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2022-06-26

【考察】神道『四魂』とABO血液型を重ねて神話のミステリーに迫る!?


ABO視点で深読みしたくなる神道の教え

神道を知る人なら、『一霊四魂』というのを聞いたことがあるでしょう。

わたしは神道に通じているわけでもなく、何年か前に本で知ったばかりなので、理解があまりに表面的で、記事にするのはためらっていたのですが、たまにこの言葉を見かけると、やはり気になる。そんなわけで、忘備録としてまとめておこうと思いました。


『一霊四魂』とは、端的にいえば字のごとく、「人には一つの霊と四つの魂がある」というもので、一つの霊とは図の円にある「直霊」という天と真っすぐつながる御霊。それは四つの魂を携えており、それらをバランスよく磨くことでよき人格を形成し、大義を成せるという教えです。江戸時代の国学者、本田親徳(ほんだちかあつ)が、提唱したといわれています。


そもそも、日本古来から伝わる概念に、相似四相というのがあります。この世のさまざまなことは四つの相で成り立っていて、四相で解釈することが重要だとして、代表的なのは東西南北、右左上下、などです。その考えのもとに、神道でいう四魂も生まれたのではないかと想像します。


ネットで四魂と検索すると、上記の画像に似たものがたくさんでてきます。それぞれ、魂についての解釈やその活用法などに多少の違いがあるようで、コレという定められた完成形があるわけではないようです。というのも、四魂の由来は、古事記や日本書紀に書かれている神々の物語りを読み解いて構築したものなので、基本概念以外は、様々な解釈ができるということなのでしょう。

各魂の基本的なところは次のようになります。

荒魂(あらみたま)
荒魂「アラミタマ」という神様の名前。
行動力、達成する力、努力、奮起、克服する力、など。
「勇」という文字で表すことができる。

和魂(にぎみたま)
和魂「ミギミタマ」という神様の名前。
調和、平和、安定、統治する力、など。
「親」という文字で表すことができる。

幸魂(さちみたま)
幸魂「サチミタマ」という神様の名前。
育成、進化、相互理解、受容、など。
「愛」という文字で表すことができる。

奇魂(くしみたま)
奇魂「クシミタマ」という神様の名前。
探究、観察、真理、叡智、など。
「智」という文字で表すことができる。


それで、なぜここに血液型を関連づけたいかといえば、まずはABO血液型も、相似四相に違いないからです。そしてまた、四つの魂の特徴が、ピッタリ同じとはいわないまでも、どこか各血液型の気質に重なるところがあるからです。

各タイプの基本気質を以下に示します。

O型の基本気質
生命力(バイタリティ)がある。目的達成力がある。理想を掲げ、目的を達成するための努力は惜しまない。

A型の基本気質
調和を大事に考え協調性がある。安定を好み守りに強い。秩序を重視し、組織力が高い。

B型基本気質
興味を持ったことに対する探究心が非常に強い。物事や事象の観察力に長けている。科学的客観性を重視する。

AB型基本気質
平和主義。物事の公平性を重視する。バランス感覚に優れ、相互理解、調和をはかることに長ける。

これを四魂に重ねてみると、O型は「荒魂」、A型は「和魂」、B型は「奇魂」、AB型は「幸魂」と、おおよそ合致させることができるのです。

また、ABO血液型の場合、各タイプによって、その役割が分担されていることになりますが、しかしだからといって、他のタイプの特性を持ち合わせていないというわけではありません。どの血液型の人も、上記にあげたすべての特性を内在させており、表出させることはできるのであって、ただその度合い、他と比較して抜きんでて目立つところを、4タイプの特徴として分類しているのです。

一方の「四魂」の考えで説明すると、一人の中には、そもそもこの四つの魂の特性があるが、そのどれを強く発揮するかによって、その人の全体的な性格を見ることができるというものです。

なんだか結局、観方が異なるだけで、同じことを言っているように思います。四魂の方は、それを「御霊」「魂」、あるいは「神」と捉えて語り、ABO血液型は、それを「遺伝子」「糖鎖物質」と、サイエンス的に捉えて語っているのです。


それってABO血液型の発生のこと?

