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2020-09-06

モンゴル力士とそしてB型天国モンゴル

活躍するモンゴル力士たち



モンゴル出身の力士たちが日本の相撲界で活躍するようになって、ずいぶん久しいように思います。最初に土俵をふんだのは、1992年3月初場所の旭鷲山(B型)ということで、以後、40名以上のモンゴル青年たちが日本の相撲部屋にやってきているのだそうです。

そして2003年、朝青龍がモンゴル人として初の横綱になって以来、モンゴル出身力士たちの躍進ぶりは目覚ましいものがあり、上位に昇る力士たちの顔ぶれときたら、これでもかというくらいモンゴル人力士が目立ちます。日本人の心情としてはさすがに情けなさを感じるところもあるのですが、それでもモンゴルからわざわざやってきて、日本人にとってだって大へんな相撲部屋で頑張っているモンゴル人力士たちを、応援する気持ちもやっぱりあります。

まあ、こうした状況を客観的に眺めていると、日本人って、ホントに差別意識が薄くて公平な民族なんだなとつくづく思ったりもします。ただ、そうした精一杯の公平精神はあるものの、モンゴル力士の相撲の取り組み方に対しては、批判やブーイングが時々起こっているのも事実。そして横綱として強くなるほど、その評価が厳しくなるのが、日本人的感性というか、価値観なのかもしれません。果たしてそこまで外国人力士に求めるのが、いいかどうか分からないのですが、まずは血液型的な観点で紹介したいと思います。

【モンゴル出身力士の血液型】
四股名血液型最高位
朝青龍O引退横綱(68代)
白鵬A現役横綱(69代)
日馬富士O引退横綱(70代)
鶴竜A現役横綱(71代)
照ノ富士O現役大関
朝赤龍B引退関脇
逸ノ城A現役関脇
旭天鵬O引退関脇
玉鷲AB現役関脇
旭鷲山B引退小結
時天空A引退小結
白馬O引退小結
東龍B現役前頭
荒鷲A引退前頭
鏡桜不明現役前頭
旭秀鵬A現役前頭
霧馬山O現役前頭
光龍A引退前頭
翔天狼O引退前頭
青狼不明引退前頭
大翔鵬不明現役前頭
貴ノ岩O引退前頭
千代翔馬O現役前頭
德瀬川B引退前頭
豊昇龍不明現役前頭
龍皇AB引退前頭
猛虎浪B引退前頭
鬼嵐不明引退十両
A現役十両
城ノ龍O引退十両
千昇O引退十両
大勇武AB引退十両
星風B引退十両
保志光O引退十両
水戸龍A現役十両
朝日龍不明引退幕下
玉正鳳不明現役幕下
旭天山A引退幕下
豪頂山不明引退幕下
大鷹浪O引退幕下
太牙O引退幕下
大翔地不明引退幕下
大天霄不明引退幕下
竜王浪B引退幕下

血液型判明者の分布は次のようになります。
血液型人数判明者の血液型分布その内の幕内力士モンゴル国の推定血液型分布(※)
O1441.1%945%
A1029.4%722%
B720.6%529%
AB38.8%24%
不明104
4427
(※)モンゴル国の推定血液型分布は[The Distribution of the Human Blood Groups and other Polymorphisms]を参考に算出。モンゴル国の主な部族とされるハルハ族を対象にした調査。

驚くことに、相撲部屋入りしたモンゴル人力士のおよそ6割が幕内に入っています。考えてみれば、そもそもモンゴルにはモンゴル相撲というのがあり、今でも子どもの頃から親しんでいるのだそうです。そんなふうに少年時代から足腰を鍛えている彼らと、昨今の日本男子…。既に基礎体力で負けていますよね。

血液型分布をみて大へん興味深いのは、モンゴルは日本と異なりA型が少なめだというのに、日本に来る力士においては、A型が多くなっていることです。逆に多いはずのB型はそうでもない。O型はそこそこにというところでしょうか。少数ながらAB型もちゃんといるんですね。

最初こそ、挑戦者としてやって来たのはB型旭鷲山でしたが、その後は…。モンゴル相撲と日本相撲のルールの違いや、日本相撲の堅苦しさを知るやいなや、もしかしたらB型は、「まっぴらごめん」と思うのかもしれません。そういう中でA型が多く来ているとすれば、やはりA型の方が、A型的日本の風習に合わせやすいということでしょうか。それにA型の場合、案外、日本の方が居心地がいいということさえありそう。日本に好んで移住する外国人は、A型やAB型が多いのじゃないかと、私は予測しているのです。

現在、数々の優勝記録、連勝記録を打ち出し続けているのはA型白鵬です。たしか数年前、やんちゃな朝青龍(O)が活躍しながらも物議をかもしていたころ、白鵬は日本人力士のようだとか、真面目だとか、褒められていたように記憶するのですが、横綱になってからは、やや風向きが違っています。横綱としての態度がアカン、取り組みに品格が無い、などなど、厳しいご意見を浴びているわけで、さすがにその辺りは、日本とモンゴルの「力」や「秩序」に対する価値観の違い、文化の違いなども、大いにありそうに思います。

とにかくこうして、相撲をとおして日本人にも身近になったモンゴルという国。実際、どんなお国柄なのでしょうか。最近、モンゴルについてとても分かりやすく書いてある本に出会ったので、こちらをご紹介させていただきながら、血液型視点で、改めて考えてみたいと思います。

モンゴルって、まるでB型の天国!?


