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2022-03-07

全ゲノム解析が古代史の謎を解く~『交雑する人類より』



古代DNA解析で何が解ったのか?


この数年、日本人のゲノム解析に関する新情報をよく耳にするようになりました。このブログでも何度か取り上げたことがありますが、閲覧数が割と多いのをみると、関心のある人もそれなりにいらっしゃるのだと思います。 ヨーロッパ各地では、既に2012年あたりから古代史大ブームが到来しているそうで、こうした最新研究の報告もまた、それを後押ししてきたのかもしれません。

ただ実際のところ、わたし自身も断片的な情報しか知らず、全体像を把握していませんでした。そうかといって膨大にある論文を読みこなすなど、ハナから諦めていたわけで、結局、後回しにしていたのです。そんな矢先、不精者のわたしには打ってつけの書籍が出ていたことを知りました。

手にした本は、この分野では最先端の研究として評価されているという、デイヴィッド・ライク(David Reich)教授の書籍、『交雑する人類』(2018年/NHK出版)。専門知識がないと理解しにくい研究を、こうして一般書で著してくれるのは大へんありがたいことです。また、論文には決して書かれないような、研究の背景を垣間見ることができるのも魅力です。

そういうわけで、最近のゲノム解析が、人類の古代史の謎をどこまで解明できたのか、ライク教授の著書を参考に紹介してみようと思います。またライク教授は、今後、新事実が解ってくれば、ここにある説も書き換えなくてはならないだろうと言います。「常に柔軟に、新しい事実を受け入れなければならない」という、ライク教授の研究姿勢にも共感できます。

(※書籍は2018年発行のため、2022年の現在では既に書き換えられていたり、新しい事実が加わっていると思われます。全ての最新情報をフォローできないことをご承知願います。また、なるべく難しい言い回しを避けたいため、引用以外ではわたしの言葉で噛み砕いて表現していますので、正しく理解するには本書を読まれることをお勧めします。)

アフリカで誕生したアダムとイヴの真実


「人類(現生人類)誕生にはひとりの”イブ”がいた」(ミトコンドリア・イヴ)というニュースが世界中を巡ったのは、1987年のこと。それは天地創造の物語りを人々に思い起こさせるものであり、瞬く間に人々に伝わったのですが、一方で誤解を生んでしまったともいいます。それというのは、母系をたどれるのがミトコンドリアDNAなら、父系をたどれるのはY染色体ですが、これらをたどりさえすれば、ひとりのアダムとひとりのイヴに繋がるという、誤った印象を与えてしまったからだというのです。

実際にはそのような単純なものではなく、そのアダムとイヴにしても、子孫を上手く残せなければどこかで途切れてしまうのであり、こうした発表は、運よく繋がりを保ったアダムとイヴを発見できたということになります。とはいえ、その運の良い、最も古いミトコンドリアDNAとY染色体は、いずれもアフリカで多く発見されていることから、現生人類のアダムとイヴは、アフリカで誕生した(アフリカ起源説)と考えられているのです。

その後、2001年にヒトゲノムの塩基配列が決定されます。するとゲノム解析装置が開発され、その性能は徐々に高まり、今ではゲノム全体の配列比較が可能になったことで、それまでミトコンドリアDNAとY染色体だけで語られてきた人類史研究に、新たな革命をもたらしました。

最新の解析技術を駆使した、全ゲノム解析を試みるライク教授ら研究チームの視点で見るなら、古代から受け継がれてきた全ゲノムとは、さまざまな先祖DNAのモザイクのようなものであり、いくつもの組み替えを生じさせながら伝えられてきたものあり、たった”ひとりのアダムとイヴ”を印象付けるのは、少々乱暴すぎるだろうということなのです。

現在、人類のゲノム解読については世界中のさまざまな研究チームが取り組でいます。そしてそれぞれの目的、それぞれの異なる視点や見解で解析がなされていますが、ライク教授らのチームは、”古代DNA”という大きな括りの中で、そうした異なる見解や局所的な発見を取り込みながら、必要に応じて協働し、世界中を網羅するネットワークを構築しようとしています。現在の地球上に散らばる多様な人類の過去を、解き明かしていこうとする、壮大なプロジェクトが始まっていると言えるでしょう。


現生人類の進化はいかにして起ったのか?


