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血液型で今の政界をちょっと眺めてみました(おまけ)

A型小泉純一郎とB型安倍晋三がとった対照的な選挙手法

①~④まで、21世紀に入ってからの日本の政治について記録してみました。

21世紀に入る頃は、『世紀末論』のようなものが世界中で噂されていましたが、預言者らのいうような"終わり"には実際はならず、しかし21世紀に入ってしばらくした今、振り返ってみれば、やはり次の時代に入ったのは間違いなさそうです。

例えば日本の政界を眺めれば、戦後から20世紀終わり頃までは、"派閥政治"というのを中心に政治は行われ、良くも悪くも、それはそれで日本の政界を安定させていました。
ところが21世紀に入ると、小泉純一郎先頭に、あらゆる構造改革や派閥の解体が始まったのでした。
その時には、人々は単に、積み重なった目の前の問題を解決するための、少々大胆な政策というぐらいにしか捉えることはできませんでしたが、今考えれば、それは日本丸が大きく舵を切った、方向転換だったといって良いのかもしれません。
そして、それらは恐らく、世界各国の流れと共に起こったものでもあるのでしょう。
江戸時代と違って鎖国をしているわけではなく、世界の経済主要国としても、国の運営としても、他国とのお付き合いの中で動いているわけだから。

インターネットによる情報の拡大、株式市場などに見られる金融取引、グローバリズム。
世界は、といっても欧米主導の先進国が中心ではありますが、あるひとつの方向に向かい始めました。
そういう大きな変化の中で、さまざまな不安や懸念材料が沸き上がりましたが、それでも大きな川の流れが止められないのと同じように、行くところへ行くしかないのだろうと、人々は流されてきたように思います。

ところが今、その流れを遮るかのような出来事が次々に起こり、世界中のどこもかしこもが足踏みしている状態になっています。
遮っているのは、多くは自然災害です。
あるいは米国の9.11事件も、そのひとつだったのかもしれません。
まるで、「そっちに行ってはいけない!」と、天が少々荒々しいやり方で警告しているかのように、私には思えてならないのです。

日本の政治をみても、今までのやり方がもう機能しなくなったのは分かっても、じゃあどうすれば良いのかは、政治家たちにも分からないのでしょう。
小手先の政策をいろいろこねくり回そうとしているのですが、どれも大した成果が得られたとは思えないし、逆に政策を断行すると、その効用より歪の方が大きくなっている気がします。
何かもっと、根本的な、それこそ政治家がよく言う"抜本的な"、というような構造的なものとも違う、日本人の生き方そのものを見直さなければならないような、そんな気がしてならないのです。
言葉で表現するなら、今必要なのは、「変化」ではなく「変容」ではないかということです。
話題が血液型とは遠く離れて、何やら違う方向にいってしまいそう…。
気を取り直して…前回の記事で、中島岳志大学教授の政治見解に触れましたが、彼が面白いことを言っていたのでちょっと紹介します。

選挙にはいくつかの戦略的な手法があるのだそうです。
ひとつは小泉純一郎の行った方法で、政治や選挙に無関心な人々を引き込み、投票率を上げることで票を集めようとするものです。
そのため、郵政改革を推し進めたい小泉純一郎は「自民党をぶっ壊す!」と言い放ち、古い体制の派閥政治を解体するといい、天下りを無くすといい、「郵政改革」を明確に掲げて関心を集め、多くの人々を選挙に向かわせたのだといいます。

そしてもうひとつは、投票率を上げないようにする手法で、それには、できるだけ政策や他党との論点を曖昧にして、人々を無関心のままにしておくのが良いのだそうです。
この手法が功を奏するのは、今のように一党が数の上で圧勝していて野党はバラバラという状態で、すると組織票を集めれば十分だということになり、今回の参議院選挙は、まさにその典型だったのだといいます。


小泉元首相の時代というのは、バブルは崩壊し国民は意気消沈。派閥政治による問題や汚職問題も次々と表面化し、うんざりしていた国民は、小泉純一郎の改革が何かいい方向に変えてくれるのではないかと大きな期待を持ったのです。
小泉純一郎は、大方は「なるようになれ」というA型的な開き直りで、一か八かの戦法に出たのではないかと思います。ところが、A型が開き直ったときというのは案外成功することが多いのです。A型の場合、めちゃくちゃなように見えても、やはり土台の部分は慎重に積み重ねているものがあるわけで、この時も、ある程度は国民の総意を得ていると感じとったからこそ大胆になれたのだという気がします。

一方、今回の参議院選挙の安倍政権の場合、現在行おうとしている消費税増税は国民が歓迎しているわけではなく、憲法改正にしても微妙すぎる問題なわけで、できれば曖昧にして、野党とも積極的に論争を戦わせず、国民の投票意欲を失わせるよう煙に巻いてしまう方がよかったのです。
そういえば、安倍首相が丸川珠代の応援演説を行っている映像を観たのですが、ひたすら「マルカワタマヨ、マルカワタマヨ、バンザイ」と叫ぶだけでした。私は、「これが一国の総理の応援演説?」と、とても違和感があったのですが、なるほど、そういう戦略があったわけだったのですね。
B型は、場合によっては策を弄するところが多分にあります。今回、その策略が成功したということなのでしょう。

それぞれこのお2人は、血液型に持つ、みなさんのイメージとは少し違うように見えるかもしれませんね。
しかし、「血液型人間学」的には、まさに血液型どおりに行動しているお2人なのです。
その時の政治情勢によって戦術は変わるとはいえ、おそらく、安倍晋三は小泉純一郎がおこなった時のようなやり方はしないだろうし、小泉純一郎も安倍晋三がとった戦法はとらないんじゃないのかな、などと思うのであります。

それにしても、その状況に合わせて、それに適した役者がちゃんと居るとも思えるこの現象、つくづく、世の中は不思議なものだと感じます。



血液型で今の政界をちょっと眺めてみました④

日本を2つに分かつ道


時代の大きな変化を迎えている今、21世紀に入ってからのおよそ20年の日本政治を3回にわけて振り返ってみました。
果たして日本という船は、どこへ向かおうとしているのか?

今年2019年の7月に、参議院議員選挙が行われました。
結果は自民・公民で過半数を上回り勝利。しかし改憲発議に必要な2/3議席はとれませんでした。
投票率は過去2番目に低い48.8%です。
予測通りの展開といえばそうでもありましたが、今回の選挙、新しい風が確かに吹いてきていることを感じさせるものでもありました。
新しい風の要になったのは、山本太郎率いる「れいわ新選組」の登場です。

山本太郎は、タレントとして芸能界入りをした後、俳優として活躍していました。
彼の話によりますと、それまでは政治などにまったく関心がなかったそうで、しかし3.11東北大震災をきっかけに、「このままではあかん!」と、目覚めたのだと言います。

その後の彼の行動は実に精力的で、2011年4月には反原発運動を開始します。
市民運動では何も変えられないと実感した彼は、翌年の2012年12月に行われた衆議院議員選挙に立候補します、しかし落選。それでも7万票を獲得しました。
更に翌年の2013年、彼は諦めずに参議院議員選挙に出馬。そしてみごと666,684票を獲得して当選を果たします。

議員になってからの彼の行動も非常に積極的で、国会で各省の大臣や安倍首相を問い詰めるシーンが話題になっているのか、YouTubeには多くの動画が上がっています。
山本太郎は、国会議員になる明確な目的を明言しています。
「自分の政党を作って政権を取りに行く!」
そして「総理大臣なる!」
そして「ひとりひとりを幸せにする日本にする!」

今回の選挙で、彼は非常にユニークな戦略を立てました。
まず政党を立てるための選挙運動に必要な資金は、全て寄付によって賄われました。およそ4億円の寄付が集まったということです。
山本太郎自身を入れて10名の候補者を立てましたが、それぞれが大へん個性的なだけでなく、共通するのはどの候補者も現場の当事者であるということです。

ふなごやすひこ(重度障害者)当選
木村英子(重度障害者)当選
やすとみ歩(女装することで自分らしさを発見したという東大教授)
はすいけ透(反原発を訴える元東京電力社員)
三井よしふみ(フランチャイズ規制法を訴える元コンビニオーナー)
大西つねき(お金の真のしくみを啓蒙する元外資系銀行為替ディーラー)
辻村ちひろ(環境保護職員)
渡辺てる子(シングルマザー・女性労働問題研究員)
野原ヨシマサ(公明党連立に反対し公明党候補に対立する創価学会員)

という、ソウソウたるメンバーなのです。
血液型は山本太郎以外、残念ながら不明です。
れいわ新選組公式ホームページ


また、今回、政党要件を満たし国会に新風を吹かせるために立てたもうひとつの戦略は、特定枠を利用して重度障害者のお2人を国会に送り込むというもの。
れいわ新選組のうわさは徐々に広まり、7月に入ると、東京の新橋や新宿の駅前ひろばは、山本太郎の演説を聞くために何百人もの人々が集まりました。また、この騒ぎ、若い人々が面白がっているだけかと思えばけしてそうではなく、ご年配の方々の支持も多く見られます。選挙後の分析結果では、投票者は40代、50代が一番多かったとのことでした。

最終的にフタを開けてみると、れいわ新選組としての比例区の得票数は2,280,252票。
特定枠のお2人が無事当選し、政党要件を満たすことになりました。
しかし3番目に位置していた山本太郎は、比例区において991,756票という最大得票数を獲得しながら落選となってしまいます。
ただ、落ちたことは残念なことではあったけれど、重度障害者の2人を国会に送り込めたことは大きな意味があり、自分は代表として活動もでき、次回の衆議院選挙に備えることもできるとし、それなりの手ごたえを実感しているようです。

さて、政界に永く君臨する与党議員たちは、この現象をどう見ているのでしょう。
最初は山本太郎というタレントあがりの空気を読まない変わった議員、という程度の目線でしかなかったかもしれませんが、今回は、多くの市民を動員しているという事実を、明らかに垣間見せるものになったのは間違いないことです。
これまでも、"政界の異端児"と呼ばれるような人物は時々現れたでしょうが、しかしそれも、同じ箱の中での異端だったろうと思うのです。
ところが山本太郎の場合は、これまでの政界セオリーの箱には入らない、全く異質な方法で国会に挑んでいるのです。


この山本太郎現象を、「ポピュリズム」だとする学者もいるようです。ただし「ポピュリズム」については間違った解釈をしている人も多いとのこと。
今回の選挙について日本記者クラブがフォーラムを行った中、中島岳志大学教授が現在の政治動向について分かりやすい分析を披露し、そのあたりの説明をしているので次にリンクを紹介します。

中島岳志教授は、山本太郎現象は日本だけで起こっているものではなく、米国で近年一定の支持を集め続けているバーニー・サンダース大統領候補の名をあげ、山本太郎は彼と同じ立ち位置にいるとも指摘。今後の新しい政治スタイルとして、欧米諸国では注目されつつあるのだと言っています。

山本太郎について、中島岳志教授は別のサイトでも特集しているようです。
(中島岳志教授は、山本太郎に興味シンシンのようですね。)

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山本太郎はA型です。
彼の猛進ぶりは「石橋を叩いても渡らない」イメージのA型からは、だいぶ遠い存在にも見えますが、A型は覚悟を決めて一度思い切れば、誰よりも、猪突猛進にも変人にもなれるところがあります。

また、通常の血液型的セオリーで考えるなら、古い体制をぶち壊し(ぶち壊すを提唱したのはN国で山本太郎ではありませんが)、改革を唱えようとするのは、どちらかというとB型的ではないだろうか?とも思えます。しかしB型は、同じ壊すのでも案外、山本太郎のような熱のある戦法は取らないことが多いのです。それは"壊しや"と呼ばれている小沢一郎(B型)を見ても分かります。

私は、この山本太郎旋風は、案外ホンモノで、日本の新しい変化の流れを作るのではないかとも感じています。
それは、彼がA型だからこそ、実現するように思うのです。
日本はA型社会であり、社会システムもがっちり固められています。そういう中では、どんなに新しい良いアイディアを持ったB型が現れたとしても、いつの間にか弾かれてしまうのです。そしてそのB型は、どうして弾かれたのかさえ分からないことが多いのです。
実際、A型日本社会で成功したB型の方々というのは、100%と言ってもいいくらい、A型の支援者やフォローがあって初めて成し遂げているのです。
けれど、A型的感性を理解している同じA型がそれに対抗しようとするなら、どうすればその隙間に食い込むことができるのか、どうすると弾かれるのか弾かれないのか、分かることができるのです。

そしてまた、スポーツと違ってヒーローになるだけでは人々を動員することは出来ません。山本太郎が人々と同じ目線で「力かしてくれよ」と訴え、兄貴的なリーダーシップを取ろうとするスタイルは、シャイな日本の人々を動かすのに向いているような気がしています。過去の例でいうなら、これもまた、A型が成功しやすいリーダーシップの取り方といえます。

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今回の、選挙の成り行きを眺めながら、日本に今、2つの道が見えているように感じています。

安倍首相率いる現、政界も、日本を思い、変化に対応しようと舵取りをしています。しかしそれは、これまで乗ってきた船を新しく塗り替え、装備を整えようとしている感じです。
一方では、その船には、あまり乗る気にならない人々がいます。だからといって、別の船も今までは見当たらなかったのですが、そこに「こっちに乗ろうよ」と、新しい船を用意しているのが山本太郎率いる、れいわ新選組なのかもしれません。


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(関連記事)


血液型で今の政界をちょっと眺めてみました③

安倍総理は『美しい日本」を実現できるのか?