著者は東洋史がご専門の宮脇淳子さん。YouTubeなどのメディアでも興味深いお話をたくさんされています。この本を読むと、モンゴル遊牧の民って、やはりB型の故郷なのだろうか?と、ますます思ってしまいます。
いくつかの記述を抜粋してみましょう。
日本人はいつもまわりを気にしてまわりに合わせようとするのに対して、モンゴル人はまず、他人とはつねに違うことをしようと考える
モンゴル人はかつては遊牧の民。一か所に長く滞在できない自然環境のため、家畜を連れて新しい草原にいくために住居を移動する遊牧の暮らしを選んだ。家畜に充分に草を食べさせるためには、別の人が放牧したところへは行ってはいけない。つまり、他人とはつねに違うことをしなければ生きていけなかったといいます。

また、その昔、遊牧生活では、男子は少年時代からひとりで羊の群れを連れて遠くまで放牧に行く。たとえ子どもでもその時の天気や方角は正しく判断しなければならず、他人に頼ってなどいられなかった。だから日本のように「とりあえずまわりに合わせる」という考え方はないのだともいいます。

B型の特徴には、自立性、独立心、独創性などがあげられます。しかも、アマノジャク的なところがあり、他の人がやるなら、他人がそう思うなら、あえて自分は反対をやろうじゃないか、と行動するのです。

モンゴルの伝統には「長幼の序」という考え方はない

かつて朝青龍(O)が横綱であったとき、力士として先輩の旭鷲山(B)に対して粗暴なふるまいをしたことで、マスコミからずいぶん叩かれたことがあります。しかしモンゴルの価値観では、先輩後輩が絶対ではなく、実力の方が敬われるのであって、横綱という地位に敬意を払わなかった旭鷲山の方にむしろ非があったのでは?と考えるのがモンゴル的なのだそうです。

チンギス・ハーンは、兄弟の中で彼が最も有能だったから君主になったのであり、長男だったからではないといいます。その証拠にチンギ・ハーンの2代目君主は3男のオゴディでした。日本では、長男が家を継ぐ者として大事にされてきた習わしがありますが、モンゴルにはそういう考えはなく、長男から順に結婚して家を出て行き、最後に残った末っ子が自然の成り行きで親の面倒をみることになるので、末っ子が親の残したものを受け継ぐのだそうです。

何でも、宮脇さんが調査をする中で、モンゴル人の昔々の家系図が見つかったのだそうですが、その家系図はなんと、両親を中心に放射状に描かれていたのだそうです。これでは誰が第一子かなどは分かりません。序列式の書き方に慣れている我々から見ると違和感があるかもしれませんが、よくよく考えてみると順番なんて関係ないのかも、と思えてきます。日本のB型さんが聞いたら、おそらく大いに共感して喜びそうな気がします。

そもそもB型の思考は、論理的にあらかじめ方向づけされた流れではなく、まさに放射状に広がる並行思考といえます。そういう感性はB型の人間関係にもつながっているようで、同級生であろうが、80歳のおじいちゃんであろうが、大学教授であろうが、ホームレスであろうが、実に幅広い友人関係を築いていたりするのをしばしば見かけるのです。


モンゴルの女は夫の学歴をまったく気にしない

モンゴルでは、夫の職業が運転手で、妻の職業が大学教授などのエリートであることはよくあることで、家が裕福でない場合、まずは女の子に高等教育を受けさせるのだそうです。理由は、男は肉体労働など何をしても食べていけるけれど、女はそうはいかない。だから教育が必要だと考えるのだとか。つまりモンゴルでは、"自立"や"独立"ということを、男女関係なく人間として重要に考えているのでしょう。これもやはり、B型的感性に非常にマッチングする考え方です。

また、モンゴル女性にとって魅力的な男性とは、学歴よりも判断力や独立心があり、運動能力に長けた男。そしてモンゴル男性の方も、強い性格の女性を好むのだそうです。これについては日本のB型男性に聞いてみたいところでありますが、私の知る限り、本人は「おしとやかな美人が好み」と訴えながら、実際にはとても強い女性と結婚して尻に敷かれているB型男性をしばしば見かけますので、さもありなんというところでしょうか。


夫婦喧嘩をすると夫が妻に向かって、「出ていけ」ではなく「オレは出て行く」 という

これもなんだか、日本のB型男性にウケそうな感じなのですが、まあこの場合は遊牧民ならではの理由があるようで、男手がなくなると放牧が困難になり途端に暮らしが成り立たなくなるからということで、夫の脅し文句になったのだそうです。結婚については、更にユニークな風習があるようです。

二千年前からモンゴルでは女に財産権があった

例えばある男女が結婚するとする。まずは男が女性側の家へ入り仕事を手伝う。そうやって2年ほど女性側の婿のように暮らし、親やお互いが認め合うと無事結婚となり、家財道具などの財産を2人に与えて独立する。現代は、男性も自分の仕事があるし娘の家に行って手伝うこともなくなっているので、男女は最初から独立して結婚するようですが、3年経っても離婚しないと分かるとそこではじめて、娘の家から2人に財産が分け与えられるのだそうです。つまり、そもそも女性側が財産を持ち込んで結婚するんですね。それは女性が不当に扱われないためのモンゴル人の知恵で、男女の公平な概念が古くから根付いていたということなのでしょう。

