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血液型的視点で韓国を語ってみる

私が想像する韓国の悲哀


日本と韓国の関係が悪化している最近の状況を眺めながら、少し前に韓国についての記事を投稿しましたので、この記事はその続きということになります。

あれから数カ月が過ぎましが、日韓は改善の様子が見えてきません。
それに、今となっては既に日韓の問題ではなく、韓国はいったいどこへ行っちゃうのだろう?と思えるほど、韓国は危機的状況に陥っているとのことです。

以前にも書いたように、過去に血液型人間学を啓蒙するにあたって、韓国の友人たちには並々ならぬ恩義を感じている私としては、やっぱり気になるところではあります。
そんなことで、最近は韓国に関する史実や情報を読みながら改めて考えているのですが、韓国…つまりこの場合、朝鮮半島と言った方が良いのでしょうが、朝鮮半島の歴史が、実に悲しいものであったということ、そして朝鮮の人々が、いかにそれに耐えながら、何とか生きてきたのだということを、理解した方がよいとも思っているのです。

「いやいや、ここまで反日攻撃されているのに、そんなのいらん!」と言いたい方々がたくさんいらっしゃるのは分かりますが、実際問題、隣接する国というだけではなく、日本には朝鮮半島の方々がたくさん住んでいらっしゃる。その中には日本にすっかり溶け込んで暮らしている2世、3世の方々も大勢いらっしゃるわけで、無視することも無かったことにすることも、もはやできないというのが現状でもあります。
ならば、相手のことを知る必要は、やはりあるだろうと考えます。
おことわりしておくことは、ここに書くことは、全て私個人の目線で感じたことで、主義主張を示すものではありません。

日韓の歴史の上で先に付け加えておきたいことがあります。
我々日本においては、弥生時代の文明が発達した時期には、朝鮮半島から知識や技術を持った人々がたくさん渡ってきた、というように伝えられていたところがありますが、これについては近年の多方面からの研究によって否定されつつあり、中国(当時は唐)との交流はあっても、朝鮮からの渡来はそれほど多くはなかったであろうとのこと。もちろん中華文化が朝鮮半島を経由して伝わってきたものは多くあったことでしょう。
この辺のことは、現在のところ朝鮮史の学者たちが容認しておらず、広く認識されるにはまだ時間が必要かもしれません。
いずれにしても日本と韓国について話すとき、民族的に似ているようでいて、国柄としてはかなり異なるということです。

とにかく、事実が解明されていない部分もまだ多くあり、およその外枠を見ることしかできないわけですが、朝鮮民族は、その地理的位置づけ、そして中国が漢民族からモンゴル民族支配にとって代わった元王朝以降は特に、モンゴル帝国的な情け容赦ない制圧があり、虐げられ、深く尊厳を傷つけられてしまった歴史に乗っているのかもしれないと思えることです。資料によれば、女性の4割は元王朝へ献上しなければならず、氏族以外の人民は奴隷同然だったともあります。
そんな中で、朝鮮民族としての自主独立の道を進められたとは到底考えられません。その悲しみの歴史は、人々の中に深く潜在してしまったのではないでしょうか。
それでも漢民族による宋の時代は、貢物の大変さはあったとはいえ"宗主国"として奉っておけば良いわけで、元の時代よりはずっと良かったのかもしれません。
韓国は記憶から、元時代の数百年を消去したかったのでは?そして中国に対する記憶は、今も昔も韓国にとって儒教の教えを戴いた「宗主国」であり続けるのかもしれません。それはそもそも、朝鮮半島の人々は漢民族が多いのだから自然なこととでもあるのです。

韓国の失われた記憶?


日本では韓ドラが大流行しましたが、私の両親なども「日本のドラマより面白い」と毎日楽しみに観ていました。私も時々それに付き合わされてチラッと観たりしたわけですが、いつもだいたい似たようなストーリーが展開されます。面白いのは、主人公がしばしば"記憶喪失"になることです。通常の日常では、記憶喪失になることはそう滅多にあることではないのに、韓国ではそれが頻繁に起こるの?
「あ、また記憶喪失になっちゃった」なんて笑っていたのですが、深読みすると、もしかして、それというのは韓国史実に封印された負の感情を、現代社会においてドラマという形で再現しているのかも、とも思えてきました。
そしてはたと思い立ちました。日本に対する信じがたい妄想ストーリーが成立してしまうのも、実はこの"記憶喪失"によるものではないのかしら?

どのように客観的に見ても、当時、20万人もの女性が慰安婦として拉致され、日に100人もの相手をさせられ、あるいは男たちは強制連行され、賃金は一切支払われずに奴隷として働かされ、そして時には数千人、数万人が理由もなく虐殺されたなどということが、あろうはずがないのです。
いくら戦時中とはいえ、最低限の国際ルールは存在していたし、そんな事があったらさすがに噂が広がり、とっくに国際的な警告を受けていただろうし、あの東京裁判で表面化されたに違いないのです。
しかもその数字の見積もりは毎回増えていき、ある時は30万にも40万にもなったりします。もはや実際の数などどうでもよく、その苦しみの感情がいかほどかを伝えたいだけのように感じられます。

しかし、あのモンゴル帝国による圧政の時代であるなら、そのような想像を絶する残虐行為も、あり得ることなのです。
もしかすると韓国民は、日韓併合時代の日本帝国に、その悲しみと憎しみの記憶を置き換えているのかもしれない。そんな気さえしてくるのです。
これを、人という一個人に置き換えたら、記憶喪失による一種の精神的な病ということにもなるのでしょう。
ただし、その潜在記憶を呼び覚ますきっかけを作ったのは、日本側にあったということも付け加えておきます。ある時、日本の不誠実な一部の人々やメディアが、偽りの情報を発信したことが起爆剤になったことは、既に知られているところです。
そして更に、こうした韓国民の潜在意識に巣くう悲哀の情念を利用して、富と権力を掌握しようとする組織が、裏で動いているということもまた、記しておかなければならないでしょう。

韓国の血液型分布が珍しいのはなぜ?


その国の国民性を見るときには、まずはその土地の風土や地政学的歴史を考える必要があります。また人種や民族による風習、宗教などもあることでしょう。
そうした環境要因が土台にあることを踏まえた上で、血液型がどのように影響しているかを考えることで、その国民性を更に深読みすることができるのです。
そしてこの場合、ある血液型に焦点をあてるというよりも、その分布による相互バランスが重要になってきます。つまり国民性とは集団意識からなるものであり、ひとつのタイプだけを取り上げてどうこうとは言いきれなということです。

韓国の血液型分布は、世界の中でとても珍しい分布になっております。

O型=27% A型=32% B型=30% AB型=11%

何が珍しいかというと、AB型はともかく、O型、A型、B型の3型が、これほど拮抗している国や地域はあまりないのです。(※データは1970年発表のもので調査地域による差異もあるため目安の数値と考えてください。)
すると、集団としてどういうことが起こりやすくなるかをあげてみます。

1)集団としての統合性が難しくなる?
通常、集団性を作る中心になるのはO型とA型ですが、O型というのはその集団の力関係によって流動的になります。A型が強ければO型はA型寄りになり、B型が強ければO型はB型寄りになるというものです。ところが韓国のようにA型とB型が拮抗している場合、O型はどっちつかずになる可能性があり、すると結局テンデンバラバラとなってしまいがちなのです。
2)争いごとが多くなる?
A型とB型が対照的な性質を持つため、それが同じ数だけいるとすれば行動の食い違いは生じやすくなります。どちらにも言い分があるため衝突はどうしても多くなりそうです。

例えば、マイペースな性質といわれるB型が非常に多いインドなどを見ると、O型 33%、A型 22%、B型 37%、AB 8% となっているのですが、O型が多数派のB型寄りになるせいで、B型色にO型の集団力が加わることになり、するとそれなりに、「O+B」による統合性が生じてくるのです。つまり、B型的な集団社会としての統合性です。
いうまでもなく、A型が多い場合の「A+O」集団のA型的統合性はより統一された集団意識を生みますが、これは日本や北欧諸国に見られる傾向といえます。

しかし、韓国の場合はそうした統合性が、やや難しそうに感じます。
過去の地政学的事情があったにせよ、民族や国家としてのアイデンティティー統一がなかなか果たせなかったのには、そんな血液型分布の影響もあったかもしれません。
そうだとすれば国家として民意を統一させるためには、何か別のよりどころが必要になります。そのため北朝鮮は独裁的共産体制を選び、韓国は日本という敵を置くことで民意を束ねる必要があったのかもしれません。

また世界中、O型率が最も多い国が8割を占めるというのに、O型が20%代というのも、これまた珍しい現象です。
O型が少ないということは、どういうことかと想像してみます。
まず、O型的な結束力が弱くなるという点があげられますが、それに加えて人間的大らかさのようなものも、発揮されにくくなる可能性があります。
アジア諸国の多くは、B型が多めにいることでどうしても集団としての協調性にやや欠ける面があるのですが、それでもO型が多く存在することで、O型がそれをカバーするような感じになり、またO型の大らかさでB型のプラス面がより多く表出するような気がします。これは私が、インドネシアで経験してきた実感です。

不思議なのは、なぜO型がそんなに少なくなってしまったのだろう?ということです。
現在の朝鮮半島のルーツをたどれば、中国大陸の漢民族やモンゴル民族の流民と言えそうなのですが、中国にしてもモンゴルにしても、B型は同じく多めでも、O型はそれよりもっと多くなっていて、ほとんどの地域が30~45%を占めているのです。
それなのに朝鮮半島では、O型がなぜか少なくなっています。
モンゴル帝国による虐殺の影響だろうか?
それともO型が減少するような疫病が流行ったのだろうか?
今のところ原因は分かりません。

何だか、韓国の気の毒な部分ばかりに焦点をあててしまっているかのようになってしまいました。
しかし日本人の多くの方々が、特にここ数十年、韓国文化に大いに親しみ、楽しんできたのも事実ですよね。
先日、面白い会話をしている韓国と日本の若者の動画を発見しました。
それは「韓国と日本のヤンキーの違いは何か?」というテーマです。
どうやらそこにはずい分違いがあるらしく、なんでも韓国のヤンキーたちは、おしゃれにカッコ良く決めたいというスタイルだけのことで、学校の勉強も真面目にするし、暴力的な行為なんかもほとんどしないのだそうです。
「え、じゃあ喧嘩はしないの?」
「いや、喧嘩はするよ。するけど韓国のヤンキーの喧嘩は悪口の言い合いだよ」
「え?」
(???…何それ?)
「だから、どっちがすごい悪口言うかで強さが決まるの」
(???)