◇自民党の政権復活

2012年12月、野田内閣解散に伴い、衆議院議員総選挙が行われました。
結果は野党に甘んじていた自民党が294議席、公明党連立では2/3議席を確保し、大勝して与党に返り咲きました。
一方、民主党は前回衆議院選挙の230議席から57議席に激減してしまいます。この選挙では民主党から分裂した議員たちやその他の参入者によって12もの政党が立候補していたというのですから、自民党以外はいかに混迷していたかがよく分かります。

そして安倍晋三が、内閣総理大臣に再選されました。
前回の辞任劇があったために、安倍首相が再び立つに至るには、それなりの経緯があったようです。

2012年9月、自民党内で任期満了による総裁選が行われました。
それは秋に行われるであろう衆議院選挙を見据え、次期総理大臣となる人物を選ぶ重要な選任でもありました。

そのとき、裏方で動いていた人物の1人が、菅義偉でした。

菅義偉=O型

※現内閣の官房長官

菅義偉は今年5月、「令和」元号の発表を行い、"令和おじさん"としても知られることになりました。
以下の動画はテレビ東京でおこなわれたインタビューですが、ご自分のことと安倍首相との関係についてよく語られています。
「菅官房長官語る①~③」


動画(③)の中で菅義偉は、安倍晋三に出逢った時から、「いつかこの人を総理にしたい」と思ったと語っています。
それを受けたインタビューアが「なぜか?」と訪ねると、彼はこう言います。

「育ちもいいですし」
「経験も豊富」
「懐が深くて柔軟性もありますし」
「他の人とは一味違っていた」
「確固たる自分を持っている」

菅義偉は、一見穏やかで口調も静かな、控え目な人物にも見えますが、インタビューの中でも言っているとおり、「勝負するときはしなくちゃだめだ」という、なかなかの勝負師だというのが分かります。あるいは、「これはいける」「今だ」という直感もよく働かせているようで、このインタビューからも、そのO型らしさがよく表れています。

安倍晋三は、前回2007年の辞任の後、体調を回復させると11月には政務に戻りました。
その後は勉強会などを積極的に開き、市民の声なども聞きながら現在に至る構想をより固めていったのだと思われます。
インタビューの中で菅義偉が言うには、安倍首相は前回の辞め方を気にして最初は総裁選立候補を渋っていたようです。
しかし、今がまたとないチャンスだと直感している菅義偉は、安倍首相を何時間もかけて説得しました。

菅義偉の根気勝ちともいえますが、「O型とB型のおもり関係」が上手く働いていたのだとすれば、B型の安倍晋三を説得するにO型の菅義偉は最適任だったとも思えます。
O型の率直な言葉は、B型の気分をよりポジティブな方向に上昇させる効果があるからです。またO型は、他の人にはないB型特有の感性を高く評価することがよくあります。もちろんそれは、そのB型が有能な場合においての話ですが、菅義偉が、安倍晋三の「他の人とは一味違っていた」ところや、「柔軟性や懐の深さ」に好感を持ったのも、O型の食指が動いたからなのでしょう。

こうして菅義偉の直感どおり、安倍晋三は総裁に選ばれました。そして衆議院議員選挙に自民党が勝利すると、第二次安倍内閣が発足したのでした。
するとこの報道を聞いた一部の人々からは、(こう言っては失礼ですが…)「あの軟弱な安倍が…?」という声が、聞こえてきたのも事実です。
一般市民から見れば、菅義偉が言うような「懐の深さ」や「柔軟性」などの安倍晋三の人柄は、伝わってはこないのですから致し方ないことかもしれません。
安倍首相に対する市民の期待は、当初はそれほど大きくなかった気がします。しかしその後、意外に健闘しているというムードが広がり、支持率も上昇し始め、安定政権へと向かっていきました。

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安倍首相は、「美しい国日本をつくる」というスローガンを掲げ、「"戦後レジーム"からの船出」を目指すとしました。
また、経済政策としてはアベノミクスと名付け、三本の矢を柱にする政策を打ち出しています。

しかし、"美しい国日本"と言われても、具体的なイメージがなかなか浮かんできません。
それを説明する定義は、「活力とチャンスとやさしさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする世界に開かれた"美しい国、日本"」とされています。

また、安倍首相の著書「美しい国へ」の概要を見ると、「日本国家が変わろうとしている現在、日本を自信と誇りのもてる国家へとすることを理想とし、そのために保守、外交、社会保障、教育はどうあるべきかを説いている」とあります。

もう少し安倍首相の談話などからメッセージを拾ってみます。

安倍内閣総理大臣談話より
これは戦後70年を迎えるにあたっての声明文ですが、過去の戦争に対する経緯、追悼、お詫び、反省などを伝えると、今後の日本については次のように述べています。

「あの戦争には何ら関りのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

では、安倍首相のいう戦後レジームとは?
日本で戦後レジームという場合は、第二次世界大戦後の日本において、GHQによって出来上がったとされる日本国憲法や、その他さまざまなシステムについてのことを指します。
つまり安倍首相は、これらの体制からの脱却を望んでいると思われます。

明確に要領をつかみきれないところはありますが、安倍首相の思いをイデオロギー的な視点を抜きにして、私なりに要約してみるなら
「敗戦からの自虐的な思いから脱却し、次の世代の子どもたちのためにも、国民が自信と誇りのもてる国にしたい。そのためには、ただしい歴史認識をした上で、自分たちの手で法を見直し、自分たちの手で国を守らなければならない。負の遺産を次世代に持ち越さないよう、今の我々の代でそれを行わなければならない」
ということであり、それは安倍首相の愛国心、そして使命感から発しているスローガンであろうと想像します。

一方の経済政策「アベノミクス」においては3つの矢として以下をあげています。
1.大胆な金融政策
2.機動的な財政政策
3.民間投資を喚起する成長戦略

そしてこれらは、小泉内閣の政策であった"小さな政府"を基本的に継承しながら行うものとしています。
また、具体的な最初の目標としては、20年来続くデフレからの脱却でした。
一方で、その他に取り上げられる重要課題としては、消費税増税、TPPなどの問題もあります。

まだまだいくつもの政策や課題が山積みになっている気がしますが、長期政権といわれるこの6年間で、どういう成果があったのか、国民の私たちにはよく分かっていないというのが正直なところでもあります。
また、安倍首相の描く「美しい日本」を、どれくらいの国民が共有、あるいは共感しているのかも、見えてこないように思えます。
そしていずれの政策も、日本国内だけではなく、他国との関係性を考慮せずには行えないという難問が横たわります。

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以下に、現在の代4次安倍改造内閣の顔ぶれと血液型を記載しておきます。
  • 総理大臣  安倍晋三
  • 副総理兼財務大臣 麻生太郎
  • 総務大臣  石田真敏
  • 法務大臣  山下貴司
  • 外務大臣  河野太郎
  • 文部科学大臣  柴山昌彦
  • 厚生労働大臣  根本匠
  • 農林水産大臣  吉川貴盛
  • 経済産業大臣  世耕弘成
  • 国土交通大臣  石井啓一
  • 環境大臣  原田義昭
  • 防衛大臣  岩屋毅
  • 官房長官  菅義偉
  • 復興担当大臣  渡辺博道
  • 国家公安委員長  山本順三
  • 経済再生担当大臣 茂木敏充
  • 沖縄・北方…大臣 宮腰光寛
  • 地方創生担当大臣 片山さつきO
  • 科学技術担当大臣 平井卓也
  • 五輪担当相大臣  桜田義孝
(O型=9名/A型=7名/B型=4名/AB型=0名)

第2次~第3次内閣までの顔ぶれではA型とB型が多く、O型が少なかったのですが、現内閣では、逆にO型が増え、その分他の血液型が減ったことになります。
血液型をリストアップしても、実際のところ、政治の場合はスポーツのようにチームワークを発揮するという単純なことではないので、血液型構成に何か意味を見出そうとするものではありません。
それでもO型が増えたことをB型安倍総理との関係性だけでいうなら、今の勢いを促進させるムードにはなりそうです。しかしO型とB型の関係で気をつけたい点は、トップに立つB型が力を失ったとき、O型は投げ出すのも早いということです。菅義偉との関係のように親交が深い場合は別として、そうでない場合は安易に弱みを見せないことも大切です。

また、政治家の行動に関する参考のひとつとして
「理念はあっても実際には現実的な行動をとるO型」
「理念と政策を柱に筋を通して行動するA型」
「理念というより談話や話し合い、根回しで解決しようとするB型」
などのことが言えます。





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(関連記事)

血液型で今の政界をちょっと眺めてみました②

混迷する政界~短命政権の6年間



小泉内閣の長期政権の後は、落ち着かない状態が続きました。
2006年から2012年の6年間に6人の首相が誕生し、毎年のように内閣が入れ替わっているという状態です。その間、政党政権交代も起こっています。
その流れを首相の血液型とともに追ってみようと思います。

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■安倍内閣(自民党/2006年9月~2007年8月)

2006年9月26日、第一次安倍政権が発足されました。
小泉内閣の構造改革を引き継ぎ、また安倍晋三のスローガンでもある「美しい日本」を掲げました。

安倍晋三=B型


父は安倍晋太郎(A型)、祖父は岸伸介(O型)、大叔父は佐藤栄作(A型)という、生粋の大物政治家一族であることは誰もが知るところです。
遺伝学的に見ると…
安倍晋三がB型で父親がA型ということは、母親の安倍洋子はB型かAB型の可能性となりますが、安倍洋子の父親(安倍晋三にとっては祖父)、岸伸介がO型であるということはAB型が生まれることはなく、つまり安倍洋子はB型と考えてよいのでしょう。
するとA型とB型の両親から生まれた安倍晋三はBO型です。

就任後、安倍首相が直ぐに取り組んだのは、選挙の公約にもなっていた教育法の改正でした。
教育法に関する問題は重要だと言われつつ、長年後回しにされ、半世紀もの間、歴代首相は誰も着手しなかったとのこと。
教育問題は選挙の票が取れないからという斜めな見方は置いておいても、マスコミや教育界からの反発が予測される微妙な問題が絡みます。当然、国会やマスメディアでは猛攻撃に合うわけですが、それでも就任後3カ月で実現させてしまったのですから、相当強い姿勢で取り組んだのでしょう。

しかしその後は、党内のさまざまなスキャンダルがリークされたり、農水大臣の自殺があったりなど、面倒なことが続出し始めます。そして翌年2007年の参議院選挙では議席過半数をとれずに敗北。"安倍おろし"が起こり、退陣を求められるようになっていきました。

それでも安倍首相は、所信表明演説で「職責を全うする」決意表明を示しました。
ところが、その2日後には急遽記者会見を開き、結局退陣を発表します。あまりの反転ぶりに国民やマスコミはどよめき、無責任だと批判しました。
この成り行きは、不思議でもあり、違和感もあります。
前出にも書いたように、歴代首相の誰もが手を付けたがらなかった非常にやりにくい教育改正を3か月で断行した安倍首相。その事実を見るなら、彼がそれほど意志薄弱だとも、無能だとも思えないところがあるのです。その人がたった2日で考えを変えてしまうものでしょうか。

安倍晋三はB型です。
B型の性質である柔軟性や散文性は、ある時は意見や気分をコロコロ変えたりする面が確かにあります。しかし国政の最高責任者であり、また大物政治家一族の中で小さいころから政治姿勢については自然に教育されてきたに違いありません。

B型は、大きく分ければ2つのタイプがあり、ひとつは気さくでざっくばらん、あるいは破天荒で騒がしいタイプ。政治家でいうなら田中角栄(B型)のようなタイプです。もうひとつは、どちらかというと"ブアイソウ"とも見えるタイプで、普段は大人しく静か、男性なら紳士タイプという感じになりますが、安倍晋三の場合は後者に近いところがあり、それには育ち方や環境の違いも大きく影響していると思われますが、田中角栄とは異なるタイプのB型だといえそうです。もちろん、芯にはB型としての共通性が多々あるはずですが。

安倍晋三は最初の退陣発表では、その理由を
「テロとの戦いを継続する上では自ら辞任するべきと判断した」としています。
また内閣府から発信していたメールマガジンでは
「国家・国民のためには、今身を引くことが最善と判断した」とメッセージを残しました。
そしてその直後、緊急入院をし、潰瘍性大腸炎という疾患を医師が発表しています。
そして更に病院で行われた記者会見では
「意志を貫くための基礎体力に限界を感じた」と発言しました。

たしかに体調は8月頃から既に悪くなっていたようですが、本人は当初、それによって退陣する気はなかったと思われます。ただ、体調がそれほど悪かったのだとすれば、その状態を無視していた安倍晋三は、むしろ自身の政策への執着が強すぎて、退陣の判断を見送ってしまったのだ、とも考えられます。B型は”仕事の虫”になり過ぎて己の健康状態をおざなりにすることがしばしばあるのです。
すると、それを懸念した周囲が、その体調では無理だと説得したのかもしれません。あるいはその2日の間に、意志を変えなければならないほどの、何か他の理由が生じたのかもしれません。いずれにしても真実は、本人以外には分かりませんが。


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ある日魅力が再燃した田中角栄さん


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■福田内閣(自民党/2007年8月~2008年9月)