何といいましょうか。全てにおいて、思想や美意識のような、そうした表層のことよりも、実利と実質的であることが最優先という感じなのです。まさにB型的な発想です。しかもこういう風習的なもろもろのことは、絶対の形や決まり事というわけでもなく、臨機応変だといいますから、それこそB型的なわけなのです。この、何事においてもフラットな感性というのは、広い草原においてこそ培われるような気がしてきます。

前出の表を見ると、現在のモンゴル国の血液型分布は、O型が45%と半数近くを占めています。ただし中国側のモンゴル自治区となっている内モンゴルといわれる地域では、B型率が35%ほどになるというデータがあります。いずれにしてもO型とB型で7割を占めるのがモンゴルです。これは、日本がO型とA型で7割を占めるのと真逆の分布となります。モンゴルと日本が今後も友好を深めることは、お互いの良い刺激になって、何かいい結果を生むかもしれませんね。

そして、「周囲の目が…」なんてことを、ガラにもなく気にする日本のB型たちを見かけると、彼らがモンゴルで暮らしたなら、まさに天国。周囲からクサされることもなくのびのびと、広々とした草原の風に吹かれ…。さぞかし故郷にでも帰ったような居心地の良さがあるのじゃないかと、しみじみ想像してしまうのです。

補足になりますが、宮脇さんがおっしゃるには、モンゴルはチームワークで動くより、個人競技の方が断然強いと。それについてもB型気質の観察と大いに一致するのですが、するとなぜ、かつてモンゴル帝国は、世界征服寸前までに猛威を振るうことができたのか?そのあたりのことについては、宮脇さんが解説している動画をご紹介させていただくことにして、以下にリンクを貼らせていただきます。

「世界征服寸前?!モンゴル軍が最強だった理由!」宮脇淳子(チャンネルくらら)


主婦の友社さんが、以前こんな本を出してくれました。("B型天国"で思い出しました)
内容は、B型のごくごく身近な、実際にあったエピソードをマンガにしたものです。原稿を書いている最中、編集長から言われたことがありました。「市川さんはB型に優しすぎるなあ。もっとズバッと厳しいこと書いてよ…」

編集長はB型ですよ。「…ったくB型は~」と編集担当者と笑っていましたが、でも編集長のご意見は取り入れず、とても優しく書きました…。(笑)

2019-03-25

B型の可能性を見せてくれたイチローに感謝

「ありがとう」イチローさん!

3月21日、東京ドームで行われたアスレチック戦を最後に、イチロー選手が引退表明をしました。

イチローはB型です。そのB型特性を、これ以上ないというくらい活かし、体現しているアスリートであったので、コラムやエッセイなどでも、あるいは取材の打ち合わせでも、B型の代表選手として、度々ご紹介してきました。

イチローは、多くのB型たちが目指すことの可能な、「至上もっとも素晴らしいB型モデル」です。「いや、イチローは特別だよ」「誰もできないことをやったからヒーローなんじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、ここでいうのは「血液型人間学」的な、自己開発、自己進化の視点に立ってのことだと前置きしておきます。

ご本人に許可も得ずに勝手に分析させていただくのは恐縮ですが、今回の引退表明を機に、記憶に留めておきたいB型アスリート、B型ヒーローとして、あらためて記録しておかなければならないと思いました。


イチローの才能は、B型が共鳴し、A型が押し上げた

イチローがプロ入りしたのは1992年。(Wikipediaより
小学生の頃から父親とキャッチボールを始め、少年野球時代にはじまり、中学、高校と、その才能を開花させ、「エースで4番」の活躍をし、スカウトたちの目にも留まるようになっていきます。ところが自動車事故で肩を痛め、その時点から投手としての道は諦めざるを得なくなり、打者としてのプロ入りを目指したのだということです。

イチローは名古屋出身でもあるせいで、中日ドラゴンズに入団することを希望していたそうです。しかし残念ながら指名が入らず、オリックス・ブルーウェーブ(現在のオリックス・バッファローズ)にドラフト4位で入団します。入団当初はコーチとの意見の相違もあり、思うような結果は出ませんでした。また当時の監督の上田利治氏(O型)も、イチローは「線が細すぎる」として、さほど大きな期待を持っていなかったようです。確かに、長く活躍する選手になるには、身長だけでなく、肩や尻がガッチリしているという身体的要素が大きなポイントになったのでしょう。

しかし、イチローの"光る才能"に、気が付く人物も現れました。
まずは、当時の2軍打撃コーチであった河村健一郎氏が、イチローの"振り子打法"の開発に二人三脚で取り組みました。河村コーチは同じB型です。B型同士なら、「おや」と関心さえ持てば、それまでのセオリーにあてはまらないことでも共鳴し、熱心になってくれたに違いありません。そしてその後、仰木彬氏が監督になります。仰木監督がイチローを高く評価し、よく使い、育てたという話は、既に人々に知られていますね。

注目したいのは仰木監督がA型だということです。A型とB型は、その対照性のせいで、お互いが認め合う工夫を意識してしないと、調子を合わせるのが難しいことが多くなります。そのため、上司部下の関係になったときなど、特にA型の方が上司になった場合には、A型的な一般常識、形式秩序の観点からはB型の言動がどうにも理解しづらいため、チグハグになりやすいのです。

