、先端物理学などの学者さんたちも言及しております。)
ですので、特殊な環境に置かれた人たちや、特殊な分野で活躍する人たちを観察することは、案外意味があるということになります。
ただ、ここが少々難しいのは、そうした特殊な部分というのは、データが少ないので統計的な処理が叶わなくなりがちです。
なので、ある血液型のある傾向を示唆する補完データとして、能見のメモに残すしかありません。

また
④幼児たちの観察記録も行いました。これが能見の分析に大きな貢献をしたのは間違いないでしょう。

子供たちは、大人に比べたら遥かに素直に、素の自分を表現しているのです。

こうして、能見のメモと能見の頭の中には、膨大なデータが記録されていくことになります。そして
⑤”能見正比古コンピューター”が、その網の目のように広がったデータを、処理していきました。

能見は、一つの特徴を見定めるのに、100ぐらいの質問やデータが関わっていると本にも書いています。
これらが能見正比古が行ったデータ収集やアンケート集計、観察、分析の概略となります。
このことから、結論的に何が言えるのかというと、能見が行った分析というのは、統計的な処理、データ結果が土台になっていたし、あるいは分析内容を示唆する大きな支えにもなっていたのは確かです。
ただし、だからといって彼の分析や理論について、逆に統計的検証をしようとしても、おそらくあまり正しい結果は得られないでしょう。収集した大量のデータを、どのように整理し、どのように性格行動に関連付けたか、また、その表現方法についても、能見の頭脳と感性で行われたものである、ということだからです。
実際、統計とはそういうものです。
統計の数値を眺めて、どう解釈しどう分析するかは、それを行う人次第なのです。そこにはその人の頭脳と感性が、大きく貢献(影響)することになります。

そしてその後の研究もあります。
⑥能見正比古の研究調査の最終段階は、彼の分析を、人々に問う作業でした。

それにはできるだけ、多くの人々の目に留まるような形にする必要があります。本やメディアで…。すると、多くの読者たちからの反響があったのです。

そうして
⑦読者たちからフィードバックを受取り、更に内容を煮詰めていくという作業を繰り返えしました。

以上(①~⑦)が、能見が行った一連の、研究調査、分析作業でした。
私はとりあえず、こうして事実を述べましたが、ではこれを読んで、能見が提唱してきた「血液型人間学」を統計に基づいたものであると捉えるか、そうではないと捉えるかは、結局その人の考え方によるのかもしれません。

ただ私は、人々の多種多様な価値観や、考え方を尊重したいとは思いますが、よく調べられていない偽事実の情報が蔓延することには、異を唱えたいと思います。
それで私は、時おり思うのです。
残念ながら反論する方々の、ただひとりも、直接問い合わせて下さったことは、過去47年ないわけで、能見親子に訊いてくれれば、私に訊いてくれれば、同じ反論や反証をするにしても、だいぶ良質な内容になるのではないか、と思ったりするわけです。
まあ、そんなの大きなお世話、とも言われそうですが。

それにしてもあの当時、コンピューターなんて無い時代に、よくもまあ、3千枚、5千枚、というアンケート用紙と睨めっこして、データ整理をしたものだと、能見正比古(B型)の熱意と労力には、ひたすら驚愕いたします。今のコンピューター時代に能見正比古が生きていたとしたら、どれだけ喜んだことだろうかと、しみじみ思うのであります。

そして最後に、ことあるごとに書いているので、しつこいですが、能見正比古の人間に対する愛情がなければ、こうした繊細な分析は出来なかったということも、今一度、付け加えておきたいと思います。



2017-04-14

最後までしなやかな強さを見せた浅田真央さん、お疲れさまでした!


フィギアスケート選手の浅田真央さんが現役引退表明~

真央さんのスケートとの出会いは5歳の時。
特例で出場した全日本選手権で3回転ジャンプを披露したのが小学校6年生。
その4年後には女子ジュニア史上初のトリプルアクセルを成功させ、以来「天才少女」として日本中の注目を集め続けてきました。

真央さんの血液型はB型です。





彼女の演技の最大の魅力は、その"しなやかさ"
それはまさに、氷の上を自在に舞い踊る妖精のよう、でもありました。
「どうしてあんなにクネクネと、身体がしなやかに動くのかしら?」
まるでオルゴール人形のようにクルクル回る少女の姿に、観る人々は釘付けになりました。

むろん、真央さんの功績の全ては、彼女のフィギアスケートへの情熱と命がけの努力の賜物なのですが、この”しなやかさ”は天性のものであり、神様からのギフトなのかもしれません。
そして血液型的視点で言えば、B型の体質的な特徴が顕著に現れているのだとも言えるのです。

血液型の、表面的に現れる性格行動のかずかずは、その体質的な特徴が源水にあります。
B型の人々が、根っからの自由人に見えたり、柔軟思考であったり、と言われるのも、実はこの「しなやかな体質的特徴」が元になっているのです。
真央さんの後を受け継ぐように現れた氷の妖精と言えば、羽生結弦さん。彼もまたB型であると知れば、そこには共通する”しなやかさ”があると、誰もが分かるのではないでしょうか。

それにしても、引退記者会見のつまらない質問の数々には、ちょっとがっかり。
普段はテレビを観ない私も、真央さんの晴れ姿を観たいがためにスイッチオンしたのですが、相も変わらず…。結局、真央さんの真の言葉を聞くことはできませんでしたよね。
(記者の方たち、血液型のことを少し学んだなら、もうちょっと的を得た質問ができるのにナ…)

ま、とはいえ、真央さんのB型的な様子をちょこちょこ垣間見れる場面もありました。

質問「過去に戻るとしたら?何て声をかけてあげる?」
真央さん「う~ん、過去には戻れないので…思いつかないです」
エライ!これはもう、B型らしい正直さで、爽やかにかわしました。
そもそもB型の人々に過去を偲ばせるのは邪道です。
彼らは、今に生き、未来に生きるタチなのですから。(それに当の本人、過去はあまりよく覚えていないでしょうし)

質問「生まれ変わったら?」
真央さん「…お菓子屋さんとか…」
過去への質問がはずれたと思いきや、今度は一気にぶっ飛んで、来世の質問でした。
彼女は今、「やりきった!」と、安堵と達成の、歓喜の瞬間を味わっている最中なのですから。
でも真央さんは嫌な顔もせずに、これまたB型らしく、ひょうひょうと答えておりました。

そして最後は、さすがに感極まる場面になりました。
けれど彼女は、「笑顔で記者会見を終わらす」と決めてきたそうなのです。
そこで彼女のとった行動…これもきっとB型ならではの柔軟性だと思うのですが。
涙をこらえて言葉につまると、落ち着いた動作で後ろを向き、しばし呼吸を整え、また向き直り、そんな場面が2度ほどありました。そうしてりっぱに、決めたことを守り通し、笑顔で無事、引退記者会見を終えたのでした。

いやいや、世界の大舞台を数々踏んできたとはいえ、こうした記者会見というのは、独特の異質なムードが漂っているものです。
それなのに、26歳にしてこの落ち着き。
B型の人が「肚が座っている」と周囲に思わせる場面、というのは、こういう感じのことだと思います。
彼らは、年齢や経験、立場などは意に介せず、周囲にも振り回されず、無駄に合わせることも無駄に力むこともなく、ただひょうひょうと、自分の思いを正直に表現できるのです。

私は、B型の強さは、そのしなやかさにあると思うのです。
芯が強く固ければ、ある時はポキッと折れてしまいます。
しなる、というのは、ナヨナヨと見えることもありますが、なかなかに折れることはなく、如何様にも形を変えたり、元に戻ることも出来るのです。
曲線でありながら、そこには見えざる芯がある、というような感じです。

とにもかくにも、こうして浅田真央さんの、人生の一舞台は、大歓声の中で幕を閉じました。
次の舞台も、そのしなやかさで、どんどん進んでいって下さい。
ファンのひとりとして陰ながら応援しております。

2017-02-11

私たちは単なる肉体ではないと認める時、血液型遺伝子の真実がやっ と解明されるかもしれない?






