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【B型脳の考察】B型はワクワクと共に進化する!?


B型=右脳マインド


■関連リンク:脳活動と血液型の関係


​​B型脳活動の、特異な現象をいうなら、それは現代人が左脳優位の合理社会に突き進む中で、彼らが何とか、右脳活動を保っているというと点だと思います。
何とか”、と書いたのは、本来右脳優位のB型にしても、やはりこの人間社会で生きている以上、左脳の活性化をどうしても強いられているだろうと想像できるからです。

脳機能と血液型の実験では、1分間おきに「対象画像→休憩→対象画像…」というように画面を眺めてもらうのですが、これは「1分間」という短時間で測定することが重要になります。それ以上長くなれば、人間は左側も右側もいろいろに使い始めて、最終的にほとんどの成人は、血液型に関わらず左脳側が優位になるのではないかと思います。ですからこの実験では、リラックス状態から最初の1分でどう動くか?というのがポイントになるのです。

被験者の具体的な傾向を23あげると、同じB型でも、中には左脳も結構活発な方もおりました。しかし後から職業などを聞いてみると、納得できることがほとんどで、私が記憶しているケースでは、一人はIT関係の仕事をしている40代の男性で、もう一人は20代の大学院試験が真っ最中の女性でした。
前者の場合は40代という年齢的な面(経験を積むごとに社会環境に合わせながら脳活動がパターン化する傾向にある)と、職業によるものだと思われます。後者の場合は、たまたま試験最中という特殊な状況下だったのもありそうだし、院生を志望すくらいですから、それなりに論理性のようなものを身につけているだろうとも思われます。
それでも、こういうケースの2人にしても、総合数値を平均化すれば、やはり右脳側の方が多めになっているのです。

あるいは、これぞ右脳型といえるようなB型もおりました。
実験当初、事務所のスタッフだったB型男性が被験者として参加しましたが、この男性においては目を見張るような右脳優位性が見られたのです。
実験中はPC上の動画でその活性の様子を見ることができるのですが、彼の右側の脳は、一面真っ赤に広がったかと思うと、すぅーっと消え入るように赤みが薄くなり、それがまるで呼吸のようなリズムで繰り返されているのです。
灰田先生とその助手や私は、画面に食い入るようにその様子を見ていました。
「おお、これはまさしく右脳型だ」
助手のK氏は、驚きとも感動ともいえるよう呟きを漏らしました。

彼について少し触れておきます。
彼の家は商店を営んでいて、2人兄弟の末っ子です。
彼がいうには、母親が女の子が欲しかった上に、末っ子への甘やかしも加わって、まるで女の子を育てるように優しい可愛がり方をした…からだそうで、彼は何となく、どこか中性的な雰囲気を持っている男性でした。そして、彼が時々趣味で作ってくるオモシロ動画は、あまりにもスットンキョウで、いつも事務所のスタッフを笑わせたり、呆れさせたりもしていました。
とにかく彼は箱入り息子なわけで、社会の色にあまり染まっていないというところが、多分にあったように思います。
その彼は、自分の実験結果を見て非常に満足したようで
「ボクは、このままB型全開で進みます!」
と、意気揚々と宣言していました。

さてここで、私たちが人間の脳活動をもっと進化させようとするには、何がベストかということに立ち戻りたいと思います。するとそれは、単に「右脳型が良い」というわけでもなさそうです。
これまでも書いてきたように、2つの機能の統合…つまり、右脳と左脳の強みと弱みを含めた性質と、その役割をよく理解し、バランスよく機能させようというものです。更には、それを自分で(ある程度)コントロールできるようになれば良い、ということになります。
また、この「バランス」というのも、何も11である必要はないかもしれません。
その人の個性や職業や才能は、それぞれ様々なわけですから、その人固有のバランスというのがあるに違いないのです。
ただし、その前段階としては、左脳にあまりに偏りすぎた現代人の脳においては、右脳の性質や大切さを見直す必要があるとも思うところがあります。

1)そこでジル・ボルト・テイラー博士が挙げた右脳マインドをもう一度振り返ってみることにします。
  • ”今ここ”の瞬間しか気にしていなくて楽天的。
  • 情報をイメージのコラージュで受け取る。
  • ありのままの物事を受け取り事実として観察する(あの人よりこの人は背が高い、昨日より今日は涼しいなど)けれど、(良い悪いなどの)判断はしない。
  • 境界についての知覚が無く、全ては一体化している。(私は全ての一部~宇宙と溶け合っている感じ。)
  • 言葉のないコミュニケーションに敏感で、感情を読み取り感情移入しやすい。
  • 直感的。
  • 時間を見失いやすい。
  • 古い情報を保存しないので、入る情報は常に新たな発見として受け取る。
  • 規制や枠組はなく、自発的で自由。
  • 触って体験して学習する。(細胞が直感的に受け取るという感じらしい。)
2)合わせて、能見正比古が挙げたB型の気質特性とその長短表の一部を紹介します。SML


上記の(1)と(2)の11つをここでは説明しませんが、これら2つの事柄のそれぞれが、実によくリンクしているのが見て取れるのではないかと思います。
私はこれを見たときに、B型というのは「何とまあ、右脳マインドを素直に生きている人たちなの?」と、改めて驚きました。それに私は、同時に能見正比古の観察力の鋭さにも、驚いたのです。彼は、左右脳についてなど、まだ明らかでない当時から、その性質をB型性に置き換える形で、かなり正確に読み取っていたということになります。これは能見正比古の才覚ではあるのですが、能見正比古自身が、"あるがままを受信するB"でなければ、決して出来なかったのではないだろうか、とも思えるのです。

時々、このようにおっしゃる方がいます。
「能見正比古の分析というはB型の目からみた分析ですね?すると他の血液型から見れば、また違った分析もあるのではないですか?」
つまり、B型的な視点で見た偏りが生じているのではないか、ということなのですが、確かに、あくまでも能見正比古というひとりの観察者の視点でもありますし、そうした歪みは多少なりとも生じてくるに違いありませんが、それでは他の血液型(能見正比古がB型以外だった場合を考えても…)だったとしたら、果たしてどこまで事象を"あるがまま"に観察できるだろうか?とも思うのです。
もちろん、客観的事実ではなく、詩情的、哲学的な読み取り方を求めるなら、話しはまた違ってくるのですが…。

右脳をどこまでコントロールするか!

さて、脳をバランスよく活性させるという視点で見るなら、右脳の自由奔放さを制御する左脳に、いったいどれくらい介入させたらよいのか?というのがひとつにあると思います。
その目安としては、能見正比古の挙げた気質表の「それが短所と見られるとき」という事柄にありそうな気がしています。
ただし、この長所短所というのは、現在の社会性の一般的な基準に照らして検証しているものです。すると、今の歪んだ(と思える)社会に、少なくも今後修正が加えられていくとするなら、この長短表の中身も少々変わる可能性もあります。今は、とりあえずの目安として使って下さい。

どうやればいいのか、という具体的な方法については、各々のB型が、自分をよく見つめて工夫するのが良いわけですが、日本のスーパースターでもあり、B型代表選手でもある、イチロウ選手の例をあげておきたいと思います。
彼の公開されているエピソードは多くの人々に既に知られていることとは思いますが、イチロー選手は、自分の調子を整えるのに毎日ルーティンワークを取り入れているそうです。朝起きてから行うエクササイズや、食べ物に至るまで、かなり詳細な形と順序を決めていて、毎日それを繰り返すということです。これはまさに、左脳的な行動ですよね。

B型は案外、気分の揺れが激しいというのがあります。上の表でいうなら「感情の振幅激しい」というところがそうですが、気分や感情が気ままに上下してしまう傾向にあるため、それが大事なプレーにも少なからず影響してしまうという悩みが、イチロー選手にもあったのかもしれません。
しかも彼の目指しているのは、4割以上をコンスタントに打ち続けることです。イチローにとって、「今日はなんか調子悪いな」は、許されないのです。そこでルーティンワークを取り入れてみたら、それが功を奏したということなのでしょう。

ルーティンワークというのは、A型の人にとっては普通のことです。毎日の日常でなるべく面倒なことを考えたくないという理由で、朝の支度や仕事の片付け方など、効率の良い決まった動作と流れを随所に組み込んでいるA型は、実に多いだろうと思います。(※そのため、A型の場合はB型とは逆に、「いつもと違ったやり方を日常に取り入れてみてはいかがでしょうか?」というアドバイスが多くなるのです。)
B型の場合は、そうした左脳的作業を意識的に取り入れていくことで、バランスが取れる可能性が高いのです。