え~そうなの?
つまり、どれだけ相手を撃沈させ、創造性がある(?)悪口を言うかで、喧嘩の強さが決まるのだそうです。
すると、それって…。韓国が日本にしかけているあの反日攻撃の口の悪さは、そういうことだったの!?
え?すると、負けないためには、どんどん悪口で言い返さなければならないってこと?
う~ん…、日本人にはちょっと無理そうです。

この、口の悪さ攻撃という点は、だいぶB型的な性質が感じられます。
A型とB型が数値では拮抗していても、表現的にはB型パワーの方がはるかに大きいですから、韓国の場合、表面的な印象ではB型色が強く表れるのです。
日本と韓国のやりとりは、まるでA型とB型のやりとりだと言っても過言ではないようです。AとB…それはもう食い違い始めたら留まることろが無いわけで、なかなか修正が難しいところがありますね。
しかし、上手くいっている時には、お互い、特にA型の方がB型を実に面白がって付き合うことが出来るのですが。
日本人がこれまで、韓国に度々訪れて行ったのも、「完璧なニセモノあるよ~」なんていう、あまりにバカバカしくてユニークな(B型的)客引きなんかが楽しくて楽しくて、仕方がなかったからなんですから。

そしてお互いこれから新たに進む


こうして血液型で眺めてみると、深刻な対立も少しは面白がって見ることができるわけです。大切なのは、お互いの性質を理解し容認することができるかどうか。すると気持ちの余裕が生まれて笑い話にも出来るというものです。

まあ今回を機に、日韓問題については我々日本人も考えなければならないことがあるのも確かなのです。
いくら戦後の日本では近代史教育がなされなかったとはいえ、多くの日本人のあまりの関心の薄さが、このような成り行きを増幅させてしまったというのも否めないのです。韓国の人々にその点で肩を持つところがあるとすれば、極端な反日教育を受けてきた韓国の人々は日本は何十万人も虐殺したと信じているわけですから、その日本人があまりにシラッとしているので何たることか!という面があるだろうと想像できるからです。
本当は、真正面から向き合い、違うものは違うんだと証拠を示して毅然と発言した方が良かったんですよね。

私自身は、韓国が(もちろん全部の韓国民ではありませんが)、日本を叩くに叩き、一部の団体が世界中に日本のブラックプロパガンダを行ってくれたおかげで、日本という国体について改めて考える機会を与えられ、目が覚めるきっかけにもなった気がします。
今となっては、むしろ「大切なことに気づかせてくれてありがとう」と、韓国の反日運動にお礼さえ言いたい気持ちになっています。

しかし、これからは違います。
日本も韓国も、それぞれの真実をしっかり見つめ直し、お互いの関わり方を正していかなければならない時が、ようやくやってきたのです。

戦後70年間、韓国では反日教育を受けた人々がほとんどです。今更彼らが事実を知るとなれば、その衝撃は実に大きく、分厚い壁を乗り越えねばならない試練となるかもしれません。
最近「反日種族主義」という本が韓国で出版され、数日前には日本語翻訳版も出ました。今後英語版も刊行される予定のようです。
私は、著者の学者たちの配信している動画レクチャーを全編観ていたので内容についても知っているのですが、韓国の人々にとってはとてもショッキングな内容です。
現在のところ、韓国でこの本は決してメディアに取り上げられることはなく、無視されているとのことですが、著者たちは酷い中傷や嫌がらせを受けているとも聞いています。
現韓国政府が、北側寄りの体制につき進もうとする中、この学者たちは、命を懸けて今の偽りの韓国社会を正そうとしているのです。
韓国でこの本は、10万部以上売れたと聞きますが、日本でも発売されたばかりなのに既にAmazonでは売れ筋ランキング1位となっているようです。日本人の多くが今の時期、韓国に関心を向ける意識が高まっているのでしょう。

さてならば、日本はどうすれば良いのでしょう。
日本もまた、自分たち自身の手で、日本につい考えていく必要があるように思います。
日本人として日本に生まれたのには意味があり、またその役割もあるはず。
ひとりひとりが日本人として、自分の中心にしっかり立つことができるならば、周囲からどのような嵐が吹き荒れようが、揺らぐことなく進んでいけるように思うのです。
実は日本人もまた、韓国と似たように記憶喪失になってきたのです。しかし日本の場合は、何千年何万年にも渡って確かに存在していた日本の心を思い出せば良いだけです。そういう意味において日本は、韓国に比べ、はるかに恵まれているのは間違いないのです。



日本と韓国を想う(2)

韓国と日本のすれ違い

(1700年韓国古地図/Wikipedia)

韓国の学校で使われている歴史教科書で日本語に訳されているものがあり、それを一度読んだことがあります。
そこには、「強奪」や「略奪」という文字が羅列され、日本人の感覚からすれば、史実を客観的に示した文章とはほどとおく、可笑しくなってしまうほどに感情的な表現です。
いや、もしかしたら、日本の教科書の方があまりに味気ないのかもしれません。読み物としてなら、韓国の教科書の方がはるかに面白いとも思ったくらいです。

例えば弥生時代の青銅器について、その教科書に書いてあった内容を正確には覚えていませんが、だいたいこんな感じです。
「我が朝鮮人のご先祖様たちが、野蛮な倭人は技術がないから親切に教えてあげたのに、倭人はそれをまるで自分たちが造ったものだと言いふらしている…このように彼らは略奪を繰り返すのだ…」

私たち日本人がこれを読んだら、ポカンとしてしまうに違いありません。
私たちの歴史の教科書では、「弥生時代、朝鮮半島から青銅器が入ってきた」というような、平坦でつまらない箇条書きでしか読んだことがないのです。
日本の教科書は、繊細な思春期の子どもたちの感情を奮い起こすような記述は皆無といってよく、逆に、何らかの感情を呼び覚ました方が人間性を養うのにいいのではないかという内容でさえ、左から右へと、空虚に読み進めてしまえるようなものばかりなのです。

この違いとは、いったい何だろうか?
教科書については日本でもよく言及されますが、第一回安倍内閣の時、安倍首相は教育改革の中で歴史教科書の記述を書き換えさせています。
青少年たちが、感受性の敏感なときにそこで何を知るかは、その後の思考形成に大きな影響があるのはたしかなことです。
私たちが、国家を先導する政府発行の教科書を利用する限り、多かれ少なかれ必ず、そこには政府の意図が織り込まれると考えられます。
それが例えば日本と韓国では、上記のように正反対の教科書を生み出していると思えます。

そして私が思ったことは、今回、あらためて朝鮮の歴史と日本との関係を冷静に眺めてみたとき、それぞれの国には、やはりそれぞれの成り立ちと、そこで暮らす人々のそれぞれの進み方があるのだということです。
それらに無用に干渉し合うと、歪が起こるのかもしれない。それは人との関係でも同じかもしれません。


「日本人はどこからやってきたのか?」の記事に紹介したように、最近の科学的調査をもとにした研究によると、これまで遺跡や資料などで特定してきた史実に、DNA解析を考え合わせることで、より明らかな史実が見えてくるようになってきました。今後は、歴史認識を180度転換するような事実も明かされていく可能性があります。

その新しい見解を加えて朝鮮半島の歴史を追っていくと、BC.10000年以前には、それよりもっと過去に原始人がいた可能性を除くと、朝鮮半島に人が住んでいた形跡は今のところ見つかっていないとのことです。
その後、BC.5000年頃、朝鮮半島の地に、最初に渡ったのはどうやら日本の縄文人だったようです。
そしてその後、南下してきた北方の漢民族がそれら縄文人と混血し、その漢民族と馴染めなかった一部の縄文人たちは南方に追われていったのではと思われます。
その後「朝鮮人」として国を形成しつつある中で、モンゴル帝国に攻められることになります。支配下に置かれた80年を加えると140年あまりの間、朝鮮ではモンゴル帝国との戦いが続きました。
おそらくこの時期ぐらいには、朝鮮における縄文の特に男子の血統は途絶えてしまったのではないかと予測できます。
そしてモンゴル帝国の衰退により解放された後は、李王朝を築きます。

一方の日本は戦国期を経て江戸時代に入っていき、鎖国をすると外部との交流を遮断しました。
朝鮮と日本はごく限られた交流となり、朝鮮の人々は、いつの日からか日本を野蛮な獣のような人々が住む島だと思うようになっていったようです。

時が流れ、世界の状況は変容していきました。
東南アジア諸国のほとんどは、欧米諸国の国々に侵攻されて植民地化されるようになっていきます。
最後に残った極東の日本にも、その脅威は迫ってきて、およそ300年続いた江戸時代の鎖国を終わらせるよう圧力がかけられるようになります。
そしてやがて、第一次世界大戦、第二次世界大戦へと、世界中が巻き込まれる戦争時代へと突入していくことになります。

反日感情の発端はなんだったのだろうか?