グレッグ・ブレイデン著
清水公美・翻訳
ダイアモンド社

DNAに書かれたメッセージとは?


私は個人的には、精神世界を信じてきた人間です。子どもの頃から、見えない(はずの)存在たちと、ご対面することもあったからです。そのせいか、密教ヨーガ、イエスや聖書、仏陀…、そういう教義に若い時から触れることもありました。

けれど、精神世界と「血液型人間学」を繋げて考えようとは、決して思っていませんでした。それは、全く関係ないと断定していたわけでなく、繋げようにも繋げ方が分からない、というのが正直なところだったのです。それに、近代社会において…つまりは世間が、そうした精神世界のものを怪しげに、あるいはあまりに面白半分に取り扱っていたというのも、仕事や研究とは遠ざけたいところがありました。事実、血液型の情報は、”血液型占い”という形で広がってしまったのです。

ただ、そういうと、まるで”占星術”や占星学者を否定しているかのように受け取る方もいるので、敢えて言うと、「それとこれは、あくまでも違う分野のことです」ということです。今の段階、つまり、「血液型人間学」という始めたばかりの、そして遺伝子自体に解っていないことが山ほどあるというのに、「お願いだからあちこちから茶々を入れないでおくれ!」というのが、能見正比古や俊賢、そして私の、切実な思いでありました。

ところが数年前、この本(ゴッド・コード/グレッグ・ブレイデン著)を手に取って読んだ時、私の頭は一瞬、お星さまだらけになりました。

おいおい、おやおや?何だか世界は、違う方向へ動き出しているのかしら?

これはやはりある種のショックであり、私の頭はしばし混乱していました。それがどういう感じかというと、たとえば、PCのOSを新しいのに変えるときのような、どこか捨てがたい郷愁と、何もかも刷新するんだというワクワクと、その両方が入り混じる感じでしょうか。

グレッグ博士は、DNAに書かれたコードはただの化学物質の羅列ではない、というのを突き止めたのでした。博士は、DNAに書かれた記号は化学物質を表すものでもあるが、言語でもあり、そこにはメッセージが含まれると言うのです。

そして、DNAコードの最初には、何と書いてあるのか・・・。

「神は永遠に私の中に」

と書いてあるのだと。

https://youtu.be/E6RQbQVelzE


なぜか分かりませんが…
そのくだりを読んだときには、なぜか涙が溢れて、何というか…「ああ私は、この時をずっと待っていたのだ」という気持ちになったのでした。

では、ABO遺伝子については?何て書かれてあるのでしょうか?

残念ながら、それはまだ明かされておりません。しかし、そう遠くない将来、人類は、もっと違う視点から遺伝子を見ることができるようになるのかもしれません。

ABO血液型の観察によって得られた行動特性は、今のところ、あくまでも肉体に根差した部分として取り扱っています。まずはその物質的な肉体の性質を知るということだけでも、大いに有用できるからです。それが人間の性質を知る手がかりであるというのには、変わりはありません。

そしていずれ、「肉体、意識、心、精神…」それら全てが、統合される日がやってくるのかもしれません。人類の未来を楽しみにいたしましょう。


2016-11-11

血液型に対する人々の反応

ABO血液型についての日本の皆さんの反応の仕方には、いくつかのパターンがあるようです。
①「やっぱり血液型って関係あるよね」と、素直に面白がってくれる人々。
②「関係あるのかもしれないけど、血液型で決めつけられるのは嫌なんだよね」という人々。
③「迷信でしょ。科学的に証明されていないでしょ」という、科学信仰の強い人々。
④そもそもそういう事に興味が無い人々。

おそらく、①と②で7割を占めるのだと思われます。
そして②の人々が案外多いのかもしれないな、と、最近感じています。
それは分かるけど、あんまり気にしたくないんだよね、という雰囲気でしょうか。

たとえば、血液型の特徴を少し話すと、「あぁ、やっぱりそうなんでしょう」と言って、そこにはどこか、ちょっとした閉塞感が伴う雰囲気を感じます。

血液型は変えられない

と考えるので、どこか自分のオリジリティーや可能性を狭められたような気になるのでしょうね。

しかし、そうではないのだと理解して欲しいのです。
確かに血液型は特異な状況がなければ変わりません。(臓器移植など)
しかし、血液型の遺伝子というのはあくまでも素材的な要素でしかないのです。それをどのように使いこなすかはあなた次第なのです。
私たちはよく料理にたとえて説明しますが、同じ材料でもいろんな料理ができるように、あるいは、同じ料理を作っても美味しくなったり不味くなったりするように。
貴方がどのように自分を料理にするかでさまざまな個性が出来上がるのです。
美味しい料理にしたければ、素材の性質をよく知っていた方がいいに決まっています。

そして更には、素材の事を知り尽くすことで、全く新しい料理を作れることさえあります。
日本京都のお寺に伝わる精進料理などは、野菜素材だけで肉の食感やボリュームたっぷりの見事な食膳を創り出しますね。

私たちの思考や行動、個性も、工夫次第で素材の性質を超えた能力を発揮することが可能なのです。
また、そうした無限の可能性に対応出来るだけの柔軟さが、それぞれの血液型遺伝子には備わっています。

いえこれは、血液型だけのことを言っているのではありません。
私たち人間は現在のところ、30〜40%ほどしか持てる能力を使っていないと言われています。
残りは全て、今後の進化の可能性なのです。
私たち人類は、今現在も進化の過程にある事を忘れないで欲しいのです。

昔、地球は平らだと信じられていたことはご存知でしょう。
当時、地球が平らだと信じていても生きていくのには困らなかっただろうと思います。
現に今も、地球が丸いことを意識する必要性はあまり無いと言ってもいいのですから。
でも、丸いという事実が判ったことで、私たちの科学技術や意識は進化しました。
知らないより知っていた方が、やっぱり良かったと思うのです。

血液型もおなじです。
血液型を知らなくても生きていくには困りません。
けれど知らないより知っている方が、ずっといいのだということなのです。

そして、進化を考える上で更に大事なことがあります。
私たちの世代で獲得したことは、次の世代にも受け継がれるということです。
私たちひとりひとりが、自分の能力を磨くことで、その性質は次世代に受け継がれていくのです。
そして、ひとりひとりが人類全体の進化に貢献する事になります。

現代人の私たち人間は、自分が死んだら全て終わり。自分が居たって居なくたって、何も変わりもしないと、非常に自分を無力で取るに足らない存在だと信じています。
しかし、それは違います。
私たちは、ものすごくパワフルな存在であり、ひとりひとりが、無くてはならない重要な役割を持ってこの地球に生まれてきているのです。

自分を大切にして下さい。
自分を知るために、人間を理解するために、血液型の知識をぜひ、役立ててください。

2016-11-08

カリマンタン島(インドネシア)訪問~珍道中の記録 Part 4

2016,カリマンタンにて~血液型人間学のゼミを開催しました


今回のカリマンタン訪問では3か所でゼミをおこないました。始めに開催したのはサンガタという東カリマンタンの端にある市です。こちらでは市の大きなホールを使わせていただいたようで、260名ほども集まってくれました。聞きに来て下さった方々は、幼稚園の先生方やお母さまたちでした。


市庁舎のすぐ近くにある立派なホールです。写真に撮れませんでしたが、この日は日本の旗を掲げてくださっさんですよ。粋な計らいですね。歓迎して下さって、本当にありがたいです。