それにしても、つくづく思うことがあります。
社会はどうして、このB型的能力を、長い間押し込めてきたのだろうかと。
「個性豊かに!」「自由にのびのび!」「創造的に!」などという文言は、教育者も口ではよく言うことですし、実際に読んだことはありませんが、日本文科省の教育方針などにも、似たような事柄はおそらくあるのだろうと予測できるのです。ところが、それが実現されているのを見たことは、ほとんどありません。

すると結局、日本社会でB型らしさを発揮して活躍する方たちというのは、どうやらスポーツの世界に多くなるようです。スポーツ界というのは、やはり実力の世界なのです。
そこまでの道のりに多少の障害が生じても、結果さえ出せれば認められていく世界です。たとえ限られた世界でも、B型性が花開くのは、まあそれだけでも素晴らしいことではありあますが、もっともっと、他の分野でも活躍できそうなB型たちが、日本社会にはウヨウヨと、眠っているような気がするのです。

ただしこの、社会におけるB型能力の不活性化には、B型本人たちにも責任がありそうで、そもそもB型たちというのは、気質表の短所の欄にもあるように、「野心」という観念が、良くも悪くも薄い傾向にあるのです。
「そんな事、考えるだけで面倒くさそう」という感じなのです。

また、もうひとつB型に顕著な特徴をあげれば、B型は何をするにおいても、それに興味を持つか持たないかで、その取り組み方に天と地ほどの差が出てしまうということです。
ところがここにも難関があるのは、そのB型が、何に興味を持つのかは誰にも分からないということなのです。(本人さえも分からないかもしれません。)
すると、「そういえば最近、なんだか変なことにハマリ出したな」などと、後から気づいたりすることもあるのです。あるいは、B型の若い人たちから時折聞くのは、「興味のあることが見つけられないのです」という、諦めなのか、または白けにも似た発言。
そこで私は、そんなB型たちを奮起(?)させるために、思いついたことがあります。
簡単に結論を言うと、それは「ワクワクを追いかける!」ということです。

"ワクワク"というのはだいぶ抽象的な言葉ですが、理論的に説明するより、感覚的な「気分」に訴えかける方が、B型の人の耳に届くのではないか、とも考えました。
何かエキサイティングなこと、気分が高揚するようなことを追いかけることが、結局はB型の興味を喚起させることに繋がるのではないでしょうか。
ただし大事なことは、そのワクワク感を維持し続けることです。
ワクワクを維持し続けることで、たとえば最初は大したこともなかった興味が、次から次へと連鎖反応を起こし、大きなことをやり遂げたりすることも多いのです。(すぐに飽きてしまえば、大きなことに進化する前に終わってしまいます)
そういうわけで、B型へのメッセージはコレになるのです。

B型はワクワクを追いかけろ!」

こうした気分の高揚する感覚を持ちつづけるのは、右脳を刺激するのにも有効なので、他の血液型にもおすすめできるのですが、B型は特に、その感覚を大事にするのが良いと思うのです。そしてB型の場合、その右脳のワクワクに、左脳のコントロールを少々、意識的に取り入れることも大切です。



血液型で今の政界をちょっと眺めてみました(おまけ)

A型小泉純一郎とB型安倍晋三がとった対照的な選挙手法

①~④まで、21世紀に入ってからの日本の政治について記録してみました。

21世紀に入る頃は、『世紀末論』のようなものが世界中で噂されていましたが、預言者らのいうような"終わり"には実際はならず、しかし21世紀に入ってしばらくした今、振り返ってみれば、やはり次の時代に入ったのは間違いなさそうです。

例えば日本の政界を眺めれば、戦後から20世紀終わり頃までは、"派閥政治"というのを中心に政治は行われ、良くも悪くも、それはそれで日本の政界を安定させていました。
ところが21世紀に入ると、小泉純一郎先頭に、あらゆる構造改革や派閥の解体が始まったのでした。
その時には、人々は単に、積み重なった目の前の問題を解決するための、少々大胆な政策というぐらいにしか捉えることはできませんでしたが、今考えれば、それは日本丸が大きく舵を切った、方向転換だったといって良いのかもしれません。
そして、それらは恐らく、世界各国の流れと共に起こったものでもあるのでしょう。
江戸時代と違って鎖国をしているわけではなく、世界の経済主要国としても、国の運営としても、他国とのお付き合いの中で動いているわけだから。

インターネットによる情報の拡大、株式市場などに見られる金融取引、グローバリズム。
世界は、といっても欧米主導の先進国が中心ではありますが、あるひとつの方向に向かい始めました。
そういう大きな変化の中で、さまざまな不安や懸念材料が沸き上がりましたが、それでも大きな川の流れが止められないのと同じように、行くところへ行くしかないのだろうと、人々は流されてきたように思います。

ところが今、その流れを遮るかのような出来事が次々に起こり、世界中のどこもかしこもが足踏みしている状態になっています。
遮っているのは、多くは自然災害です。
あるいは米国の9.11事件も、そのひとつだったのかもしれません。
まるで、「そっちに行ってはいけない!」と、天が少々荒々しいやり方で警告しているかのように、私には思えてならないのです。

日本の政治をみても、今までのやり方がもう機能しなくなったのは分かっても、じゃあどうすれば良いのかは、政治家たちにも分からないのでしょう。
小手先の政策をいろいろこねくり回そうとしているのですが、どれも大した成果が得られたとは思えないし、逆に政策を断行すると、その効用より歪の方が大きくなっている気がします。
何かもっと、根本的な、それこそ政治家がよく言う"抜本的な"、というような構造的なものとも違う、日本人の生き方そのものを見直さなければならないような、そんな気がしてならないのです。
言葉で表現するなら、今必要なのは、「変化」ではなく「変容」ではないかということです。
話題が血液型とは遠く離れて、何やら違う方向にいってしまいそう…。
気を取り直して…前回の記事で、中島岳志大学教授の政治見解に触れましたが、彼が面白いことを言っていたのでちょっと紹介します。

選挙にはいくつかの戦略的な手法があるのだそうです。
ひとつは小泉純一郎の行った方法で、政治や選挙に無関心な人々を引き込み、投票率を上げることで票を集めようとするものです。
そのため、郵政改革を推し進めたい小泉純一郎は「自民党をぶっ壊す!」と言い放ち、古い体制の派閥政治を解体するといい、天下りを無くすといい、「郵政改革」を明確に掲げて関心を集め、多くの人々を選挙に向かわせたのだといいます。

そしてもうひとつは、投票率を上げないようにする手法で、それには、できるだけ政策や他党との論点を曖昧にして、人々を無関心のままにしておくのが良いのだそうです。
この手法が功を奏するのは、今のように一党が数の上で圧勝していて野党はバラバラという状態で、すると組織票を集めれば十分だということになり、今回の参議院選挙は、まさにその典型だったのだといいます。


小泉元首相の時代というのは、バブルは崩壊し国民は意気消沈。派閥政治による問題や汚職問題も次々と表面化し、うんざりしていた国民は、小泉純一郎の改革が何かいい方向に変えてくれるのではないかと大きな期待を持ったのです。
小泉純一郎は、大方は「なるようになれ」というA型的な開き直りで、一か八かの戦法に出たのではないかと思います。ところが、A型が開き直ったときというのは案外成功することが多いのです。A型の場合、めちゃくちゃなように見えても、やはり土台の部分は慎重に積み重ねているものがあるわけで、この時も、ある程度は国民の総意を得ていると感じとったからこそ大胆になれたのだという気がします。

一方、今回の参議院選挙の安倍政権の場合、現在行おうとしている消費税増税は国民が歓迎しているわけではなく、憲法改正にしても微妙すぎる問題なわけで、できれば曖昧にして、野党とも積極的に論争を戦わせず、国民の投票意欲を失わせるよう煙に巻いてしまう方がよかったのです。
そういえば、安倍首相が丸川珠代の応援演説を行っている映像を観たのですが、ひたすら「マルカワタマヨ、マルカワタマヨ、バンザイ」と叫ぶだけでした。私は、「これが一国の総理の応援演説?」と、とても違和感があったのですが、なるほど、そういう戦略があったわけだったのですね。
B型は、場合によっては策を弄するところが多分にあります。今回、その策略が成功したということなのでしょう。

それぞれこのお2人は、血液型に持つ、みなさんのイメージとは少し違うように見えるかもしれませんね。
しかし、「血液型人間学」的には、まさに血液型どおりに行動しているお2人なのです。
その時の政治情勢によって戦術は変わるとはいえ、おそらく、安倍晋三は小泉純一郎がおこなった時のようなやり方はしないだろうし、小泉純一郎も安倍晋三がとった戦法はとらないんじゃないのかな、などと思うのであります。

それにしても、その状況に合わせて、それに適した役者がちゃんと居るとも思えるこの現象、つくづく、世の中は不思議なものだと感じます。



血液型で今の政界をちょっと眺めてみました③

安倍総理は『美しい日本」を実現できるのか?