この、不思議な関連性をみると、ついつい深追いしたくなるのは人情かもしれません。ではそもそも、その四魂を表す”神”が、どこからやってきたものなのか、古代文書の解説から、わたしなりに読み解いてみようと思います。

その由来は、日本国を創ったとされている「大国主命(オオクニヌシノミコト)」が始まりといいます。

大国主命は最初、天の主から、少彦名命(すくなひこなのみこと)の二人で、地上建設を命じられました。2人は、国づくりの仕事に励みます。この2神が、「荒魂」と「和魂」だと考えられます。ところが途中、少彦名命がお亡くなりになり、「黄泉の国」へ帰ってしまいます。大国主命が落胆していると、光の玉が現れて、「幸魂」と「奇魂」を与えられます。その2つの魂の光は、大国主命の中に入ったと記述されています。

これをABO血液型に当てはめてみると、「最初に「荒魂」(O型)と「和魂」(A型)がありましたとさ。そして「奇魂」(B型)と「幸魂」(AB型)が生まれましたとさ」となります。

面白いことに、血液型の発生順序にもうまく合致しています。ABO血液型も、最初はO型、A型です。O型が先かA型が先か、という点については多少の論争があり、いまだに遺伝子学的には判明していません。(わたしの考えでは、その性質、あるいは世界の血液型分布などからみて、O型が先であったと予測していますが。)次に発生したのはB型です。そしてB型があって、はじめてA型とB型の交流によりAB型が生まれることになります。

「一霊四魂」の考え方とは、まず生きるに必要なのが「荒魂」であり、それとともに「和魂」という和の精神が大事であり、次には「奇魂」によって探究し智を磨くことが必要であるとし、最後はそれら相互理解によって統合させるべく、「幸魂」によって愛をもたらすべきである、というものです。

この概念もまた、ABO血液型に通じるところが大いにあるわけです。血液型人間学の視点でいうなら、各血液型は社会や人類が成熟する過程において、それぞれに重要な役割があるのです。

お断りしておくと、ABO血液型物質それ自体は、地球上に生物が発生したずいぶん初期の段階から、動植物に既に存在していたと考えられています。しかしその遺伝物質が、人間の体内にも入り込み、そしてそれが、人間の体質や気質に影響を及ぼすような現在の形に進化したのは、ずいぶん後になってのことだと予測します。すると、日本神話にある神代の時代、つまり数十万年~数万年前が、「人間におけるABO血液型の発生」と見ることもできるわけです。

ここで考えたいのは、古事記や日本書紀に書かれている日本の神話というのは、単なる神々の物語りではなく、そこには地球創生、人類誕生、あるいは物理法則の真実が、随所に盛り込まれている可能性があるということです。

また、こうした古代文献には、さまざまな神が登場しますが、その”〇〇神”というのは、”ひとりの神”ではなく、言ってみれば、役職名のようなものである、と指摘する研究者もいます。たとえば「大国主命」という役職があり、それを仰せつかった存在が、世代交代しながら数名ないし数十名いたのでは?ということです。日本の各地に、似たような名で、似たような活躍をした神々がたくさん散らばっているのも、そう考えるなら納得できます。

そうだと仮定すると、「四魂」とは、一つの霊に与えられた四つの魂というより、4種類の特性を持った神々(人々)が、この世界創造を完成させるため、必要に応じて、順次現れたと考えることもできます。それが、ABO血液型遺伝子物質のことであったとしたら、それは非常に興味深いわけです。

ついでに加えると、なぜ当初、少彦名命は黄泉の国へ帰ってしまった(死んでしまった)のか、ちょっと気になります。その理由が書かれていないので何ともいえませんが、つくり話なら、ここで突然、少彦彦名命を死なせてしまうのは、かえって話を不自然にしてしまうだけなので、やはり何らかの事実を示しているのだろうと思われます。

それをABO血液型に関連付けるのは、少々深読みしすぎかもしれませんが、ABO血液型には、遺伝子学者も説明できないなぞがあるのです。それはO型の塩基配列ですが、O型の塩基配列は、あるところで突然フレームシフトを起こしている箇所があり、それによって、その先が不活性となり、よってO型は、H型という、全血液型の土台の部分しか活性していない形になっています。

O型遺伝子に、いったい何が起こったのか?もともとは活性していたかもしれないその部分を、何かの理由で、その活性を失わせなければならなくなったのだろうか?しかも、その失われた部分というのは、A型の塩基配列に非常によく似ているというのも、興味深いところです。しかしそれらは、いまだになぞのままです。このO型遺伝子のなぞの部分が、少彦名命の突然の死と関係あるのでは?と想像してしまうのは、だいぶ飛躍しすぎかもしれませんが…。


以上が、わたしの妄想からはじまった、日本神話とABO血液型のミステリーでありました!最後までお読みくださったあなたに、感謝を申し上げます。



2022-03-13

ゲノム解析はABO血液型の真実に迫れるか?~『交雑する人類』より(Part2)


ABO血液型の地域差はなぜ起こったのか?