ただしそうしたA型ですが、実はもうひとつの面があります。社会通念、秩序、ルール、セオリーなどを重視する一方で、その"カタチ"からの解放を内心願っているのもまた、A型なのです。つまりA型にとってみれば、その心の奥にある願望を、目の前で体現してくれているのがB型というわけです。ときに熟練したA型が、若きホープB型を、殊のほか高く評価し、殊のほか可愛がり、大きく育てていく例は、日本の過去にもよくあったことです。イチローと仰木監督は、まさにそんな関係にだったのではないでしょうか。


功績や見返りを意識しない「B型的純粋な意図」がイチローを飛躍させた

こうしてイチロー選手は、日本のプロ野球界において徐々に評価を高めていくことになります。たとえどんなに若くして才能や能力があったとしても、それが社会に評価されるよう適応させていくことができなければ、育つことも実になることもありません。多くのB型は、才能を持ちながら、ここでつまづくことがありそうです。

自分の力が相応に評価されない―。それをひがんで(あるいは諦めてか、シラケてか)、自分の楽しみのみに目を向けて過ごすB型たちは、数知れないはず…。

では、なぜイチローは、そのチャンスを手にすることが出来たのでしょうか。それは、ひとえに、イチローの、野球に対する純粋な想いだったのではないかと考えています。”野球に対する純粋な想い”と言ってしまうと、単なる"野球好き少年"とも受け取れますが、私はもう少し、彼の想いを、高みに上げて理解したいと思います。

イチローは、野球というプレーを通して、イチロー自身の全てをそこに投入し、表現し、体現しようとしたのでなかいか、と。

つまりイチローにとっての野球とは、ツールなのです。もし、野球以外の別のものに幼い頃触れていたら、その別のものが、「純粋な想いを体現するツール」になったかもしれません。イチローは、たまたま野球というツールを選択しました。自分自身を体現するツールが野球なら、そこに自分の意志や意図、自分のエッセンスを純粋に注ぎ込まなければなりません。周囲から、生意気だとか、変り者だとか、少々ケチをつけられたからといって、自分ではないものを作り上げたのでは、何の意味もなくなってしまうでしょう。イチローは、その核心のところを、絶対はずさずにいたに違いないのです。

B型のマイペースさ、自分の興味への純粋な意図は、それを可能にしてくれるはず。その、芯からぶれない純粋さは、必ずや共鳴、共振する人や出来事を、引き寄せていくだろうと思うのです。約束事の多い窮屈な社会において、そうしたことが少々苦手なイチローでしたが、彼の純粋さは、ひとつの壁を打ち破り、コーチや監督を味方にし、自分の土台作りに成功します。そして世界へ旅立つ切符を手にすることになるのでした。2000年の秋、マリナーズと契約を交わし、ここに日本人野手として、初のメジャーリーガーが誕生します。"日本人初めて物語"にB型がすこぶる多いことは、いろいろな場面で既に伝えてきましたね。

さて当時、私たち人間…特に日本人の性分からすると、どうしてもネガティブに傾きがちで、「大リーガーになれたことだけで充分で、活躍できるかとなるとどうかな」というムードが、大半を覆っていたのではないかと思います。私も、イチローがどんな選手でどんな人物かということについては、生前の師、能見俊賢から聞かされてやっと知った程度でしたが、野球好きでB型好き(?)の先生が、イチローのメジャー入りに大はしゃぎをしていたのを昨日のことのように思い出します。そして血液型人間学を通して人々を眺めてきた眼力で、世間の予測とは異なり、イチローが卓越したB型性を見せるであろう予感を、どこかで感じてもいたのでした。その後は、誰もがよく知るように、イチローは次々と記録を更新しながら、快進撃を続けていきました。

B型の「正直さ」が芯を歪ませない

B型の"不愛想"は、折に触れて伝えていますが、それがだいぶ彼らをソンな立場に追いやっていることは間違いありません。たかが、"愛想”ごとき、ではありますが。イチローも、そうした不愛想なB型たちの類にもれず、お世辞にもマスコミ受けが良かったとは言えませんでした。具体的にはこういうことで…。

スポーツ記者たちは、選手たちにいろいろな質問を投げかけるわけですが、そのほとんどは、ありきたりの、一般受けしやすそうな答えを期待しての質問なのです。そして選手としても、マスコミ対応はある意味ファンへのメッセージにもなるわけで、大概の選手は彼らの意図に合わせてあげて、中には非常に合わせるのが上手い人もいて、そうすると、「〇〇選手は礼儀正しくていいヤツ」なんてことになり、記事なんかもいい感じに書いてくれたりする、というカラクリなわけです。

ところがイチローは、いつだってカメラ向きの笑顔も、記者が期待する答えも、してはくれませんでした。彼は、本来のB型らしく、「正直な人」なのです。笑いたくないのに笑ったりしないし、本心ではないことを、口に出したりもできないのでしょう。そこには、無意味なことを期待する記者たちに対して、少々B型流のひねくれもあったかもしれませんし、B型的な照れ性もあったかもしれません。

ところが、その頃のイチローは、米国でその実力を確実に評価され始めていて、そこまで活躍するとは予測していなかった日本人記者たちは、やや困惑ぎみだったのです。そんな、イチローに対するメディアのジレンマが、見て取れるような時期でした。彼らは、イチロー選手を、どのように扱って良いか分からなかったのかもしれません。