◇自民党の政権復活

2012年12月、野田内閣解散に伴い、衆議院議員総選挙が行われました。
結果は野党に甘んじていた自民党が294議席、公明党連立では2/3議席を確保し、大勝して与党に返り咲きました。
一方、民主党は前回衆議院選挙の230議席から57議席に激減してしまいます。この選挙では民主党から分裂した議員たちやその他の参入者によって12もの政党が立候補していたというのですから、自民党以外はいかに混迷していたかがよく分かります。

そして安倍晋三が、内閣総理大臣に再選されました。
前回の辞任劇があったために、安倍首相が再び立つに至るには、それなりの経緯があったようです。

2012年9月、自民党内で任期満了による総裁選が行われました。
それは秋に行われるであろう衆議院選挙を見据え、次期総理大臣となる人物を選ぶ重要な選任でもありました。

そのとき、裏方で動いていた人物の1人が、菅義偉でした。

菅義偉=O型

※現内閣の官房長官

菅義偉は今年5月、「令和」元号の発表を行い、"令和おじさん"としても知られることになりました。
以下の動画はテレビ東京でおこなわれたインタビューですが、ご自分のことと安倍首相との関係についてよく語られています。
「菅官房長官語る①~③」


動画(③)の中で菅義偉は、安倍晋三に出逢った時から、「いつかこの人を総理にしたい」と思ったと語っています。
それを受けたインタビューアが「なぜか?」と訪ねると、彼はこう言います。

「育ちもいいですし」
「経験も豊富」
「懐が深くて柔軟性もありますし」
「他の人とは一味違っていた」
「確固たる自分を持っている」

菅義偉は、一見穏やかで口調も静かな、控え目な人物にも見えますが、インタビューの中でも言っているとおり、「勝負するときはしなくちゃだめだ」という、なかなかの勝負師だというのが分かります。あるいは、「これはいける」「今だ」という直感もよく働かせているようで、このインタビューからも、そのO型らしさがよく表れています。

安倍晋三は、前回2007年の辞任の後、体調を回復させると11月には政務に戻りました。
その後は勉強会などを積極的に開き、市民の声なども聞きながら現在に至る構想をより固めていったのだと思われます。
インタビューの中で菅義偉が言うには、安倍首相は前回の辞め方を気にして最初は総裁選立候補を渋っていたようです。
しかし、今がまたとないチャンスだと直感している菅義偉は、安倍首相を何時間もかけて説得しました。

菅義偉の根気勝ちともいえますが、「O型とB型のおもり関係」が上手く働いていたのだとすれば、B型の安倍晋三を説得するにO型の菅義偉は最適任だったとも思えます。
O型の率直な言葉は、B型の気分をよりポジティブな方向に上昇させる効果があるからです。またO型は、他の人にはないB型特有の感性を高く評価することがよくあります。もちろんそれは、そのB型が有能な場合においての話ですが、菅義偉が、安倍晋三の「他の人とは一味違っていた」ところや、「柔軟性や懐の深さ」に好感を持ったのも、O型の食指が動いたからなのでしょう。

こうして菅義偉の直感どおり、安倍晋三は総裁に選ばれました。そして衆議院議員選挙に自民党が勝利すると、第二次安倍内閣が発足したのでした。
するとこの報道を聞いた一部の人々からは、(こう言っては失礼ですが…)「あの軟弱な安倍が…?」という声が、聞こえてきたのも事実です。
一般市民から見れば、菅義偉が言うような「懐の深さ」や「柔軟性」などの安倍晋三の人柄は、伝わってはこないのですから致し方ないことかもしれません。
安倍首相に対する市民の期待は、当初はそれほど大きくなかった気がします。しかしその後、意外に健闘しているというムードが広がり、支持率も上昇し始め、安定政権へと向かっていきました。

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安倍首相は、「美しい国日本をつくる」というスローガンを掲げ、「"戦後レジーム"からの船出」を目指すとしました。
また、経済政策としてはアベノミクスと名付け、三本の矢を柱にする政策を打ち出しています。

しかし、"美しい国日本"と言われても、具体的なイメージがなかなか浮かんできません。
それを説明する定義は、「活力とチャンスとやさしさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする世界に開かれた"美しい国、日本"」とされています。

また、安倍首相の著書「美しい国へ」の概要を見ると、「日本国家が変わろうとしている現在、日本を自信と誇りのもてる国家へとすることを理想とし、そのために保守、外交、社会保障、教育はどうあるべきかを説いている」とあります。

もう少し安倍首相の談話などからメッセージを拾ってみます。

安倍内閣総理大臣談話より
これは戦後70年を迎えるにあたっての声明文ですが、過去の戦争に対する経緯、追悼、お詫び、反省などを伝えると、今後の日本については次のように述べています。

「あの戦争には何ら関りのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」

では、安倍首相のいう戦後レジームとは?
日本で戦後レジームという場合は、第二次世界大戦後の日本において、GHQによって出来上がったとされる日本国憲法や、その他さまざまなシステムについてのことを指します。
つまり安倍首相は、これらの体制からの脱却を望んでいると思われます。

明確に要領をつかみきれないところはありますが、安倍首相の思いをイデオロギー的な視点を抜きにして、私なりに要約してみるなら
「敗戦からの自虐的な思いから脱却し、次の世代の子どもたちのためにも、国民が自信と誇りのもてる国にしたい。そのためには、ただしい歴史認識をした上で、自分たちの手で法を見直し、自分たちの手で国を守らなければならない。負の遺産を次世代に持ち越さないよう、今の我々の代でそれを行わなければならない」
ということであり、それは安倍首相の愛国心、そして使命感から発しているスローガンであろうと想像します。

一方の経済政策「アベノミクス」においては3つの矢として以下をあげています。
1.大胆な金融政策
2.機動的な財政政策
3.民間投資を喚起する成長戦略

そしてこれらは、小泉内閣の政策であった"小さな政府"を基本的に継承しながら行うものとしています。
また、具体的な最初の目標としては、20年来続くデフレからの脱却でした。
一方で、その他に取り上げられる重要課題としては、消費税増税、TPPなどの問題もあります。

まだまだいくつもの政策や課題が山積みになっている気がしますが、長期政権といわれるこの6年間で、どういう成果があったのか、国民の私たちにはよく分かっていないというのが正直なところでもあります。
また、安倍首相の描く「美しい日本」を、どれくらいの国民が共有、あるいは共感しているのかも、見えてこないように思えます。
そしていずれの政策も、日本国内だけではなく、他国との関係性を考慮せずには行えないという難問が横たわります。

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以下に、現在の代4次安倍改造内閣の顔ぶれと血液型を記載しておきます。
  • 総理大臣  安倍晋三
  • 副総理兼財務大臣 麻生太郎
  • 総務大臣  石田真敏
  • 法務大臣  山下貴司
  • 外務大臣  河野太郎
  • 文部科学大臣  柴山昌彦
  • 厚生労働大臣  根本匠
  • 農林水産大臣  吉川貴盛
  • 経済産業大臣  世耕弘成
  • 国土交通大臣  石井啓一
  • 環境大臣  原田義昭
  • 防衛大臣  岩屋毅
  • 官房長官  菅義偉
  • 復興担当大臣  渡辺博道
  • 国家公安委員長  山本順三
  • 経済再生担当大臣 茂木敏充
  • 沖縄・北方…大臣 宮腰光寛
  • 地方創生担当大臣 片山さつきO
  • 科学技術担当大臣 平井卓也
  • 五輪担当相大臣  桜田義孝
(O型=9名/A型=7名/B型=4名/AB型=0名)

第2次~第3次内閣までの顔ぶれではA型とB型が多く、O型が少なかったのですが、現内閣では、逆にO型が増え、その分他の血液型が減ったことになります。
血液型をリストアップしても、実際のところ、政治の場合はスポーツのようにチームワークを発揮するという単純なことではないので、血液型構成に何か意味を見出そうとするものではありません。
それでもO型が増えたことをB型安倍総理との関係性だけでいうなら、今の勢いを促進させるムードにはなりそうです。しかしO型とB型の関係で気をつけたい点は、トップに立つB型が力を失ったとき、O型は投げ出すのも早いということです。菅義偉との関係のように親交が深い場合は別として、そうでない場合は安易に弱みを見せないことも大切です。