福田康夫=A型


福田康夫は第67代総理大臣であった福田赳夫(O型)の長男。
本人自らは政界入りを望んでいなかったようですが、父親の後継者であった次男が病になったことで、やむなく政治家の道を決断したとのことです。
秘書官を経て衆議院議員当選(1990年)後は、外交関係で実績を積み、小泉政権では官房長官。「影の外務大臣」とも呼ばれ、当時田中真紀子騒動でこじれた外務省との修復に手腕を発揮したことでも知られています。 
安倍晋三の退陣を受け、兼ねてから候補に挙がっていた福田康夫が指名されました。

親子で総理大臣に就任というのは、初めてのことです。

しかし翌年の9月には緊急記者会見を開き、突然として退陣表明を行いました。前回参議院選挙の大敗によって生じたねじれ国会の影響もあり、思うように政策を進められない状況が続きましたが、それほどのスキャンダルや不祥事が発覚したというわけでもなく、そうした予兆もなかったために、やはりこれも人々を驚かせました。
福田康夫の退陣記者会見は、「国民のために、新しい布陣で政策実現を行ってもらいたい」という、実にあっさりとした内容でした。

おそらくこの辺りから、国民は政治や国会に対して、どこか解せないもの、以前までにあったような派閥の功罪や裏金の不透明さとは、質の異なる不可解さを感じるようになっていったような気がします。

後日、リークされた情報によれば、次のような事実があったともいわれています。
(以下は右書籍の内容を要約/浜田和幸「大恐慌以後の世界」)
時は、リーマンショックが起きた真っただ中。
米国(ブッシュ政権)は、この危機を乗り切るために日本に100兆円の提供を要求してきていたとのことです。福田首相は「ノー」と断り続けました。しかし何度も執拗な要求が行われ、金融庁はその圧力に屈し「100兆円提供」を決定しようと準備したのだそうです。
しかし福田首相は、自分が辞任することで、それを阻止したのだということです。

福田康夫は「頑固」だということは、よく言われていたことでしたが、これが事実であるならば、この退陣劇は、いかにも、"頑固で思い切りのよい"A型らしい行動という気がします。
福田康夫は、その後2012年には、政界を引退しました。

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■麻生内閣(自民党/2008年9月~2009年9月)

麻生太郎=A型


祖父には吉田茂(O型)、高祖父に大久保利通(O型)などの超大物政治家たちが先祖。
父親は実業家であり、家業を継いだ自身も実業家として成功。政界入りは1979年、39歳の時でした。そうした経営手腕や幅広い人脈などが買われて、経済や外務関係のポストに就くことが多かったようです。
福田康夫の退陣を受けての指名となりましたが、当初から解散、総選挙を前提とした内閣だったというところがあったようです。また、リーマンショックの影響が日本にも及び始め、経済界が混迷し始めるなか、就任すると間もなく野党から、あるいは自民党内部からも「麻生おろし」が始まったようです。
そして2009年7月に解散、8月の衆議院議員選挙において自民党は記録的な大敗となり、政権を交代することになりました。

家庭環境の要因もあると思いますが、ヤンチャ坊主のまま大人になったA型、という印象があります。そういうA型の場合、外界との殻を作ることも少なくなり、本来の勝気な性質のまま振舞うことが多くなります。
そうした性質に加えて経済的な豊かさからくるゆとりや、事業で成功してきた自信もあるのでしょう。彼には、転んでも少々のことではめげない前向きさが強く表れていることが印象に残ります。A型の「陰」の部分がほとんど隠れていて「陽」の部分がより表に出ているタイプのA型のようです。

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◇政権交代

■鳩山内閣(民主党/2009年9月~2010年6月)

鳩山由紀夫=O型

(※現在は友紀夫と改名)



祖父の鳩山一郎 (A型)は第52~54代内閣総理大臣、そして曾祖父と父も政治家。
政界のプリンスなどと揶揄されることもありましたが、家庭環境が穏やかで教育が行き届いている場合、O型はその影響を最も強く受けるので、鳩山由紀夫のようなおっとりタイプのO型もうなずけます。
祖父の鳩山一郎はクリスチャンでフリーメンソン会員であったことが知られていますが、「友愛」という言葉を好んでいるところなどをみても、祖父の思想的な影響を強く受けているのかもしれません。

さて、実際の内閣ですが、小泉内閣終了以来、政局は落ち着かず、大衆は自民党の力が衰えたことを感じ始めます。そして具体的な政策目標(マニフェスト)を掲げた民主党が圧勝し、政権交代を果たしたのでした。
当初の支持率は70%と高いものでしたが、鳩山首相は沖縄の普天間基地移設問題でつまづくことになります。
また、子ども手当や高速道路の無料化などもマニフェストに掲げていましたが、完全な実施とはならず、また政策決定の力を握っていた小沢一郎の金銭問題なども起こり、一気に支持率が低下する中で内閣総辞職を決定します。

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■菅内閣(民主党/2010年6月~2011年9月)

菅直人=O型


菅直人の学生時代はちょうど学生運動が盛んだった頃です。そうした環境の中で、彼も学生運動、市民運動や社会活動に積極的だったようです。
ただ彼は、その流行に乗ったわけではなく、学生運動に参加する際も「イデオロギーばかり掲げるのではなく現実的な対応が必用」と独自の主張でグループを結成したということです。あるいは、有名企業に就職するより弁理士を目指して技能を身に着ける方が良いと考えるなど、O型らしい現実的思考性を若い頃から発揮していたようです。しかしとにかく、菅直人は若い頃から社会運動に関わりたいという強い思いを持っていたのです。

当時、参議院選挙では常にトップ当選を果たし、庶民に大へん人気のあった市川房江(AB型)という人物がいましたが、市民運動のイベントで市川房江を招いたことがありました。その際に彼女の存在の大きさに感銘を受けた菅直人は、既に政界引退を宣言していた市川房江を再び選挙に立たせるため、市川房江を根負けするまで説得し、菅直人は選挙事務長として、彼女を2位当選させたという経緯がありました。
そうして徐々に本格的に政界入りを目指すことになりますが、衆議院選に3回挑戦するも落選。4回目でようやく当選を果たします。
官僚でもなく二世でもない。政治秘書でもない。労働組合や宗教団体の支援もなく、ただひとりの何も持たない市民が東京激戦区で勝利したことは、異例のことです。

政治活動への関心の強さ、独立心の強さ、現実性、目的志向性と達成力の強さ、そのための忍耐強さなど、どれをとってもO型そのものという菅直人像が、見事に浮かび上がってきます。

2010年6月、鳩山内閣総辞職を受けて、菅直人が総理大臣に任命されます。ところが翌月の7月には参議院選挙が行われ、民主党連立は敗北。またもや、ねじれ国会という状態に陥りました。
政策が思うように進まない中、支持率は下がる一方となり、そこで立て直しを図るべく2011年の1月、第二次改造内閣を行いました。

そのような中で起こったのが、2011年3月11日の東北大震災でした。
この時の菅直人の言動やリーダーシップに対しては賛否両論…どちらかというと否の方が多いかもしれませんが、「これまでに経験したことのない国家緊急事態において、誰であれば適切な行動ができたのかは、誰も何も言うことなどできない」という声もありました。

必要なことは、この経験を生かして、政界や国会が緊急事態にも適切に対応できる状態とは、どうあれば良いかをしっかり反省し、組織づくりと体制を再考することだという気がします。
ことあるごとに相手の批判をし、政権から引きずり降ろそうとするばかりの現在の政界。国の緊急時にもそうしたことしか行われないのだとしたら、あまりにも恥ずかしくて子どもたちには見せられません…。

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■野田内閣(民主党/2011年9月~2012年12月)

野田佳彦=B型


富山と千葉の農家出身という両親のもとに生まれる。
民主党には、やはり庶民派出身の方が多く存在するようです。
野田佳彦の生い立ちに関する記事を見て、非常に興味深く思いました。彼は3歳の時に浅沼稲次郎暗殺事件を知り、6歳の時にジョン・F・ケネディ暗殺を知って、どちらも強い印象を持ったというのです。
B型の人に時々いるのですが、かなり幼い頃に、非常に鋭い感性で社会や身の回りに起こっている出来事に対して、大人並みの興味を抱いていることがあるのです。
野田佳彦のこのコメントにしても、3歳の時にそうしたニュースに関心を持ったり耳を傾けるということなど、多くの子どもにはあまり無いことです。よくAB型について、小さい頃から物事の理解が早いと言ってきていますが、B型の場合、AB型のそれとは少々異なるような気がします。
それについてはここでのテーマと離れてしまうので詳しいことは避けますが、B型の"興味関心"は、かなり幼いころから芽生えるというということだけは言っておきたいと思います。

2011年9月、菅直人の退陣表明を受けて民主党代表に選ばれ、野田内閣が発足します。
まずやらなければならないことは、福島原発事故の収束でした。
一般大衆からは、地味だけれど実直で信頼できるという一定の評価を得ており、震災と原発事故の処理を任せるには適任だったという印象があります。

しかしその後、消費税を5%から10%へ段階的に引き上げる法案を提出し衆議院議員解散を条件に可決させます。
野田首相は、当初は消費税増税に反対を唱えていたわけですが、震災の後に増税の必要性を感じ、意見が変わったとのことです。しかしそれは公約違反であるとし党内は分裂。その後も与野党の駆け引きが続き、最終的には内閣総辞職となりました。

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実に日本国政、混迷・迷走の6年間と言わざるを得ません。
さて、この先どうなるのか。
この当時、私が人々の意見を聞いていて印象に残っているのは、民主党代表の野田佳彦という人物を評価する人は多かったように思います。しかし原発事故の収束も見通しが立ち、日本の自粛ムードも和らいできて停滞していた経済活動を再起動させたいこの時期、「やっぱり日本経済は自民党じゃなきゃだめだな」という声が、徐々に大きくなっていたのは間違いないことだったように思います。

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(関連記事)
血液型で今の政界をちょっと眺めてみました①
血液型で今の政界をちょっと眺めてみました③
血液型で今の政界をちょっと眺めてみました④

血液型で今の政界をちょっと眺めてみました①

21世紀、グローバルリズムの流れ


「人間を研究観察する仕事をしています」などと言っておきながら、叱られそうですが
政治のことなど、一生書くことはないだろう…と思っていました。
そもそも苦手で関心も薄く、幸い私がこの研究の代表を受け継いでからというもの(以前はたまにありました。)、政治に関するコメントを求められたことはなく、万一求められても、「断ってしまおう」なんて、思っていたくらいなのです。

しかし、今回行われた参議院選挙の際、誰に投票すべきかと調べているうちに、これまでとは、何か異なる、大きな変化の兆しを感じました。
もしかしたら日本国の政治は、今、重要な局面にきているのかもしれない。
だとすれば、少しでも記録に残しておかなければならないと、重い腰を上げたというわけなのです。

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さて、現在の安倍内閣、7年目という長期政権に突入していますが、少し過去にさかのぼりながら、近年の政治動向と同時に主要な政治家の血液型を挙げていきたいと思います。

経済の視点で眺めるなら、日本は高度成長期から1980年代のバブル期を経て、1991年頃にはバブル崩壊。その後は期待されるような景気回復には至らず、多少の上下を繰り返してはいても、この20年ほどはデフレから脱却できずに下降し続けているとのこと。
また同時に、21世紀に入った頃には世界中でグローバリズムが唱えられ、良い悪いは別にして、金融商品取引への外国人参入なども含め、国内経済の質自体が変化していったようです。

それは時代の流れだったのかもしれませんが、そうした変化の中で、象徴的な存在になったのは、郵政民営化を推し進めた小泉純一郎元首相です。

■小泉内閣(2001年4月~2006年9月)

小泉純一郎=A型

彼は異色ともいわれた総理大臣で、多くの政治家がとるような慣例的な行動をあまりせず、一匹オオカミ、あるいは”変人”などとも呼ばれていました。しかし一方で、総理になる以前まで従事していた福田赳夫(O型)、そして福田派に対する忠誠心の強さは周囲にもよく知られていたということですから、党内でも「変わり者だが筋のあるやつ」ぐらいの一定の評価は得ていたのでしょう。
血液型的見方をするなら、ヤルと決めたら断行してしまう、ある意味"破滅型タイプ"のA型なわけですが、一本筋が通っているだけに、周囲も一目置くようなところがあるのです。

その頃、バブル崩壊から10年経つというのに、派閥などに縛られてぐずぐずしている日本の政治に閉塞感を感じていた一般大衆にとって、小泉純一郎の清々しさや潔さは大へん好感を持たれ、日本中に「小泉旋風」を起こしました。何と、当時は最高値で、87%もの支持率があったとのことです。
「彼なら何かを変えてくれるかも?」と、人々は大きな期待を寄せたのです。

実際、小泉内閣は、「聖域なき構造改革」を掲げ、郵政民営化や労働者派遣法の規制緩和などを始めとする官から民への"小さな政府"、あるいは銀行の不良債権処理などを、急速に実現させていったのでした。
また、それらの立役者ともなった人物は、政府のシンクタンク的存在として活動していた竹中平蔵でした。

竹中平蔵=O型

(2001年~2006年/経済財政政策大臣、総務大臣などを務める)

学者ならではのロジックや、(O型らしい)一言多い発言などもあり、時おり周囲からひんしゅくを買ったりしていましたが、盤石内閣のA型小泉首相の下にあったことで、5年にわたって手腕を振るうことになりました。