次に訪れたのはサマリンダというカリマンタンでは大きな市です。150名ほど集まって下さいました。



幼稚園の先生になるための勉強をしている学生さんたちの為、急遽、大学でもゼミをセッティングして下さいました。



みなさん、本当に熱心に聞いて下さいました。カリマンタンの皆様、本当に心から感謝を致します。
アフェさん、血液型人間学をこれからも伝えて下さい!もちろん私も応援します。
チームのイダさん、イセスさん、ダマリスさん、ありがとう。これからもよろしくね。
サンマリンダのエラさん、多大なご協力をありがとう。
ノラさん、ありがとうございます。
毎日あちこちへ車の運転をして下さったジャカさん、ありがとう。
バリグバパンのエラさん、ありがとう。
飛行機や宿泊先を提供して下さった社長さん、心から感謝します。

書ききれないほどたくさんの人々にお世話になりました。
ありがとう。
ありがとう。

TERIMAKASHI


追記;
日本では血液型のことを言うと、どうしてなのか…女性誌を中心に恋愛のことばかり目につくのですが、海外に紹介すると、皆さん関心を抱くのは、子育てが中心になっています。子どもたちに対するときに、すご~く役立つということに、日本の人々が気づかないのが残念です。

「血液型人間学」は日本で始まった、実に画期的な研究なのですが、日本の人々がその大切さや有用性を、よく理解していないという現実に、私は正直、ちょっぴり悲しい思いがあります。けれど、血液型というのは、そもそも日本人だけのためにあるわけでもなく、世界共通~人間はみな持っているのです。
だから私は、世界中、知りたいというとろ、聞きたいという人があるなら、地球の果てまで、これからも血液型人間学を伝えに行こうと思っています。


カリマンタン訪問記~おわり




カリマンタン島(インドネシア)訪問~珍道中の記録 Part 3

2016,カリマンタン~幼稚園訪問



カリマンタンはサンガタという市に到着して、いきなり市長に挨拶に行かされたかと思ったら、その日の午後には3箇所の幼稚園を訪問しました。

その後も含めると10カ所ほどの園を訪ねたのですが、どの園も、園長と先生方は厚く歓迎して下さり、しかも驚いたのは、皆さん血液型のバッジを胸に付けてくれているのです。
私が来ることになって、エファさんがわざわざ作ってくれたのだと思いますが、先生や園児たちが皆んなでそれを付けているのを見ると、研究者としては嬉しいかぎりで、こんな心のこもった歓迎はありません。そして、先生たちは皆さん声を揃えて言います。

「血液型のことをエファさんから教えてもらい、それからというもの子供たちと接するのが本当に楽しくなりました。それまでは疲れることが多かったのに、気持ちにゆとりが出来たんです」

何て素晴らしいのでしょう!!
私はちょっとウルウル〜

まあでも、そんな感激に浸る間も無く、次から次へとあちこち連れて行かれ、「さあ、何か話して下さい」って感じにいきなり振られ、事の全容をまだ理解していない私は、目の前にくり広げられている展開に、少々ポカンとしてしまっていたんですけどね。だから、今こうしてブログを書きながら改めて感激に浸っているところなのです。

園長先生方いわく、始めは皆さん、エファさんの血液型の話を信じなかったそうです。けれど、エファさんに何度も熱心に話されるうちに、だんだん理解するようになり、そして子供たちを観察すると、本当にその通りだと分かったのだと言います。

エファさん、スゴイです。

B型の人は、情熱を持ったことを人に伝え、理解させるのが上手なのです。まあ、上手...なんて表現は、的確ではないかもしれませんね。B型の純粋な情熱が、相手の心に伝わるのだと思います。
日本の皆さんのよく知っている、田中角栄さんや長島茂雄さんが、人の心を動かす素晴らしい説得術を持っていたことは語り継がれてきましたが、お二人ともB型です。

園児たちの様子はこちらです。子どもたち、どこの国へ行っても、本当にかわいいよ。今回は、皆と遊べなかったけど、次に来た時には一緒に遊んでね~

動画をちょっとだけご紹介します。
慌てて撮ったので、途中映像がひっくり返っていて、見づらくてスミマセン!




つづく




2016-11-06

カリマンタン島(インドネシア)訪問~珍道中の記録 Part 2


(写真はPikisiより)


エファさんは、そもそも看護士で、国際医療センターに勤務していました。ところが、今はその仕事を辞めてしまったのだと言います。なぜって、血液型人間学に心底、興味を持ってしまったので、その活動に専念するためです。

Wow! 何と素晴らしい!

彼女は何と、6年も前から、カリマンタンのあちこちの幼稚園に出向き、血液型を知っていると子供たちのしつけ教育にどれほど役立つかを熱心に語ってきたといいます。

インドネシアの人々は、8割ぐらいは自分の血液型を知っていますが、中には知らない人たちもいます。するとそこは看護士さんの強みで試験薬も手に入るため、血液型を調べてあげるのだそうです。これまで、およそ1500人ほど調べたといいます。

出向いた幼稚園の数は数え切れないほどだそうです。インドネシアは子供たちが、とにかくたくさんいるのです。だから幼稚園もたくさんあります。

彼女は、何と、売春宿にまで行って取材をしたのだとか。かつて能見正比古も、日本中、伝手があればどこまでも行き、血液型の取材を行いました。まるでカリマンタン島に、能見正比古が再来したみたいです。
私はこの事実を知り、感動、感激、驚きの、ごちゃ混ぜになったような気持です。まさか、そんな人が現れてくれるなんて!まるで夢のようです!

興味が向かった時のB型のパワーは、誰も真似ることができません。
凄いです。(私より、よっぽど仕事してるわ~~~)
彼女のパワフルさを、動画でちょっとご紹介しますね。





今回の旅行、実は私が強引に計画をしました。彼女は、旅費や経費などを今は出せないので、私が行くことを躊躇していたのです。しかし、私としては彼女に一度会って、状況を知る必要がありました。旅費はこちらで捻出するので安心するように伝え、一か月前にようやく合意して決まったことでした。

しかし私は、ここまで彼女が活発な活動をしていることを、全く知らなかったのです。今後の調査研究のための、事前の打ち合わせに行くぐらいの軽い気持ちでいたのでした。

ところが彼女としては、せっかく私が来るのだから、今後の彼女の活動のためにも、出来る限りこの機会を活用しなくてはならないと考えたようです。結局私はこの11日間の旅行で、3か所でゼミを行い、10か所の幼稚園と1か所の大学を訪問し、2つの市の役所を訪れ、市長や文部省長や、学長らに会いました。

当初から2か所でゼミを行うという話は聞いていましたが、私自身は彼女に会うのが目的だったので、もう少しのんびり旅行をイメージしていたのでした。しかし、まさかの展開になりました。
ものすご~~く、ハードスケジュール!まあしかし、もちろん有意義で充実した旅になりました。

実のところ、この、ハードスケジュールは密かに予測はしていました。2007年、インドネシアで翻訳本の出版PRのために初めてジャカルタを訪れた時も、8日間の滞在中、20か所ものところでゼミを行い、やはりその目まぐるしさにあっけに取られた記憶があります。その時の企画を担当したのは出版社の責任者、アンゴロ氏という男性の、やはりB型でした。そんな経験が以前にもあったので、インドネシアのやり方、B型のやり方を、少しは心得ていたのです。

いろいろと、日本とは、ずいぶん違います。そもそものお国柄の違いも無論ありますが、血液型の知識があると、その視点から人々の感性の違いを理解することが出来ます。国や文化、言葉の違うところに行く度に、血液型の驚くべき共通性を確認します。

カリマンタン島(インドネシア)訪問~珍道中の記録 Part1

インドネシアのカリマンタン島にて、血液型人間学のゼミを行いました。
その11日間の珍道中を、数回にわたってご報告いたします!