簡単に言ってしまえば、日本の朝鮮に対する強い干渉、おせっかいということかもしれません。
もちろん日本側にとっては、単なるおせっかいではなく、朝鮮王国独立の大義名分を掲げた軍事的戦略もあっての干渉です。
そして、日本はそれら全てが、正義のもとで戦いを進めていったに違いないけれど、当時の朝鮮にしてみれば、自国をどう守るかという概念しかなかったはずで、日本の大正義など理解するゆとりがあったとは思えないのです。

それは、朝鮮半島という地理的位置づけを見ても一目瞭然で、中国大陸の端っこに位置する小さな半島は、大陸側から攻められれば逃げ場は海しかなく、海洋側から攻められれば、大陸側の中国に頼るしかないのです。
それ故に、朝鮮は中国とだけ正式な交易をし、日本と似たような鎖国体制を長くとり続けていたのでした。ある意味朝鮮は、中国の属国という状態でいても、良いとさえ思っていたくらいなのです。
それが突如、あれよあれよという間に周囲の状況が動き出したかと思えば、日本に開国や独立を促され、清に日本が勝利して大韓帝国となったかと思えば、今度は日韓併合へと向かってゆくのです。
日本は不条理なことはしなかったとはいえ、全てを日本流の基準にしてしまったわけですから、実質的には大韓帝国消滅という気分だったのかもしれません。

もちろん日本のこれらのやり方は、西欧諸国がアジア諸国を植民地化したのとは大きく違っており、明らかに一方的な搾取や支配ではありませんでした。
そして日清戦争、大韓帝国成立、日韓併合、日露戦争へと進む中で、朝鮮側には当時から常に親日派と反日派が存在していたということです。その両者の意図が複雑に絡み合いながら、日本と朝鮮の関係をつくっていったのだろうと予測できます。
その構造が、今も脈々と受け継がれているということなのかもしれません。

当時の朝鮮は、けして国としてまとまっていたわけではありませんでした。
人々の暮らしは非常に貧しく、住まいや道路の整備もほとんど行われていないような貧相な状態だったのです。
それでも彼らは半島の中に住んで朝鮮人という誇りを形成してきたに違いないないわけで、日韓併合によって国が様変わりしていくことは、少なからず人々のプライドを傷つけたのでしよう。
おそらく反日派の集団は、そうした人民たちの感情を取り込みながら民族主義を喚起させていったと想像します。
そしてある面では、これら急速に起こる変化に、朝鮮の人々はついていくことができなかったのかもしれません。

日韓併合をすると日本は、すぐさま道路や建物の整備、教育の導入など、実に日本らしく、規律にのっとり、粛々と近代化を進めていきます。田畑とはげ山しかなかった村の様子は、十数年で見違えるようになってしまったのです。
日本は、自分の本国と同じぐらいに、インフラから制度に至るまで、みごとに韓国の街を整えてしまいました。
日本人の気質からして、現在韓国が叫ぶような略奪や搾取、暴力などは、行われなかったにちがいないのですが、戦時中のことでもあり、厳しい態度や厳しい規律はあっただろうと想像できます。
何しろ、日本への古くからのイメージは「獣の住む野蛮な国」だったわけです。日本的な厳しさを、一種の暴力的なイメージに捉えていた可能性もあります。

カン太「なんだよ~オレたちの世界は変わり果てたよ」
ニホ太郎「いいじゃん、結果的にきれいになったんだから」
カン太「頼んだわけじゃないよ」
ニホ太郎「あのときは助けてくれって、頼んできたじゃん!」
カン太「いやそうは言ったかもしれないけど、ここまでやってとは言ってないのよ」
ニホ太郎「やるなら完璧にやらなきゃ意味ないでしょ!」
カン太「やりすぎなんだよ!」

日本は知っての通りA型国です。一方の韓国は各血液型分布が拮抗している珍しい国でもあるのですが、パワーバランスでいうなら、「B型+O型」パワーが優勢になる感じです。
私はAB型ではありますが、B型弟との会話を思い出しました。
弟の部屋があんまり乱れているので、見兼ねて片付けたときのことですが、ちょうど上のような会話が繰り広げられたのでした。最後に弟は言いました。

弟「オレの居場所が無くなった気分だ」
私「え~?こんなに座れるスペース作ってあげたのに~?」

まあこんな、くだらない内容ではないでしょうが、日本がやり過ぎてしまったというところも、少なからずあるような気がいたします。
そして日本が負けて終戦となると、日韓併合によって日本の一部という位置づけになっていた朝鮮半島は、兼ねてから朝鮮半島を狙っていたソ連と、それを阻止したい米国によって2分されてしまうという、悲しい結果になってしまったのです。

カン太「日本が干渉しすぎなかったらこんなことにならなかったんじゃないの?」
ニホ太郎「いや、そしたらソ連に占領されて民族は崩壊されてただろ?」

ニホ太郎「ん?おいキミ、もしかして中国の属国のままいれば良かったってわけ?」
カン太「・・・♪」
ニホ太郎「・・・」(ガックリ)


そういうわけで、韓国の反日感情の根っこを探っていけば、日本とは異なる韓国なりの歴史感や価値観、心情的な行き違いにたどり着くような気がします。
いずれにしろ、これらの大戦の傷跡が、反日感情として潜伏しており、それが政治的に利用されながら今に至るようです。


日本人の特異性というのは、世界の人々がよく理解できないかもしれない。

終戦後、日本は敗戦国として"悪"のレッテルを貼られることになりました。
実際、日本が軍備を整え世界に出ていかなければ、世界中を戦火に巻き込むことはなかったかもしれません。しかし、そのまま座していれば、日本はソ連やアメリカ、ヨーロッパ諸国に、いいように侵略されてしまったのも間違いのないことだったのです。
周囲の近隣諸国を見渡せば、全ては植民地化され、そこにいる国の人々は、労働者でしかなく、あらゆるものを奪われ続けていたのです。
日本は開国をして、はじめてその事実を知ることになります。
しかし日本は、日本の地と日本人を、何としても守らなければならなかったのです。
当時の日本に選択の余地はなかったのです。
日本の宣戦布告は、日本からすれば、(今はあまり使いたくない言葉ではありますが…)聖戦でした。

当時の日本の人々は、「天皇を中心とした古代から続くこの和の国を、絶対に死守しなければならない」という使命があることを、強く意識はしていなくても潜在的に理解していたのかもしれません。
それは、「日本人のゲノムを解析したらどこにもない日本人特有の特徴が見つかった!」という報告を聞いた時、まさに明らかになりました。
それは日本古代の縄文人が持つ特有の遺伝子であったということも示しています。

実際に、日本軍の戦い方やその姿勢というのは、他のどの国とも、全く違っていたのです。
日本と、日本以外の国々とでは、まるで次元が異なるかのようでもありました。
当時、日本は中国をのぞく大半のアジアの国々を、占領下に置くことになっていきます。
ところが不思議なことに、戦後、朝鮮の国以外では、日本を深く憎もうとするところは無いといって良いほどです。それどころか、感謝されたり尊敬されたりするくらいなのです。
インド、インドネシア、マレーシア、タイ、台湾、フィリピン…。
「日本が一緒に戦ってくれたおかげで、長く続いたヨーロッパ支配から解放することができた!」

共に日本軍に加わって戦った、東南アジアの国のある兵士は、あまりに厳しい訓練に自殺したいほどだったといいます。
「けれど自分たちが戦って国を取り戻すことができたことを誇りに思う。日本のおかげだ。感謝している」

日本軍の規律は非常に厳しく、民家の襲撃や強姦、搾取などは、あり得ないことでした。もちろん問題を起こした隊員が皆無ではなかったようですが、それが発覚すれば厳しく罰せられたのでした。
そもそも、聖戦だと信じて疑わなかった日本兵士たちにとって、そういう恥をさらすことの方が難しかったのです。
ところが、他の国々ではそうではなかったのです。戦争においては勝ったものが略奪も強姦も、好きにして良いというのが普通で、そしてまた、それが戦争の常識でもあったのです。
長い間、そのようにして世界の争いは繰り広げられていたのでした。

そういう常識をあたりまえに持っている人々に、果たして日本軍の行動が、どこまで理解できていたのでしょうか。
欧米諸国の中にも、日本は侵略して世界を支配したかったのだと、今も思い込んでいる人たちが多くいます。
同じように、朝鮮の人々もまた、日本は略奪者だと考えていたはずです。
彼らも過去に、モンゴル王国による侵略で無残な目に合い、戦争の残虐さを味わったことがありました。
しかも獣の者たちが住むと信じ込んでいた国である日本の軍が、略奪も強姦も、強制連行もしないはずがない。と思ってしまっても不思議ではないかもしれません。

現在の韓国において、反日感情を持つ人々が言うこと、あるいは学校の教科書に書いてある「略奪」「強姦」などの言葉を聞くと、日本人にとってはポカ~ンとするだけです。
ところが、略奪や強姦の憂き目を経験し、戦とはそういうものだと信じている人々にとってみれば、そんな話があるのは当たり前で、むしろ無かったことの方がおかしい、ということになるのです。つまり…

世界基準で見れば、おかしいのは日本人の方なのです!

そうだとすれば、これまでの反日運動派のあり得ない言動も納得できます。
韓国の人々を反日に向かわせるプロバカンダは、それほど難しくないのです。
そして私が思うには、私たちは日本人のこの特異性を、充分理解しておいた方がいいかもしれないということです。

また、アジアの中で韓国を除いて、他の国々が日本に好意的なのは、日本との関係が韓国とは異なったからでもあります。
他の国々は、実際にヨーロッパの支配を受けている最中であり、日本軍が一緒に戦って異人たちを撃退してくれたという図式になります。
韓国は、その時点では欧米諸国による植民地化はされておらず、清(中国)の一部とう形になっていました。日本は、清の背後には欧米諸国がいること、そしてソ連が狙っているという情勢を知っていてそれを攻防したいための韓国への干渉とも言えました。
そのように、韓国に対する日本の取り組み方は、他のアジア諸国に対するそれとはずいぶん異なるものだったのです。
戦後の日本に対する感情がまるで違うのは、仕方がないともいえるのです。



今の韓国は北朝鮮と統一したいというその1点しか見ていないのだろうか?