これはA型上司とO型部下のおもり関係が上手く働いた例になると思います。
鳴り物入りで入ったはいいけれど、政界の内情もよく知らず、周囲からもやや冷やかな空気を感じていたことでしょう。
O型はハツモノには弱いところがあり、場慣れするまではだいぶ余分な力が入りがちになります。しかしボスがA型だと、O型は、「ボスが自分をフォローしてくれる」という、安心感を持つのです。しかも小泉首相は"思い切りの良いA型"です。小泉首相に「頼むよ!」と言われれば、「よ~し、やっていいんですね!」という気持ちになったのではないかと思います。
学者が自分のロジックを頭で考えるだけでなく、実際の行動で実現できるというのは、冒険でもあり、大きな喜びでもあったはずです。まして目的志向性の強いO型なら、尚のこと燃えたに違いなく、しかもそれが国政舞台です。野心家の(たぶん)竹中平蔵にとっては、またとないチャンスだったに違いありません。

ただしこの「小泉・竹中改革」は、当初から賛否両論があり、最近では否定論の方が目立っているようにも感じます。
日本は改革、改革と言いながら、なかなか物事が動かない、という現象が実際よく見受けられます。そして「誰か思い切ってやってくれないのかねえ」というジレンマが蔓延するわけですが、そんなときに現れたヒーローが小泉純一郎だったのです。
それに答えるには、少々強引でもスピード感をもって推し進める必要があるのでしょう。

もちろん現在問われている問題は、そこではなく、"小さな政府"(緊縮財政)や”グローバルリズム”に向かう政策が、果たして良かったのかどうかというところにあるようです。
竹中平蔵は、当時の米国的理論(※現在のトランプ政権は反グローバリズムで異なる政策である。)を日本の財政政策に持ち込んだわけですが、それを日本の体質に合うように精査したとは思えないところがままあります。

いずれにしても、小泉首相が総理辞任と共に政界引退を表明したことで、「小泉・竹中改革」も一旦区切りをつけ、次の安倍晋三にバトンタッチされることになったのです。

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(関連リンク)
血液型で今の政界をちょっと眺めてみました②




B型の可能性を見せてくれたイチローに感謝

「ありがとう!」イチローさん!

3月21日、東京ドームで行われたアスレチック戦を最後に、イチロー選手が引退表明をしました。

イチローはB型です。そのB型特性を、これ以上ないというくらい活かし、体現しているアスリートであったので、コラムやエッセイなどでも、あるいは取材の打ち合わせでも、B型の代表選手として、度々ご紹介してきました。

こんなふうに書いたら反論を招くかもしれませんが、イチローは、多くのB型たちが目指すことの可能な、「至上もっとも素晴らしいB型モデル」なのです。
「いや、真似できないよ」「誰もできないことをやったからヒーローなんじゃないか」
という声が聞こえてきそうですが、ここでいうのは、「血液型人間学」的な自己開発、自己進化の視点に立ってのことだと前置きしておきます。

そういうわけで、ご本人に許可も得ずに勝手に分析するのは恐縮ですが、今回の引退表明を機に、記憶に留めておきたいB型アスリート、あるいはB型ヒーローとして、あらためて記録しておかなければならないと思いました。


イチローの素質と才能は、B型が共鳴し、A型が押し上げた
イチローがプロ入りしたのは1992年。(Wikipediaより
小学生の頃から父親とキャッチボールを始め、少年野球時代、中学、高校と、その才能は開花しつつ、「エースで4番」の活躍をし、スカウトたちの目にも留まるようになっていきました。
しかし自動車事故で肩を痛め、その時点から投手としての道は諦めざるを得なくなり、打者としてのプロ入りを目指したのだということです。

イチローは名古屋出身でもあるせいで、中日ドラゴンズに入団することを希望していたそうです。でも残念ながら指名が入らず、オリックス・ブルーウェーブ(現在のオリックス・バッファローズ)にドラフト4位で入団します。
入団当初は、コーチとの意見の相違もあり、思うような結果はあまり出ませんでした。また当時の監督は、上田利治氏(O型)でしたが、イチローについての評価は「線が細すぎる」として、さほど大きな期待を持っていなかったようです。
確かに、長く活躍する選手になるには、身長だけでなく、肩や尻がガッチリしているという身体的要素が、大きなポイントになったのでしょう。

しかし、イチローが見せている"光る才能"に、気が付く人物も現れました。
まずは、当時の2軍打撃コーチ河村健一郎氏が、イチローの"振り子打法"の開発に、二人三脚で取り組みました。
河村氏は同じB型。B型は、「これは」と関心さえ持てば、それまでのセオリーにあてはまらないことでも共鳴し、熱心になってくれたに違いありません。
そしてその後、仰木彬氏が監督となります。仰木監督がイチローを高く評価し、よく使い、育てたという話は、既に人々に知られていますね。

ここで注目したいのは仰木監督がA型だということです。
A型とB型は、その対照性のせいで、お互いが認め合う工夫をしないと、調子を合わせるのが難しいことが多くなります。そのため、上司部下の関係になったときなど…特にA型が上司になった場合には、A型的な社会常識や一般常識、形式秩序の観点からみれば、B型の言動はどうにも理解しづらく、チグハグになりやすいのです。

ただし、そうしたA型性にも、実はもうひとつの面があります。
社会通念、秩序、ルール、セオリーなどを重視する一方で、その"カタチ"からの解放を願うのもまた、A型性なのです。
つまりA型にとってみれば、その心の奥にある望みを、目の前で体現してくれているのがB型というわけなのです。
ときに熟練したA型が、若きホープB型を、殊のほか高く評価し、殊のほか可愛がり、大きく育てていく例は、日本の過去にもよくあることなのです。
イチローと仰木監督は、まさにそんな関係になったのではないでしょうか。


◎功績や見返りを意識しない「B型的純粋な意図」がイチローを飛躍させた
こうしてイチロー選手は、日本のプロ野球界において徐々に評価を高めていくことになります。
たとえどんなに若くして才能や能力があったとしても、それが評価されるよう適応させていくことができなければ、それは育つことも実になることもありません。
多くのB型は、才能を持ちながらも、このあたりでつまづくことがありそうです。

自分の力が相応に評価されない―。
それをひがんで(あるいは諦めてか…)、自分の楽しみの方に目を向け過ごすB型たちは、数知れないのではなかろうか…。

では、なぜイチローは、そのチャンスを手にすることが出来たのでしょうか。

私はそれは、ひとえにイチローの、野球に対する純粋な想いだったのではないかと考えています。
”野球に対する純粋な想い”と言ってしまうと、それは単なる"野球好き少年"とも受け取れるかもしれませんが、私はもう少し、彼の想いや彼の意図を、高みに上げて理解してみうようと思います。

イチローは、野球というプレーを通して、イチロー自身の全てをそこに投入し、表現し、体現しようとしたのでなかいかと。

つまりイチローにとっての”野球”とは、それはツールなのです。もしも野球以外の別のものにイチローが幼い頃触れていたら、その別のものが「純粋な想いを体現するツール」になったかもしれません。
イチローは、野球というツールを選択し、その自分自身を体現するツールが野球なのだとすれば、そこには自分の意志や意図、自分のエッセンスを純粋に注ぎ込まなければなりません。
周囲から、生意気だとか、変り者だとか、少々のケチをつけられたからといって、自分ではないものを作り上げたのでは、何の意味もなくなってしまうのです。
イチローは、その核心のところを、絶対はずさずにいたに違いないのです。

B型のマイペースさ、自分の興味への純粋な意図は、それを可能にしてくれるはずです。
その、芯からぶれない純粋さは、必ずや、共鳴し、共振する人や出来事を、引き寄せていくのだと思うからです。

約束事の多い窮屈な現代社会において、そうしたことが少々苦手なイチローでしたが、彼の純粋さは、その殻をみごとに打ち破り、コーチや監督を味方にし、自分の土台作りに成功しました。そして世界へ旅立つ切符を手にすることになるのでした。
2000年の秋、マリナーズと契約を交わし、ここに日本人野手として初のメジャーリーガーが誕生します。
"日本人初めて物語"にB型がすこぶる多いことは、いろいろな場面で既に伝えてきましたね。

さて当時、私たち人間…特に日本人の性分からすると、どうしてもネガティブに傾きがちで、「大リーガーになれたことだけで充分だよ、活躍できなくたって仕方ないよね」というムードが、大方を覆っていたのではないかと思います。
私はそもそも、野球というものをあまり知らず、イチローがどんな選手でどんな人物かということについては、生前の師、能見俊賢から聞かされることでやっと知った程度でした。野球好きでB型好き(?)の俊賢先生が、イチローのメジャー入りに大はしゃぎをしていたのが、つい昨日のことのように思い出されますが、血液型人間学を通して人々を眺めてきた先生と私は、世間の予測とは少々異なり、イチローが、卓越したB型性を見せるであろう予感を、どこかで感じてもいたのでした。
その後は、みなさんもよくご存じのように、イチローは次々と記録を更新しながら、快進撃を続けていきました。


◎B型の「正直さ」が芯を歪ませない
B型の"不愛想"は、折に触れて伝えていますが、それがだいぶ彼らをソンな立場に追いやっていることは間違いありません。
たかが、"愛想”ごとき、ではありますが。
イチローも、そうした不愛想なB型たちの類にもれず、お世辞にもマスコミ受けが良かったとは言えませんでした。
具体的にはこういうことですが…。

スポーツ記者たちは、選手たちにいろいろな質問を投げかけるわけですが、そのほとんどは、ある答え(記事の書きやすさ)を期待しての質問なのです。そして選手としても、マスコミ対応は、ある意味ファンへのメッセージにもなるわけで、大概の選手は彼らの意図に合わせて(あげて)、中には非常に合わせるのが上手い人もいて、そうすると、「〇〇選手は礼儀正しくていいヤツ」なんてことにもなり、記事なんかもいい感じに書いてくれたりする、というカラクリなわけです。

ところがイチローは、いつだって、カメラ向きの笑顔も、記者が期待する答えも、してはくれませんでした。
彼は、本来のB型らしく、「正直な人」なのです。
笑いたくないのに笑ったりしないし、本心ではないことを、口に出したりもできないのでしょう。
そこには、無意味なことを期待する記者たちに対して、少々のB型流のひねくれもあったかもしれませんし、B型的な照れ性もあったかもしれません。

ところが、その頃のイチローは、米国でその実力を確実に評価され始めており、そこまで活躍するとは予測していなかった日本人記者たちはやや困惑ぎみだったのです。そんな、イチローに対するメディアのジレンマが、見て取れるような時期でした。彼らは、イチロー選手を、どのように扱って良いか分からなかったのです。

そんなある日、私としてはとてもラッキーな場面に、個人的に遭遇しました。
彼が大リーガーとなって活躍を始めた数年後のオフシーズンのことです。
深夜の都内の小さなレストランで、偶然彼を見かけました。
時間はすでに夜中の1時頃。客は私たちのグループ3人と、イチローのグループ4~5人、他に一組ぐらいしかいませんでした。
「お、イチローだよ」
私の前に座った友人が目ざとく気づき、私の背後の方の席にイチローが居ることを教えてくれました。
振り返ってみたいのはやまやまでしたが、せっかくのオフの団らんの席を、けして邪魔してはいけないのだと思い、私たちは素知らぬフリをして食事を楽しんでいたのでした。

ところがありがたいことに、しばらくするとイチローは、トイレに行くために席を立ち、私たちの横を通り抜けました。
(トイレに行ったということは、帰ってくるわけだから、ここをまた通るよね。失礼のないように、素顔を少しだけ拝ませていただこうかな…)
私はイチローの後ろ姿を見ながら、浅はかなことを思い…
いや、でもなんだか「待ってました」という態度で目が合ったら、やっぱり失礼だろうか…う~ん、知らん顔したフリして、横目で見ようかな…。

そんなわけの分からないことを考えているうちに、向こうからイチローが、さわやかに歩いてきました。
それは、とても自然で、自分が今やスーパースターになりつつあることなど、微塵も感じさせず、特殊なムードを醸し出すものなど、何もありませんでした。
本当に、フツウに、しかしその爽やかさは、もはやフツウとはいえないのかもしれませんが、とにかく私は彼と目が合い…というか、むしろ彼の方から、通りすがる人同士が自然に目くばせして笑顔を見せるような、そんな感じでこちらを見て笑顔を向けたのでした。
私は、イチローと目と目があったその瞬間、咄嗟にこんなメッセージを送りました。
「あなたは必ずやり遂げる。私はあなたを信じているよ」
もちろんこれは、言葉に発したわけではなく、心で思っただけですが。

このときは、テレビで観る、ちょっとニヒルというかクールというか、まあ端的に言えば"不愛想"な印象を与えるイチローの姿でもないし、野球をプレーするときの彼でもありません。親しい友人や家族と、和やかに団らんしている、素面の彼と会う(見る?)ことができたのは、私が今後のイチロー選手を見つめる中で、たいへんありがたいことだったのです。
そしてこのときの、さわやかなイチローの方が、真の彼を表現しているのだとも確信しました。(テレビカメラや画面というのは、何か真実を別のものに変換する作用があるのではなかろうか?)