学者だけでなく、私たちの人類研究に対するもうひとつの問いは、「人類が他の動物とは異なる独特の存在になったのは何故か?」「人類の進化はどのように起きたのか?」というものでしょう。

当初、遺伝学者たちは、ある遺伝子に一つの変異が起こり、その頻度が増加することで飛躍的進化を促すのではないか、という説を唱えました。(遺伝子スイッチ説)そういう特別な遺伝子として注目されたのはスバンテ・ペーボ博士の報告した「FOXP2遺伝子」で、これは発話や言語に関わる遺伝子とされています。2010年、スバンテン・ペーボ氏は、ネアンデルタール人の全ゲノム配列を解読し、現代人と変異の異なる10万か所をリストにあげました。

しかしライク教授が古代DNA解析を進める中で得たことは、FOXP2遺伝子のような数個の遺伝子が変異しただけで進化が促進したのではないというものです。それにはもっと多くの変異した遺伝子が関わっており、それらが外部からの圧力によって自然選択され、一斉に増加した可能性があると言います。そしてまた、そのせいでライフスタイルのさらなる変化が起こるという、自己促進サイクルによるものではないかとしています。

事実、今の段階では、ゲノム革命によってヒトの生物学的特性を説明するには、あまりに複雑すぎるというのです。
わたしたちはまだそれが何なのかを突き止める入り口にたったばかりだ。ゲノムを読むことに関して、わたしたちには幼稚園児なみの能力しかないからだ。一つひとつの言葉の意味はわかる。つまりDNAの文字の連なりがどのようにしてタンパク質に翻訳されるかは知っている。だが、まだ構文解析はできない。

ライク教授は、今のところ最も成功を収めているのは、ヒトの移住を明らかにする分野であるとし、そこから見える物語というのは、多様な集団の大規模な混じり合いという驚きの物語りであり、今日の人類の集団間にある差異とは、まったく違うものだと言います。


アフリカ単一起源説は真実か?~ネアンデルタール人との交配


人類の祖先とされるホモ・エレクトゥスなどの類人猿から分岐したのち、現生人類はさらにネアンデルタール人と分岐したとされていますが、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが現代人とは遠く隔たりがあるせいで、この両者は交流しなかったと考えられてきました。しかし、ペーボ博士の研究に参加したライク教授は、ネアンデルタール人と現生人類が交配した証拠が、ゲノムの至る所、そして至る地域にあることを突き止めました。

そうなると、現生人類の進化や拡散は、そう単純なものではないかもしれないと予測されます。現生人類が出アフリカであることには違いないとしても、ネアンデルタール人と現生人類の間には密接な交流があった可能性があり、その交雑集団の一部は生き残り、今日の多くの人々の祖先となっているのです。

ネアンデルタール人は、彼らが生息していたユーラシアを覆った氷河期の影響に加え、ゲノムの多様性が少なかったことで、次第に自然選択されながら絶滅することになりますが、現生人類に、ユーラシアの環境に適応するための遺伝子を伝えるという遺産も残していったようです。

そして、「ネアンデルタール人が唯一現生人類と交配した旧人類なのか?」という新たな展望が見えてきます。研究チームは、世界各地で発見されている古代の骨についても、同様の解析を精力的に行っていきました。すると、デニソワ人などの幾種かの旧人類と、未知の旧人類と、さらには既に痕跡は無いものの、想定せざるを得ないゴーストの集団が、各地に存在していたであろうことが見えてきました。

生物の系統樹を作る場合、普通は枝分かれした樹木の枝が再び一緒になることがないのと同じで、種と種の交雑はめったに起こらないことを前提にしているのですが、ヒトの集団に関しては、それが誤りの元になるといいます。ヒトの集団では、極めて多様な集団が、分れては融合し、大規模な混じり合いを繰り返し起こしていることを、ゲノムが教えてくれるているです。

ライク教授らの解析によると、各地域に出現する旧人類のそれは、あらゆる地域に及んでいて、もはや系統立てて説明するのは困難に思えるほどです。以下に古代の現生人類交雑の概略を簡単な図に表しました。現生人類、つまりわたしたちの直系となる古代祖先たちは、各地域の環境に適応していた旧人類たちとの交雑によって、遺伝子の自然選択を行いながら現在に至っている、ということになります。



【現生人類がいた時代の分岐と時系列】

 ┃700-500万年前
 ┣┯┯┯┯※チンパンジーと分岐
 ┃
 ┃320万年前
 ┣┯※アウストラロピテクスの化石
 ┃
 ┃180万年前
 ┣┯※ホモ属の出アフリカ(ホモ・エレクトゥスなど)
 ┃
 ┃  ┏┯●デニソワ人
 ┃  ┣┯●その他の旧人類
 ┣┯┯┻┳┯●ネアンデルタール人
 ┃   ┃
 ┃77万~55万年前(推定される分岐)
 ┃   ┗┯●現生人類(ホモ・サピエンス)
 ┃
 ┃30万~25万年前
 ┣※1~22番染色体の全てを現代人と共有する最新の共通先祖がいたと推定。
 ┃
 ┣┯┯┯┯┯┯┯●西アフリカ人・サン族
 ┃
 ┃16万年前
 ┣※ミトコンドリアDNAによる最新の共通先祖がいたと推定。
 ┃
 ┣┯┯┯┯┯┯┯┯┯●東アフリカ人
 ┃
 ┣┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯●西ユーラシア人
 ┃
 ┃7万~5万年前
 ┣※現生人類が再び出アフリカ
 ┣┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯●東アジア人
 ┃
 ┃
 は古代人
 ●は現代人の最新の共通先祖