インドネシアでは、既にこれまで3冊の本を出版しています。
・タッチマイハート(翻訳本)/2007年
・4つのタイプのキャラクター(Holy&Ichikawa)/2010年
・血液型しつけ学(翻訳本)/2011年

インドネシアとの出会いは、日本に留学していたホリ(Holy)さんというインドネシア人女性が、私たちの本を読んで事務所に訪ねて来たのが始まりです。
ホリさんの血液型はB型です。
美しい女性なんですよ。ジャカルタの美人コンテストで準優勝をしたこともあるそうです。

啓蒙の為にインドネシアを訪ねるのは、今回で3回目になります。
ホームページでも簡単な紹介をしています。

今回、訪問するにあたっての経緯は…
カリマンタン島というところで私たちの本を読んで、大変興味を持った女性が居ると、ホリさんから聞いたからです。
その方は、エファ(Eva)さんというB型の女性で、看護士さんだそうで、いつか私を招いて一緒に血液型の調査をしたいのだといいます。
それなら一度お会いして、何ができるか相談しなければね、ということになったのです。

それにしても、海外で血液型に興味を持つのは、どうしてB型がこんなに多いのでしょうかね?


 

カリマンタン島は結構に大きい島です。インドネシア領とマレーシア領に分かれていますが、インドネシア領の分だけでも、60万K㎡あるそうで、日本の倍近くです。
まず最初、ジャカルタからカリマンタン島のバリクバパン市に飛び、更にサンガタ(sangata)というところに小型飛行機で行きました。
ここにエファさんが住んで居ます。

到着すると、エファさんが車で迎えに来ていました。
さて、いよいよご対面~!!
...あれ?ところが、握手を交わすだけで、何やら急いで車に乗り込まされました。
B型の人たちって照れ屋さんが多いのですよね。そのせいでしょうかね、ご挨拶はたいてい、テキトーになってしまうのです。
車を運転していたのはエファさんのお姉さんで、彼女もB型です。同行したホリさんもB型ですから、皆B型~車が走り出した途端、何だかんだ皆さんで話し始めているのですが、言葉が分からないしね。仕方ないので、私からホリさんに言いました。

「あのぅ、ちゃんとご挨拶していないのですけど、皆さんを紹介してくれますか?」
すると、「アハハ~そっか~」みたいな感じで、まあ一応、簡単な紹介をしてくれました。
そして続けてホリさんが言います。
「これから、政府に行き、えっと…何と言いますか…、一番上の人に会います」

私:「え?政府?…何で?」
ホリ:「分かりません、でもエファさんがそう言っています」
私:〇×☆彡●??

政府というからギョッとしましたが、つまり…日本で言えば市庁みたいな感じなのでしょうかね。それにしても到着して、いきなり市長さんに挨拶に行かされるとは思ってもいませんでした。それに私は、Tシャツとサンダル姿ですよ、慌てて上に羽織るものをスーツケースから探しました。

「Oh my gosh!」

まったく訳がわかりませんが、とにかく此処の流れに委ねるしかなさそうです。
はい、ですから訳のわからないまま、言われた通り、ご挨拶に行きました。

 
 

Sangataの市長さんもB型でした。
インドネシアはB型ばっかり?というわけではなく、一番多いのはO型です。
A型とB型は同じくらいです。そうなると人々のムードは、O型+B型パワーが優勢の感じになります。

インドネシアのおよその血液型分布
O型  41%
B型  27%
A型  26%
AB型 6%

エファさんは、今後私と研究調査をするにあたり、公的資金や諸々の支援を得ようとしているようです。その目論見があって私を市長らに会わせたんですね。予めの説明がないので、目がまんまるになってしまいました。
とにかく彼女の意気込みは、この最初のビックリ箱でバッチリ伝わってきました。そして彼女は既に仲間を集めて血液型啓蒙活動のチームを作っていました。
メンバーはエファさんを入れて女性4名。

イサスさん(B型)
ダマリスさん(B型)
イダさん(AB型)

B型いっぱい~
今回の旅行、いったい何が飛び出しどうなることやら、全く見当がつかなくなりましたが、とにもかくにも、こうして、カリマンタン島珍道中が始まりました。






2016-08-23

チャップリン「史上最高のスピーチ」A message to the humanity

リオ五輪を終えて

閉会式は始終、歌と踊りで埋め尽くされ、ブラジルらしく終わりました。
今回のテーマは「多様性を認め合い世界を一つに!」

今世界では、物騒な出来事も多発しています。
それを理由に軍備を強化しようなどというどこぞの動きもありますが
人々の心は今、世界平和へ一直線に進んでいるのです。
私たち人類が存続する道は、もう他にないのだから。

第二次世界大戦最中に上映されたチャールズ・チャップリンの映画「独裁者」。
最後のスピーチが数年前からYutubeでよく見かけるようになりました。
世界中が、こんなに平和や愛を求めている時代は、これまで無かったように思います。
今、世界がひとつになろうと、懸命になっている。

チャップリンの血液型はO型だと判明しています。
チャップリンがたまたま不名誉な裁判を強いられ、親子鑑定を行った経緯があったので
広く知られることになったようです。
(もちろん、当時の技術で正しい検査が行われていればの話ではありますが。後で再検査をして間違いだったという例もたまにあります。)

ここではただただ、このスピーチの素晴らしさを記憶にとどめておきたいのでチャップリンを紹介したのですが、O型が真の愛を追求するなら、だれよりも温かい"愛の人"であることもまた、間違いのないことなのです。

日本語訳がされている動画はこちら。
素晴らしい翻訳をして下さった翻訳者の方にお礼を言います。




英語では"A message to the humanity"というタイトルで、いくつかのバージョンで動画がUPされています。

2016-08-22

マーメイドジャパン選手の半分がAB型だったという珍現象



【リオ五輪ABO情報】シンクロナイズドスイミング

AB型はマーメイド体質なのか?


マーメイドジャパン!銅メダルおめでとうございます!
銅メダルを競っていたウクライナチームがとても素敵な演技だったので、ちょっぴりハラハラ。
しかしマーメイドたちはその緊張を闘志に変えて演じ切りました。
厳しい練習に耐えたその成果は、こういう切迫した場面ではっきり現れるものなのでしょう。

それはそうと、ちょっとした血液型珍現象。
世界の何処に行っても少数しかいないAB型。
ただ、不思議な事にAB型は集まるところには集まるらしいのです。
今回見つけたAB型集団は、マーメイドジャパンでした。

ロンドン五輪からAB型選手が増えているのかもしれませんが、
残念ながらロンドン以前のメンバーの血液型が分からないため、詳しいことは言えません。
(シンクロ界の初期メンバーで血液型が分かっているのは小谷実可子さん(A),奥野史子さん(O)の2人)


(リオ五輪のシンクロメンバー)   
*吉田胡桃 AB
*乾友紀子 O
丸茂圭衣
*中村麻衣 AB
中牧佳南 AB
*三井梨紗子 AB
*箱山愛香 A
小俣夏乃
林愛子

(ロンドン五輪のシンクロメンバー)
乾 友紀子 O
酒井 麻里子 AB
小林 千紗 A
足立 夢実 O
箱山 愛香 A
中村 麻衣 AB
三井 梨紗子 AB
糸山 真与 A
吉田 胡桃 AB

半数の5名(*印)がロンドン五輪からの選手です。
リオで加わった新メンバーの1人がAB型と判明して、ロンドンと同じく9名のうち4名がAB型という構成です。
ロンドン時代から残っているメンバーは、単純に考えれば素質があり適合性が高いということでしょう。