ああ、こんな彼なら大丈夫、あなたは大丈夫。
私は清々しい空気でも吸ったような、とても良い気分になりました。

話が横道にズレましたが…
とにかく、裏を返せば、B型の性質とは、本来がハートに正直な人たちだと言えるのです。
私は、そういうイチローだからこそ、世界に出ても、やり抜けるのではないかと期待をしたのです。
そしてようやく、マスコミや日本人ファンたちも、イチローへの目線を彼と同じ高さに合わせることができるようになり、新たなヒーロー誕生となっていったのでした。


◎『無限記録』に挑戦するのがB型の興味を長続きさせるコツ
イチロー選手が、日本プロ野球時代の8年、そして大リーガーとして19年、合計27年の長きにわたり活躍できた理由には、『記録の更新』という、これも実にB型的な要素が挙げられます。
B型が、何か一つのことに興味関心とその集中力を、現代の社会構造の中で持ち続けるためには、"記録に挑戦する"ということが何より有効なのです。
人間とは、そこに何か限界を作ったとき、終わりを見てしまいます。
けれど、『記録』という、一種のよりどころとなるメジャーを用いることによって、"限界を作らない"ルールを設定することが可能になるように思います。
それは他の誰かや何かと競争するのではなく、あくまでも無限の空域に挑戦するようなものとなるからです。
カタチに収めうようという力が働く社会の中で、それとの不調和に苦心するのがB型ですが、目標を、社会や周囲ではなく、『記録』というものに設定したとき、まわりの雑音に惑わされることが少なくなり、自分のやるべきことに熱意を傾けることができるのです。
それに、"永遠"や"無限"に心が向きやすいB型にとって、記録を更新していく作業は楽しくもあるのではないでしょうか。

どうぞ、調べてみて下さい。これまで、さまざまな分野で、数々の記録を打ち出した人々には、B型がとても多いのです。


◎B型特有の柔軟性はB型の大きな武器
また、イチローの柔軟な身体作りは、B型の資質をフルに活かしたものでもあります。
B型体質の柔軟性については、フィギュアスケート選手についての記事でも書きましたが、それは身体だけに限らず、心や脳の働き方にも通じるところがあります。
B型の人々は、この、他の血液型にはない、B型らなではの柔軟性を、自分の生活や仕事に、大いに活かすことが武器になるのです。
これこそが、B型の、体質に根差した能力といえます。
イチローは、それがB型的な自分の特性であることを、知ってか知らずか、徹底的に研究し、練習にも取り入れたと思われます。
ある時オバマ元大統領に、「記録を更新して活躍する秘訣」について尋ねられた際、「柔軟な筋肉です」とイチローは答えたのだそうです。彼がしっかりと、そこに意識を向けていたことがわかりますね。もちろん彼は、"血液型"ではなく、"筋肉"について学んだのだと思いますが。

イチローがイチローらしく、イチローとしてステキなのは、血液型だけが理由でないのはあたりまえのことで、イチローに関する資料を探したり、本を読んだりすれば、イチローの姿が、もっと詳しくわかるのでしょう。
おそらくこれからも、イチローを知りたがる人々のために、わんさかと記述されていくことでしょう。

けれど血液型的に眺めれば、もうこれだけで充分なくらいに、その血液型的功績と要素を見せてくれています。
イチローは、B型の性質…たとえそれを本人が知らなくても、彼は自分の体質的特性を、見つけ出し、引き出し、鍛錬し、実現させた人です。
そしてそれを可能にしたのは、自分らしさや自分の人生を、野球を通して実現させるのだと、覚悟を決め、それに純粋に向かったからに違いありません。


◎すべてのB型はイチローになれるはず
イチローの姿は、全ての人々が倣うことができます。
それは、「自分と真摯に向き合い、己の特性をいかに引き出し訓練するか」ということであるし、加えて「出来る限りそれに対しての(心と意図の)純度を高めること」でもあります。
そして更には、世のB型たちにとっては、B型が"成功"(自分を実現させる)するための模範を、イチローが示してくれたのだと受け取ることができます。

私は、取材や仕事で出会うB型たちによくこう言います。
「どのB型も、イチローのようになれるんですよ」
するとほとんどのB型は、「え?」という驚きの表情を一瞬見せ、そして次の瞬間、「ほんとですか?」と、キラキラと瞳を輝やかせます。

私は、世の多くのB型たちが、自分の力をどこか出し切れずに、モヤモヤとし、かといってやり方も分からず、仕方なく目の前にあるわずかな楽しみに埋没しているのだと感じています。
イチローの話に言及したときの彼らの目の輝きが、それを物語っているのです。

ここでちょっと、日本のプロ野球を少しでも知る人なら、忘れてはならないB型ヒーローについて触れておこうと思います。
そう、あの、長嶋茂雄さんです。

彼ももちろん、まるでB型を、そのまま絵にかいたような人物です。
ところが長嶋さんの場合、誰もが模範にすることは出来そうにありません。
長嶋さんの「野球に対する"純粋さ"」という核心のエッセンスは、イチローと同じく、誰もが真似したいところではあるのですが、長嶋さんは、ただそれのみで突き進み、周囲を顧みるスキもなく、どんどんスターに押し上げられていってしまった人でした。
しかしそんな、時代の勢いに乗せられたにもかかわらず、長嶋茂雄は最初から最後までずっと"長嶋茂雄"を貫き通したのですから、それはまさしくB型でなければ不可能だったのですが、それを長嶋さんは、無意識にやれてしまった人なのです。
だから、誰にも真似できない、永遠のスーパースターなのでしょう。
けれど、イチローさんは、長嶋さんとは少し違います。
イチローの言動は、そのどれもが、もっと意識的に行われているのです。
つまるところ、だから、どのB型も、意識的になりさえすれば、「イチローのようになれる」と、私は考えているのです。

ああ、もう充分です。
イチローさん、お疲れさまでした。
私はあなたのおかげで、B型性についてより多くを理解しました。その上、B型の大いなる可能性を見せてくれたことは、私にとっても、多くのB型にとっても、とても深い意味のあることです。

ずいぶん前、何かの記事で読んだのですが、プロ野球選手として登録(申請?)するための手続きの中に、アンケートの記入があったそうです。
そこには、「将来の夢は?」という質問がありました。
イチロー選手は回答らんに何を書いたかというと、「森の管理人」だったのだそうです。
将来のプロ野球選手へのアンケートなわけですから、普通に考えるなら「王さんのようなレジェンドになりたい」とか、「野球監督になりたい」とか、そんな回答が多くなりそうですよね。
それなのに、突如として「森の管理人」って?(笑)

しかし私はこれを読んだとき、イチローが、ヒーローになることに憧れた野球少年ではなかったことを理解しました。
彼は自分の挑戦すべき人生や自分の可能性に、野球という舞台を選択したのでしょう。
それは夢というより、彼の成すべき役目、あるいは課題、あるいは使命であったのかもしれません。
最後のファイナーレでも、記者会見でも、イチローは始終さわやかな笑顔だけで、涙は見せませんでした。
それは"イチロー気質"であるのかもしれませんが、人が真に意識的に生き、真にやり抜くと、感慨に浸ったりはしないものかもしれないなと、ふと思います。

そして、ほんとうの夢は、"森の管理人"なのですよね。
あの日、地下室にある小さなレストランで、私たちの横を森の中のそよ風のように通り抜けていったイチローを、今思い出します。

イチローさん、あらためて、ありがとう。




【2018 FIFA World Cup】A型西野監督率いる"SAMURAI BLUE"

W杯!日本代表のサムライっぷりを応援しよう♪(第1節)


2018,FIFA(Federation Internationale de Football Association)サッカーワールドカップが開催中です。血液型を通してサムライ・ジャパンの活躍を追っていきたいと思います。

コロンビアとの初戦が行われたのは6月19日(火曜日)PM9時~。その日の夕方、私はいくつかの会合のために都内をウロウロしていたのですが、「この店、今日はめずらしく空いてるねえ」「今日はサッカー観るから早く帰っちゃったよ」などという会話が、行く先々で交わされておりました。

日頃サッカー好き人口が、日本にそんなに多いという実感はあまりないのですが、しかし21世紀以降の高視聴率歴代上位のそのほとんどが、FIFAワールドカップ観戦時だということなので、その日、東京の夜の街がガランとしても(渋谷以外!)、不思議ではないのかもしれませんね。今回のコロンビア戦も、瞬間最高視聴率は55.4%に達したのだそうです。
(過去W杯の視聴率)
・1998年W杯 クロアチア×日本(63.7%)
・2002年W杯 ロシア×日本(66.1%)
・2010年W杯 パラグアイ×日本(57.3%)

それにしても今大会、直前になって突然の監督解任劇なんかがあり、なにかと波乱含みで始まったわけで、選手たちも、決して完璧な状態で初戦に挑んだわけではなかったろうにと想像します。ところがそんな、誰もが「どうなることやら」と気がかりになったことで、勝利の女神が同情したのかしら?と思いたくなるくらい、試合開始後たった3分でコロンビア側のMFが退場、それが日本チームの得点につながり、しかもその後は10人対11人で試合を進めるという、日本側にしてみればなんともラッキーな展開となったのでした。
とにもかくにも、すったもんだの騒ぎの状況で初戦に勝ったことで、「え?勝ったの!?」と、サッカーにあまり興味のない人までも注目することとなり、今大会、なかなかの盛り上がりを見せてくれそうな気配。

以下は、日本代表の血液型リストです。

※選手のコメントはJFA,JPに紹介されている内容の一部を転載させていただきました。

チーム全体の血液型分布は、世界大会のような短期戦の場合、チームのムードを左右するので案外意味を持ちます。今大会は「O=10,A=7,B=3,AB=3」ですが、O型が少し多めにいることでチームの活力が強まりますから、なかなか良いバランスではないかと分析しています。

※対コロンビア戦は以下のメンバーで試合が展開しました。

コロンビア(1) × ジャパン(2)🏆 JFA,JP公式サイト参照
【スタートメンバー】
GK_川島 永嗣 (O)
DF_昌子 源 (AB)
DF_長友 佑都 (O)
DF_吉田 麻也 (O)
DF_酒井 宏樹 (A)
MF_柴崎 岳 (B)
MF_原口 元気 (O)
MF_香川 真司 (A) ※得点1(6分)
MF_乾 貴士 (A)
MF_長谷部 誠 (O)
FW_大迫 勇也 (O) ※得点1(73分)
【選手交代】
香川真司(A)➡本田圭佑(AB) ※アシスト(大迫の得点)
柴崎岳(B)➡山口蛍(A)
大迫勇也(O)➡岡崎真司(O)


2戦目のセネガル戦は次回の記事で更新します。
以下は今大会にまつわる追記のコラムです。
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日本サッカーのジレンマ
サッカーというゲームが日本に伝わったのはだいぶ昔のことでしょう。しかしサッカーというものが、日本の子どもたちの間に広く定着したのは1990年代で、まだ最近のことです。
学校の体育の授業や放課後なんかには、誰でも遊んだことのあるような馴染みやすいスポーツでもあったのですが、多くの学校は校庭のスペースを野球部やらテニス部やらが既に占めていて、サッカーまでの余裕はないのです。だから少年たちがサッカーに深く触れる機会が少なかったわけですが、そんなジレンマを打開するため、日本サッカー協会がプロリーグを設立したことで、一気に人気スポーツとなっていったという経緯があります。(日本サッカー協会/沿革)

とはいえ、日本のプロチームが、順風満帆にその道を突き進んできたというわけではないかもしれません。どんなことであれ、新しいことを始めるとなると、必要以上に世間の目は厳しいし、冷ややかだし、批判的なものなのです。馬鹿だ、チョンだ、弱っちいだとか、いろいろ言われながら頑張ってきたのではないかと思います。そういう紆余曲折を繰り返しながら、少しずつ層が厚くなり、技術レベルも上達し、FIFAの決定する世界ランクも、何と一度は9位に昇ったことさえあるのだとか。(日本代表FIFAランキング)

ところが最近、海外チームで活躍できるような選手も育っている一方で、サムライ日本としての成績は今一つのようです。まあ、このFIFAランキングというのは、ポイントのつけ方も複雑らしく、あくまで目安と考えればいいそうなのですが、それでも現在61位という位置づけは、選手もファンも、決して納得のいくレベルではないはずです。

そしてまた、サッカー後進国だった日本が世界レベルに進化するには、やはり欧州の指導者を呼ばねばダメだということで、これまでもサムライチームを率いてきた監督は、ほとんどが日本人ではなかったわけです。たしかに、試合の展開やサッカーセンスに関して言えばその通りなのですが、やはりそこには言葉の壁があり、しかも日本人特有の性質を理解する難しさなど、監督も選手も、そして協会も、双方にあったのではなかろうかと思います。

それでも過去歴代の、トルシエ氏も、ジーコ氏も、ザッケローニ氏も、そして今回の騒動のハリルホジッチ氏も、どの指導者たちも、日本と日本チームをとても愛してくれていたのだと、サッカーに精通していない私でさえ感じます。そして彼ら指導者が口を揃えて言っていたのは、「日本の選手とチームは着実に上達して優秀になっている。それなのに実力に応じた結果が出ていない」というものでした。だから彼らは尚更、指導者としてのプライドにかけて日本チームを何とか勝たせたいと思い、一生懸命になってきたのではないかとも思えるのです。

こうして、海の向こうからやってきた監督たちは、純粋にそのように思っているわけですが、"日本サッカー協会"っていうのは、全くもってニッポン的な組織でありますし、いろいろと事情も複雑になり、道理も、仕事の進め方も、監督たちとはさぞすれ違うことだろうと予測できるわけです。