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分かり易い図にまとめたいと試みましたが、どうやら複雑すぎて難しいようです。また、この研究は引き続き調査中ですので、いずれも推定ということになるのでしょう。また、これらの見解については、一部議論が続いているものもあるようです。

現在のところ、この研究がヨーロッパを中心に行われ始めたため、ヨーロッパ地域については多くのことが分っているといいます。たとえば、ネアンデルタール人との交雑についていうなら、ユーラシア地域が生息地だったネアンデルタール人のDNA痕跡を、ヨーロッパ人が多く持っていてもいいはずなのに、アジア地域に比べて少ないといいます。その理由は、ヨーロッパ人が、他の旧人類も含めてより多くの交雑が行われてきたからであろうと推測しています。

アジア地域については、今後たくさんのことが分ってくるだろうとのことです。ここに紹介したのは本書の前半ぐらいまでの内容です。後半では各地域についての交雑や人の流れが、より詳しく書かれています。現生人類が最後の出アフリカを果たしたとされる5万年前以降は、各地の試料も多く集まっているようで、それらを整理するのに時間が必要で発表の方が追いつかないとのことです。

古代の人類の進化には、多くの種が関わっていたということが明らかになったことで、わたしの頭も幾分スッキリしました。ライク教授のいうように、トピック的な情報しか取らない人や、わたしのようなウッカリ者は、「最後の純粋な現生人類だけが生き残り進化した」という印象を持ってしまうのです。しかし、現代人の多様さは全てが自然選択の結果だ、とすると違和感が拭えないのです。そこのピースがピッタリはまったことは大きな進展だと思います。

いずれにしても、およそ1万数千年前頃までが現生人類がいた時代となり、それ以降が、現代人に直接つながっていく歴史となっていると考えられます。わたし自身は、自分の研究であるABO血液型の観点から古代史について理解しておきたいわけですが、おそらくABO血液型が、今のような形での生物学的行動に関わる深いつながりを持ち始めたのも、その頃からではないかと考えています。もちろんABO遺伝子は、もっとずっと以前から、自然進化の中で既に存在していたのですが、人間の行動に影響を及ぼすような機能を発揮し始めたのは、現代人としての意識がめばえ始めた1万年ぐらい前からではないだろうかと、今のところ予測しているのです。


このつづきは、本書の後半を紹介するとともに、ABO血液型についてもあわせて考えていきたいと思っています。(期日は未定ですが…。)



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(関連記事)


2017-07-20

【科学ニュース】日本人のゲノムを解析したらどこにもない日本人特有の特徴が見 つかった!

日本の特異性とはいったい何を示すのか?


「日本の特異性について最近よく考えるのです」ということを、過去の記事でも書きましたが、歴史も地理もひどく苦手なわたしは、生まれた国でありながら日本についてはむしろ、無知無学と言ってもいいくらいです。しかし「血液型人間学」ということに関わったおかげで、”日本の人々”については考えさせられる機会がしばしばあります。

ただし、わたしが日本について考える動機というのは、他と少々異なっているかもしれません。

・なぜ日本で血液型の研究が早くから始まったのだろう?
・なぜ日本中にこんなに血液型が浸透したのだろう?
・日本の血液型分布(4:3:2:1)が特別なのには意味があるのだろうか?
・日本の人々は血液型の事実を受け入れてながら認めないのはなぜだろう?
・・・etc
という具合に、血液型がらみになるからです。

この研究は、新種の分野ということもあり、またそれを、能見正比古が”フィールドワーキング”という考えで大衆に広めた、というのがあり、実にさまざまな扱いが為されてきました。もちろん個々には、とても心温まる扱われ方もあるのですが、まあ日本社会全体...という観点からは、「ひどい扱われ方だなあ…」というのが多いのです。しかも困ったことに、「こんなもの要らない!」と相手にされないなら、それはそれで仕方ないですが、それでいて、興味シンシンのところがあり、あちこちから変な茶々が入ったりするので、何だかんだ、厄介なのです。それで、その度に、つくづく思うわけです。