また、政治家の行動に関する参考のひとつとして
「理念はあっても実際には現実的な行動をとるO型」
「理念と政策を柱に筋を通して行動するA型」
「理念というより談話や話し合い、根回しで解決しようとするB型」
などのことが言えます。





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(関連記事)

血液型で今の政界をちょっと眺めてみました②

混迷する政界~短命政権の6年間



小泉内閣の長期政権の後は、落ち着かない状態が続きました。
2006年から2012年の6年間に6人の首相が誕生し、毎年のように内閣が入れ替わっているという状態です。その間、政党政権交代も起こっています。
その流れを首相の血液型とともに追ってみようと思います。

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■安倍内閣(自民党/2006年9月~2007年8月)

2006年9月26日、第一次安倍政権が発足されました。
小泉内閣の構造改革を引き継ぎ、また安倍晋三のスローガンでもある「美しい日本」を掲げました。

安倍晋三=B型


父は安倍晋太郎(A型)、祖父は岸伸介(O型)、大叔父は佐藤栄作(A型)という、生粋の大物政治家一族であることは誰もが知るところです。
遺伝学的に見ると…
安倍晋三がB型で父親がA型ということは、母親の安倍洋子はB型かAB型の可能性となりますが、安倍洋子の父親(安倍晋三にとっては祖父)、岸伸介がO型であるということはAB型が生まれることはなく、つまり安倍洋子はB型と考えてよいのでしょう。
するとA型とB型の両親から生まれた安倍晋三はBO型です。

就任後、安倍首相が直ぐに取り組んだのは、選挙の公約にもなっていた教育法の改正でした。
教育法に関する問題は重要だと言われつつ、長年後回しにされ、半世紀もの間、歴代首相は誰も着手しなかったとのこと。
教育問題は選挙の票が取れないからという斜めな見方は置いておいても、マスコミや教育界からの反発が予測される微妙な問題が絡みます。当然、国会やマスメディアでは猛攻撃に合うわけですが、それでも就任後3カ月で実現させてしまったのですから、相当強い姿勢で取り組んだのでしょう。

しかしその後は、党内のさまざまなスキャンダルがリークされたり、農水大臣の自殺があったりなど、面倒なことが続出し始めます。そして翌年2007年の参議院選挙では議席過半数をとれずに敗北。"安倍おろし"が起こり、退陣を求められるようになっていきました。

それでも安倍首相は、所信表明演説で「職責を全うする」決意表明を示しました。
ところが、その2日後には急遽記者会見を開き、結局退陣を発表します。あまりの反転ぶりに国民やマスコミはどよめき、無責任だと批判しました。
この成り行きは、不思議でもあり、違和感もあります。
前出にも書いたように、歴代首相の誰もが手を付けたがらなかった非常にやりにくい教育改正を3か月で断行した安倍首相。その事実を見るなら、彼がそれほど意志薄弱だとも、無能だとも思えないところがあるのです。その人がたった2日で考えを変えてしまうものでしょうか。

安倍晋三はB型です。
B型の性質である柔軟性や散文性は、ある時は意見や気分をコロコロ変えたりする面が確かにあります。しかし国政の最高責任者であり、また大物政治家一族の中で小さいころから政治姿勢については自然に教育されてきたに違いありません。

B型は、大きく分ければ2つのタイプがあり、ひとつは気さくでざっくばらん、あるいは破天荒で騒がしいタイプ。政治家でいうなら田中角栄(B型)のようなタイプです。もうひとつは、どちらかというと"ブアイソウ"とも見えるタイプで、普段は大人しく静か、男性なら紳士タイプという感じになりますが、安倍晋三の場合は後者に近いところがあり、それには育ち方や環境の違いも大きく影響していると思われますが、田中角栄とは異なるタイプのB型だといえそうです。もちろん、芯にはB型としての共通性が多々あるはずですが。

安倍晋三は最初の退陣発表では、その理由を
「テロとの戦いを継続する上では自ら辞任するべきと判断した」としています。
また内閣府から発信していたメールマガジンでは
「国家・国民のためには、今身を引くことが最善と判断した」とメッセージを残しました。
そしてその直後、緊急入院をし、潰瘍性大腸炎という疾患を医師が発表しています。
そして更に病院で行われた記者会見では
「意志を貫くための基礎体力に限界を感じた」と発言しました。

たしかに体調は8月頃から既に悪くなっていたようですが、本人は当初、それによって退陣する気はなかったと思われます。ただ、体調がそれほど悪かったのだとすれば、その状態を無視していた安倍晋三は、むしろ自身の政策への執着が強すぎて、退陣の判断を見送ってしまったのだ、とも考えられます。B型は”仕事の虫”になり過ぎて己の健康状態をおざなりにすることがしばしばあるのです。
すると、それを懸念した周囲が、その体調では無理だと説得したのかもしれません。あるいはその2日の間に、意志を変えなければならないほどの、何か他の理由が生じたのかもしれません。いずれにしても真実は、本人以外には分かりませんが。


(関連記事)
ある日魅力が再燃した田中角栄さん


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■福田内閣(自民党/2007年8月~2008年9月)

福田康夫=A型


福田康夫は第67代総理大臣であった福田赳夫(O型)の長男。
本人自らは政界入りを望んでいなかったようですが、父親の後継者であった次男が病になったことで、やむなく政治家の道を決断したとのことです。
秘書官を経て衆議院議員当選(1990年)後は、外交関係で実績を積み、小泉政権では官房長官。「影の外務大臣」とも呼ばれ、当時田中真紀子騒動でこじれた外務省との修復に手腕を発揮したことでも知られています。 
安倍晋三の退陣を受け、兼ねてから候補に挙がっていた福田康夫が指名されました。

親子で総理大臣に就任というのは、初めてのことです。

しかし翌年の9月には緊急記者会見を開き、突然として退陣表明を行いました。前回参議院選挙の大敗によって生じたねじれ国会の影響もあり、思うように政策を進められない状況が続きましたが、それほどのスキャンダルや不祥事が発覚したというわけでもなく、そうした予兆もなかったために、やはりこれも人々を驚かせました。
福田康夫の退陣記者会見は、「国民のために、新しい布陣で政策実現を行ってもらいたい」という、実にあっさりとした内容でした。

おそらくこの辺りから、国民は政治や国会に対して、どこか解せないもの、以前までにあったような派閥の功罪や裏金の不透明さとは、質の異なる不可解さを感じるようになっていったような気がします。

後日、リークされた情報によれば、次のような事実があったともいわれています。
(以下は右書籍の内容を要約/浜田和幸「大恐慌以後の世界」)
時は、リーマンショックが起きた真っただ中。
米国(ブッシュ政権)は、この危機を乗り切るために日本に100兆円の提供を要求してきていたとのことです。福田首相は「ノー」と断り続けました。しかし何度も執拗な要求が行われ、金融庁はその圧力に屈し「100兆円提供」を決定しようと準備したのだそうです。
しかし福田首相は、自分が辞任することで、それを阻止したのだということです。

福田康夫は「頑固」だということは、よく言われていたことでしたが、これが事実であるならば、この退陣劇は、いかにも、"頑固で思い切りのよい"A型らしい行動という気がします。
福田康夫は、その後2012年には、政界を引退しました。

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■麻生内閣(自民党/2008年9月~2009年9月)

麻生太郎=A型


祖父には吉田茂(O型)、高祖父に大久保利通(O型)などの超大物政治家たちが先祖。
父親は実業家であり、家業を継いだ自身も実業家として成功。政界入りは1979年、39歳の時でした。そうした経営手腕や幅広い人脈などが買われて、経済や外務関係のポストに就くことが多かったようです。
福田康夫の退陣を受けての指名となりましたが、当初から解散、総選挙を前提とした内閣だったというところがあったようです。また、リーマンショックの影響が日本にも及び始め、経済界が混迷し始めるなか、就任すると間もなく野党から、あるいは自民党内部からも「麻生おろし」が始まったようです。
そして2009年7月に解散、8月の衆議院議員選挙において自民党は記録的な大敗となり、政権を交代することになりました。

家庭環境の要因もあると思いますが、ヤンチャ坊主のまま大人になったA型、という印象があります。そういうA型の場合、外界との殻を作ることも少なくなり、本来の勝気な性質のまま振舞うことが多くなります。
そうした性質に加えて経済的な豊かさからくるゆとりや、事業で成功してきた自信もあるのでしょう。彼には、転んでも少々のことではめげない前向きさが強く表れていることが印象に残ります。A型の「陰」の部分がほとんど隠れていて「陽」の部分がより表に出ているタイプのA型のようです。

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◇政権交代

■鳩山内閣(民主党/2009年9月~2010年6月)

鳩山由紀夫=O型

(※現在は友紀夫と改名)