"日本的A型気質"を再確認した監督解任劇
そんな背景の中でおこったのが、今回のワールドカップ出場権を勝ち取ったハリルホジッチ監督の、あまりに意表を突くような解任劇でした。これはもう、ハリルホジッチ本人だけではなく、誰の目にも「?」マークがいっぱいで、未だに不可解なくらいですが、マスコミや人々の勝手なウワサや憶測が飛び交うのを尻目に、コトは淡々と進められていたようです。後任に西野朗氏が就任することがすぐに発表され、協会はまるで何事もなかったかのごとくに、この件をさっさとリセットしてしまったというのが、私の正直な印象です。

さて、後任の西野朗監督の血液型はA型です。
こうした不可解な騒動の後始末を、シラっと収めるには、A型は最適任といえます。
A型はこんな時、余計なことは一切言わず、ひたすら寡黙にコトを進めていきます。ときとして周囲はその沈黙を、逆に不審がったり、恐れたり、独裁的だと捉えたりすることもあるのですが、A型的な感覚では、あちこちのほころびを取り繕っているうちに他のほころびが出てきて収拾がつかなくなるくらいなら、どう誤解されようがどう批判されようが、黙って行動するのが最もスピーディーだと考えるのです。実際その通りでもあります。

ただ、今回ふと思ったのは、それは確かにA型的な性質ではありますが、日本人のA型に、特に見受けられる特徴かもしれない、ということです。
なぜそういう思いに至ったかというと、今回の解任騒動の当事者ハリルホジッチ氏の血液型は解っていないのですが、彼の指導ぶりなどを聞いた限りでは、彼も高い確率でA型のような気がしています。そしてハリルホジッチさんは、最後の記者会見で次のように正直な気持ちを伝えました。
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「西野とのコミュニケーションは少なかったかもしれない。彼に意見を求めたが、あまり多くを語らない人だった。いつも『良かった』と言ってくれた。会長には解雇権があるので、解雇は問題ない。私がショックを受けたのは、前もって情報をくれなかったことだ。何の相談もなかった。西野にしても田嶋にしても、『ハリル、問題があるぞ』となぜ言ってくれなかったのか。一度も言われたことはなかった。私の得意分野である『最後の詰め』という仕事をさせてもらえなかった」(Wikipediaより
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これを読んで、ハリルホジッチさんに、私は同情したい気持ちになります。
ハリルホジッチさんが、多少頑固者で融通のきかないところはあっても、誠実に責任感と忠誠心で仕事を完遂させたいA型だったとしたら、それはほんとうに悔しかったに違いないのです。しかも彼には、今回のような、いかにも日本的な体質のやり方は全く理解できません。だから純朴に、まるでキツネにつままれたかのようなショックを受けたのでしょう。

ABO血液型は人類共通なので、どの国どの人種においてもABO遺伝子としての性質は同じなのですが、そこから派生する二次的性質には、その土地の文化歴史による特有のものが少なからずあるのも事実。今回の一連の出来事を眺めながら、それを日本の特異的な性質といったらよいのか、日本的A型の性質といったらよいのか、あるいはそういうのを総じてサムライ的な性質というべきなのか、正直、何とも判断がつかないところではあるのです。
とにもかくにも、A型西野監督は、その全てを背負っての出陣なんだろうと思います。A型が使命感のもとに崖っぷちに立たされたとき、開き直って本来の度胸と負けん気が顔を出します。西野監督は、なかなかの強さを見せてくれるのかもしれません。


"オネエ系"タレントの血液型をリストアップしてみた

日本の"オネエ文化"を牽引してきたのはA型なのか?


現在、日本では、"オネエ系"と呼ばれるタレントやアーティストの活躍が目立ちます。

"オネエ系"とは造語でしょうが、みなさんもご存知のように、男性としてこの世に生を受けたものの、「ハートは女なのです」とか、「心身ともに女性に生まれ変わったのです」とか、「女性の装いと美を愛します」とか、「男ですけど男を愛します」とか…etc。まあ、とにかく、さまざまなパターンがあるようでして、以前は"ゲイ"とか、"ニューハーフ"とか、"オカマちゃん"とか、呼び分けようともしてみたのですが、どうも分け方が難しい。それにやはり、セクシュアリティのことはご本人のとてもナイーブなことですし、周囲で勝手に決めつけるのも失礼だわよね。と、そんな紆余曲折を繰り返す中…ならばむしろ、その辺をぜ~んぶひとくくりにしちゃった方が、当たり障りないんじゃない?ってことで生まれたカテゴリー(言葉)が、"オネエ系"なのだと思われます。

そして彼ら(彼女ら?)は、たんに目立っているだけでなく、アーティストとしてもその道を大へん極めている方が多くいらっしゃるのです。
そんなわけで、世の中にこれだけオネエ系人口が増加中なら、そろそろ血液型分布なんかを調べてみようかと、以下にリストアップをしてみました。


日本中のオネエ系人口を調べることは不可能なわけで、リストは主にTV出演している方たちです。つまり彼ら彼女らは、何らかのタレント性を売りにしており、そして公然とカミングアウトをした人たちということでもあります。
そしてリストを眺めると、なかなか興味深いことが見えてきて、「う~ん」と唸ってみたりしながら、少々困惑ぎみになったりもしました。

まず、数値上では一見A型が多いように見えますが、33名という母数では統計的に少ないので、現段階でA型が多いと言うことはできません。つまり、今の段階ではどの血液型だからオネエ系になりやすいというような偏りをいうことはできません。
そうではあるのですが、やはりA型リストに注目してしまいます。
三輪明宏からピーターまでの6名は、ずっと以前から女装男優やタレントとして知名度の高い面々。オネエ系のパイオニアたちはA型に勢ぞろいしています。それに加え、近年新たに出現して人気支持率を保ち続けているマツコ・デラックスやIKKOらもA型…。
もしかして日本のオネエ系の歴史って、A型がリードしてきたの?と言いたいくらいなのです。

●美意識の高さがオネエ系へ走らせる?
「A型男子は女装好き?」
そんなフレーズが頭に浮かびながら、いつだったか、友人のA型男性が化粧っ気のない私の顔をまじまじと見ながら、こう言ったのを思い出しました。
「オレがもし女だったら、完璧に化粧して徹底的に美を追求するね」
そこで私はつかさず切り返しました。
「別に女じゃなくたって、化粧なら今すぐできるわよ」
友人は笑っていましたが、まんざらでもない様子?

私が思うに、A型の場合、その完璧主義的な性質が、「美」を意識し、「美」に魅せられたりする中で、「女装」や「女性化」につながっていくことがあるのかもしれないなと。見方によっては一種のナルシストともいえるのですが、だって、あの三島由紀夫(A型)も、「完全美」を追求し過ぎての、あの身体、あの思想、あの行動だったと言えるのです。

●開き直ってカミングアウトするA型の強さ
もうひとつ、A型オネエ系について言及したいことがあります。
25年ほど前のことですが、20代の男子たちにアンケートをとりました。その中に「自分って"オカマ"かも?と思ったことがある」(Yes , No)という質問があり、Yesと答えたA型は何と、0%でした。
A型の性質というのは、白黒ハッキリさせたいところがあります。そしてこの頃の時代背景では、まだオネエ系を社会が受け入れていなかったというのが多分にありました。するとそういう社会通念の中でのA型の判断基準というのはとてもキッパリしてくるので、「0%」なんて極端な数値を打ち出してしまったわけです。
そしてまた、これは逆のパターンなのですが、「自分は"オネエ系"なのだ」と自ら認めた時、今度はA型は開き直り、キッパリと世間にカミングアウトしてしまう、ということなのです。

こうした事情が、リストにA型が目立っている理由ではなかろうかと、今のところ分析しているのです。
①完璧主義のA型男性は美意識が高く、それが女装を主とするオネエ系に向かう。
②白黒ハッキリさせたいA型は、社会に認めさせ己もケジメをつけるため、カミングアウトする。(A型の開き直り)

B型➡生まれながらの両生類?
また、他の血液型についてコメントするなら、B型のオネエ系の場合、いつものごとくA型とは対照的で、そもそもオネエ系だとか何だとか、自分のセクシュアリティについて深く考えたことがあまりなく、「気づいたら自然とそうだった」とか、「そもそも男でも女でもどちらもこだわっていない」など、ケジメの無い発言をしている人が目立っています。前出のA型の例で説明した同じアンケートでは、「オレってオカマかも~」にYesと答えたB型は、30%近くもいたのです。

O型➡戦って勝ち取ったセクシュアリティ
そしてO型のオネエ系を見ていると、小さい頃からずいぶん悩んだりいじめられたりしながら、自分と戦った末に思い切って性転換をした方などが目立ち、全身全霊で事にぶつかっていく、いかにもO型的な性質を垣間見る気がします。

AB型➡セクシュアリティもスイッチひとつで切り替えられそう?
そしてAB型オネエ系です。AB型の場合、B型とやや似てて、深刻さはあまり見られず、何となくそうなったという感じがあり、しかも、いつでも元の"男"に戻ることだって出来そうな気配。こう言ったら失礼かもしれないけれど、どこか趣味的な雰囲気もないではない、という感じです。


※このデータに関しては、今後も追加修正があると思われます。
また、修正すべきデータ、あるいは新データなど、お気づきの点があればお知らせ下さると大変ありがたく思います。


映画「ウィンストンチャーチル/ヒトラーから世界を救った男」を血液型的に観てきました

チャーチルB型説を推す理由

写真はWikipediaより/本人の写真です
映画「ウィンストンチャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(アカデミー主演男優賞受賞、メイクアップ賞受賞…/作品賞ノミネート…)が日本で上映されたので観てきました。

チャーチルの血液型について、ネット上でO型という情報もあるようですが、確かなことは判っていません。
能見正比古・俊賢は、両者とも、「B型だろう」と予測していましたが、歴史に疎い私も、映画で観るなら何とかついていけるかもしれないと思い、上映初日、早速映画館に足を運んだ次第です。それに今回、この映画はアカデミー賞主演男優賞受賞、作品賞ノミネートなど、欧米諸国で高く評価されていると聞き、それなりに実像に忠実に描かれている可能性が高いかもしれない、とも思いました。

さて、ウィンストン・チャーチルという男。
第二次世界大戦時に英国首相として君臨し、その名を世界中に轟かせた男であります。
戦後70年経った今現在、若い世代にとってはそれほど関心のない人物かもしれませんが、戦時中そして戦争の名残を知る人たちにとっては、マッカーサーと並んで、あのヒトラーを倒した男として、よく知られる人物であったのでした。

ゲイリー・オールドマンの演技に見る、いかにもB型的挙動
映画を観ての結論を言うと、チャーチルはB型ではないかと、私も2人の師匠と同じように思いました。
この映画では、第二次世界大戦最中、チャーチルが首相に任命されるところから間もない数週間に焦点を当てています。
ヒトラー率いる独国がヨーロッパ全土を征服するかの危機を目前に、英国議会は融和政策を推進しているチェンバレン首相の退任を図り、その後任にチャーチルを推します。
「誰を首相に任命するか?」「まさか、あの男に?」
既に65歳になっていたチャーチルは、軍歴、政治経験をそれなりに持つ人物でしたが、周囲からは「あいつか…」と危惧されるような、しかし「あいつしかいない…」と思われるような、誰もが認める異端児だったのです。

映画の中で、チャーチルが国王と会食をする場面がありますが、チャーチルが自身のことを「私は嫌われているのです」と言います。それに対して国王は「君が恐れさせているからではないのか」と問います。国王は、チャーチルが人を恐れさせる理由を、「何を言い出すか、何をしでかすか分からないからだ」といいます。
チャーチルがもしO型なら…政治家を目指すようなタイプのO型なら、周囲の信頼を得られるような足固めを、味方をたくさん作る為にもっと人間関係に神経をはらうような、堅実さがあるのではないかという気がします。

そしてチャーチルは、国民が貧困に陥っている戦時中だというのに、最高級の葉巻を手放さず、昼から高級ワインを飲んで昼寝をし、状況に合わせて己のスタイルを変えるようなことは決してしないマイペースぶり。そうかと思えば、やけに涙もろいところがあり、ふとした場面では温かい人情味を見せたりもします。

演技派俳優として評価の高いゲイリー・オールドマンが演じるチャーチルは、目つきやしぐさ、その挙動、全てにおいてよく研究され尽くしているに違いなく、その演技がリアルな印象を与えます。チャーチルが、やや背をまるめ、何やらせわしく早歩きをする癖なども、伝聞によればその通りで、そっくりだそうです。仕事に取り憑かれたB型男が、まさにそんな挙動になっているのを、たしか私も見かけたことがあるのです。

また映画にはもう1つ、B型を象徴するようなセリフがありました。
「彼は100のアイディアを持っている、そのほとんどはとんでもないアイディアだが…」
B型は、自分の興味関心のあることに対して、それへののめり込みようと型にとらわれない柔軟な思考で、「これはどうか」「あんなのはどうか」と、常に頭を忙しく働かせ、たくさんのアイディアを思いつくのです。

挙国一致内閣を掲げて悪者ヒトラーに徹底抗戦で望みたいチャーチルですが、議会はいまだ団結するに至らず揺れ動いていました。国の、国民の、未来が掛かっている瀬戸際で、さすがのチャーチルも苦悩しますが、地下鉄で市民の声を直接聞き、人々の気持ちを確認した彼は、やはり徹底抗戦すべきという確信に至ります。そして有名な「勝利宣言」演説で議会を集結。国民も政府も、そして国王も、チャーチルの決断に全てを託す…という場面で映画は終わります。