AB型が体質的にシンクロで生かされやすい、というのは言えなくもありません。
AB型は"合わせる"という協調性、体の柔軟性、その両方において特性が発揮できそうです。
また、益々進化するシンクロ界においてその演技はかなり高度になっており、
技の複雑さが増すにつれ、AB型の分析脳や複合体質が生かされるかもしれません。

ただ、これだけ偏りがあると、もっと決定的な理由がないだろうかと探したくなります。
例えば水中で演技をするというのがどういうことなのか…
水中という特殊な環境での体質的、体力的な向き不向きはあるのか…
その辺りの事情を理解したら、原因に近づけるかもしれません。

理屈の通った分析ではないですが、AB型女史たちはシンクロナイズドスイミングが好きかもしれない、とふと思います。
たとえば私(AB型)が、万が一アスリートになれる素養が充分あり、どんな競技もやれるとして、「どの競技を選ぶ?」と聞かれたら、「シンクロ!」と答える可能性120%。
ただし、「理由は?」と聞かれると明確に答えられない。
何となく、それならやれそうな気がする、やってもいい気がする、という
非常に感覚的で曖昧なものです。

私の考えに共感するAB型さんはいるでしょうか。
それとも、私に代わって、AB型マーメイド体質の理由を答えてくれるAB型さんはいるかしら。

2016-08-20

高橋選手&松友選手~最強ペアに学ぶ"血液型相性学"

リオ五輪

【血液型で観る◇リオ五輪】バドミントン

A&Oペアの理想の形を見る


高橋選手(A型)と松友選手(O型)のダブルス金メダルは、本当に素晴らしい試合でした。
さすがに決勝戦は接戦でしたが、彼女たちが怯むことは全くなく、
最初から最後まで、とにかく『強かった!』の一言です。

彼女たちの盤石な強さを、血液型視点で探ってみます。
O型とA型は、血液型特有の"おもり関係"(*)が最もよく働き、息を合わせやすいという事実があります。
簡単に言うと、A型からはO型の行動や思考が、大変分かりやすく、理解しやすいのです。
彼女たちの場合、O型松友選手が前衛です。
松友選手は、的確に状況を見極め、相手のミスや隙を狙うための仕掛けや翻弄作戦を行いますが
高橋選手はO型の行動が読みとりやすいので、彼女がなぜ今その行動に出たかの意図を
瞬時に理解し、最適なポジションと心構えで、スパイカーとしての役目を果たします。

2人はある時までそれぞれシングルで試合に挑み、自分がダブルス選手になるとは
考えていなかったようです。
ところが、初めてダブルスを組んだ日から、すぐに合わせることが出来たのだそうです。
そうした波長の合い方はさすがに血液型だけでは語れませんが、
AOならではの合わせやすさも少なからずあったことでしょう。

では、たとえば仮に、この役割が逆だった場合はどうでしょう。
A型が前衛でO型がスパイカーだったとすると、実はそう上手く働かなくなるのです。
O型からA型は、逆に読めないからです。
すると、こうした切迫した試合の中では、A型が前衛で戦術を使っても、
スパイカーO型はその意図を理解できずにチグハグな展開になる可能性があります。
前衛がOでスパイカーがAだったからこそ、非常に上手くおもり関係が働いたというわけです。

それに、高橋選手の方が先輩、松友選手の方が後輩だったという関係性も
ベストだったように思います。
O型は力関係に敏感なところがあり、後輩の立場になれば先輩をよく慕い、よく従いもしますが
自分の立場が上になった場合、面倒見が良い代わりに、行動が暴走する可能性もあります。
また、おもり関係が働く関係性において、おもり側の一方的な負担がないでもありません。
実際一般の人間関係では、A型がO型に合わせるばかりで不満が溜まるケースは
よくあることです。
A型の方が少しだけ力関係が上だったため、O型が突っ走ることも少なくなり、
お互いバランスのとれた力の配分を保つことが出来たとも言えそうです。

高橋選手は、松友選手とダブルスを組んだことで、はじめて自分の強み(スマッシュ力)を知ったのだと言います。
松友選手もまた、――それはO型の強みでもあるのですが、勝負どころを見極める勝負師性の強さや直感力を、前衛ポジションに徹することで磨き上げることになったのです。

共に手をつなぎ向かうことで、お互いの良さを引き出し自身の魅力を拡大させるという、ペアとして最も理想的な形を2人が見せてくれたのでした。

実際こうした理想の関係性は、理屈でつくりたいと考えても出来るものではありません。
もちろんまずは高橋選手と松友選手の優れた個の能力があってこそですが、
今大会の金メダルは2人にとって全てのピースが揃いピッタリとハマった!という気がします。


[リオ五輪バドミントン代表リスト]
リオ五輪

*おもり関係とは
能見正比古が発見した血液型特有の相性関係で
A→O→B→AB→Aというふうに4つの血液型が円を描きながら働きかける関係である。




2016-08-18

日本柔道見事に復活!井上康生さんの思いが実ったリオ五輪

リオ五輪

【血液型で観る◇リオ五輪】柔道

O型の目的達成力の高さには脱帽!


メダル続出です。日本柔道が見事復活しました。(*選手リストは下側)
12年前のアテネ五輪。
負けた井上康生さんの、ひざまづいて悔し泣きする姿を今でも覚えています。
あの悔し涙が、こんな形で進化するとは想像もつきませんでした。

あの頃から、康生さんは日本の柔道が世界に通用しないということを感じはじめたそうです。
彼は、柔道一家で育ち素質も充分、人の何倍も練習し、人の何倍も柔道を愛してきたのです。
それなのに「なぜ勝てなくなったのだろう?」という疑問は大きかったでしょう。
その後のオリンピックでも日本柔道は大敗を喫し、康生さんは益々考えさせられ、責任をとってやめた監督の跡を継いでからというもの、日本柔道界の改革に挑みました。

柔道は既に「JUDO」という世界基準の格闘技スポーツに変化していたのですね。
そこで選手たちとブラジルに渡り、格闘技の根本から学び直すことにしたそうです。

この大会を「全競技をメダルで埋めてやる」と話していらっしゃいましたが、
まさにその通りになりました。
おみごと!!

井上康生さんはO型です。
アテネ五輪の後に泣きじゃくる康生さんをTVで拝見していた時、内心、「末っ子のO型さんだから甘えん坊なのかな?」なんて失礼なことを思っていました。
しかしあの涙はもっと深いところにあったのでしょう。
「柔道とはこういうものだ」という信念を、とことん貫いていた康生さん。(O型は一本気なのです)
ところが世界ルールは日本のそれとはどんどん離れていきました。
真正直な康生さんは、そういう理由で世界舞台で勝つことが出来なくなっていったのです。
勝てない悔しさは、人の何十倍も強かったに違いありません。

それにしてもこの大会、選手たちは相当に叱咤激励され、葉っぱをかけられたと想像します。
「絶対メダルを!」という気迫が、どの選手からも感じられました。

O型の、壮大な目的達成力を見た気がします。
メダルを逃した田代選手と梅木選手は、まだまだ若いのだから大丈夫、これからです!

(柔道選手リスト)
リオ五輪


B型"泣き虫"愛ちゃんを日本国民は愛す



【血液型で観る◇リオ五輪】卓球

涙が語る愛ちゃんの卓球人生


男子はオリンピック初のメダル!男女共に頑張ってくれました!

選手リストは次のようになります。
(男子)
水谷隼(B) ※銅メダル獲得!
丹羽孝希(?)
吉村真晴(?)
団体戦 銀メダル獲得!

(女子)
福原愛(B) ※ベスト4
石川佳純(O)
伊藤美誠(O)
団体戦 銅メダル獲得!