祖父の鳩山一郎 (A型)は第52~54代内閣総理大臣、そして曾祖父と父も政治家。
政界のプリンスなどと揶揄されることもありましたが、家庭環境が穏やかで教育が行き届いている場合、O型はその影響を最も強く受けるので、鳩山由紀夫のようなおっとりタイプのO型もうなずけます。
祖父の鳩山一郎はクリスチャンでフリーメンソン会員であったことが知られていますが、「友愛」という言葉を好んでいるところなどをみても、祖父の思想的な影響を強く受けているのかもしれません。

さて、実際の内閣ですが、小泉内閣終了以来、政局は落ち着かず、大衆は自民党の力が衰えたことを感じ始めます。そして具体的な政策目標(マニフェスト)を掲げた民主党が圧勝し、政権交代を果たしたのでした。
当初の支持率は70%と高いものでしたが、鳩山首相は沖縄の普天間基地移設問題でつまづくことになります。
また、子ども手当や高速道路の無料化などもマニフェストに掲げていましたが、完全な実施とはならず、また政策決定の力を握っていた小沢一郎の金銭問題なども起こり、一気に支持率が低下する中で内閣総辞職を決定します。

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■菅内閣(民主党/2010年6月~2011年9月)

菅直人=O型


菅直人の学生時代はちょうど学生運動が盛んだった頃です。そうした環境の中で、彼も学生運動、市民運動や社会活動に積極的だったようです。
ただ彼は、その流行に乗ったわけではなく、学生運動に参加する際も「イデオロギーばかり掲げるのではなく現実的な対応が必用」と独自の主張でグループを結成したということです。あるいは、有名企業に就職するより弁理士を目指して技能を身に着ける方が良いと考えるなど、O型らしい現実的思考性を若い頃から発揮していたようです。しかしとにかく、菅直人は若い頃から社会運動に関わりたいという強い思いを持っていたのです。

当時、参議院選挙では常にトップ当選を果たし、庶民に大へん人気のあった市川房江(AB型)という人物がいましたが、市民運動のイベントで市川房江を招いたことがありました。その際に彼女の存在の大きさに感銘を受けた菅直人は、既に政界引退を宣言していた市川房江を再び選挙に立たせるため、市川房江を根負けするまで説得し、菅直人は選挙事務長として、彼女を2位当選させたという経緯がありました。
そうして徐々に本格的に政界入りを目指すことになりますが、衆議院選に3回挑戦するも落選。4回目でようやく当選を果たします。
官僚でもなく二世でもない。政治秘書でもない。労働組合や宗教団体の支援もなく、ただひとりの何も持たない市民が東京激戦区で勝利したことは、異例のことです。

政治活動への関心の強さ、独立心の強さ、現実性、目的志向性と達成力の強さ、そのための忍耐強さなど、どれをとってもO型そのものという菅直人像が、見事に浮かび上がってきます。

2010年6月、鳩山内閣総辞職を受けて、菅直人が総理大臣に任命されます。ところが翌月の7月には参議院選挙が行われ、民主党連立は敗北。またもや、ねじれ国会という状態に陥りました。
政策が思うように進まない中、支持率は下がる一方となり、そこで立て直しを図るべく2011年の1月、第二次改造内閣を行いました。

そのような中で起こったのが、2011年3月11日の東北大震災でした。
この時の菅直人の言動やリーダーシップに対しては賛否両論…どちらかというと否の方が多いかもしれませんが、「これまでに経験したことのない国家緊急事態において、誰であれば適切な行動ができたのかは、誰も何も言うことなどできない」という声もありました。

必要なことは、この経験を生かして、政界や国会が緊急事態にも適切に対応できる状態とは、どうあれば良いかをしっかり反省し、組織づくりと体制を再考することだという気がします。
ことあるごとに相手の批判をし、政権から引きずり降ろそうとするばかりの現在の政界。国の緊急時にもそうしたことしか行われないのだとしたら、あまりにも恥ずかしくて子どもたちには見せられません…。

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■野田内閣(民主党/2011年9月~2012年12月)

野田佳彦=B型


富山と千葉の農家出身という両親のもとに生まれる。
民主党には、やはり庶民派出身の方が多く存在するようです。
野田佳彦の生い立ちに関する記事を見て、非常に興味深く思いました。彼は3歳の時に浅沼稲次郎暗殺事件を知り、6歳の時にジョン・F・ケネディ暗殺を知って、どちらも強い印象を持ったというのです。
B型の人に時々いるのですが、かなり幼い頃に、非常に鋭い感性で社会や身の回りに起こっている出来事に対して、大人並みの興味を抱いていることがあるのです。
野田佳彦のこのコメントにしても、3歳の時にそうしたニュースに関心を持ったり耳を傾けるということなど、多くの子どもにはあまり無いことです。よくAB型について、小さい頃から物事の理解が早いと言ってきていますが、B型の場合、AB型のそれとは少々異なるような気がします。
それについてはここでのテーマと離れてしまうので詳しいことは避けますが、B型の"興味関心"は、かなり幼いころから芽生えるというということだけは言っておきたいと思います。

2011年9月、菅直人の退陣表明を受けて民主党代表に選ばれ、野田内閣が発足します。
まずやらなければならないことは、福島原発事故の収束でした。
一般大衆からは、地味だけれど実直で信頼できるという一定の評価を得ており、震災と原発事故の処理を任せるには適任だったという印象があります。

しかしその後、消費税を5%から10%へ段階的に引き上げる法案を提出し衆議院議員解散を条件に可決させます。
野田首相は、当初は消費税増税に反対を唱えていたわけですが、震災の後に増税の必要性を感じ、意見が変わったとのことです。しかしそれは公約違反であるとし党内は分裂。その後も与野党の駆け引きが続き、最終的には内閣総辞職となりました。

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実に日本国政、混迷・迷走の6年間と言わざるを得ません。
さて、この先どうなるのか。
この当時、私が人々の意見を聞いていて印象に残っているのは、民主党代表の野田佳彦という人物を評価する人は多かったように思います。しかし原発事故の収束も見通しが立ち、日本の自粛ムードも和らいできて停滞していた経済活動を再起動させたいこの時期、「やっぱり日本経済は自民党じゃなきゃだめだな」という声が、徐々に大きくなっていたのは間違いないことだったように思います。

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(関連記事)
血液型で今の政界をちょっと眺めてみました①
血液型で今の政界をちょっと眺めてみました③
血液型で今の政界をちょっと眺めてみました④

【本の紹介】消えるB型


B型著者のとてもB型的なエッセイ


著者:山上 一
公式ホームページがあります。

研究会メンバーと、著者にお会いしてまいりました。

お話を伺って、さすがB型の行動力だと、仰天することばかりでした。
その仰天の内容については、私がここに書くことはできないのですが、とにかくB型さんが行動するとなったら、「え?そこまでやるんですか!?」というところまで、やってしまうのだということを、あらためて知らされました。

私は一言
「いや、感動しました」
…としか、言いようがありませんでした。

こうして血液型について、熱心に活動していらっしゃる方にお会いすると、本当に嬉しいです。
「いつの日か、この血液型について、正しい評価をされる日が来ますよ」と私たちが言うと
「そうですかね。できれば私の目の黒いうちに、そんな日が来ることを願っています」と山上氏。

はい、きっとそうしなくてはね。
私も頑張りますね。


B型の可能性を見せてくれたイチローに感謝

「ありがとう!」イチローさん!