ここでチャーチルの経歴をもう一度見直してみます。
チャーチルは、子どもの頃から青年に至るまで、どうやら勉強はまるきし苦手で嫌いだったようです。その上病弱でスポーツもダメ。ところがそういう中で軍事訓練は大のお気に入りで、フェンシングや射撃は得意。あるいは文章を書くことを好んだようで、後に家計を助ける事情もあって数十冊もの本を出し、ノーベル文学賞を受賞するまでの文才ぶり。

小さい頃からチャーチルは、戦争の戦術や戦略を立てることに、強い興味を持っていたようです。そして実際に軍隊に入ると、まるで水を得た魚のように精力的に活動しますが、突拍子もない戦略で、隊を危機に陥れたりすることもしばしばあったようです。彼がB型だったと考えるなら、O型やA型の多い英国軍隊で、B型の発想や意図を理解してついていくことは難しかったに違いなく、それが失敗を招いていた要因でもありそうです。
また周囲からは、「彼は戦争をゲームとしてしか考えていない奴」というふうにも見られていたそうです。確かにそのように思えないでもありません。何かに興味関心を持ったB型は、仕事や義務の領域を遥かに超え、それに熱中し、のめり込み、傍から見れば、それはいかにも、"楽しんでいる"という状態に見えるからです。

そしてなぜ今、チャーチルなのか?
アカデミー賞にノミネートされたことで話題になったこの映画。しかし、「なぜ今頃、チャーチルなのだろう?」と、私は少し不思議に思いました。(その謎は解けませんが、まずは棚上げにして話を先に進めます)

現在、テロや核の脅威などはいまだ収まらず、"戦争"という言葉が巷やニュースにウロつくこともあるには違いないですが、実際の私たち庶民の思いはどうでしょう。今の20代、30代の若い人々に、「いざとなれば戦争だ!」などと、時代遅れも甚だしい、そんな心境になることが果たしてできるでしょうか?それは欧米諸国の若者たちにしても同じだと聞いています。世界中を見渡せば今も紛争中の地域はあります。けれど彼らも、紛争が終わることは望んていても更に広がることは望んでいないに違いありません。実際、第三次世界大戦などが万が一始まったとしたら、地球上の人間は全ておじゃん!全員地上から消えてしまいます。それは世界各国の最高軍部で何度もシミュレーション済みであり、だから決してやらない(やれない)のです。やるのだとしたら、「誰が何のために?」という、あまりに愚かな問いに答えねばなりません。だから間違ってどこかの小国がそれを始めようとしたら、それに応戦するほど愚策なことは無く…(おっと、話がそれましたが)
…とまあ、そういう時代に、私たちは生きています。

しかし、70年前までは違っていました。
自分たちの祖国を守るために、自由を手にするため、誰からも奪われないために、ひとりひとりの市民の中にも、「戦う」準備は常にできていたという時代です。
今の世代にいる私たちが、チャーチルの言動、チャーチルのしてきたことをまじまじと見るなら、彼はただの、”戦争ごっこ”に憑りつかれた”戦争好きな男”にしか映らないかもしれません。しかしそれが、ヨーロッパ諸国の革命と抗争に明け暮れた末に起こった、ナチスヒトラーのあの脅威、あるいはスターリン共産主義の激流に晒されそうになる、あの時代だったからこそ、チャーチルの奇才は活かされ、必要とされ、英雄となったのでしょう。(尤も、チャーチルが今の時代に生きていたら、違う形でその才能を活かしていたかもしれませんが)

しかもあの時代、英国議会に入閣できるのは貴族階級だけ。チャーチルはちゃきちゃきの貴族であり、英国国王を敬愛し、覇者大英帝国の誇りに生きるという、そういう素性の男でもありました。それに加えて彼は歯に衣を着せぬ人。自分の考えを正直すぎるぐらいズバズバと発言したり、本に書いたりしていたので、当時の同僚貴族たちでさえ苦々しく思っていたようです。今の私たちがそれを聞いたり読んだりすれば、あまりの暴言ぶりに唖然としてしまうに違いありません。
それなのに不思議です。
チャーチルの資料を集めて読んでみたり、昔の写真を眺めたりしていると、どこか憎めない…というか、親しみさえ湧いてくる気がします。映画のオールドマン演じるチャーチルを観ていても、貴族といえど貴族らしいツンとしたお高さは、チャーチルには感じられません。そういうものではなく、彼の場合、正直さ故の傲慢さ、飾らないが故の無邪気さ、という彼の素の性分の方がはるかに強いように思えました。

チャーチルは、非常に英国民に支持されました。支持…というより、とにかく人気があったのです。政策面だけで言うなら、チャーチルの無謀なアイディアや作戦に、被害を被った労働市民も数多くいたわけで、けして万人に高く評価されていたわけではなかったのでした。ところが、彼がラジオで演説したり、彼が人々の前に立ったりすると、人々は期待でいっぱいになり、親しみを込めて喝采するという、非常に大衆的人気を博した、摩訶不思議な存在であったようです。
こうして書きながら…ある政治家を思い出し、妙に重なるので思わずクスっと笑ってしまいました。1960年代あたりを覚えている人ならピンとくるかも…そう、あの人、田中角栄さん(以前記事を書きました)!
角栄氏はB型でした。
何だか、材料を集めれば集めるほど、チャーチルB型説が色濃くなっていくようですが。
…さて、みなさんはどう思うのでしょう?


※大衆に「ようよう」と手を挙げる2人のB型首相。

ずっと見てたら、岡本太郎さん(B型)にも似てるような気がしてきました。(チャーチルはピカソにも褒められるほどの絵の才があったそうです)※岡本太郎さんの血液型については、1970年代に能見正比古が調査をしてB型という回答を得ていますが、現在O型という情報もあります。いずれが正しいかは確定できておりません。

映画の見どころ、他にもあります!
今回のこの映画、もうひとつの見どころは、チャーチルのメイクアップです。
これには、何と素晴らしいことに、日本人のアーティスト辻一弘さんがアカデミー賞メイクアップ賞を受賞しました。オールド氏は、「彼が引き受けないなら私もこの役は引き受けない」とまで言ってオファーしたそうです。
辻さんの技術の凄さはずっと以前からハリウッドではよく知られていたらしく、周囲からすれば、「おお、やっと取ったね!」という感じもあったとか。そうとは知らずに驚いていたのは日本人だけだったかも…。
ほんとにすごいんですよ!


左上がゲイリー・オールドマン。この方が、辻さんにかかると下のようなチャーチルになってしまうんです。
映画ではチャーチルの顔をドアップにするシーンも頻繁にありますが、本当に自然な動きだし、知らなければメイクしているとは気づかないのではないでしょうか。
(辻さんの血液型も知りたくなりますね。それから、オールドマンさんの血液型も、ぜひ知りたいところです。)


私は早く観たかったので映画館に足を運びましたが、映画は広大な自然風景が出てくるわけでもなく、全てのスポットをチャーチルにあてて淡々と進みますので、DVDでも充分に鑑賞することができそうです。

更に、私にとって、個人的な関心どころもありました。
英国というのは、日本が極東なら極西に位置するとも言え、同じ島国でも日本とは正反対に位置するようなお国柄です。初めてロンドンを訪れた時、よく日本の人たちが言うインドなどのカルチャーショックとはちょっと違う、思想的、精神論的違いともいえるカルチャーショックを感じたのを覚えています。そのせいか、英国の情報というのは日本にあまり入ってこないのですね。せいぜい王室とシャーロックホームズ、それから最近ではハリーポッタぐらいでしょうか。とにかく彼らは、長く世界の覇権国家として君臨しただけのことはある、独特の感受性で世界を観ているところがあります。
この映画では、英国人のそんな不思議さも垣間見ることができるかもしれません。特に、当時の議会の進め方など、非常にユニークな雰囲気が漂っているのですが、それもまた、ちょっとした見どころかもしれません。


赤穂浪士、大石内蔵助の血液型は何型か?

大石内蔵助の血液型は?俳優さんの演技で予測してみる


赤穂浪士といえば年の暮れの話題。年明け早々の記事としては、少々季節外れになってしまうのですが、昨年末にたまたま再放送や昔のビデオを観る機会があり、大石内蔵助の血液型が気になったのです。

血液型が判明していない人物について、血液型をあれこれ予測分析するのが得意でないので、当ててやろうなんて気概は全くないのですが、そういえば、大石内蔵助はいろいろな俳優さんが演じているんだなと思い、俳優さんの血液型の違いで、演じ方も違うんだろうなと思ったわけです。

「赤穂浪士」「忠臣蔵」をテーマにした作品は、数えきれないほどあります。
”忠臣蔵を愛してやまない”という漫画家・もりいくすおさんが、ファンサイトを作って下さっているので参考にさせて頂いたのですが、最近の作品はコミカルなものやパロディっぽいものも多いようです。
以前は、「師走といえば”忠臣蔵”!」「今度は嫌われ役の吉良を誰が演じるか!?」なんてことが話題になったものですが、21世紀になった頃から、あまり聞きませんね。
さすがにもう、時代遅れなんでしょうね。
ここではとりあえず、オーソドックスな作品に出演している大石内蔵助役を書き出してみました。

中村勘三郎(O)
三船敏郎(O)
北大子欣也(A)
松方弘樹(A)
里見浩太郎(A)
宇津井健(A)
萬屋錦之助(A)
長谷川一夫(A)
高倉健(B)
平幹二朗(B)
松本幸四郎 九代目(B)
高橋英樹(B)
緒形拳(B)
山村聰(A?AB?)

すると、どうやらA型が多いんですね。
「忠義の為に!」というのがテーマとなると、やはりA型が適役なのか、という気もしてきます。
しかし案外、B型の役者さんも多いんですね。
O型は意外に少なくて、AB型に至っては居ないのかもと思いきや、山村聰さんが、あるいはAB型かもしれません。(WikipediaではAB型となっています)

私はもちろん、リストにあげた俳優さんが出演している作品全部を観たわけではないのですが、彼らが演じる大石内蔵助がどんな感じかを想像してみることにします。

主君の仇を討つという忠義と悲壮感を演じるとしたら、やはりA型の右に出る者はないかもしれません。
そして武士としての所作や家老の貫禄を、いかにもカッコ良く決めるのも、A型の得意とするところ。
中でも私が、その演技にいたく感動したのは、里見浩太朗さんの忠臣蔵。
討ち入り前夜、浅野内匠頭の正室、瑤泉院(多岐川裕美)に挨拶に伺うシーンがあるのですが、そのセリフまわしと所作の美しさには、見入ってしまいました。
城を明け渡した後は、何の音沙汰もなく、久しぶりの面会という設定ですが、しかしスパイの存在に気付いた大石内蔵助は、瑤泉院に討ち入りについて明かすわけにはいきません。
内蔵助は、瑤泉院を前にして、丁寧に言葉を選び挨拶を述べます。その発せられたひとつひとつの言葉には、君主の奥方に対しての、誠の家臣たる敬いと真心が込められていて、しかしそうでありながら、決してひれ伏すことはなく、凛とした武士としての尊厳をみごとに保っているのです。
「何という清々しさ!」「おお、これが武士の振る舞い、武士の心か」と、武士道など、あまり分かっていない私にも、武士の何たるかを垣間見たような気になりました。
こういう、実に丁寧な演技というのも、A型の俳優ならではだろうなと思います。
長谷川一夫さんをはじめ、A型の俳優さんたちには皆、そうしたカリスマ性をかもし出す雰囲気や、演技のきめ細かさなどに共通したところがあるように感じます。

一方、案外多かったB型俳優陣。
所作の美しさやカッコ良さという点では、どうしてもA型に一歩ゆずる感じがするのですが、義理と人情を表現させたなら、こちらはB型の得意とするところなのです。
高倉健さんや緒形拳さんなんかは、まさにそういう役者さんたちですね。
実際、B型俳優さんの演じた忠臣蔵は、武士道的なカッコ良さより人情味に焦点をあてている作品が多いようです。
そもそもB型のカッコ良さというのは、”武士”とか”所作”とか、そういう形式ばったものではなく、その人らしさからくるカッコ良さです。
だから高倉健さんも緒形拳さんも、彼ららしいカッコ良さで大石内蔵助を演じていただろうと思います。

O型が少ないのには少々驚きでした。
中村勘三郎さんのエピソードでは、沈着冷静な大石内蔵助を演じてくれということで、涙はナシという設定だったそうなのですが、勘三郎さんは役になりきってしまったあまり、つい自然と涙が流れてしまったという場面があったのだそうです。
心を隠して粛々とコトを進める大石内蔵助を演じるのは、感情豊かなO型向きではないのかもしれないですね。

山村聰さんの大石内蔵助は、だいぶ柔らかい感じになったそうです。
他の役者さんが演じた大石内蔵助とは一種異なる雰囲気を見せたのだとすれば、山村聰さんは、AB型と考えていいのかもしれません。

もちろん、忠臣蔵は史実に基づいているとはいえ、だいぶ装飾が施されている面もありそうです。
それでも、こうしてそれぞれの血液型が演じた大石内蔵助を眺めてみたところ、どのタイプがしっくりくるかと思えば、やはり「A型」と予測するのが無難な線か、という気がしています。
まあ、私の世代では、大石内蔵助に対する固定観念をなかなか拭えないのは否めませんが。
しかし、人物像はともかくとしても、1年以上も世間の目をくらませながら、討ち入りを実現させたという点でも、A型と予測するのは妥当かもしれません。
討ち入りの計画は、慎重に、綿密に、具体的に、そして辛抱強く進められたに違いないでしょう。
それら4項目を合わせ持ち、実現させられるとしたら、A型だろうな、と思えるからです。