そんなある日、私としてはとてもラッキーな場面に、個人的に遭遇しました。彼が大リーガーとなって活躍を始めた数年後のオフシーズンのことです。深夜の都内の小さなレストランで、偶然彼を見かけました。時間はすでに夜中の1時頃。客は私たちのグループ3人と、イチローのグループ4~5人、他に一組ぐらいしかいませんでした。
「お、イチローだよ」
私の前に座った友人が目ざとく気づき、私の背後の方の席にイチローが居ることを教えてくれました。振り返ってみたいのはやまやまでしたが、せっかくのオフ団らんの席を邪魔してはいけないのだと思い、私たちは素知らぬフリをして食事を楽しんでいたのでした。

ところがありがたいことに、しばらくするとイチローは、トイレに席を立ち、私たちの横を通り抜けました。
トイレに行ったということは、帰ってくるわけだから、ここをまた通るよね。失礼のないように、素顔を少しだけ拝ませていただこうかな…一言、「応援してますよ」と声をかけようかな…。私はイチローの後ろ姿を見ながら、ミーハーなことを思い…いや、でもやっぱり失礼だろうか…う~ん、知らん顔したフリして横目で見ようか…。

そんなわけの分からないことを考えているうちに、向こうからイチローが、さわやかに歩いてきました。それは、とても自然で、自分が今やスーパースターになりつつあるという、特殊なムードを醸し出すものなどを、微塵も感じさせない、気さくな雰囲気で。本当にフツウに、しかしその爽やかさは、もはやフツウとはいえないのかもしれませんが、とにかく私はイチローと目が合い…というか、むしろ彼の方から、通りすがる人同士が自然に目くばせして笑顔を見せるような、そんな感じでこちらを見て笑顔を向けたのでした。私は、イチローと目と目があったその瞬間、咄嗟にこんなメッセージを送りました。
「あなたは必ずやり遂げる。あなたを信じているよ」
もちろんこれは、言葉に発したわけではなく、心で思っただけですが。

このときは、テレビで観る、ちょっとニヒルというかクールというか、まあ端的に言えば"不愛想"な印象を与えるイチローの姿でもないし、野球をプレーするときの彼でもありませんでした。親しい友人や家族と和やかに団らんしている、素面の彼と会う(見る?)ことができたのは、私が今後のイチロー選手を見つめる中で、たいへんありがたいことで、このときの、さわやかなイチローの方が、真の彼を表現しているのだと確信しました。(テレビカメラというのは、何か真実を別のものに変換する作用があるのではないだろうか?)

ああ、こんな彼なら大丈夫、あなたは大丈夫。私は清々しい空気でも吸ったような、とても良い気分になりました。

話が横道にズレましたが…とにかく、イチローに見られるように、一見ブアイソひねくれに感じるB型ですが、本質はハートに正直な人たちだと言えるのです。だからこそ、イチローは世界に出ても、やり抜けるのではないかと期待をしたのです。そしてようやく、マスコミや日本人ファンたちも、イチローへの目線を彼と同じ高さに合わせることができるようになり、誰もが認める新たなヒーロー誕生となっていったのでした。

『無限記録』に挑戦するのがB型の興味を長続きさせるコツ

イチローが、日本プロ野球時代の8年、そして大リーガーとして19年、合計27年の長きにわたり活躍できた理由には、『記録の更新』という、これも実にB型的な要素が挙げられます。
B型が、何か一つのことに興味関心とその集中力を、現代の社会構造の中で持ち続けるためには、"記録に挑戦する"ということが何より有効なのです。

人間とは、そこに何か限界を作ったとき、終わりを見てしまいます。けれど、『記録』というものを用いることによって、"限界を作らないルール”を設定することが可能になったのだと思います。それは他の誰かや、何かと競争するのではなく、あくまでも無限の領域に挑戦するようなものとなります。カタチに収めうようという力が働く社会の中で、それとの不調和に苦心するのがB型ですが、目標を、社会や周囲ではなく、『記録』というものに設定したとき、まわりの雑音に惑わされることが少なくなり、自分のやるべきことに熱意を傾けることができるのではないでしょうか。

そもそも、"永遠"や"無限"という概念に心が向きやすいB型にとって、記録を更新していくのは楽しくもあったのではと思います。どうぞ調べてみて下さい。これまで、さまざまな分野で、数々の記録を打ち出した人々には、B型がとても多いのです。

B型特有の柔軟性は大きな武器

また、イチローの柔軟な身体作りは、B型の資質をフルに活かしたものでもあります。B型体質の柔軟性については、フィギュアスケート選手についての記事でも書きましたが、それは身体だけに限らず、心や脳の働き方にも通じるところがあります。B型の人々は、この、他の血液型にはない、B型ならなではの柔軟性を、自分の生活や仕事に、大いに活かすことが武器になるのです。これこそが、B型の、体質に根差した能力といえます。

イチローは、それがB型的な自分の特性であることを、知ってか知らずか、徹底的に研究し、練習にも取り入れたと思われます。ある時、オバマ元大統領に、「記録を更新して活躍する秘訣」について尋ねられた際、「柔軟な筋肉です」とイチローは答えたのだそうです。彼がしっかりと、そこに意識を向けていたことがわかります。もちろん彼は、"血液型"ではなく、"筋肉"について学んだのだと思いますが。

イチローがイチローらしく、イチローとしてステキなのは、血液型だけが理由でないのはあたりまえのことで、イチローに関する資料を探したり、本を読んだりすれば、イチローの姿が、もっと詳しくわかるでしょうし、おそらくこれからも、イチローを知りたがる人々のために、たくさん記述されていくことでしょう。