3月21日、東京ドームで行われたアスレチック戦を最後に、イチロー選手が引退表明をしました。

イチローはB型です。そのB型特性を、これ以上ないというくらい活かし、体現しているアスリートであったので、コラムやエッセイなどでも、あるいは取材の打ち合わせでも、B型の代表選手として、度々ご紹介してきました。

こんなふうに書いたら反論を招くかもしれませんが、イチローは、多くのB型たちが目指すことの可能な、「至上もっとも素晴らしいB型モデル」なのです。
「いや、真似できないよ」「誰もできないことをやったからヒーローなんじゃないか」
という声が聞こえてきそうですが、ここでいうのは、「血液型人間学」的な自己開発、自己進化の視点に立ってのことだと前置きしておきます。

そういうわけで、ご本人に許可も得ずに勝手に分析するのは恐縮ですが、今回の引退表明を機に、記憶に留めておきたいB型アスリート、あるいはB型ヒーローとして、あらためて記録しておかなければならないと思いました。


イチローの素質と才能は、B型が共鳴し、A型が押し上げた
イチローがプロ入りしたのは1992年。(Wikipediaより
小学生の頃から父親とキャッチボールを始め、少年野球時代、中学、高校と、その才能は開花しつつ、「エースで4番」の活躍をし、スカウトたちの目にも留まるようになっていきました。
しかし自動車事故で肩を痛め、その時点から投手としての道は諦めざるを得なくなり、打者としてのプロ入りを目指したのだということです。

イチローは名古屋出身でもあるせいで、中日ドラゴンズに入団することを希望していたそうです。でも残念ながら指名が入らず、オリックス・ブルーウェーブ(現在のオリックス・バッファローズ)にドラフト4位で入団します。
入団当初は、コーチとの意見の相違もあり、思うような結果はあまり出ませんでした。また当時の監督は、上田利治氏(O型)でしたが、イチローについての評価は「線が細すぎる」として、さほど大きな期待を持っていなかったようです。
確かに、長く活躍する選手になるには、身長だけでなく、肩や尻がガッチリしているという身体的要素が、大きなポイントになったのでしょう。

しかし、イチローが見せている"光る才能"に、気が付く人物も現れました。
まずは、当時の2軍打撃コーチ河村健一郎氏が、イチローの"振り子打法"の開発に、二人三脚で取り組みました。
河村氏は同じB型。B型は、「これは」と関心さえ持てば、それまでのセオリーにあてはまらないことでも共鳴し、熱心になってくれたに違いありません。
そしてその後、仰木彬氏が監督となります。仰木監督がイチローを高く評価し、よく使い、育てたという話は、既に人々に知られていますね。

ここで注目したいのは仰木監督がA型だということです。
A型とB型は、その対照性のせいで、お互いが認め合う工夫をしないと、調子を合わせるのが難しいことが多くなります。そのため、上司部下の関係になったときなど…特にA型が上司になった場合には、A型的な社会常識や一般常識、形式秩序の観点からみれば、B型の言動はどうにも理解しづらく、チグハグになりやすいのです。

ただし、そうしたA型性にも、実はもうひとつの面があります。
社会通念、秩序、ルール、セオリーなどを重視する一方で、その"カタチ"からの解放を願うのもまた、A型性なのです。
つまりA型にとってみれば、その心の奥にある望みを、目の前で体現してくれているのがB型というわけなのです。
ときに熟練したA型が、若きホープB型を、殊のほか高く評価し、殊のほか可愛がり、大きく育てていく例は、日本の過去にもよくあることなのです。
イチローと仰木監督は、まさにそんな関係になったのではないでしょうか。


◎功績や見返りを意識しない「B型的純粋な意図」がイチローを飛躍させた
こうしてイチロー選手は、日本のプロ野球界において徐々に評価を高めていくことになります。
たとえどんなに若くして才能や能力があったとしても、それが評価されるよう適応させていくことができなければ、それは育つことも実になることもありません。
多くのB型は、才能を持ちながらも、このあたりでつまづくことがありそうです。

自分の力が相応に評価されない―。
それをひがんで(あるいは諦めてか…)、自分の楽しみの方に目を向け過ごすB型たちは、数知れないのではなかろうか…。

では、なぜイチローは、そのチャンスを手にすることが出来たのでしょうか。

私はそれは、ひとえにイチローの、野球に対する純粋な想いだったのではないかと考えています。
”野球に対する純粋な想い”と言ってしまうと、それは単なる"野球好き少年"とも受け取れるかもしれませんが、私はもう少し、彼の想いや彼の意図を、高みに上げて理解してみうようと思います。

イチローは、野球というプレーを通して、イチロー自身の全てをそこに投入し、表現し、体現しようとしたのでなかいかと。

つまりイチローにとっての”野球”とは、それはツールなのです。もしも野球以外の別のものにイチローが幼い頃触れていたら、その別のものが「純粋な想いを体現するツール」になったかもしれません。
イチローは、野球というツールを選択し、その自分自身を体現するツールが野球なのだとすれば、そこには自分の意志や意図、自分のエッセンスを純粋に注ぎ込まなければなりません。
周囲から、生意気だとか、変り者だとか、少々のケチをつけられたからといって、自分ではないものを作り上げたのでは、何の意味もなくなってしまうのです。
イチローは、その核心のところを、絶対はずさずにいたに違いないのです。

B型のマイペースさ、自分の興味への純粋な意図は、それを可能にしてくれるはずです。
その、芯からぶれない純粋さは、必ずや、共鳴し、共振する人や出来事を、引き寄せていくのだと思うからです。

約束事の多い窮屈な現代社会において、そうしたことが少々苦手なイチローでしたが、彼の純粋さは、その殻をみごとに打ち破り、コーチや監督を味方にし、自分の土台作りに成功しました。そして世界へ旅立つ切符を手にすることになるのでした。
2000年の秋、マリナーズと契約を交わし、ここに日本人野手として初のメジャーリーガーが誕生します。
"日本人初めて物語"にB型がすこぶる多いことは、いろいろな場面で既に伝えてきましたね。

さて当時、私たち人間…特に日本人の性分からすると、どうしてもネガティブに傾きがちで、「大リーガーになれたことだけで充分だよ、活躍できなくたって仕方ないよね」というムードが、大方を覆っていたのではないかと思います。
私はそもそも、野球というものをあまり知らず、イチローがどんな選手でどんな人物かということについては、生前の師、能見俊賢から聞かされることでやっと知った程度でした。野球好きでB型好き(?)の俊賢先生が、イチローのメジャー入りに大はしゃぎをしていたのが、つい昨日のことのように思い出されますが、血液型人間学を通して人々を眺めてきた先生と私は、世間の予測とは少々異なり、イチローが、卓越したB型性を見せるであろう予感を、どこかで感じてもいたのでした。
その後は、みなさんもよくご存じのように、イチローは次々と記録を更新しながら、快進撃を続けていきました。


◎B型の「正直さ」が芯を歪ませない
B型の"不愛想"は、折に触れて伝えていますが、それがだいぶ彼らをソンな立場に追いやっていることは間違いありません。
たかが、"愛想”ごとき、ではありますが。
イチローも、そうした不愛想なB型たちの類にもれず、お世辞にもマスコミ受けが良かったとは言えませんでした。
具体的にはこういうことですが…。

スポーツ記者たちは、選手たちにいろいろな質問を投げかけるわけですが、そのほとんどは、ある答え(記事の書きやすさ)を期待しての質問なのです。そして選手としても、マスコミ対応は、ある意味ファンへのメッセージにもなるわけで、大概の選手は彼らの意図に合わせて(あげて)、中には非常に合わせるのが上手い人もいて、そうすると、「〇〇選手は礼儀正しくていいヤツ」なんてことにもなり、記事なんかもいい感じに書いてくれたりする、というカラクリなわけです。

ところがイチローは、いつだって、カメラ向きの笑顔も、記者が期待する答えも、してはくれませんでした。
彼は、本来のB型らしく、「正直な人」なのです。
笑いたくないのに笑ったりしないし、本心ではないことを、口に出したりもできないのでしょう。
そこには、無意味なことを期待する記者たちに対して、少々のB型流のひねくれもあったかもしれませんし、B型的な照れ性もあったかもしれません。

ところが、その頃のイチローは、米国でその実力を確実に評価され始めており、そこまで活躍するとは予測していなかった日本人記者たちはやや困惑ぎみだったのです。そんな、イチローに対するメディアのジレンマが、見て取れるような時期でした。彼らは、イチロー選手を、どのように扱って良いか分からなかったのです。

そんなある日、私としてはとてもラッキーな場面に、個人的に遭遇しました。
彼が大リーガーとなって活躍を始めた数年後のオフシーズンのことです。
深夜の都内の小さなレストランで、偶然彼を見かけました。
時間はすでに夜中の1時頃。客は私たちのグループ3人と、イチローのグループ4~5人、他に一組ぐらいしかいませんでした。
「お、イチローだよ」
私の前に座った友人が目ざとく気づき、私の背後の方の席にイチローが居ることを教えてくれました。
振り返ってみたいのはやまやまでしたが、せっかくのオフの団らんの席を、けして邪魔してはいけないのだと思い、私たちは素知らぬフリをして食事を楽しんでいたのでした。

ところがありがたいことに、しばらくするとイチローは、トイレに行くために席を立ち、私たちの横を通り抜けました。
(トイレに行ったということは、帰ってくるわけだから、ここをまた通るよね。失礼のないように、素顔を少しだけ拝ませていただこうかな…)
私はイチローの後ろ姿を見ながら、浅はかなことを思い…
いや、でもなんだか「待ってました」という態度で目が合ったら、やっぱり失礼だろうか…う~ん、知らん顔したフリして、横目で見ようかな…。

そんなわけの分からないことを考えているうちに、向こうからイチローが、さわやかに歩いてきました。
それは、とても自然で、自分が今やスーパースターになりつつあることなど、微塵も感じさせず、特殊なムードを醸し出すものなど、何もありませんでした。
本当に、フツウに、しかしその爽やかさは、もはやフツウとはいえないのかもしれませんが、とにかく私は彼と目が合い…というか、むしろ彼の方から、通りすがる人同士が自然に目くばせして笑顔を見せるような、そんな感じでこちらを見て笑顔を向けたのでした。
私は、イチローと目と目があったその瞬間、咄嗟にこんなメッセージを送りました。
「あなたは必ずやり遂げる。私はあなたを信じているよ」
もちろんこれは、言葉に発したわけではなく、心で思っただけですが。

このときは、テレビで観る、ちょっとニヒルというかクールというか、まあ端的に言えば"不愛想"な印象を与えるイチローの姿でもないし、野球をプレーするときの彼でもありません。親しい友人や家族と、和やかに団らんしている、素面の彼と会う(見る?)ことができたのは、私が今後のイチロー選手を見つめる中で、たいへんありがたいことだったのです。
そしてこのときの、さわやかなイチローの方が、真の彼を表現しているのだとも確信しました。(テレビカメラや画面というのは、何か真実を別のものに変換する作用があるのではなかろうか?)