東京都港区泉岳寺・大石内蔵助の銅像
(Wikipediaより)
実物に似ているのだとすれば、A型らしい顔立ちに見えますが…。

ある日魅力が再燃した 田中角栄さん

田中角栄B型「日本列島改造論」
コンビニの本棚でしばしば目にすることがあったのですが、そういえば昨年は、元首相の田中角栄氏が、再燃焼していたようです。

それで、田中角栄について、書こう書こうと思っていながら、結局失念していたのを今頃思い出しました。(だから今書きます)

それにしても、再燃したきっかけは何だったのだろう?
石原慎太郎氏が小説を書いたから?
没後20年だったから?
テレビも見ない新聞も見ないという、愚か者の私は、もはや世の中のブームには、ついていけないどころか知ろうとさえしないという、始末に負えない状態なわけですが、それでも街なかで、"田中角栄"という文字を見たり耳にしたりすると、ピクンと食指が動いてしまうのです。

田中角栄が総理として在籍していたのは1972年-1974年(政治活動は1947年~)。
現在の若い人たちは、彼が表舞台に立っていた姿をほとんど知らないのでしょう。
じゃあ、私は良く知っているぐらいの年齢なのか?といいますと…いや、そうでもないです。
小学校3年生か、4年生か…。
政治のことなんて、まるきり分からないし、興味の欠けらもありませんでした。

しかしそんな私でも、田中角栄の、甲高いけど、親しみ深い…あの声とか。漫才みたいなしゃべり方をする、あの口調とか。ヤアヤアと手をあげて現れる、あの姿とか。思い出すだけで、今にも目の前に現れそうなくらい、懐かしく感じるのです。

あの頃日本人は、みんな田中角栄が好きだった…というか、まあ、それはもちろん、全員が好きだったわけでもないのでしょうが、嫌いな人でさえ、興味深々だったには違いないのです。
日本中が、田中角栄のエネルギーに包まれていたような感じだったのです。
「ああ、この人なら日本も大丈夫だ」と、多くの人々に思わせていたような気がします。
だから、"親父"とか"父"というふうに、周囲から呼ばれていたのでしょう。
日本の政界において、100年に1人現れるかどうかという、スーパーヒーロー的な人気を博した、実に稀な政治家であり、総理大臣であったわけです。

さて、ここまで書いてきましたが、田中角栄の血液型は何型だと思うでしょうか。

はい、そう、「B型」でした。

親分タイプ(B型の場合"親方”というニュアンスになるのですが)のB型ってどんな感じだろう?と思ったら、田中角栄を想像するのが良いかもしれないのです。

ところが、総理就任2年目には金脈問題で総辞職。そして間もなく、ロッキード事件(汚職事件)が明るみになります。
問題が起こった当時は、毎日がそのニュースばかりでした。
「まったく、何でそんな事に…?」
子どもながらに、釈然としない不可解さが残りました。
そして不思議なことに、田中角栄を『罪人』という風には捉えなかったのも覚えています。
何というか、大人の社会の複雑な事情があるんだろうなと…。
「金まみれは悪」「賄賂は悪」と正論が叫ばれても、それがもちろん、良く無いというのは理解するけれど、もっと違う、裏の裏のカラクリがあるように、子どもながらに感じていたのです。
実際のところ、更に釈然としなかったのは、そんなに"悪い"ことをしたというのに、その後、脳梗塞で倒れても尚、"闇将軍"と呼ばれながら、長く政界に君臨していたのです。
私には政治の世界が、何が何だかさっぱり分かりませんでした。

結局、日本中、田中角栄を囲んでのお祭り気分は、ほんの一時で終わってしまいました。
今思い出しても、あの事件の騒ぎが収まっていくと、本当にそれは、まるで祭りが終わった後のように、みんなシュンとして、口数も少なく寂しげにそれぞれの家に帰っていくかのように、静かになってしまったようでした。

日本はその後、急速にバブル経済に向かって行くのですが、それは決して明るい道とは言えない、見せかけの上昇気流だったのは言うまでもありません。
そしてこの事件をきっかけに、私は、社会の"闇"のようなものを、肌で感じ始めていた気がします。
世の中で、でいろいろな事件や問題が起こっても、その報道されるニュースを鵜呑みにすることは、もはや出来なくなりました。
その陰にある真実は何だろう?
もう一人の私が、そう問いかけているのです。
こうした分析的な思考性は、AB型ならではのものかもしれないのですが…。

とにもかくにも、田中角栄という人は、表舞台で国民を喜ばせたのはほんの束の間であり、その後は陰の世界へ(?)、お隠れになったというわけなのです。
でもやはり、親方タイプ、オマツリタイプのB型は、表舞台に立った方がお似合いです。
陰に隠れてからというもの、田中角栄の良いところは、ちーっとも見えなくなってしまったのですから。

それにしても、なぜ今、田中角栄なのでしょう。
あれから40年。今思えば、ある意味、田中角栄にまつわる一連の出来事は、日本のひとつの節目だったのかもしれません。
そして今、新たな節目を迎えているのだとすれば、田中角栄のような親方が、今の日本に必要なのかもしれません。
しかし万一、今度そういう人物が出現したのなら、B型的な”脇の甘さ”を、周りはしっかりカバーしてあげなきゃならないですね。(血液型人間学の本を議員に送らなければ!)

補足するなら、血液型が判明しているB型歴代総理は、田中角栄、竹下登、野田佳彦、安倍晋三です。
こうして見ても、田中角栄ほどにB型カラーの強い人物は見当たらない気がします。
その”色”が濃い、ということは、その特性をいかんなく発揮している、ということでもあるのです。


最後までしなやかな強さを見せた浅田真央さん、お疲れさまでした!


フィギアスケート選手の浅田真央さんが現役引退表明~

真央さんのスケートとの出会いは5歳の時。
特例で出場した全日本選手権で3回転ジャンプを披露したのが小学校6年生。
その4年後には女子ジュニア史上初のトリプルアクセルを成功させ、以来「天才少女」として日本中の注目を集め続けてきました。

真央さんの血液型はB型です。





彼女の演技の最大の魅力は、その"しなやかさ"
それはまさに、氷の上を自在に舞い踊る妖精のよう、でもありました。
「どうしてあんなにクネクネと、身体がしなやかに動くのかしら?」
まるでオルゴール人形のようにクルクル回る少女の姿に、観る人々は釘付けになりました。

むろん、真央さんの功績の全ては、彼女のフィギアスケートへの情熱と命がけの努力の賜物なのですが、この”しなやかさ”は天性のものであり、神様からのギフトなのかもしれません。
そして血液型的視点で言えば、B型の体質的な特徴が顕著に現れているのだとも言えるのです。

血液型の、表面的に現れる性格行動のかずかずは、その体質的な特徴が源水にあります。
B型の人々が、根っからの自由人に見えたり、柔軟思考であったり、と言われるのも、実はこの「しなやかな体質的特徴」が元になっているのです。
真央さんの後を受け継ぐように現れた氷の妖精と言えば、羽生結弦さん。彼もまたB型であると知れば、そこには共通する”しなやかさ”があると、誰もが分かるのではないでしょうか。

それにしても、引退記者会見のつまらない質問の数々には、ちょっとがっかり。
普段はテレビを観ない私も、真央さんの晴れ姿を観たいがためにスイッチオンしたのですが、相も変わらず…。結局、真央さんの真の言葉を聞くことはできませんでしたよね。
(記者の方たち、血液型のことを少し学んだなら、もうちょっと的を得た質問ができるのにナ…)

ま、とはいえ、真央さんのB型的な様子をちょこちょこ垣間見れる場面もありました。

質問「過去に戻るとしたら?何て声をかけてあげる?」
真央さん「う~ん、過去には戻れないので…思いつかないです」
エライ!これはもう、B型らしい正直さで、爽やかにかわしました。
そもそもB型の人々に過去を偲ばせるのは邪道です。
彼らは、今に生き、未来に生きるタチなのですから。(それに当の本人、過去はあまりよく覚えていないでしょうし)

質問「生まれ変わったら?」
真央さん「…お菓子屋さんとか…」
過去への質問がはずれたと思いきや、今度は一気にぶっ飛んで、来世の質問でした。
彼女は今、「やりきった!」と、安堵と達成の、歓喜の瞬間を味わっている最中なのですから。
でも真央さんは嫌な顔もせずに、これまたB型らしく、ひょうひょうと答えておりました。

そして最後は、さすがに感極まる場面になりました。
けれど彼女は、「笑顔で記者会見を終わらす」と決めてきたそうなのです。
そこで彼女のとった行動…これもきっとB型ならではの柔軟性だと思うのですが。
涙をこらえて言葉につまると、落ち着いた動作で後ろを向き、しばし呼吸を整え、また向き直り、そんな場面が2度ほどありました。そうしてりっぱに、決めたことを守り通し、笑顔で無事、引退記者会見を終えたのでした。

いやいや、世界の大舞台を数々踏んできたとはいえ、こうした記者会見というのは、独特の異質なムードが漂っているものです。
それなのに、26歳にしてこの落ち着き。
B型の人が「肚が座っている」と周囲に思わせる場面、というのは、こういう感じのことだと思います。
彼らは、年齢や経験、立場などは意に介せず、周囲にも振り回されず、無駄に合わせることも無駄に力むこともなく、ただひょうひょうと、自分の思いを正直に表現できるのです。

私は、B型の強さは、そのしなやかさにあると思うのです。
芯が強く固ければ、ある時はポキッと折れてしまいます。
しなる、というのは、ナヨナヨと見えることもありますが、なかなかに折れることはなく、如何様にも形を変えたり、元に戻ることも出来るのです。
曲線でありながら、そこには見えざる芯がある、というような感じです。

とにもかくにも、こうして浅田真央さんの、人生の一舞台は、大歓声の中で幕を閉じました。
次の舞台も、そのしなやかさで、どんどん進んでいって下さい。
ファンのひとりとして陰ながら応援しております。

チャップリン「史上最高のスピーチ」A message to the humanity

リオ五輪を終えて

閉会式は始終、歌と踊りで埋め尽くされ、ブラジルらしく終わりました。
今回のテーマは「多様性を認め合い世界を一つに!」

今世界では、物騒な出来事も多発しています。
それを理由に軍備を強化しようなどというどこぞの動きもありますが
人々の心は今、世界平和へ一直線に進んでいるのです。
私たち人類が存続する道は、もう他にないのだから。

第二次世界大戦最中に上映されたチャールズ・チャップリンの映画「独裁者」。
最後のスピーチが数年前からYutubeでよく見かけるようになりました。
世界中が、こんなに平和や愛を求めている時代は、これまで無かったように思います。
今、世界がひとつになろうと、懸命になっている。

チャップリンの血液型はO型だと判明しています。
チャップリンがたまたま不名誉な裁判を強いられ、親子鑑定を行った経緯があったので
広く知られることになったようです。
(もちろん、当時の技術で正しい検査が行われていればの話ではありますが。後で再検査をして間違いだったという例もたまにあります。)

ここではただただ、このスピーチの素晴らしさを記憶にとどめておきたいのでチャップリンを紹介したのですが、O型が真の愛を追求するなら、だれよりも温かい"愛の人"であることもまた、間違いのないことなのです。

日本語訳がされている動画はこちら。
素晴らしい翻訳をして下さった翻訳者の方にお礼を言います。




英語では"A message to the humanity"というタイトルで、いくつかのバージョンで動画がUPされています。

AB型作家に共通してしまったAB型の二面性

AB型太宰治と遠藤周作の妙な共通点

太宰治と遠藤周作という作家がいらっしゃいました。
2人ともAB型だったのですが、
2人には面白い共通点がありました。
作家活動を行うなか、2人とも、全く違うテイストの本を書いたことです。

たとえば、太宰治は、「走れメロス」のように教科書に載るような優等生作品を書いていると思うと
「饗応夫人」や「人間失格」など、逸脱した人間の哀しさ可笑しさを、えぐるような作品もあります。

遠藤周作も、歴史書や宗教的テーマの純文学を書いた人と思えば
「ユーモア小説」や「おバカさん」など、洒脱な作品も数々あるのです。

私もAB型なので、気持ちはよく分かるのです。
自分の中には、常に両方の感性があり、どちらか片方では、どうしても表現しきれないので、煮詰まってしまうのです。
エッセイなどを書いている時も、一つのテーマに対して、考えが四方八方から沸いてくることがよくあり、
おっと、待てよ、これだと私の考えはどちらなのか分からなくなるじゃないかと、自分でも苦笑いしてしまいます。
何とか一つの、一本筋の通った話にしなければと、悩むことが多いのです。

もちろん、太宰治さんや遠藤周作さんは、優れた作家なので私のような幼稚なことにはならないのでしょうけど、彼らの場合は、作品を書きながら、どうしても自分の中にある、もう一つの感性を表現したいという衝動にかられたのではないでしょうか。

とにかくAB型は、何につけ、バランスを取りたくなるなるのです。
それでやっと、自分らしくなり、安心するのです。
やはりそこは、他の血液型から見たら分かりにくいところかもしれません。


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