けれど血液型的に眺めれば、もうこれだけで充分なくらいに、その血液型的な功績と要素を見せてくれています。イチローは、B型の性質…たとえそれを本人が知らなくても、彼は自分の体質的特性を、見つけ出し、引き出し、鍛錬し、実現させた人です。そしてそれを可能にしたのは、自分らしさや自分の人生を、野球を通して実現させるのだと、覚悟を決め、それに純粋に向かったからに違いありません。

すべてのB型はイチローになれるはず

イチローの姿は、全ての人々が倣うことができます。それは、「自分と真摯に向き合い、己の特性をいかに引き出し訓練するか」ということであるし、加えて「出来る限りそれに対しての心と意図の、純度を高めること」でもあります。そして更に、世のB型たちに対しては、B型が"成功"(自分を実現させる)するための模範を、イチローが身をもって示してくれたのだと受け取ることができます。

私は取材や仕事で出会うB型たちによくこう言います。
「どのB型も、イチローのようになれるんですよ」
するとほとんどのB型は、驚きの表情を見せ、そして、「ほんとですか?」と、キラキラと瞳を輝やかせます。私は、世の多くのB型たちが、自分の力をどこか出し切れずに、モヤモヤとし、かといってやり方も分からず、仕方なく目の前にあるわずかな楽しみに埋没しているのだと感じています。イチローの話をしたときの彼らの目の輝きが、それを物語っているのです。

ここで、日本のプロ野球を少しでも知る人なら、忘れてはならないB型ヒーローについて触れておこうと思います。そう、あの、長嶋茂雄さんです。彼ももちろん、まるでB型を、そのまま絵にかいたような人物です。ところが長嶋茂雄の場合、誰もが模範にすることは出来そうにありません。「野球に対する"純粋さ"」という核心のエッセンスは、イチローと同じく、誰もが真似したいところですが、彼は、ただそれのみで突き進み、周囲を顧みるスキもなく、どんどんスターに押し上げられていってしまった人でした。

しかしそんな、時代の勢いに乗せられたにもかかわらず、長嶋茂雄は最初から最後までずっと"長嶋茂雄"を貫き通したのですから、それはまさしくB型でなければ不可能だったのですが、それを彼はは、無意識にやれてしまった人なのです。だから、誰にも真似できない、永遠のスーパースターなのでしょう。でもイチローは、長嶋さんとは少し違います。イチローの言動や取り組みは、そのどれもが、もっと意識的に行われているのです。つまり、だからどのB型も、意識的になりさえすれば、「イチローのようになれる」と、私は考えているのです。

とにかく、あなたのおかげで、B型性についてより多くを理解しました。その上、B型の大いなる可能性を見せてくれたことは、私にとっても多くのB型にとっても、実に深い意味のあることです。

ずいぶん前に何かの記事で読んだのですが、プロ野球選手として登録(申請?)するための手続きの中に、アンケートの記入があるそうで、そこには、「将来の夢は?」という質問があったのだとか。そこでイチロー選手は回答らんに何を書いたかというと、「森の管理人」だったのだそうです。将来のプロ野球選手へのアンケートなわけですから、普通に考えるなら「王さんのようなレジェンドになりたい」とか、「野球監督になりたい」とか、そんな回答が多くなりそうですよね。それなのに、突如として「森の管理人」って?(笑)

しかし私はこれを読んだとき、イチローが、ヒーローになることに憧れた野球少年ではなかったことを理解しました。彼は自分の挑戦すべき人生や自分の可能性に、野球という舞台を選択したのでしょう。それは夢というより、彼の成すべき役目、あるいは課題、あるいは使命であったのかもしれません。最後のファイナーレでも、記者会見でも、イチローは始終さわやかな笑顔だけで、涙は見せませんでした。それは"イチロー気質"であるのかもしれませんが、人が真に意識的に生き、真にやり抜くと、感慨にふけったりはしないものかもしれないなと、ふと思います。

そして、ほんとうの夢は、"森の管理人"なんですよね。あの日、地下室の小さなレストランで、私たちの横を森の中のそよ風のように通り抜けていったイチローを、今思い出します。
イチローさん、あらためて、ありがとう。


2019-01-06

From SERBIA to Blood Type with Love

ABO system of blood types and positions in soccer team 



ABO system of blood types and positions in soccer team (English Edition)

2018/10/31
Kindle本
著者/Slobodan Petrovski、 Chieko Ichikawa
Amazon kindleストアで購入→

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セルビアから血液型の本が出版されました。
著者のSlobodan Petrovski氏はスポーツトレーナーですが、この本はサッカーと血液型の関係について書いてあります。

昨年のある日、Slobodanさんからメールが届きました。
「サッカーと血液型について本を書いているので、ぜひアドバイスを下さい…」

セルビア、セルビア・・・えっと、はい、もちろん聞いたことはありますよ。
けれど最近まではコソボ紛争なんていう、少々物騒なニュースを耳にしたぐらいの記憶しかない私は、慌てて調べることに。

セルビアとは、かつてユーゴスラビアに属し現在はセルビア共和国。首都はベオグラード。
"ベオグラード"は、聞いたことがあります。その耳心地の良い、美しい響き…。
Wikipediaには、ベオグラードとは、ドナウ川沿いにあるヨーロッパ最古の都市のひとつであり、ヨーロッパ最大の前史文明発祥の地、と記述されています。