ああ、こんな彼なら大丈夫、あなたは大丈夫。
私は清々しい空気でも吸ったような、とても良い気分になりました。

話が横道にズレましたが…
とにかく、裏を返せば、B型の性質とは、本来がハートに正直な人たちだと言えるのです。
私は、そういうイチローだからこそ、世界に出ても、やり抜けるのではないかと期待をしたのです。
そしてようやく、マスコミや日本人ファンたちも、イチローへの目線を彼と同じ高さに合わせることができるようになり、新たなヒーロー誕生となっていったのでした。


◎『無限記録』に挑戦するのがB型の興味を長続きさせるコツ
イチロー選手が、日本プロ野球時代の8年、そして大リーガーとして19年、合計27年の長きにわたり活躍できた理由には、『記録の更新』という、これも実にB型的な要素が挙げられます。
B型が、何か一つのことに興味関心とその集中力を、現代の社会構造の中で持ち続けるためには、"記録に挑戦する"ということが何より有効なのです。
人間とは、そこに何か限界を作ったとき、終わりを見てしまいます。
けれど、『記録』という、一種のよりどころとなるメジャーを用いることによって、"限界を作らない"ルールを設定することが可能になるように思います。
それは他の誰かや何かと競争するのではなく、あくまでも無限の空域に挑戦するようなものとなるからです。
カタチに収めうようという力が働く社会の中で、それとの不調和に苦心するのがB型ですが、目標を、社会や周囲ではなく、『記録』というものに設定したとき、まわりの雑音に惑わされることが少なくなり、自分のやるべきことに熱意を傾けることができるのです。
それに、"永遠"や"無限"に心が向きやすいB型にとって、記録を更新していく作業は楽しくもあるのではないでしょうか。

どうぞ、調べてみて下さい。これまで、さまざまな分野で、数々の記録を打ち出した人々には、B型がとても多いのです。


◎B型特有の柔軟性はB型の大きな武器
また、イチローの柔軟な身体作りは、B型の資質をフルに活かしたものでもあります。
B型体質の柔軟性については、フィギュアスケート選手についての記事でも書きましたが、それは身体だけに限らず、心や脳の働き方にも通じるところがあります。
B型の人々は、この、他の血液型にはない、B型らなではの柔軟性を、自分の生活や仕事に、大いに活かすことが武器になるのです。
これこそが、B型の、体質に根差した能力といえます。
イチローは、それがB型的な自分の特性であることを、知ってか知らずか、徹底的に研究し、練習にも取り入れたと思われます。
ある時オバマ元大統領に、「記録を更新して活躍する秘訣」について尋ねられた際、「柔軟な筋肉です」とイチローは答えたのだそうです。彼がしっかりと、そこに意識を向けていたことがわかりますね。もちろん彼は、"血液型"ではなく、"筋肉"について学んだのだと思いますが。

イチローがイチローらしく、イチローとしてステキなのは、血液型だけが理由でないのはあたりまえのことで、イチローに関する資料を探したり、本を読んだりすれば、イチローの姿が、もっと詳しくわかるのでしょう。
おそらくこれからも、イチローを知りたがる人々のために、わんさかと記述されていくことでしょう。

けれど血液型的に眺めれば、もうこれだけで充分なくらいに、その血液型的功績と要素を見せてくれています。
イチローは、B型の性質…たとえそれを本人が知らなくても、彼は自分の体質的特性を、見つけ出し、引き出し、鍛錬し、実現させた人です。
そしてそれを可能にしたのは、自分らしさや自分の人生を、野球を通して実現させるのだと、覚悟を決め、それに純粋に向かったからに違いありません。


◎すべてのB型はイチローになれるはず
イチローの姿は、全ての人々が倣うことができます。
それは、「自分と真摯に向き合い、己の特性をいかに引き出し訓練するか」ということであるし、加えて「出来る限りそれに対しての(心と意図の)純度を高めること」でもあります。
そして更には、世のB型たちにとっては、B型が"成功"(自分を実現させる)するための模範を、イチローが示してくれたのだと受け取ることができます。

私は、取材や仕事で出会うB型たちによくこう言います。
「どのB型も、イチローのようになれるんですよ」
するとほとんどのB型は、「え?」という驚きの表情を一瞬見せ、そして次の瞬間、「ほんとですか?」と、キラキラと瞳を輝やかせます。

私は、世の多くのB型たちが、自分の力をどこか出し切れずに、モヤモヤとし、かといってやり方も分からず、仕方なく目の前にあるわずかな楽しみに埋没しているのだと感じています。
イチローの話に言及したときの彼らの目の輝きが、それを物語っているのです。

ここでちょっと、日本のプロ野球を少しでも知る人なら、忘れてはならないB型ヒーローについて触れておこうと思います。
そう、あの、長嶋茂雄さんです。

彼ももちろん、まるでB型を、そのまま絵にかいたような人物です。
ところが長嶋さんの場合、誰もが模範にすることは出来そうにありません。
長嶋さんの「野球に対する"純粋さ"」という核心のエッセンスは、イチローと同じく、誰もが真似したいところではあるのですが、長嶋さんは、ただそれのみで突き進み、周囲を顧みるスキもなく、どんどんスターに押し上げられていってしまった人でした。
しかしそんな、時代の勢いに乗せられたにもかかわらず、長嶋茂雄は最初から最後までずっと"長嶋茂雄"を貫き通したのですから、それはまさしくB型でなければ不可能だったのですが、それを長嶋さんは、無意識にやれてしまった人なのです。
だから、誰にも真似できない、永遠のスーパースターなのでしょう。
けれど、イチローさんは、長嶋さんとは少し違います。
イチローの言動は、そのどれもが、もっと意識的に行われているのです。
つまるところ、だから、どのB型も、意識的になりさえすれば、「イチローのようになれる」と、私は考えているのです。

ああ、もう充分です。
イチローさん、お疲れさまでした。
私はあなたのおかげで、B型性についてより多くを理解しました。その上、B型の大いなる可能性を見せてくれたことは、私にとっても、多くのB型にとっても、とても深い意味のあることです。

ずいぶん前、何かの記事で読んだのですが、プロ野球選手として登録(申請?)するための手続きの中に、アンケートの記入があったそうです。
そこには、「将来の夢は?」という質問がありました。
イチロー選手は回答らんに何を書いたかというと、「森の管理人」だったのだそうです。
将来のプロ野球選手へのアンケートなわけですから、普通に考えるなら「王さんのようなレジェンドになりたい」とか、「野球監督になりたい」とか、そんな回答が多くなりそうですよね。
それなのに、突如として「森の管理人」って?(笑)

しかし私はこれを読んだとき、イチローが、ヒーローになることに憧れた野球少年ではなかったことを理解しました。
彼は自分の挑戦すべき人生や自分の可能性に、野球という舞台を選択したのでしょう。
それは夢というより、彼の成すべき役目、あるいは課題、あるいは使命であったのかもしれません。
最後のファイナーレでも、記者会見でも、イチローは始終さわやかな笑顔だけで、涙は見せませんでした。
それは"イチロー気質"であるのかもしれませんが、人が真に意識的に生き、真にやり抜くと、感慨に浸ったりはしないものかもしれないなと、ふと思います。

そして、ほんとうの夢は、"森の管理人"なのですよね。
あの日、地下室にある小さなレストランで、私たちの横を森の中のそよ風のように通り抜けていったイチローを、今思い出します。

イチローさん、あらためて、ありがとう。




2018インドネシアPartⅡ/先生たちの行動観察しました!