それにしても、現在の成り行きには、摩訶不思議なことが多すぎます。
文政権は、そもそも慰安婦問題、竹島問題などで強硬姿勢を続けていました。
そこに突然の安倍首相の韓国ホワイト国除外政令
文在寅大統領は撤回を求めるものの、安倍首相は拒否
そして文在寅大統領のGSOMIA破棄
米国も懸念を示す
続いて日本商品の不買運動
韓国側からの日本ホワイト国除外計画

どう考えても、日本と米国と仲たがいしても別にいいよ、という方向に突き進んでいるようなのです。
文大統領は、どうしたいのか?
彼は「北朝鮮と統一したい」との一念しかないのかもしれません。
しかし、北朝鮮側は、どのように考えているのでしょう?
安倍首相は、今回の制裁的カードを切ることで、こうした方向に進むことも想定済みだったのでしょうか?
疑問が深まるばかりなのです。

そもそも反日派の考えの根本にあるのは、大韓民国になることを望んでいたわけでなく、北朝鮮と統一して社会主義国家を築くことだったのだとも聞いています。
いつの日かそれを実現させるために、ことあるごとに反日運動をおこし、あからさまなまでのプロバカンダを継続させてきたというのが真相なのかもしれません。

しかし、それよりも何よりも、韓国民のどのくらいの人々が、文政権の考えに同意しているのでしょうか?
本当にそれが韓国の選ぶ道なら、それを止める理由は誰にもどこにもありません。


双方が真実を知ることが大事

今は、インターネットが普及したことで、各々の主張や意見を個人が発信することができます。
韓国にはものすごくたくさんのユーチューバーがいるのだそうですが、日本を好きになったという韓国人の若者たちが、彼らなりのユニークなやり方で、日本人に向けて情報を発信しているのをしばしば見かけます。
「私も子どもの頃は反日の教育を受けたから、日本には良いイメージを持っていなかったけど、日本に来てみたら日本がとても好きになった。そして韓国には、そういう若い人たちがたくさんいる。それをなんとか伝えたい」

彼らの思いは、そのようなものです。
私は、彼らの純粋さや素朴さをよく知っています。
だからこそ彼らは、プロバガンダにも簡単に染まってしまうのです。

「真実を知る」ということは、実は少し勇気のいることでもあります。
またそれは、他人が押し付けるものではないということを、私自身もようやく分かってきました。あなたが信じることが真実であり、それでいいのです。
そうはいっても…あの純粋な若者たちを騙し続けるのは心が痛んで仕方がありません。
彼らには、本当のことを知る権利があるし、その上で選ぶ権利があるのです。

もちろん私たち日本人にしても、多かれ少なかれ、教育やメディアに洗脳をされつづけてきているのも事実です。それは韓国のように、あからさまではないかもしれませんが、それとなく、知らぬ間に…。
また、それは日本と韓国だけでなく、世界中のほとんどの国々で、あたりまえのように行われてきていることです。
この日韓の情報についても、主要メディアの情報だけを受け入れて知らぬ間に流されないよう、気をつけた方が良さそうです。

最近の韓国では、学者たち中心の親日派といわれる人々が、若者たちに客観的な事実を伝えようと、書籍を出したり講義をしたり、さまざまな活動をしているようです。
そのひとりが、日本の雑誌のインタビューに答えていた記事を読んだことがあるのですが、その方はこんなことをいっていました。

「反日派の考え方は、悪に対して善は何でもしてよいというものなんです。だから日本を悪に仕立てたら、理不尽なことをしても全く問題ないと思っているのです」

そしてこうもいっていました。
「日本の朝日新聞やNHKテレビなどでは、ときどき反日派に温情をかけるような発言をしていますが、それは温かい気持ちからだとしても、やめてほしいのです」

いや、全くその通り。
実際のところ、これまでも韓国の反日感情を呼び起こすようなきっかけをつくるのは、なぜか日本が発信元であることが多いのです。

しかし、これは韓国の問題なのです。
私たち日本人が、あれこれ議論することではないのです。
彼らが自分たちのより良い道を進み、つくることを、そっと見守るしかありません。

思うに、現在さまざまな国において、日本と韓国のような、似たような問題が浮上しているようです。
私たちは今、国家においても自分自身においても、アイディンティティを見つめ直す必要に迫られているのかもしれません。
自分たちの国である日本という国を、私たちがどのようにしたいのか、よくよく考えてみる良い機会でもあると思います。

今は韓国議論よりも日本の未来を議論するほうが、よほど重要です!



日本と韓国を想う(1)

韓国との素晴らしい思い出を胸にして



現在、韓国と日本の関係が非常に悪化しています。
これまでは国同士の政治的な問題の範疇だったので、日本の人々も一部の関心を持つ人以外は、あまり気にすることもありませんでした。
ですから経済的交流は変わらず盛んに行われていましたし、人々は韓国旅行や韓国ドラマを、心から楽しんでいたのです。

ところがここへ来て、徐々に雲行きが怪しくなってきました。この流れがいったい何の意味を持たせていくのだろうかと、普段は政治に関心の薄い私も、理解しておきたくなったのです。
それこそこの話題、このブログの「血液型人間学」とはあまり関係ないのですが、韓国とは、ABOセンターとして、また個人的にも、深い深い思い出があるのです。


韓国においては、血液型人間学の啓蒙活動を1997年頃から10年ほど行いました。きっかけは、あるひとりの韓国人女性(AB型)の手紙に始まります。

『私は、日本で"血液型結婚学"という本に出会い、とても感激しました。この本をぜひ韓国語にして出版したいと思います』

そして彼女は、本を出してくれる韓国の出版社を探し出しました。その出版社は女性社長、女性スタッフの小さな出版社でしたが、「血液型人間学」にすっかり惚れ込んでしまった彼女たちは、驚くべき情熱で次々と翻訳出版を成し遂げていったのです。
彼女たちの精力的なPRのおかげで、TVの特集番組や幼稚園での講演会など、さまざまな企画も行われ、私と能見俊賢は、度々韓国へ訪れることになったのでした。
私は能見俊賢の秘書として、やり取りの全てを行っていたし、女同士ということもあり、社長(B型)も室長(A型)も、スタッフとも、心友と思えるほどの深い友情関係を築くことができました。
私たちは、「人類平和のための血液型人間学」という、同じ目的を持った同志として、心を一つにしていたのでした。

しかしその後、残念なことが重なりました。
2006年、それはほとんどその一年の間に起こったことでしたが、最初に韓国出版社のA型室長のお母上が倒れ、親孝行の室長は仕事を辞めざるを得なくなりました。そして室長が抜けた痛手は大きく、その上、「血液型啓蒙」にあまりに力を注ぎ過ぎたことで経営が悪化し始め(申し訳ない)、活動を継続することがだんだん困難になってきたのです。そんな矢先、日本側では能見俊賢が急死しました。
私たちの"日韓共同啓蒙活動"は、この年を機に、一旦終了することになってしまったのです。

私は今、その当時のことを懐かしく、そして彼女たちへの深い感謝を思いながら、なぜ韓国と日本の関係が上手くいかないのかを、冷静な心で見つめたいと思います。
10年もの間、韓国の心友たちとともに、仕事の上でもハートの上でも、親密に交流した私は、韓国にも韓国民に対しても、何一つ悪い感情を持ってはいません。
だから私は、上辺だけの分析ではなく、韓国の人々の思いも理解しながら、そして私が思うことを正直に書きたいと考えています。

思い返せば、私たちが韓国で啓蒙活動に励んでいた頃というのは、金大中氏(A型)が大統領でした。彼が親日派であることは、金大中事件とともによく人々に知られていることです。
だからこそあの当時、私たちは仕事がしやすかったのでしょう。
その後の2003年、大統領選挙が行われたのですが、出版社の友たちは、誰が大統領になるかと非常にハラハラしていました。
誰が総理になっても人々の暮らしに大して変わりがない日本人の私にとっては、そこまで神経質になることを不思議に感じます。

「そんなに重要なことなのですか?」
そう私が聞くと、室長が言いました。
「韓国は、大統領が誰になるかで政策が大きく変わってしまいます。もし、親日派の大統領が選ばれなかったら、私たちはこのプロジェクトを続けることが出来なくなるかもしれないのです」
「なんとまあ!そういうことなのですね」

私は驚くとともに納得し、また、彼女たちの真摯な思いに改めて感謝したのでした。
運よく、とりあえずそれほど強硬政策をとらないだろうと思われていた盧武鉉(O型)が大統領となり、皆でほっとしたのを覚えています。
そんな彼女たちと接する中で、韓国人たちの政治動向に対する敏感さを、それとなく知ったのでした。

実は、私がいちばん最初に韓国を訪れた日、少々問題が起こりました。
手紙をくれた翻訳者の女性とレストランで食事をしていると、どこからか女が現れ、私にすごい形相で走り寄り、私を襲おうとしたのです。そして何か罵倒するよう言葉を言って去っていきました。
翻訳者の彼女はビックリして慌て、ホテルの人を呼ぼうとしたのですが、私が「ケガも何もないから大丈夫。話を続けましょう」と止めたので、周囲の人々にもほとんど気づかれずに事が済みました。

私は翻訳者の彼女にききました。
「今の女性は、何と言ったのですか?」
しかし彼女は、答えたがりません。
「あの人は、少し頭がおかしいのです。本当にすみませんでした」
そう言って、謝るばかりでした。

私はそのことを、旅の期間中はすっかり忘れていたのですが、日本に戻って思い返し、少し考えてみました。これから活動するにあたっては、さまざまな事に心して対応しなければならないと思ったからです。
「あの出来事はなぜ起こったのだろうか?」
「私に非は無かっただろうか?」

そうして考えてみるうちに、だんだん頭の整理ができてきました。
私が泊まったホテルはソウルでも観光客の訪れる地域ではなかったし、それほどの高級ホテルでもなかったので、日本人はひとりも見かけませんでした。そういう中にいて、私は彼女と日本語で、ペラペラとしゃべりまくっていたのです。
ホテルのレストランなので静かでもあるし、聞く人によっては耳障りな違和感があったかもしれないのです。女は少し頭がいかれているとはいえ、その違和感に刺激されて暴走したのかもしれません。

実際、振り返ってみれば、そのときの私の状態というのは、韓国で翻訳本が出るという喜びと、1年近くやりとりをしていた手紙の主と会える喜びで、多少興奮気味でもあり、また、研究の啓蒙という大義名分のもとで、少なからず傲慢さがあったに違いないのです。
私は浅はかな己を深く反省し、他国へ仕事をしにいく時の態度と心持ちを、ただしく改めなければならないことを理解したのでした。
そしてまた、韓国の人々の感受性の強さを、わずかに垣間見た気もしたのです。

そういうわけで、私は10年間の間に、さまざまな状況で、さまざまな立場、さまざまな年代の韓国人たちと出会い、交流しました。
その間、日本では韓国ドラマの「冬ソナ」が大ヒットし、日本全体も一種の韓国ブームとなっていったのでした。
しかしその頃も、学校での反日教育は、韓国人若者たちの日常の一部として行われていたはずです。それにもかかわらず日韓の人々の交流は盛んになりつつありました。
私は、最初の小さな事件以来、一度も不愉快な思いや反日の声を耳にすることはありませんでした。



(つづく)


日本人はどこからやってきたのか?