セルビアと聞いて、コソボ紛争しか思い浮かばなかったとは、何とも申し訳ない。失礼いたしました。しかしベオグラードと思い出せば、それはたしか若い頃、「一度は行ってみたい憧れの都市」のひとつでありました。


美しい都市ですね!(Wikimedia Commons)

それにしても、そんな遠い遠い国から、こんな嬉しいお知らせが届くとは思ってもいませんでした。これぞインターネット時代の賜物。誰もが地球の隅々までつながることが出来るんですね。
Slobodanさんは、血液型の話をお父上から聞いていたとのことですが、彼のお父様がどういう経緯で血液型に興味を持っていたのかは、まだ詳しくは伺っていません。
しかし、ABO血液型が発見されたのが1900年。日本の古川竹二氏が血液型と人間の関係に気づいたのが1920年頃。能見正比古が血液型に関心を持ち始めたのが1940年頃。
そもそも血液型の発見はオーストリアで起こったことですし、ヨーロッパ近辺の方が日本よりも早く情報が広がったに違いありません。すると、日本のように深い研究は為されなかったとしても、輸血だけに留まらず人間の重要な情報として関心を抱いた人は、あちこちにいたのかもしれません。

世界中のいろんなところで、気づいている人々の声が、この先も少しずつ大きくなっていくのだとしたら、何て素晴らしいことでしょう。
私はこうして、時々海の向こうから届く、「私も、あなた方の研究に賛同していますよ~!」というお知らせに、何度励まされてきたことか。(日本で励まされることが少ないのは、ちょっぴり悲しいことだけれどね…)

さて、この本。主にサッカーのポジションと血液型の関係について、データを示しながら書かれてあります。
世界のプロサッカーチームや国際試合をモデルにしていますが、やはり血液型のデータがしっかり揃っているのは日本選手たちだけ、というところがあり、日本チームについて多く触れている本にもなっています。
そんなことで、私が日本のデータや内容を少しだけお手伝いしたものだから、私の名前も著者として並べて下さったというわけです。しかしほとんどはSlobodan Petrovski氏の仕事です。

サッカーについては、私自身があまりに勉強不足でその内容まで言及することは出来ないのですが、ポジションとの関係は確かにあり、チーム編成において血液型を考慮することは重要だというのは、昨年のW杯などを観ながら確信しております。

そうそう、書くのを忘れていましたが、著者のSlobodanさんの血液型はB型です。
またしてもB型!
外国で血液型に対する行動を起こすのは、なぜかB型ばかりです。もちろん問い合わせやコンタクトは、どの血液型もそれぞれいらっしゃいます。ところが、本を書いて出すとか、翻訳したいとか、ゼミをやりたいとか、そういう実際の行動を起こすのは、今のところ、私に連絡して下さった方、全てがB型なのです。

2019年がスタートしましたが、今年も海の向こうから朗報が届く予感…。
血液型で世界人類がつながる夢を、これからもずっと見続けていきます。

せっかくなのでセルビアの血液型分布を紹介しようと思いましたが、私がデータ元にしているOxfordのBlood Group Distribution は調査が古いためユーゴスラビアとしてのデータしかありませんでした。

旧ユーゴスラビア(YUGOSLAVIA)の血液型分布
(*現在はスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアにそれぞれ独立している。)
O型37%/A型42%/B型14%/AB型7%

ヨーロッパ西側に比較すれば、東側に位置する国々はB型がだいぶ多くなります。旧ユーゴスラビアはスラブ系民族が多いといわれ、古くには遊牧民も多く流入しているとのことです。遊牧の民となればB型族を象徴するようなところもありますね。



2018-07-03

【2018 FIFA World Cup】決勝トーナメントの先に見えるもの

無念!ベルギーチームの迫力に抑え込まれた決勝トーナメント

日本時間、7月3日午前3時にキックオフ!
試合は後半、日本チームが立て続けに2点を先制します。
しかし、ベルギーチームがこのまま黙っているわけがありませんでした。その後は3点を返され、敗戦となってしまいました。
選手たち、どんなに悔しいことでしょう。しかしこの大会で、日本チームが確実に進化していることを、日本の人々に見せてくれたのは確かです。
日本選手たち、西野監督、ありがとうございました。そして心からお疲れ様です。

【2018 FIFA World Cup in Russia】観戦記録リンク
第一節 A型西野監督率いる"SAMURAI BLUE"
第二節 第2戦、血液型目線で選手を観察してみた
第三節 第3戦、親日国ポーランドの血液型分布は?


【試合結果】🏆ベルギー(3) × ジャパン(2) JFA,JP公式サイト参照
GK 川島 永嗣(O)
DF 昌子 源(AB)
DF 長友 佑都(O)
DF 酒井 宏樹(A)
DF 吉田 麻也(O)
MF 柴崎 岳(B)
MF 原口 元気(O)  48分1点
MF 香川 真司(A)
MF 乾 貴士(A)   52分1点
MF 長谷部 誠(O) 
FW 大迫 勇也(O)

柴崎(B)➡山口蛍(A)/原口(O)➡本田圭佑(AB)