血液型的行動は先生方にもバッチリ表れました!

主催者プラノヲさんの計らいで、今回のイベントは全て血液型グループに別れて行って下さるという、本当にありがたい観察のチャンスをいただきました。

写真の奥から、O型(緑リボン)、AB型(黄色リボン)、B型(赤リボン)、A型(青リボン)の順で並んでいます。スタッフを兼ねている先生もいてメンバーが入れ替わるため人数は正確ではありませんが、各血液型のおよその分布は、O型14名、B型9名、A型8名、AB型4名ほどとなります。O型が一番多く、B型とA型は同じくらい、そしてAB型の順です。

さて、今回のイベントはペットボトルが主役。このペットボトルを利用して工作を作ろうということで、グループごとに2種類の課題で自由制作にとりかかりました。

O型グループは一致団結!ハートで埋め尽くした作品に!

こちらの写真はO型グループ。O型は人数が多いので2つのグループに分かれました。
こちらのグループはハートの形をたくさん作ってボトルにどんどん貼り付けています。どのグループより作業の取り掛かりが早いです。一人が直感的に行動を起こすと他のO型もすぐにそれに同調して一致団結します。もうひとつのO型グループも同じようなスピードでした。
普段は個性豊かで独自性を追求したがるO型ですが、グループでの作業や競争となると即座に団結できるのがO型チームなのです。
あれ?作業半ば頃になってきたら、なぜか輪の中にお菓子が出現~
私が半分冗談で「これは作品に使うのですか?」と聞きましたところ、「食べるんですよ~ハハハ~」と全員で大笑い。
とまあ、こんなところも、とってもO型さんらしいところです。
少し全体が見えにくいですが、ハートのボディーに羽をつけて蝶々になりました。
このO型グループ、最初は丁寧に作っていたのですが、だんだん他のグループが仕上がってきて時間が無いと感じたあたりから、一気に仕上げようとするあまり、少々最後が雑な感じでもったいない気が…。これはO型さんによくあることなのです。



見よ、A型ならではの作業の美しさ~

こちらはA型グループです。
2つ目のテーマでの作品ですが、何と、設計図が書かれています。他のグループはどこも試行錯誤で作品を仕上げている中、こんな段取りをしたのはA型さんたちだけでした。
しかも、作業場がいつもきれいに整っています。

ひとりがチョキチョキと折り紙を切ると、他の誰かがそのすりから片付けているという感じ。


他のグループは切り刻んだ折り紙が散らばっているのに、A型さんグループは作業が終わったとたんにゴミひとつ無い状態に!A型の仕事の美しさには脱帽ですね~

ただ、終了までに一番時間がかかっているのもA型でした。O型のように一番に仕上げようとして慌てるようなことはありません。こういう時のA型はマイペースにすら見えるほど自分の納得のいく手順で丁寧に進めます。これもA型グループの特徴ですね。

(写真は左がA型、右はB型の作業場です。)

打合せを全くしないでクリエイティブ度の高いモノが出来上がっちゃうB型



この観察が始まる前に、ホリィさん(B型)がこんな話をしてくれました。
ホ「B型は市川さんの言う通りホントに打合せしないですね~。私は従妹と妹の3人1組でバティックを作るコンテストに出ました。3人ともB型です。スタートして誰も何も言わずに自分の描きたい絵を布に3方から描き始めました。しばらくして私は言いました。"私たちは何を描こうとしてるんでしょう?"しかし、3人とも分かりません。だんだん時間が無くなりました。あと5分というところで、3人がそれぞれ勝手に描いた絵柄を見て、じゃあ、コレにしましょう。と、私がその中の一つに決めて、何とか一つの絵になるように工夫して完成させました。」
私「何を描こうか?という相談をまったくしなかったの?」
ホ「はい、まったくありませんでした」
それでも出来上がったものは、それらしくなったのだそうですから、何とも不思議。

そんな会話の後でのB型グループ観察です。
するとどうでしょう。ホリィさんの報告と同じ状況がここでも起こっています。
B型先生たちは、ひとりはボトルを四方八方から切り刻んでみたり、ひとりはボトルを潰してみたり…。それぞれが無言の中で勝手に試行錯誤を繰り返している様子です。「何作ろうか?」などという相談は一切行われておりません。他のグループはだんだん形になり始めていて、A型などは既に設計図が描かれているわけですから、何を作ろうとしているのかは一目瞭然。ところがB型グループだけは、上の写真のような状態で、何にも進んでおりません。さて、いったいどうなるのかしら?

と思いきや…。
いつの間にかこんな可愛いお魚さんが完成してしまいました。
グループのそれぞれが勝手にいろいろ作ってみる中で、その一人の作品がなかなか良く出来ている…そして最後の方で「あなたのそれにしよう!」ということになり、みんなで仕上げを手伝ったという経緯のようです。つまり、ホリィさんの経験と、まったく同じことが進行したというわけなのです。




そして面白いことに、作品としては一番クリエイティブ度が高いユニークな作品に仕上がっている気がするではありませんか!?

やはりAB型は中道を行く?

写真はAB型の創作作品です。
さてAB型は、どんな手順で作業を進めるのでしょうか?

これが実に面白いことに、A型とB型の各エッセンスを取り出したような作業手順だったのです。
まず、B型と違って全く話し合いがないということではなかったようです。
「何作る?」
「ちょっと作ってみるね」
「あ、そう。じゃあ、僕もアイディアあるからちょっと作ってみるね」
「ふんふん、なら、2つ作ってみて、よく出来た方を選んで出品しよう」
というような感じです。
AB型は4人いましたが、そのうちの2人がそれぞれ自分の作品を懸命に作り始めました。この時の2人は、すっかり自分の世界に入り込んで子どものように夢中~♪他の2人は「君たちに任せた!」とばかり、さっさと他のお手伝いに…。
そして結果、写真の彼の作品を出品することにしたというわけです。

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また、この作品作りで、プラノヲさんが1つの課題を出しました。それは、「ペットボトルを観察して思いついたワードを全て書き出して下さい!」というものです。
それにおいてもそれぞれの傾向が表れたのですが、まず、最もたくさんのワードを抽出したのはB型グループでした。「軽い」「透明」「音がする」「円柱」…etc。この、観たまんまを観察する能力というのはB型が得意とすることろで、これは右脳的思考によるものだと認識しています。またB型とは逆にAB型は、最もこれらワードの抽出が少なかったようです。こうした課題ではボギャブラリーが少なくなりがちなのはAB型にある傾向なのですが、おそらく複雑に考えすぎてしまうのではないかと予測します。分析が得意なAB型の一方にある弱点だとも言えます。
O型が面白かったのは、ボトルの観察とは関係のないワードが続出していたことです。「ハート」「愛」「可愛い」など、感情に付随するワードが多かったのもO型さんらしいです。


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いかがでしょうか?
それぞれの特徴が如実に表れていることが分るのではないでしょうか。これらの傾向は、子どもの観察でも、日本の数々の過去の観察においても、ほとんど同じ形で表れている内容です。
子どもも大人も同じ~♪国が違っても同じ~♪

そしてこうした現象を目のあたりにするたびに、「血液型体質、侮るなかれ!」と、私は心の中で呟いているのでした。
そして私は、考えざるを得ません。

例えばB型。そもそも「相談」とか「話し合い」とか、そうした集団行動では当たり前のことと考えられてきたことが、指導側の大人のB型先生でさえ、その感性を、実は持ち合わせていないというのが、この観察でも実証されているのです。だとすれば、現社会の多くのB型たちは、表面的にそのやり方に合わせているだけなのかもしれません。"合わせているだけ"の人生なんて、その本来の能力など、出せるはずもありません。
あるいは、このケースではたまたまB型が例にあがりましたが、他のタイプも、それぞれに仕方なく"合わせているだけ"の部分があるに違いないのです。人間たちが、何れかの社会で、その枠に子どもを収めてしまおうとするならば、その子の本来の力はどれだけ削がれてしまうことか…。
社会や集団としてまとまる必要があることも分かる。しかしだからといって、もしも真の能力の、その半分も出さずに生涯を終えていく人生が大多数となっているとしたら、それは個人の生命にとっても、社会にとっても、正しいことなのだろうか?

今回の旅には、実はもう一つの目的がありました。
それは、エヴァさんの「インドネシアに幼稚園を作りたい!」という夢を実現させるための調査です。
私たちは、このイベントの後、ジョクジャカルタである学校を訪ねることになりました。そこで見た子どもたちの笑顔。その素晴らしい学校の原型とは!?
その報告は、後日掲載いたします。



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