卓球競技がオリンピック種目になったのは1988年のソウルオリンピックからということなので
それほど古くはないのですね。
とにかく、中国は卓球を国技としているだけあって、強いです。

そして、注目の愛ちゃん!
3位決定戦まで進み、日本の皆を楽しませてくれました。

でもきっと、「ああ、愛ちゃんに今度こそメダルを取らせてあげたかったなぁ」と、
日本の人たちはみんな思っていましたね。
だって愛ちゃんが4歳の頃から、私たちず~っと応援してるんだもの。
”娘がこんなに卓球を愛して頑張ってきたんだから、何とかしてやりたい!”
という親心に似た気持で応援している人も多かっただろうと思います。
愛ちゃんも今回は、メダルを日本の人々に、どんなに掲げたかったことでしょう。

でもいいのです。愛ちゃんの功績はスゴイのです。
あなたが卓球界に作った道筋に、石川選手や伊藤選手のような楽しみな若い選手がどんどん育ちました。
男子卓球が盛り上がってきたのも、おそらく愛ちゃんの活躍が機動力になったに違いありません。

そうです。これまでも、道なきところに道を作ってきたB型さんがたくさん居ました。
そういうB型は、自分の好きなことに夢中で進んでいるうちに、いつの間にか開拓者になっていたのです。

競泳アスリートにO型が少ないのは筋肉の質の違いかも



【血液型で観る◇リオ五輪】競泳

オリンピック代表は全般に血液型が分かっている選手が少ないですが、競泳選手の多くは公開されています。
日本人の血液型分布を基準にするとA型が多めでO型少なめ、B型もやや多めです。
(選手リストは下に掲載)

スポーツ界はどの分野もO型が多めの分布になりますが、競泳で少ないのはなぜでしょう。
筋肉の質など、体質的な要素も少なからず関係するかもしれません。
たとえばO型の筋肉の質的要素については、これまでの観察によって次のようなことがあげられます。

・プロ野球においてホームラン王や長距離バッターにO型が目立つこと。
・プロゴルファーにおいて飛距離ファンキングにO型が多いこと。
・陸上、特にジャンプ競技においてO型選手が目立つこと。
過去のデータで以上のような結果があるのですが、これらのことからO型の筋肉は、他の血液型に比較して弾力性が高いのではないだろうかと予測しています。
もしそうであれば、こうしたO型の筋肉の性質が、むしろ水泳競技においてはマイナスになるということもあり得るかもしれないということです。

一方、A型について観察視点から言うならば、A型筋肉は硬めであるということです。しかしその硬さがむしろ利点となり、反り返ってから戻す力が強く働くことで手首のスナップなども強いと思われます。
この資質が、水泳競技に何らかの影響をもたらしているかもしれないとも考えられます。

もちろん、この分野、テーマについて、専門家の意見を伺ったことはなく、あくまでも仮説、推測であり、今の段階では何ら根拠がないことは記しておきます。

とにかく、今大会では、B型萩野選手が開催翌日から「金」獲得で、日本勢を盛り上げてくれましたね。

B型の柔軟・機敏さが生かせるオープンウォーター

私がちょっと注目したのはオープンウォーターの代表、男女2人がB型だということ。
オリンピックの競技種目ではまだ歴史が浅く、2008年の北京オリンピックから開始されました。
そして2人は前回のロンドンオリンピックから引き続き選ばれています。

自然の水中を泳ぐため、天候などのさまざまな外界要因を考慮しなければならないので、それに対応するのはB型的な柔軟で臨機応変な素養が必要になりそうです。
それに、珍しいこと、新しいこと、ユニークなことに、いち早く取り組みたがるのは、やはりB型ならではです。チャレンジャーですね!


リオ五輪・競泳選手のリスト

※合計36名/O型7名・A型15名・B型8名・AB型2名(4名不明)









2015-12-02

「ABO血液型がわかる科学」山元文一郎氏の本

生物学者の視点から、ABO血液型について書かれた本。
実は、生物学者とはいえ、ABO血液型に対しては誤解している人が多いのだけれど
さすがに専門が糖鎖に関する分子遺伝学ということで、ABO血液型遺伝子についても造詣が深い。

本書の結論から言えば、ABO遺伝子についてはまだまだ謎が多いが、興味深い面も多いとのこと。
ABO式血液型の発生順序にしても、当初の見解(A→O→B→AB)とは違うかもしれないとも言っていて、遺伝子研究もそう簡単ではなさそうだ。

また、血液型と性格の関係についても触れているが、今は明確な答えが出てはいないが、今後研究が進めば、いくつかの部分で関係性を示せるものは見つかるかもしれない、とも言っている。

もし、1つでも2つでも、性格との関係性を示せるものが見つかれば、それで充分だと思う。
おそらく、能見正比古が本に表したような複雑な人間の性格行動を、遺伝子からすべて見出すのは不可能かもしれない。

多くの学者たちが、充分に検討することもなく、血液型と気質の関係性に対して反対をしてきた中で、山元氏の誠実な見解はありがたい。

気質や行動性について云々は、フィールドワークなのだ。
これからも私たちと皆で、互いに観察しながら調べていけばいい。
それより、体と血液型の関係が、早く分かるようになって欲しい。
筋肉の違い、ホルモンバランスの違い、ストレスの違い、エネルギーの違い、etc
そういう事が解ってきたら、病気や痛みに対する対処法がもっともっと、改善するに違いないのだから。
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2015-11-17

AB型作家に共通してしまったAB型の二面性

AB型太宰治と遠藤周作の妙な共通点



太宰治と遠藤周作という作家がいらっしゃいました。
2人ともAB型だったのですが、
2人には面白い共通点がありました。
作家活動を行うなか、2人とも、全く違うテイストの本を書いたことです。

たとえば、太宰治は、「走れメロス」のように教科書に載るような優等生作品を書いていると思うと
「饗応夫人」や「人間失格」など、逸脱した人間の哀しさ可笑しさを、えぐるような作品もあります。

遠藤周作も、歴史書や宗教的テーマの純文学を書いた人と思えば
「ユーモア小説」や「おバカさん」など、洒脱な作品も数々あるのです。

私もAB型なので、気持ちはよく分かるのです。
自分の中には、常に両方の感性があり、どちらか片方では、どうしても表現しきれないので、煮詰まってしまうのです。
エッセイなどを書いている時も、一つのテーマに対して、考えが四方八方から沸いてくることがよくあり、
おっと、待てよ、これだと私の考えはどちらなのか分からなくなるじゃないかと、自分でも苦笑いしてしまいます。
何とか一つの、一本筋の通った話にしなければと、悩むことが多いのです。

もちろん、太宰治さんや遠藤周作さんは、優れた作家なので私のような幼稚なことにはならないのでしょうけど、彼らの場合は、作品を書きながら、どうしても自分の中にある、もう一つの感性を表現したいという衝動にかられたのではないでしょうか。

とにかくAB型は、何につけ、バランスを取りたくなるなるのです。
それでやっと、自分らしくなり、安心するのです。
やはりそこは、他の血液型から見たら分かりにくいところかもしれません。


2015-11-04

愛を理解したいなら血液型を知って損はない

恋愛は「愛の登竜門」

能見正比古は、血液型と人間の関係について、さまざまな角度から眺めて考察しました。
政治、ビジネス、子育て、夫婦の問題、男女の恋愛、人生について、スポーツ機能…。
ABO血液型は人間が関与する、あらゆる活動に関係性を認めることができるからです。

どの分野も役に立つ情報はたくさんあるのですが、日本では女性誌でよくとりあげられたせいか、男女の恋愛関係が中心になって広がった感じがあります。
そういうムードがあるからなのか、血液型のことをいうと、「女性は好きだよね」と、男性に言われることも多いのです。