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W杯を観戦しながら見えてきたのは日本全体の課題だった

試合後の西野監督のインタビューは、なかなか言葉が見つからない様子でした。そして、「何かまだ足りないのかな…」と、ポツンと言いました。

試合は、前回のポーランドとのゆるやかな流れとは打って変わって、スピードと勢いのある展開になりました。しかし日本が先制したことで、ベルギーの本気度は増大し、その後は誰のミスだとかそういうものではなく、迫力負けという感じだったという印象です。

選手たちのインタビューなどを聞いていると、日本チームのひとつの課題は、"受け身にならずに攻撃する"というようなところにあったらしいのですが、これについては観戦している私たち日本人の多くも、常に、少なからず思っていることかもしれません。
これはサッカーに限らないのです。「コンビネーションやチームプレイには優れているが、受け身と守りになりやすく、攻撃力に弱い」というのが、日本チームの常なる特徴となっているのです。

実際、私は4試合を映像で観戦しましたが、日本チームは、自分たちのペースで試合を作っていくというより、相手チームのリズムやペースに合わせながら試合を展開させているというのを強く感じました。周囲の空気を読むこと、相手に合わせて自分の出方を臨機応変に選択することが、日本人は非常に得意な人々なのです。

これを血液型的に分析した場合、この能力は、一見、A型的な要素なのだろうか?とも思うのですが、確かにA型は得意ではありますが、A的要素を持つAB型はもちろん、そしてO型も、それと同じような機能を持ち合わせています。なかでB型だけは、本来その要素をあまり持っていないはずなのですが、そのB型さえも、日本社会で成長する中で、B型なりの空気の読み方を会得してしまうので、集団行動をするときには、やはり同調する人々の中に埋没してしまう傾向にあるのです。

つまり日本人とは、その根源にあるものは未だ分からないのですが、とにかく、どの血液型も一丸となって、同調したり協調したりするのが非常に得意な、というか、ポジティブな言い方をすれば、世界の中で稀にみるほどそれに優れた人々なのです。これは、誇りにすべき日本人の特徴であり、決して失ってはいけないものです。しかしこうした勝負の場面では、それが足枷となり、大きな矛盾を抱えることになります。

ですから、「日本らしい試合とは何ですか?」と問われたら、「チーム力だ!」と答えたいところでしょうが、チームワークを保持しながら、尚且つ自らのリズムで試合を進めていくという本当の意味でのチーム力とは、かなり高度な、ある意味矛盾する要素を同時に扱わなければならないという難しさがあるのです。私は今回、こんなにも頑張って前へ進んでいる代表選手たちを見させてもらいながら、日本人全体が抱える、ひとつの大きな課題を確認したような気がしています。

サッカーでは、自分のプレーをすることを「パフォーマンスを見せる」という言い方をするようです。
それは自分の役割を熟知し、鍛錬し、演出するということであり、自分の個性をどう表現するかということでもあります。日本のサッカー選手たちは、世界へ出ていく中で、どうやらそれが不得意なことだと思い知らされ、そのことを強く意識してきたのだと思います。選手たちはそこのところを、日々一生懸命努力しているに違いありません。

しかしそれというのは、後から取り繕って身に付けられる性質ではないことを理解する必要があるのではないでしょうか。彼らがサッカー選手として成功するため,試合に勝つために、どんなに自分色を演出しようと頑張っても、日本社会が、日本人の集合的な意識が、そういうものを受け入れなければ、それは決して磨かれないのだということを、私たちは認識しなければなりません。

そもそも"個性(キャラクター)"というものに対しての理解が、日本社会にあまり根付いていないことは、最初の大きな問題です。ここでそれについて深く追求しませんが、簡単にいうと、個性を発揮するには自分のことを熟知しなければできません。そして自分の能力、自分らしさ、そういうものを自分自身が理解するようになっていくと、"自信"というものがごく自然と生まれてきます。自信があるないをよく言いますが、本当の自信というのは、信念や脳で植え付けるものではなく、自分の真実が分かってくれば、おのずと持ち合わせていくものなのです。するとその人は、揺るぎない、ブレない、その人なりのマンパワーを自然に発揮できるようになります。

西野監督の「何かがまだ足りいない…何だろう?」という問いに、私がもし答えるのだとしたら、こうしたマンパワーが、今一つ足りないのではなかろうか、と思った次第です。そしてこれは、サッカー選手だけに課せられた課題ではないはず。日本社会として日本人全体が、今後取り組まなければならない、大きなテーマではないだろうかと、今大会で選手たちに、まざまざと見せられたのだと、私は受け取りました。

とはいえ、2点を先制してからのベルギーチームの反撃の迫力は見ごたえがありました。
ふと思ったのは、後半10分の選手交代で、O型やB型のパワーを投入していたら、どうだったのかな?と、血液型考察的には、時間を戻して試してみたい衝動にかられます。BとOが抜けてAとABに交代したわけですから、チーム全体としては守りの態勢になってしまった感があります。もちろん血液型を知らないとできないことかもしれませんが、「こうなったらイチかバチかだ!」ぐらいの勢いでOとBの攻撃態勢を作れたとしたら、ひょっとするとひょっとする奇跡が起きたかもしれません…よね。しかし、そんな無謀なことをA型監督はあまりやりませんよね。O型の監督だったらやったかもしれないな…。などと、独り言をつぶやいておりました。

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【2018 FIFA World Cup in Russia】観戦記録
第一節 A型西野監督率いる"SAMURAI BLUE"
第二節 第2戦、血液型目線で選手を観察してみた
第三節 第3戦、親日国ポーランドの血液型分布は?


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