「日本の人たちは、いったい、どうしたいんだろう?」

それにわたしは、海外でもこの研究を伝えていますので、日本と他国での、反応の違いというか、受入方の違いのようなものも、肌で感じたりもしてきました。あるいは、ことさら意識したくなくても、国内外の取材人らに「日本人はなぜ血液型が好きなんですか」と、度々聞かれたりするので、結局考えざるを得なくなるのです。

そんな背景があった上に、最近の世界の変わりようの中で、相変わらず、ノホホンとしている日本の人々を眺めながら、わたしのレーダーがやけに”日本人”に向いていたわけです。そこへもってきて、興味深いニュースが飛び込んできたので、「おや?」と思ったので、記録しておこうと思います。

日本人のゲノムは西洋はもちろん他のアジアとも異なる!?

東北大学らが、日本人およそ3500人の全遺伝子情報を解析したそうで、すると、世界中の何処とも異なる日本人だけの特異性があるらしいと分かったと言うのです。

東北大学がプレスリリースに概要を掲載しています。
日本人 3,554 人分の全ゲノムリファレンスパネルを作成 

ここでまず興味深いのは、他国と異なると言っても、西洋の人たちのことなら当然とも思うのですが、アジアの国ともだいぶ異なるという点なのです。

(プレスリリースから一部画像をお借りしました)
ベージュ色の集まりが今回のデータで、東アジアのそれと座標上で比較しています。
明らかに、異なるフィールドにいるという感じです。

アジアと言っても主に中国ですが、お隣の国ですから、もう少し近くてもよさそうなものです。これを聞いて、驚いた人もいるかもしれませんが、私のように、「ほら、やっぱりね!」と思った人も案外いるかもしれません。

以前、日本人は”記憶喪失に陥っているのかもしれない”ということを書いたのですが、今読み返すとかなり意味不明な文章で、読んでもらうには申し訳ないー。ここで要約すれば、「世の中があまりに違う形に変形していく中で、”日本魂”は封じ込められたのかもしれない」ということを書きたかったものなのです。

ですので、「ああ、やっぱり!」と、こうしたニュースを聞いて記憶を取り戻しかけていく日本人もいるかしらと、ちょっと期待しているのです。

また、それとは別に、日本の中でも多少の地域性が示されています。西日本、中部、東日本というふうに、きれな集合域を織りなすのが見て取れます。

そして、この日本地図の色分けが「あれ、確かどこかで見たことあるよ」というものだったので、下にここに並べてみることにします。
どこかで見たことあるというそれは、日本の血液型分布です。西日本、中部、東北という3つの区域で、ある程度はっきりした偏りを示しています。偏りと言っても数値的には数パーセントの事なのですが、それでも地域性といえるものとして、血液型学や民族学などの分野でしばしば取り上げられてきました。

この二つの図表は、妙に重なる感じがします。そしてこの集合域を最初の図表と重ねると、東北に行くほど他のアジアの人々から遠ざかるということになります。

それから、これに関連して、2年ほど前に縄文人のDNA解析が行われたというニュースも思い出しました。こちらにそのチームによる説明記事があります。(生命誌ジャーナル)

ここで、今回のニュースとは少し方向性がずれるかもしれないのですが、わたしの思うところを加えると、この縄文人のDNAというのは、福島の古墳から採取したものです。今回のDNA解析も東北大中心の研究だったせいもあり、東北人のサンプルが多いようです。つまり、「縄文人の特異なDNA」と、「東北へ進むにつれB型が多くなる」のと、今回の「他の国々とは異なる日本人のDNAの発見」という3つの事実は、微妙に関連性があるかもしれないというものです。

もちろん、これが何を意味するのか?というのは、まだよく分かりません。日本の歴史の縄文時代というのは、非常に謎に包まれています。縄文期から弥生期に変容した経緯も、未だによく分かりません。弥生人系の人々は朝鮮半島経由で大陸から渡ってきたと言われてきましたが、その辺りのことも不明な点が多くあります。(←最近のある見解では、弥生人系と縄文人系を明確に分ける証拠は、実はないのだとも言われていますが。)

それでは日本にもともと居たとされる縄文人はどこから来たのでしょう?どうやって発生したの?(←へんな表現ではありますが)縄文人のDNAは、南アメリカのインディアンとやや近いということも興味深いことです…やはり大昔には大陸があったのかも?…なんて。(そうです、アトランティスと並んで噂される幻の大陸、”ムー大陸”のことです。)

パズルのピースは、まだ揃っておりません。埋められないピースが多いのです。