DNA解析と遺跡から薄っすらと見えてきた新事実


以前、日本人のゲノム解析で分かったことについて記事を書いたことがありますが、最近、それらの事実やこれまで発見されている遺跡などを整理して情報発信している研究者が注目を集めています。

◎以下の情報の多くは、長浜浩明(作家、古代史研究家)さんによるものです。


↓これまでの見解
日本人のルーツということでこれまでいわれてきたことは、紀元前14,000年頃に縄文時代があり、紀元前400年ごろに朝鮮半島から渡来人がやってきて、弥生文化を築いたというものでした。
朝鮮半島からの渡来人とは、主にモンゴル経由、朝鮮半島を経てやってきた漢民族系(支那人=日本の呼び方)の人々です。
そして弥生時代以前の縄文時代に住んでいた人々は、北方の大陸からと東南アジア方面からやってきた人々ではないかと予測されていました。

↓新しい見解
これまでは、朝鮮半島から渡来人がやってきたといってきたわけですが、実は民族の流れは朝鮮半島から渡って来たのではなく、逆に日本から朝鮮半島に渡っていたのだということが、明らかになってきたのです。

これについては、最初に朝鮮半島の歴史を眺める方がより理解しやすいようです。
まずは言葉では分かりにくいので、単純な表にしてみました。
(※資料元は韓国国立博物館)

さて、朝鮮史を眺めてみたところ、人が住んでいた証拠となる土器類が発見されているのは、紀元前5000年以降です。これらは日本でいえば縄文土器のことだそうです。それ以前は、旧石器時代以来、文化があった証拠となるものが何も見つかっておらず、おそらく旧石器時代にいたと思われる原始民族は、何らかの理由で絶滅したのではないかという見解なのです。

ある学者はこの資料を調べたとき、なぜ韓国に日本の縄文土器があるのだおるかと不思議に思ったそうなのですが、その後、長浜浩明氏の考えを知って納得したということです。
一方、日本の縄文時代は、紀元前14000年以上前から始まっていたことが分っています。
つまり、朝鮮から民族が渡ってきたと考えるより、日本から朝鮮に民族が渡っていたと考える方が、この表を説明することができるのです。

その他にもその裏付けがあり、縄文人の人骨も、朝鮮半島南方で発見されているのだそうです。(ほとんど発表されたことはないそうですが。)
また、朝鮮史は14世紀頃に始まり、その頃は南方に少しの倭人(日本縄文民族のこと)が住んでいたことも書かれています。
これは、日本から朝鮮に渡った縄文人たちが、北方からの漢民族たちに徐々に追いやられて南へ集まったと思われ、最終的には半島から追い払われてしまっただろうとのことです。

またそこに至る間には、朝鮮半島全土で漢民族とのゆるやかな混血が行われていたと予測されるわけで、そういう中で朝鮮半島は国の形成をしていくことになります。しかしその矢先に元王朝に攻められます。
そして大陸で起きたあらゆる戦争にはつきものだった悲劇が起こります。敗者の男子は皆殺し、女子は戦利品として強姦。女子の場合は妊娠して生き延びることも多くなります。

↓新たな証拠
こうした史実を裏付ける生物学的な事実も分かりました。
まず、女性によって遺伝するとされるミトコンドリアDNAを現在の韓国人で調べると、日本人と共通のものが存在するといいます。ところが、男性によって遺伝するとされるy染色体については、日本人と共通するそれがないのだそうです。
現在の韓国人女性は日本人(縄文人)の因子を持つ人がいるのに、韓国人男性は日本人の因子を持つ人がいない。なぜそのような不自然な現象になっているかを想像するなら、前述のような歴史上の出来事があったからだと考えられるのです。

上記にあげたことを日本史の視点で明瞭に整理するなら、日本には紀元前14000年以上前から縄文文化を残した人々が暮らしており、紀元前5000年ごろに日本のその一部の人々が朝鮮半島に渡って民族文化を形成しようとしていた。しかし北方漢民族の人々によって追いやられてしまった。ということになるのでしょう。

更には、沖縄で興味深い古代の遺跡が次々と発見されています。
それによると、旧石器時代といわれる27,000年前の人骨が発見され、また、約7000年前とされる縄文土器も発見されています。
この縄文土器は、本島の群馬県で発見されたものと同じ形質のものであり、つまり、その頃すでに、沖縄を含む日本列島では、広くひとつの文化が形成されていたであろうと推測できるのです。

沖縄については、日本本土とは異なる民族と思われてきたところがあるのですが、これについても生物学的見地から調べたところ、それが台湾などの南方とも、大陸からの科民族とも異なり、日本本土の人々と同じであることが分っています。
そして沖縄と対比してよく言われるのがアイヌ民族ですが、こちらは日本人とも沖縄人とも、あるいは大陸や南方とも異なる、まったく別の民族であることも明らかになりました。

ここで興味深いのは、日本本土の人々は、沖縄の人々のゲノムに比べると中国人や朝鮮民族にやや寄っていることろがあります。
これは、日本本土では後に他国から渡ってきた人々をそれなりに受け入れてきており、ゆるやかな混血が行われたからだろうとのことです。
そう考えると、沖縄の人々こそが、日本古来の縄文人の血統を強く残しているのかもしれないということになります。
これについては言語からもそうであって、沖縄の言語は日本古来の言語に、より近いのだそうです。
一方の現在に至る日本語は、中国から漢字が入ってきたことで随分様変わりしてしまったのです。

しかし、それでは日本人の文明が大陸や朝鮮半島からではないとすると?
私たち日本人は、どこからやってきたのでしょう?

以前の記事【科学ニュース】日本人のゲノムを解析したらどこにもない日本人特有の特徴が見 つかった!でも紹介しましたが、この日本人特有の特徴を持つ遺伝子というのは、おそらく縄文人の遺伝子に違いありません。しかし人類はアフリカを起点に拡散しながら渡ってきたと言ってるわけですよね?それなのに、日本人は、地球上のどの国の人々とも異なる遺伝子を持っているというのです。(アメリカインディアンと少し近いのだそうですが)
謎は深まるばかりです。
結局、「日本人はどこからやってきたのか?」という命題に答えることはまだできないようですね。


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ここで日本の血液型分布について再度紹介します。


この図があらわすところは、日本は関東を中心に東北へいくほどB型が多くなり、西南へいくほどA型が多くなるというものです。オレンジ色で囲ってあるところはXゾーンといって、どのタイプのゾーンでもない平均ラインの範囲内に位置するゾーンということになります。
沖縄はXゾーンですが、前に記述したように、沖縄は日本古代人の形質を純粋に残している可能性があります。西日本などは朝鮮半島と近かったため、その分大陸から渡ってきた人々との混血が進行したのではないかと想像できます。
だとすると、日本古来の元の血液型分布というのは、沖縄や東北に見られるようなXゾーン分布であった可能性が高くなります。つまりは基本分布ですね。

また、日本人とはまったく異なるゲノムを持つというアイヌの血液型分はこちらです。
           アイヌ民族 O型28% A型36% B型26% AB型10%

アイヌはAゾーンに入ります。B型もそれなりに多そうに見えるのですが、O型が少ないことで統計的なバランスではA型ゾーンになるのです。
アイヌ民族は狩猟民族ですが、北方から何らかの理由で逃れて北海道にたどり着いたのかもしれないとのことです。
一方縄文文化というのは狩猟文化だと思われてきたところがありますが、土器の分析から稲作の証拠が見つかっているので、狩猟民族ではなかった可能性が高くなっています。

他に加えるとすれば北海道のO型の多さです。あるいはシベリアなどの北方から渡ってきた人々の影響があるのかもしれません。シベリア地域の血液型分布はO型が非常に多いのです。
また北海道でも縄文土器が多数発掘されていることから、北海道は日本民族、アイヌ民族、その他の北方民族が入り混じっているのでしょう。


さて、以上が日本人のルーツに関する新しい情報のまとめです。
朝鮮半島との関係性において、これまで認識されてきたことと真逆のことが明らかになりました。また沖縄についても、これまで沖縄民族は言語も随分異なることもあって、日本人とは少し違う民族だと思われてきました。
実はこれらは、全く寝耳に水の真実というわけではなく、遺跡や資料などはずいぶん前から存在していて分かっていたわけですから、よく調べればある程度の推測はできたはずなのです。
ところが、それが学者たちの怠慢だったのか、あるいは他に政治的な理由があったのか、定かではないのですが、誰もそこに触れようとはしなかったといいます。そして今の今に至るまで、NHKのドキュメンタリー番組などにおいても、定説にしてきた「朝鮮半島からの渡来人が日本の弥生文明を築いた」と紹介しています。

う~ん。
「血液型人間学」があからさまに知識人とメディアから否定されてきた経緯に、ちょっと似てますね。

ただし、唸っている場合でもないのです。
今、世界中で、そしてこの日本でも、沖縄の問題や韓国や中国との問題がさまざまに懸念されてきます。
私たち全ての人類は、真実を知る必要があるのではないでしょうか。
真実を知った上でなら、最善の策を講じることができます。人々の心構えも決まるでしょう。

こうして今、DNA解析の成果によっても、ごまかしようのない事実が次々と明らかになってきました。
そろそろ、潮時じゃないのかな。
降参せ~い!(←誰にいってるのか?)