デイヴィット・ライク氏の著書、「交雑する人類」を紹介した記事の続きです。前回の記事では、5万年前までの超古代についてゲノム解析で分かったことを、書籍の前半を読みながらまとめました。

180万年前に「出アフリカ」をしたホモ・エレクトスや同類の旧人類たちは、地球全土に散らばっていき、そして各地で各々進化した形跡があり、そして5万年前、再度「出アフリカ」をしたホモ・サピエンス(現生人類)たち。更にはアフリカとユーラシアを行きつ戻りつしながら、各地の古代人たちと複雑に交雑し、現代人へと進化してきたらしいというものでした。

書籍の後半では、世界各地における人類の移動の形跡を追いながら、現代人へつながる進化の道のりを探る試みが紹介されています。しかしこの、世界中を網羅する壮大なプロジェクトは、始まったばかりです。新しい事実が発見されれば、次々と内容が塗り替えられていくでしょうともいっています。

ここでのわたしの関心は、「では、ABO血液型は、どのような経緯で現在のような構成に至ったのだろうか?」ということです。以下からは、わたしの考察になります。

ABO血液型の比率は、世界の各地域によってずいぶん異なります。



分かり易くするために色分けしていますが、もちろん実際はこれほど明確なわけではありません。とはいえ、南半球にO型が多く、ヨーロッパと北米にA型が多く、東アジア全域と東南アジアにB型が多い、というふうに明らかな地域差があることは確かです。

それには、ウィルスや細菌による自然選択があっただろうというのが、原因のひとつとして考えられます。しかし、古代人の移動経路からも何か分からないだろうか?と思います。

以下は『人類は交雑する』で述べられている主要な移動ルートをひとつの地図にまとめたものです。



ABO血液型発生のシナリオ


予測できる範囲では、②の出アフリカ、そして③、④までのルートを見ると、その時点ではO型とA型だけだった可能性もあります。(ヨーロッパとオーストラリア、アメリカ大陸にはB型が非常に少ないため。)

いちばんの問いは、「B型が、どの時点で、どの地域で発生したのだろうか?」ということですが、最初は単純に、B型率の非常に多いインドやモンゴルなどが発生場所ではないかと考えていました。ところが、アフリカの、特に西アフリカの地域では、B型が結構多く見られます。アフリカ以外でB型が発生したとすれば、逆ルートでアフリカに流れていったことになります。果たしてそういうことはあるのだろうか?一旦出たものたちがまた戻るだろうか?と、そこで思考が停止していました。

ところが『交雑する人類』によれば、ユーラシアとアフリカを、古代人は何度か出たり入ったりしている可能性があるというのです。ならば、B型が、アフリカ外で発生した可能性もあるということになります。

実際、その方が説明しやすいのは、もし「全てはアフリカから始まった」としてしまうと、「なぜB型は、ヨーロッパとオーストラリアへ向かわなかったのだろうか?」という問いに上手く答えられないのです。ただし、この何万~何十万年という長い年月の間に、いったいどんな天変地異が起こったのか、あるいは絶滅に瀕するようなどんな疫病が流行ったのか、その間の空白が多すぎて、確かなことは何も言えません。とはいえ、ここで一旦整理してみます。

とりあえず、O型とA型はチンパンジーにも存在していて、現生人類はチンパンジーと共通祖先を持つとされていることを考えるなら、A型とO型は、初期の古代人も既に持っていたと考えられます。その後のシナリオとして考えられるのは以下のようなものでしょうか。

①最初にO型が、続いてA型が、古代アフリカに存在し、出アフリカからヨーロッパへ、オーストラリアへと散らばっていった。(時期は不明だが)ある時点で、インド、モンゴル、中近東のあたりでB型が発生した。そこで交雑が起こり、一部の古代人はアフリカへ帰還した。その際、西アフリカを中心にB型が広がっていった。また、最初のアメリカ人のルートは、ユーラシア人から分岐した古代人(2万年前ぐらい)であったが、そのときB型は、まだ存在しなかった可能性がある。