「あら、そう?すると男性は愛に興味がないの?」

もし本当に興味がないとすれば、それはつまり、男性っていうのは人間のことなんて興味がないよ、と言っているようなものなのだけどな。
もちろんそれが自分たちの人間オンチを自慢しているのと同じだとは、言った本人も気付いていないのでしょうが。
男子たるもの、血液型に関心を持つのは恥ずかし、いとでも?
などと、いちゃもんをつけたくなる私。

しかしそういう私も、男性たちが時々そんな風に言うのを聞いているものだから、企業関係の講演なんかに呼ばれたときには、聴講者が男性ばかりなら、やっぱりビジネスのことを聞きたいんだろうかと、仕事に役立ちそうなことをあれこれ考えて話してしまうのです。
ところが、講演の後に食事会などに出席すると、男性陣から次々に出る質問は「いや、妻がA型なんだけどね、最近上手くいってないんだよねえ、ご機嫌とるのが大変で…」
というようなたぐいのものばかり。

だからそうでしょう?
男性も、人間のことがもう少し分かりたいと、心の奥底では思っているし、分かったら、もう少し妻と上手くやれるんじゃないかとも思っているのですよ。

とにもかくにも、血液型を軽くみるのは間違いだけど、男女の愛を軽くみてもいけません。
私たち人間の、本当の探求が何かと考えれば、それは結局「愛」なのです。
「愛」とは何かを理解し、愛を具現化したいが為に、さまざまな人生を送っているといってもいいかもしれないのだから。

もちろん、愛といっても、もっと広い意味の愛であり、男女の愛に限ったことではないのですが、愛の中でも男女の愛は、愛を知る入り口としてはとても分かりやすいのです。
そして、男女の深い愛情なら、夫婦のように長い年月をかけて学んでいくことになるのですが、その最初の出会いとなる「恋愛」は、そのまた序幕と言えるのかもしれません。

マザーテレサのように最初から人間愛に目覚めた聖者もいるかもしれませんが、多くの人々にとっては、恋愛は愛に目覚めるための登竜門になるはずです。(そうあってほしいと思います。)
あなたと私の違いを認め、認めながらお互い心を開いて、受け入れ合ったり、時を共有したり、その過程で「愛」が何かを学ぶ、とても貴重な体験。

そして血液型は人間に関心があるか無いかのリトマス試験紙のようなものでもあります。
もしもそこに、人間に関する情報が詰まっているのだとしたら?無視するの?
能見正比古は、若い女性に「どんな男性と結婚したらよいのか」と相談されたときに答えたそうです。
「血液型について話してごらんなさい。相手が何の関心も示さず、ましてやバカにするような態度だったら、その人との結婚はあまりおすすめしませんな」

それに実際、血液型の知識があることで、男女間で起こり得る行き違いの、半分は防げたり、許せたりするのです。
以前、若い女性に、血液型のちょっとした知恵を伝えたことがあります。すると彼女はさっそく試してみたのだとか。しばらくすると「すごいですね、魔法の杖を授かったみたいです」と報告してくれました。
なぜ血液型の知識が恋愛で効力を発揮するのかといえば、血液型というのが、より体質的な根っこの部分に根差しているがために、社会に出て気を張っている場面よりも、むしろ日常のちょっとしたクセや、油断している無意識の行動に表出しやすいからなのです。

ところが、この女性のように本気で実践してみうようとする人が、案外少ないのも残念な事実。たとえば雑誌などで血液型の記事を目にして、「そうそう!私の彼氏と同じやないの~」と、共感して面白がっていても、なぜかみなさん、そのあとすぐに忘れてしまうらしいのですよね。

う~ん、ここだけの話…、みんなどこか、誤解し合ったり、怒ったり、ケンカしたり、「男ってさ」「女はねえ」のゲームを、楽しんでいるのかも?
つまるところ、恋愛は「愛」の登竜門だとは言っても、そうだと意識して取り組まないなら、永遠に真の愛を学ぶことはない…ということでもあります。
(そして改めて小さな声でいいますが…恋を実らせたいなら、血液型、役に立ちますよ。


・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・。・
「愛」について本気で理解してみようと思うなら、こちらの本はおすすめです。

★★★「愛するということ」
エーリッヒ・フロム著

本が好き!書評
※本の読書感想を投稿しています。

2015-11-02

フィンランドより




10月初旬、フィンランドで血液型の話をしてきた。

ことの始めは、30年も前になる。
フィンランド人のカイヤさんというB型の女性が、日本に住んでいたときに能見正比古の血液型人間学を知り、大変興味を持った。
そして、わざわざ能見正比古に会いにきてくれたのである。
(私はその時、まだ事務所にはいなかったが)

カイヤさんは、その時、この研究をいつか必ずフィンランドの人々にも伝えようと決意したという。
けれど、フィンランドで血液型を紹介するチャンスがなかなか見つからない。
そもそも、自分の血液型を知っている人があまりいない。

その後も、日本に来るときには、事務所を何度か訪ねてくれて、しかし能見正比古もいなくなり、後を継いだ能見俊賢もいなくなり、とうとう三代目の私になるまで、ずっとお付き合い頂いていることになる。
その間、血液型への思いを忘れずにいてくれるとは、本当に嬉しいことである。

そんな経緯があり、今度は私がフィンランドへ行って、そして血液型の話をしてこれたらいいのにね
という、ふとした思いが実現したのだ。
もちろん、カイヤさんが実現できるように、さまざまな手配をしてくれた。

2時間ほどの、カイヤさんの通訳を介してのレクチャーだったが、皆さん、熱心に聞いて下さったのでほっとした。
北欧も含めてヨーロッパはA型とO型が8割ほどを占めてしまうが、フィンランドは中ではB型族が多い方で、この会場にもB型やAB型がそれなりに来てくれていた。
半数弱くらいの方たちは血液型を知らないのは残念だが、仕方ない。

「欧米諸国の場合、まず献血運動を呼びかけるのが先かもしれませんね」
とカイヤさんと冗談を言って笑った。

もちろんフィンランドでは、「え?そんなことがあるの?」という話である。
血液型が人間の行動に関係あるなどという話、初めて聞いた方たちがほとんどだった。

けれど、面白いと思うのも、興味深々なのも、どの国へ行っても同じである。
そして、フィンランドの人々もやはり、血液型の特徴をみなさん持っている。

とても穏やかで笑顔の優しい図書館のA型会長さん。
勉強熱心なO型男性。
活発で仕切りやさんのA型女性。
とにかく楽しそうなB型さん。
やっぱりクールなAB型さん。
保育の熱い思いを語ってくれたO型さん。

カイヤさんがフィンランドの人々に血液型をもっともっと紹介できるようになるために
私も、もっと力を尽くそう。
またきっと、フィンランドを訪れよう。

そう思いながら、ヘルシンキ空港を後にした。


(フィンランドの血液型分布)
O型…33%
A型…43%
B型…17%
AB型…7%



開始前の会場にて(上下)







2015-10-26

血液型のうた「みんななかよし」


横浜山下公園にて

子ども虐待防止キャンペーン~オレンジリボンたすきリレー~
童謡バンドイチゴパフェと小学生たちのダンス風景











昨日(2015.10.25)横浜山下公園を中心に、神奈川と都内においてオレンジリボンたすきリレーが開催されました。
イチゴパフェさんが参加し、ダンス部の子供たちが血液型のうたを踊ってくれるというので応援に!

10年前、能見俊賢が亡くなるほんの少し前に歌と曲作りが完成し、亡くなった後、天国の先生へのプレゼントにCDを制作したのでした。



イチゴパフェのあっこさんが、ダンスも付けてくれて
今でも子どもたちと一緒に歌って踊ってくれています。

歌の動画
https://www.youtube.com/watch?v=1SH4D1N9Jvc








イチゴパフェの歌とパフォーマンスは最高!
とにかく楽しい!元気が出る!