↑ブツブツ独り言が多くなってしまいましたが、このテーマに関連する韓国(朝鮮半島)についても次のブログで整理しておきたいと思います。



【2018 FIFA World Cup】決勝トーナメントの先に見えるもの

無念!ベルギーチームの迫力に抑え込まれた決勝トーナメント

日本時間、7月3日午前3時にキックオフ!
試合は後半、日本チームが立て続けに2点を先制します。
しかし、ベルギーチームがこのまま黙っているわけがありませんでした。その後は3点を返され、敗戦となってしまいました。
選手たち、どんなに悔しいことでしょう。しかしこの大会で、日本チームが確実に進化していることを、日本の人々に見せてくれたのは確かです。
日本選手たち、西野監督、ありがとうございました。そして心からお疲れ様です。

【2018 FIFA World Cup in Russia】観戦記録リンク
第一節 A型西野監督率いる"SAMURAI BLUE"
第二節 第2戦、血液型目線で選手を観察してみた
第三節 第3戦、親日国ポーランドの血液型分布は?


【試合結果】🏆ベルギー(3) × ジャパン(2) JFA,JP公式サイト参照
GK 川島 永嗣(O)
DF 昌子 源(AB)
DF 長友 佑都(O)
DF 酒井 宏樹(A)
DF 吉田 麻也(O)
MF 柴崎 岳(B)
MF 原口 元気(O)  48分1点
MF 香川 真司(A)
MF 乾 貴士(A)   52分1点
MF 長谷部 誠(O) 
FW 大迫 勇也(O)

柴崎(B)➡山口蛍(A)/原口(O)➡本田圭佑(AB)

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W杯を観戦しながら見えてきたのは日本全体の課題だった

試合後の西野監督のインタビューは、なかなか言葉が見つからない様子でした。そして、「何かまだ足りないのかな…」と、ポツンと言いました。

試合は、前回のポーランドとのゆるやかな流れとは打って変わって、スピードと勢いのある展開になりました。しかし日本が先制したことで、ベルギーの本気度は増大し、その後は誰のミスだとかそういうものではなく、迫力負けという感じだったという印象です。

選手たちのインタビューなどを聞いていると、日本チームのひとつの課題は、"受け身にならずに攻撃する"というようなところにあったらしいのですが、これについては観戦している私たち日本人の多くも、常に、少なからず思っていることかもしれません。
これはサッカーに限らないのです。「コンビネーションやチームプレイには優れているが、受け身と守りになりやすく、攻撃力に弱い」というのが、日本チームの常なる特徴となっているのです。

実際、私は4試合を映像で観戦しましたが、日本チームは、自分たちのペースで試合を作っていくというより、相手チームのリズムやペースに合わせながら試合を展開させているというのを強く感じました。周囲の空気を読むこと、相手に合わせて自分の出方を臨機応変に選択することが、日本人は非常に得意な人々なのです。

これを血液型的に分析した場合、この能力は、一見、A型的な要素なのだろうか?とも思うのですが、確かにA型は得意ではありますが、A的要素を持つAB型はもちろん、そしてO型も、それと同じような機能を持ち合わせています。なかでB型だけは、本来その要素をあまり持っていないはずなのですが、そのB型さえも、日本社会で成長する中で、B型なりの空気の読み方を会得してしまうので、集団行動をするときには、やはり同調する人々の中に埋没してしまう傾向にあるのです。

つまり日本人とは、その根源にあるものは未だ分からないのですが、とにかく、どの血液型も一丸となって、同調したり協調したりするのが非常に得意な、というか、ポジティブな言い方をすれば、世界の中で稀にみるほどそれに優れた人々なのです。これは、誇りにすべき日本人の特徴であり、決して失ってはいけないものです。しかしこうした勝負の場面では、それが足枷となり、大きな矛盾を抱えることになります。

ですから、「日本らしい試合とは何ですか?」と問われたら、「チーム力だ!」と答えたいところでしょうが、チームワークを保持しながら、尚且つ自らのリズムで試合を進めていくという本当の意味でのチーム力とは、かなり高度な、ある意味矛盾する要素を同時に扱わなければならないという難しさがあるのです。私は今回、こんなにも頑張って前へ進んでいる代表選手たちを見させてもらいながら、日本人全体が抱える、ひとつの大きな課題を確認したような気がしています。

サッカーでは、自分のプレーをすることを「パフォーマンスを見せる」という言い方をするようです。
それは自分の役割を熟知し、鍛錬し、演出するということであり、自分の個性をどう表現するかということでもあります。日本のサッカー選手たちは、世界へ出ていく中で、どうやらそれが不得意なことだと思い知らされ、そのことを強く意識してきたのだと思います。選手たちはそこのところを、日々一生懸命努力しているに違いありません。

しかしそれというのは、後から取り繕って身に付けられる性質ではないことを理解する必要があるのではないでしょうか。彼らがサッカー選手として成功するため,試合に勝つために、どんなに自分色を演出しようと頑張っても、日本社会が、日本人の集合的な意識が、そういうものを受け入れなければ、それは決して磨かれないのだということを、私たちは認識しなければなりません。

そもそも"個性(キャラクター)"というものに対しての理解が、日本社会にあまり根付いていないことは、最初の大きな問題です。ここでそれについて深く追求しませんが、簡単にいうと、個性を発揮するには自分のことを熟知しなければできません。そして自分の能力、自分らしさ、そういうものを自分自身が理解するようになっていくと、"自信"というものがごく自然と生まれてきます。自信があるないをよく言いますが、本当の自信というのは、信念や脳で植え付けるものではなく、自分の真実が分かってくれば、おのずと持ち合わせていくものなのです。するとその人は、揺るぎない、ブレない、その人なりのマンパワーを自然に発揮できるようになります。

西野監督の「何かがまだ足りいない…何だろう?」という問いに、私がもし答えるのだとしたら、こうしたマンパワーが、今一つ足りないのではなかろうか、と思った次第です。そしてこれは、サッカー選手だけに課せられた課題ではないはず。日本社会として日本人全体が、今後取り組まなければならない、大きなテーマではないだろうかと、今大会で選手たちに、まざまざと見せられたのだと、私は受け取りました。

とはいえ、2点を先制してからのベルギーチームの反撃の迫力は見ごたえがありました。
ふと思ったのは、後半10分の選手交代で、O型やB型のパワーを投入していたら、どうだったのかな?と、血液型考察的には、時間を戻して試してみたい衝動にかられます。BとOが抜けてAとABに交代したわけですから、チーム全体としては守りの態勢になってしまった感があります。もちろん血液型を知らないとできないことかもしれませんが、「こうなったらイチかバチかだ!」ぐらいの勢いでOとBの攻撃態勢を作れたとしたら、ひょっとするとひょっとする奇跡が起きたかもしれません…よね。しかし、そんな無謀なことをA型監督はあまりやりませんよね。O型の監督だったらやったかもしれないな…。などと、独り言をつぶやいておりました。

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【2018 FIFA World Cup in Russia】観戦記録
第一節 A型西野監督率いる"SAMURAI BLUE"
第二節 第2戦、血液型目線で選手を観察してみた
第三節 第3戦、親日国ポーランドの血液型分布は?


Terima Kashi ! インドネシア2017年(おまけのプロローグ)

インドネシアの適当さ加減が心地良いかも


(写真はカリマンタン島のサンボジャ自然保護地区に居るオラウータン。スタッフのお兄さんたちが名前を呼ぶと、「しょうがないな、サービスするか」という感じでノソノソと出来てきてくれます。とってもファニーな方たちです!)

インドネシアの1か月の旅が終わります。
1か月のあいだ、ひとりも日本人に会わずにインドネシアの人々の中に埋もれていると、自分が何人でも、そんなのはどうでもいい気になってきます。
そんな気分の中で、インドネシアを振り返り、そしてまた、日本を思いながらの感想です。
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日本人の公共の場におけるマナーの整い方は見事なものだと思います。
それはある状況では賞賛に値するものですが、しかしある状況では無意味で馬鹿げたものだと映ることもあります

たとえば休日のエスカレーターで、意味もなく1列に長い列を作り、歩く人のためのスペースをガランと空けているのを見たりすると、この無駄な空間は誰の為のものなんだろう?
...そもそも、急ぐ人は階段を上れ!と思っている私にとっては不思議としか言いようのない光景です。

あるいは最近、格安飛行機に乗る際に車椅子の人がデッキの階段を這って歩かされたと、航空会社にクレームを出し話題になったと聞きました。
日本のメディアや一般人の多くは、この航空会社を責め立てたというのですが、これもまた、私には不思議でならないことです。
どうか、それが起こった状況を想像してみて下さい。
周りの人々は、車椅子の彼が這ってデッキを上がるのをただ眺めていたのでしょうか?すぐにかけつけて彼を助ける人は居なかったのでしょうか?
もしも、周囲の人々がこの不運な状況を積極的に支援する雰囲気がそこにあったら、彼は航空会社の人手不足による不備に怒るより、むしろ人の温かさに感激する絶好の機会になったのではないでしょうか。
結局のところ、これは誰の役割、これはここの責任、というように、あまりにキッチリとし過ぎることが、人の優しさや温かさを封じ込めているのではなかろうかと、私は考えてしまうのです。

そんな日本の最近の風潮に、日頃からホトホト呆れていて、何とも言いがたい窮屈さを感じていたわけですが、インドネシアに滞在しながら、この国の適当さ加減が、なかなか心地良く感じるという場面が多々ありました。

(ジャカルタ・スカルノハッタ国際空港/このデッカイ風呂敷を積み上げたようなオブジェをよく見かけましたがこれは何なのかを聞くのは忘れてしまいました。何だろう?)
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空港というのは、どこの国でも大体同じようなシステムを導入しています。
搭乗口のゲートで待つこと数十分。機内の準備が整うと、乗客は飛行機に乗り込むわけですが、こんなとき、インドネシアの人々は列の途中からでも適当に、どんどん割り込んで入ってきます。
でも、誰も怒る人もおらず、何となく入れてあげて、何となく列を作り直しなが自然に進んでいきます。

