AB型の二面性

太宰治と遠藤周作という作家がいた。
2人ともAB型だった。

2人には面白い共通点がある。
2人とも、全く違うテイストの本を書いたのだ。

たとえば、太宰治は、「走れメロス」のように教科書に載るような優等生作品を書いていると思うと
「饗応夫人」や「人間失格」など、逸脱した人間の哀しさ可笑しさを、えぐるような作品もある。

遠藤周作も、歴史書や宗教的テーマの純文学を書いた人と思えば
「ユーモア小説」や「おバカさん」など、洒脱な作品も数々ある。

私もAB型なので、気持ちがよく分かる。
自分の中には、常に両方の感性があり、どちらか片方では、どうにも表現しきれないのだ。
エッセイなどを書いている時も、一つのテーマに対して、考えが四方八方から沸いてきて
おっと、待てよ、これだと私の考えはどちらなのか分からなくなるじゃないかと、修正を余儀なくされる。
何とか一つの、一本筋の通った話にしなければと、考えあぐねることが多いのだ。

もちろん、太宰治氏や遠藤周作氏は、優れた作家なので私のような幼稚なことにはならないだろうが、作品を書きながら、どうしても自分の中にあるもう一つの感性を表現したいという衝動にかられたのではないだろうか。

とにかくAB型は、何につけ、バランスを取りたくなるなるのだ。
それでやっと、自分らしくなり、安心する。
やはりそこが、他の血液型から見たら分かりにくいところかもしれない。