2015-10-01

【研究の道のり①】血液型と気質のパイオニア古川竹二の無念

忘備録として

「血液型と性格」について、日本の社会では誤解や中傷が多々ありました。そのため、この研究がこれまでどのように行われてきたのか、どのように社会に浸透、拡散していったのかを、人々が正しく知る機会がなかったように思います。私の知る限りではありますが、研究側にいたものとして記録に残しておこうと思います。


血液型と気質(三省堂)
昭和7年1月30日初版発行
著者:古川竹二

血液型と人間の気質について、日本で最初に研究をしたのは古川竹二という教育心理学者(現在の御茶ノ水女子大)でした。
彼が研究に着手したのは昭和元年頃と思われます。
血液型の発見が1900~1901年ですから、それから20年ほど後のこととなります。

当初は、数十人の学生を対象に始まったようですが、8年後にこの本を出した時には、数百人~千人前後の調査数で行っています。(古川氏はわずか数十人のデータで分析したのだという誤報が流れていることがあります。)

研究の道のりは、非常に苦難であったことが、本の前書きを読むとよく分かります。
当時も他の学者らから、さまざまな誹謗中傷があったようです。

(以下は、上記写真の本のまえがきです。)

しかし、この本を出版する頃には、古川氏の研究賛同者も現れました。
また、当時、血液型と気質の関係について言及する学者は、古川氏以外、あるいは古川氏以前にもいたのだということも聞いています。
いずれにしても、研究成果をひとつの形で残したのが古川氏だったわけですが、パイオニア古川氏にとって最も強い支持者となってくれたのは、法医学の草分けと言われる古畑種基氏(東京大学医学部)でした。
古畑氏は、血液型の情報をいち早く日本に持ち込んだ張本人だとも言われており、ABO式血液型の日本全国分布図作成は、古畑氏を中心に行われていたのです。
古川氏にとって、非常に心強い味方ができました。

しかし、その安堵もつかの間で、支持していた古畑氏が突如として考えを覆しました。
理由は明らかです。
その頃、古畑氏の法医学に対する功績は非常に大きかったわけですが、彼は周囲から押し上げられるような形で、学会の頂点へ上り詰めようとする勢いでいたのでした。
すると、古畑氏にとっての非常に大事な時期であるがゆえ、「血液型で性格を云々~という、訳の分からない研究を支持するのはどうしたものか」と、周りから忠告を受けることになったのです。
実際、法医学会全体において、古川氏の研究に対する意見は2つに分かれていたと聞いています。

ここで、教育心理学の古川氏がなぜ法医学会なのか?と言うと、"血液型"という共通材料を扱うという点に加え、まだ日本の学問分野が(欧米諸国に比べて)発展途上だった当時、法医学会だけは大へん優れた成果を残しており、学会全体においても力を持っていた、という事情もあるからです。
とにかく、ABO式血液型の法医学的研究を日本で開花させた功績を持ち、次期トップとして押し上げられている古畑氏は、その対立を収めねばならない立場に立たされたというわけなのです。
そして古畑氏は、否定側に立つことを選択しました。
それは、鶴の一声となったのです。
その時、古川氏の研究内容は、ほとんど何の検証も行われなかったのだと、当時を知る者から伝わった話が残っていたのを聞いています。

古川氏は、即座に研究の取りやめを迫られました。
「やめなければ辞職してもらう」とまで言われたとも聞きます。
今のように簡単に独立したり職を探したりできる時代ではなく、それは一家を養う道を失うことに他ならず、諦めざるを得なかったのです。
彼は、血液型と人間の深い関わりを確信していたに違いないのです。いったいどれほど無念であったろうか。

当時はまだ、どの学問分野にしても、何もかもが、まったくの模索中であったはずなのです。それは現在も同じですが、何が正しく何が間違っているという決定を下すには、早すぎたはず。
実際、その愚かなる決定のおかげで、「血液型と性格の関係は学会で完全に否定された」という愚かなる噂が、学会中をめぐり、それ以後、血液型と性格を関連付けるような研究は全てタブー視されるようになっていったのです。
つまり「古川氏のようになってしまうぞ」という恐怖の幻想が、ずっと長く、現在に至るまで、学会にはびこるようになっていったということです。

もちろん、さまざまな当時の事情が、もっと他にもあったのかもしれません。今となっては、真実を確かめることはできませんが、古川氏の無念な気持ち、それだけは真実に違いないと思います。
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その後この研究に関しては、大学生たちのうわさ話程度に、断片的に人々の間に伝わるようになったと思われます。
そして、古川氏が教鞭をとっていた御茶ノ水女子大学には能見正比古の姉、幽香里さんも通学していました。幽香里さんが通っていたとき、既に古川氏は退職していたのかもしれず、古川氏の授業を受けた事実はありませんでしたが、学生たちのうわさ話は残っていたに違いありません。
そしてある日、幽香里さんは弟の能見正比古に、血液型のちょっとした話を聞かせることになります。能見正比古はまだ中学生でした。
しかし能見正比古は、その話をずっと気にして覚えていたのでした。
その後、能見正比古は、この研究を再発見することとなり、「血液型人間学」を提唱しました。古川研究の後、40年ほど経った1972年のことでした。
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古川竹二…A型(自身の本より)/古畑種元…B型(自身の本より)/能見正比古…B型




2014-06-10

2014W杯サッカー日本代表(取材補足)

代表選手にB型が少ないのはなぜだろう?

サッカーワールドカップまであと3日となりました。
先日、女性自身(光文社/6.24号,P179)さんから取材を受けたので、記事の内容にちょっとだけ補足しておこうと思います。


巷では、「今回の選手にB型が少ないのでは?」と言われているそうですが、たしかに数字で表すと、【O型/8名_34%、A型9名_39%、B型3名_13%、AB型3名_13%】となり、記事にもそのように書いてあると思いますが、チームワークを重視してメンバー構成を行うと、結果的にどうしてもB型が少なめになるのです。
ザッケローニ監督の性質や発言を聞いていると、日本チームの良さを引き出すにはチームワークだということを考えているのだろうと、私は想像しています。

だとすれば、B型の少なさは問題ではないし、そもそも大舞台に強いB型、そしてその勢いのパワーは、他のタイプの2~3倍あると思って良いのです。
ただし、B型の人数は少なくてよいのですが、技能と肝っ玉に特に優れたB型をキーマンに置いておくことはたいへん重要ではあります。
柿谷選手がそういう活躍をしてくれるとイイのですが…。

それで尚、B型の少なさがチームにマイナスな影響を与えることがあるとすると、O型の元気が少し抑えられる可能性があるということです。
O型とB型が組むことで、チームに勢いというか活気が増幅されるのです。
O型の元気にあおられてB型は気分を乗せていける。O型もB型の勢いに更に活気づく、という感じです。
逆にO型がA型と組むと、確実に仕事をこなしていけますが、少々パワーが抑えられる可能性はあります。

サッカーについては私自身が勉強不足で、選手一人一人のキャラクターについてあまり言及できなくて申し訳ないです。

[日本代表メンバーの血液型]
GK川島永嗣O型
西川周作AB型
権田修一A型
DF今野泰幸A型
伊野波雅彦B型
長友佑都O型
森重真人A型
内田篤人O型
吉田麻也O型
MF酒井宏樹A型
酒井高徳A型
遠藤保仁AB型
長谷部誠O型
青山敏弘B型
山口 蛍A型
FW大久保嘉人A型
岡崎慎司O型
本田圭佑AB型
香川真司A型
清武弘嗣O型
柿谷曜一朗B型
斎藤 学A型
大迫 勇也O型
監督 アルベルト・ザッケローニ不明