これが日本だったらどうでしょう?多くの人は何てモラルが無いのだろう、と思うだろうし、そのうちには、「ちゃんと並べ!」なーんて、怒鳴りだす人が出てきそうです。
でも、考えてみれば、先に並んで先に入ったからといって、どうということはないのです。いずれは全員が乗れるわけですから、目くじら立てて怒るほどの事でもないのです。

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インドネシアの道路には信号が滅多にありません。
横断歩道はもちろん、人のための歩道というものも、無いも同然です。
じゃあ、それに比例してそんなに事故が多いのか?といったら、そこまで多いということもなさそうです。
街はどこも、たくさんの人と車とバイクで溢れていますが、皆んな、何となく、適当に譲り合いながら、ちゃんと上手く流れているのです。

日本の道路は信号が、これでもか、というほどたくさんあります。たまたまそこで人身事故などがあると、危ない道ということになり、新たな信号や横断歩道が次々と設置されるからです。
そのせいで、まるで人間が信号と標識に支配されているかのような状態になっているのかもしれません。
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(すこぶるワンパクな3歳の男の子。将来が楽しみなくらいですが、食堂でハードな遊びを開始。大工さんのつもりかティッシュの箱をスプーンでバンバンと店中に鳴り響くほど思いっきり叩き始めました~すると店の若い店主?30歳前後の男性が笑いながら言います。「OK!壊れるまで叩いていいよ」~なんとも大らかな発言。お兄さんは呆れて言ったのかもしれませんが…。)

インドネシアの人々は、子どもに対してとても大らかです。
インドネシアは中国やインドに次いで人口の多い国ですから、たくさんの子どもがいます。
今度のインドネシアの旅には、スタッフが3歳になる男の子を連れていました。
そしてこの子が大変なわんぱく坊主で、好き勝手に駆け回っては大人たちをハラハラさせるのです。
ところがインドネシアの人々は、この傍若無人で無邪気な子を、むしろ微笑ましい笑顔で見つめます。驚くことはあっても、怪訝な顔をする大人はひとりとして見かけませんでした。

コレが日本だったら?
おそらく親が、身の置き場がないほど白い目で見られるのは言うまでもないでしょう。
これに関して良いか悪いかは別の問題として、インドネシアの人々の、子どもを受け入れる寛容さにはちよっと驚かされるのです。

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インドネシアで買い物をすると、お釣りは結構適当です。
120ルピアが1円ぐらいなのですが、買い物をして、たとえば200ルピアや500ルピアのお釣りがお店に無くて店員さんが困っていそうな時など、「お釣り要らないよ」と言えば、「サンキュー」という感じでOKになります。
日本では、お客がそうしたくても、やはりそういう分けにはかないのです。たとえ1円たりとも間違いなく計算されていなければなりません。
1円とか2円のお釣りはできれば募金BOXに入れといてほしい私にとっては、それはむしろありがたいことでした。

管理の行き届いた社会は、一見スマートで過ごしやすそうに思えます。
けれど、物や、人の心まで、どんどんシステマチックに整備されて行く日本の姿を見るたびに、マザーテレサの言葉を思い出さずにはいられません。

「この国には愛が足りないのです」
1980年代、3度訪日したマザーテレサは、整備された環境、行き届いた教育、平和で安全に暮らす日本の人々に触れながら、そう言い残しました。

当時それを聞いた私は、大きなショックを受け、以来、その言葉は私の頭の片隅にいつもありました。
日本人は、そんなに愛に乏しい人々なのだろうか?
愛とは何?

そして、こうして、インドネシアという南国の、大らかともいえる適当さ加減に身を置きながら、思うのでした。
もしかしたら、日本の整い過ぎたシステムが、日本の人々の温かさを引き出す隙間を失くしているのかもしれないな、と。

では、そんな日本で暮らしている私たちはどうすればいいのだろう?
この、世界一管理の行き届いた日本という社会で、封じ込められている愛を、どうしたら解放できるのだろう。

日本人たちは、何とか愛を見つけ出そうとしているように見えます。
たとえささいな事でも、人の心のある行動はすぐに話題になり、感激され、おおいに喜ばれます。

けれど、もっと寛容で、もっと賢くならなければならない気がします。
便利で整った社会にあって、尚、愛が失われないという、理想の社会を目指したいものです。
それは、愛をわざわざ探し出さなくても、普通にそこにある。当たり前に、いつもそこにあるという社会です。
そんな世界を、日本が実現する日を思います。

まあね、だからといって、そう多くを期待せず、かといって諦めもせず…。南国の陽と人々のまあるい笑顔を浴びながら、まあまあ、適当にと、空を見上げたのでした。

(今回の旅行記の概要は以下に記録しています。)

補足データ)
社会的援助の国際比較調査結果
「困っている見知らぬ人の手助けを先月あなたはしましたか?」=日本人の比率は世界38カ国中最下位22.7%


【科学ニュース】日本人のゲノムを解析したらどこにもない日本人特有の特徴が見 つかった!

ゲノムでも解った日本の特異性はいったい何を示すのか?


「日本の特異性について最近よく考えるのです」ということを、いくつかの記事で書いてきました。
(ラベル「日本人」

歴史も地理もひどく苦手な私は、生まれた国でありながら日本についてはむしろ無知無学と言ってもいいくらいなんですが、「血液型人間学」ということに関わったおかげで、”日本の人々”については考えさせられる機会がしばしばあります。
ただ、私が日本について考える動機というのは、他と少々異なっているかもしれません。

・なぜ日本で血液型の研究が早くから始まったのだろう?
・なぜ日本中にこんなに血液型が浸透したのだろう?
・日本の血液型分布(4:3:2:1)が特別なのには意味があるのだろうか?
・日本の人々は血液型の事実を受け入れてながら認めないのはなぜだろう?
・・・etc
という具合に、血液型がらみになるからです。

この研究は、新種の分野ということもあり、またそれを、能見正比古が”フィールドワーキング”という信念でもって大衆に広めた、というのがあり、実にさまざまな扱いが為されてきて、個々には、実に心温まる扱われ方もあるのですが、まあ、日本社会全体...という観点からは、「ひどい扱われ方だなあ…」というのが多いわけです。しかも困ったことに、「こんなもの要らない」と相手にされないなら、それはそれで仕方ないですが、それでいて、興味シンシンのところもあり、あちこちから変な茶々が入ったりするので、何だかんだ、厄介なのです。
それで、その度に、つくづく思うわけです。
「日本の人たちは、いったい、どうしたいんだろう?」

それに私は、海外でもこの研究を伝えていますので、日本と他国での、反応の違いというか、受入方の違いのようなものも、肌で感じたりしてきました。
それから、私がそう意識しなくても、国内外の取材人らに「日本人はなぜ血液型が好きなんですか」と度々聞かれたりするので、結局、考えざるを得なかったりもするのです。

そんな背景があった上に、最近の世界の変わりようの中で、相変わらず、ノホホンとしている日本の人々を眺めながら、私のレーダーがやけに”日本人”に向いていたわけですが、そこへもってきて、興味深いニュースが飛び込んできたので、「おや?」ということで記録しておこうと思います。

日本人のゲノムは西洋はもちろん他のアジアとも異なる!?

東北大学らが、日本人およそ3500人の全遺伝子情報を解析したのだそうで、すると、世界中の何処とも異なる日本人だけの特異性があるらしいと分かったと言うのです。

東北大学がプレスリリースに概要を掲載しています。
日本人 3,554 人分の全ゲノムリファレンスパネルを作成 

ここでまず興味深いのは、他国と異なると言っても、西洋の人たちのことなら当然とも思うのですが、アジアの国ともだいぶ異なるという点なのです。

(プレスリリースから一部画像をお借りしました)
ベージュ色の集まりが今回のデータで、東アジアのそれと座標上で比較しています。
明らかに、異なるフィールドにいるという感じです。

アジアと言っても主に中国ですが、お隣の国ですから、もう少し近くてもよさそうなものです。

これを聞いて、驚いた人もいるかもしれませんが、私のように、「ほら、やっぱりね!」と思った人も案外いるかもしれません。
以前、日本人は”記憶喪失に陥っているのかもしれない”ということを書いたのですが、今読み返すとかなり意味不明な文章で、読んでもらうには申し訳ないので、ここで要約すれば、「世の中があまりに違う形に変形していく中で、”日本魂”は封じ込められたのかもしれない」ということを書きたかったものなのです。

ですので、「ああ、やっぱりね」と、こういうニュースを聞いて記憶を取り戻しかけている日本人もいるかなあ…と、ちょっと期待するのです。

また、それとは別に、日本の中でも多少の地域性が示されています。
西日本、中部、東日本というふうに、きれな集合域を織りなすのが見て取れます。

それでもって、この日本地図の色分けが「あれ、確かどっかで見たことあるな」というものだったので、ここに並べてみることにします。
どっかで見たことあるというそれは、こちらの日本の血液型分布です。
西日本、中部、東北という3つの区域で、ある程度はっきりした偏りを示しています。偏りと言っても数値的には数パーセントの事なのですが、それでも地域性を言えるものとして血液型学や民族学などの分野でしばしば取り上げられてきました。

この二つの図表は、妙に重なる感じがします。そしてこの集合域を最初の図表と重ねると、東北に行くほど他のアジアの人々から遠ざかるということになります。

それから、これに関連して、2年ほど前に縄文人のDNA解析が行われたというニュースも思い出しました。
こちらにそのチームによる説明記事があります。(生命誌ジャーナル)

ここで、今回のニュースとは少し方向性がずれるかもしれないのですが、私の思うところを加えると、この縄文人のDNAというのは、福島の古墳から採取したものです。
今回のDNA解析も東北大中心の研究だったせいもあり、東北の人のサンプルが多いようです。
つまり、「縄文人の特異なDNA」と、「東北へ進むにつれB型が多くなる」のと、今回の「他の国々とは異なる日本人のDNAの発見」という3つの事実は、微妙に関連性があるような気がするというものです。

もちろん、これが何を意味するのか?
というのは、まだよく分かりません。
日本の歴史の縄文時代というのは、非常に謎に包まれています。
縄文期から弥生期に変容した経緯も、未だによく分かりません。
弥生人系の人々は朝鮮半島経由で大陸から渡ってきたと言われていますが、日本にもともといたとされる縄文人がどこから来たのか?どうやって発生した(←へんな表現ではありますが)かは、よく分からないのです。
この縄文人のDNAが南アメリカのインディアンとやや近いというところにも、何かあるような気がします。
やはり大昔には大陸があったのかも?とか…。(そうです、例のムー大陸のことです。)

パズルのピースは、まだまだ揃っておりません。埋められないピースがかなり多いのです。


自分の意思を表明しないという日本人的特性には、果たしてどんな意味があるの だろう

Facebookの「いいね!」で分かったことがある


私は、Facebookというものを、日本に上陸した2010年の当初から使っています。
ずい分と、インターネット通なのかとと思われるかもしれないのですが、きっかけは、単に、その頃から啓蒙活動を始めていたインドネシアとのコンタクトをスムーズにするためでした。

当初、実名登録が必須のこのSNSが、日本に受け入れられるかどうかというところを問われていたようですが、取り敢えずそれなりに広がりは見せたようです。
いずれにしても、私は、そういうことにはあまり不安はなかったのですけどね。
どの道、ネットを利用する以上そのリスクは覚悟の上のはずだし、実名を明かす事に、何故それほど警戒するのか、私には不思議なくらいのことなのです。
かといって、私にとってこのツールはインドネシアの活動の様子がリアルタイムで見られる、というのが目的なわけだから、それ以上には、まったく使いこなしていなかったわけです。

ただ、ここ数年、いろいろ社会情勢の変化を感じるなかで、このツールの使い道を改めて考えてみたのです。
まず思ったのは、Facebookを、日本の人々はどんなふうに使いこなしているのだろう?果たして日本において、Facebookはどう機能しているのだろう?
などというような事です。

たとえば、「日本人と外国人のFacebookの使い方の違い」という記事を見かけたことがありますし、「FacebookよりTwitterの方を日本人は好む。特に若い人は、、」というような記事もあったと記憶しています。

それで私は、Facebookへの自分の投稿にくれる「いいね!」の付き具合を眺めながら、いろいろと、考えを巡らせてみたのでした。

まあ、そもそも知り合いの数はごく少ないので、敢えて数字を披露するほどのことはないのですが、少ないながらも、私の投稿に「いいね!」が沢山くれるケースというのは…
・キレイな景色の写真を上げた時
・美味しそうな食べ物の写真を上げた時
などです。

また、私の活動を報告するような投稿に対しても、その次ぐらいに多いように思います。
私の活動を”応援しているよ”という、友人たちからの、温かいエールの印です。

そして、最も少ないのは
・私が自分の意見を主張した時
・政治や社会情勢に言及したとき
・何らかの、メッセージ性のある呼びかけをしたとき
などです。

そうなんです。面白いことに、私の意見的なものだったり、どこかメッセージ性のある投稿に対しては、まるで、その場から人々がスーッと消えたかのような...もしかしたら、私がその投稿ごと消えたがごとく、周囲からは見えなくなってしまった?のかもしれないのですが、とにかく、ことごとくスルーされてしまうのです。

先ほど、日本人と外国人では”Facebookの使い方が違う”という記事があると書きましたが、そこには、”日本人は自分の意見を発言する投稿が少ない”、というような事が書いてありました。

うーん、たしかにそうよね…こんなにウケが悪いんじゃあ、ね。
と、自分の投稿の分析をしながら、納得せざるをえないのです。

ここで、「そりゃ、単にアンタの投稿内容の質が悪いだけじゃない?」と、自分自身にツッコミを入れたい気も、しなくはないなですが、敢えてそれは無視して、やっぱり考えてしまいます。

何というか、今流の表現で言えば
空気読めよ!的なムードさえ感じてきます。
ここFacebookは、社交場であり、公共の場、なのかもしれません。(そう捉えている人が多そうですが)

まあ、そもそも空気に馴染むのが苦手な私が、これ以上深読みしても、どこまで的を射ているかわからないので、Facebook分析はこのくらいにしようと思うのですが、私は、私の日常でも、あるいは私の仕事を通しても、『日本人の意見を表明しない状況』というのをしばしば感じてきたので、いろいろと、芋づる式に思い出すこともあるのです。

日本人の奥ゆかしさには深い秘密があるのかもしれない!?

ある日私は、長年親しんでいたヨガのグルがインドから訪日するというので、その会場に喜び勇んで行きました。
このグルは、世界中に1億人もの支持者がいて、尊敬されるだけでなく、むしろ人々に”愛されているグル”という感じの方なのですが、日本では初めての講演ということで、関係者らも相当に頑張ったようで、1000人規模の会場を用意していました。
それなりに人も集まっています。
集まった方達は、ヨガに関心がある人と、その家族や知人というところでしょうか。
ヨガもグルも、インドが拠点なので、日本に滞在しているインド人らもたくさんおります。(2割ぐらい?)

そして、グルから平和な世界へ向けた講話があり、話のクライマックスに、会場の皆んなにこう呼びかけたのです。
「平和を愛し実現するという人は、手をあげて下さい!」

私は、即座に元気良く、まるで小学生みたいに「はい!」と思い切り手を挙げたわけですが、何とも白けたことに、私と似たような人は会場の2割ぐらいでしかなく、残りのうちの半分くらいの人が、恐る恐る、「ハ…ィ」と、いかにも遠慮ぶかげに反応していたのでした。
つまり、手を挙げなかった人も、4割くらい居たわけで、その上、元気よく手を上げた人というのは、結局ほとんどが、インド人たちのようでした。

「あれ?そうなの?」
と私が不審に思っていると、つかさずグルも、微笑みながら、穏やかな口調ではありましたが、こういいました。
「ここでは、全員に手を上げて欲しかったんですけど」

そうですよね!?
平和に賛同するかどうかの意思表明だけなんですから。
考え込む余地は無いと思うし、誰に責められることも、責任を問われることもないことなのです。
かといって、日本の人々は平和を望んでいる人が少ないとは、到底思えないのです。

私は、あの時の残念さというか、摩訶不思議さというか、もやもやした気分を今でもよく覚えています。
日本の人たちは、こんな時にも、自分の意思を表明することをためらうのか…。
私の感覚では、グルの講和の意図と、この会場の目的を考えたとき、賛同の意を表明しない方が、よほど空気が読めていない気がするのでした。

私は、『日本人の本当の気持ち』が表明されない、そんな歯がゆい経験を度々重ねながら、いつか、その根幹を追求し、日本人を見つめ直したいという思いが、ずっとありました。
それは日本人を、イタズラに非難したいわけではないのです。
それにここで「日本人」と表現しているのは、個々の人を指しているのではなくて、『日本人の集合意識』に言及しているのだということも言っておきます。

そうして、その『日本人』の不思議な感性を、客観的に眺めてみるわけですが…
冷静に観察すれば、これらは、ある種の調和性というか、協調性の変形とも見えます。
周囲の状況をよく吟味してから一歩を踏み出すという、慎重さの表れのようでもあります。
またある種の、奥ゆかしさとも捉えることが出来ます。
そんなふうに見直していけば、決してネガティブな面だけというわけでもなさそうで、『自分の意思を表明しない状況』には、コインの表と裏のような面がありそうだと思えてくるのです。

まあとにかく、答えがありそうでなさそうな思いで月日を経ながら、ここ数年、いく種類かの本や文献に出逢いました。
それぞれには、日本という国の成り立ちにおいて、非常に重要な事柄が書いてあります。
一冊一冊について説明を加えると、とてつもなく長くなってしまうので内容にまでは触れませんが、いずれも、”日本の隠された部分”というのを垣間見ることができ、ある程度、現在の日本人の集団的性質を説明可能にするものではないかと思います。

この文献らは、いずれもこれまで、表に出ることはありませんでした。
かといって完全に隠されていたわけでもないのですが、意思を持って探さなければ見つからない類のものでした。
  • 竹内文書
  • カタカムナ文献
  • 日月神示
  • オイカイワタチ
私は、これらから、いくばくかの...というと頼りないけれど、自分なりの結論のようなものを出してみました。

私が思うに、どうやら、日本人の奥ゆかしさとか調和性とかは、日本という地に生まれ来る民に与えられた、一種特有の役割のためであったらしい、ということです。

ところが、世界が間違った方向へ進む中で、それは歪められ、捻じ曲がり、その役割を果たす場面は徐々に失われたのです。

それでも尚、その特性だけは永遠と、この地に、あるいは遺伝子に、保存されており、今の歪んだ社会のあらゆる場面においても表出されています。

ところがそれは、いずれ再び、生かされるかもしれないという可能性を秘めている、というものです。

これらの本について知っている方は、もしかしたら、それなりに賛同してくれるかもしれません。
知らない人でも、日本の特有さを一度でも考えたことがある方なら、それほど突飛な結論ではない、と思ってもらえるかもしれません。

そして思うのです。
変化の時を迎えている今、その、本来、日本人ならではの、使い方によっては素晴らしいともいえる特性を、生かす時が来ているのではないでしょうか。

では、こういう日本の集団的特性において、血液型との関係はどうかと考えますと、おそらく、全体的にはそれは関係なく起こっているようです。
人間社会というのは、より大きな集団的特性の方が最優先されるようにデザインされているのかもしれません。
一見すると、そういう奥ゆかしさ的な感じはA型性を想像する人もいるかもしれませんが、安易には語れないところもままあるのです。
集団意識としては、他の血液型も同意し同調しているに違いないからです。
集団的特性に対する血液型ごとの反応の違いというのは、日本人の集団的特性を理解した上で考えなければならないのだと思います。

このブログではそっちの方が肝心なのですが、それについては、別の機会に、別の場所で、書こうと思っています。

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