②最初にO型が、続いてA型が、古代アフリカに存在し、出アフリカからヨーロッパへ、オーストラリアへと散らばっていった。それからしばらくした後、やはりアフリカ(西アフリカ)でB型が発生した。そして再び出アフリカをしたが、その群れはユーラシアと東アジアルートへ進んだ。(ヨーロッパとオーストラリア、アメリカへは行かなかった。)※西アフリカ周辺のB型率はやや高く、西アフリカはB型の多いゴリラの生息地でもあります。あるいはゴリラとの共通祖先がB型を持っていて、現生人類とは別種の旧人類として進化していた可能性も考えられます。


話を書籍に戻すと、他にもいくつか興味深いことが、ゲノム解析によって分かったといいます。たとえば、上記の移動ルートを考えると、南米とユーラシアの間の方が共通性が高いはずの遺伝子が、なぜかオーストラリアとの方が共通性が高くなっているものがあるというのです。つまり、オーストラリアと南米を行き来するルートが存在したかもしれないというのです。するとこんなシナリオも考えられます。

→最初の出アフリカではO型を獲得している旧人類のみが全世界へ散らばった。(ユーラシア、ヨーロッパ、オーストラリア、東アジア、南アメリカ/オーストラリア経由)
→次の出アフリカで、A型を獲得している存在が加わり、ユーラシア、ヨーロッパ、オーストラリア、東アジア、北アメリカ/東アジア経由)※オーストラリア経由は何らかの状況変化で利用できなくなっていた。
→更に時間をおいて次の出アフリカで、B型を獲得した旧人類がユーラシア、東アジアへ向かった。


1万年前~5000年前ぐらいになると、各地域に散らばった人類祖先たちは、それぞれの場所に定住するようになり、古代文明の開化となっていきます。ABO血液型もそのあたりまでは、もっぱら病原菌や食物に対する免疫作用が主な働きだったのかもしれません。そして社会のしくみが構築されていく中で、体質、脳やホルモン、情緒など、行動や性格にまで影響するような働きに、その機能を拡大させていったのかもしれません。

しかし、深く考えるほど、更に迷路に入っていくような感じもあり、やはりまだ重要なピースがハマっていないのだとも感じてしまいます。全ゲノム解析プロジェクトは、まだ始まったばかりのうえ、今のところ、解析はできても、その遺伝子がどのように人間に作用するかまでは、ほとんど読み解くことができていないのだとも言っています。答えにたどりつくには、いましばらく待つしかないのでしょう。

最後のほうでライク教授は、ゲノム研究の問題点についても言及していました。現在もやはり、ゲノム解析に対する人々の抵抗感が、少なからずあるのだと。ある人たちは、ナチス時代のような非人道的な形で使われることを懸念し、ある人たちは、先祖のルーツが明かされることで民族や宗教の崩壊になるのではと懸念する…。

しかしライク教授は、それには充分な配慮と注意を払うべきだが、だからといって研究しないとなってしまったら、この研究によってもたらされるであろう、人類にとって有益な情報や恩恵を放棄することになってしまう。それでいいのだろうかと。まさに、ABO血液型について研究しているわたしたちも、ライク教授と同じことを思っているのです。

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2022-03-07

全ゲノム解析が古代史の謎を解く~『交雑する人類より』



古代DNA解析で何が解ったのか?


この数年、日本人のゲノム解析に関する新情報をよく耳にするようになりました。このブログでも何度か取り上げたことがありますが、閲覧数が割と多いのをみると、関心のある人もそれなりにいらっしゃるのだと思います。 ヨーロッパ各地では、既に2012年あたりから古代史大ブームが到来しているそうで、こうした最新研究の報告もまた、それを後押ししてきたのかもしれません。

ただ実際のところ、わたし自身も断片的な情報しか知らず、全体像を把握していませんでした。そうかといって膨大にある論文を読みこなすなど、ハナから諦めていたわけで、結局、後回しにしていたのです。そんな矢先、不精者のわたしには打ってつけの書籍が出ていたことを知りました。

手にした本は、この分野では最先端の研究として評価されているという、デイヴィッド・ライク(David Reich)教授の書籍、『交雑する人類』(2018年/NHK出版)。専門知識がないと理解しにくい研究を、こうして一般書で著してくれるのは大へんありがたいことです。また、論文には決して書かれないような、研究の背景を垣間見ることができるのも魅力です。

そういうわけで、最近のゲノム解析が、人類の古代史の謎をどこまで解明できたのか、ライク教授の著書を参考に紹介してみようと思います。またライク教授は、今後、新事実が解ってくれば、ここにある説も書き換えなくてはならないだろうと言います。「常に柔軟に、新しい事実を受け入れなければならない」という、ライク教授の研究姿勢にも共感できます。

(※書籍は2018年発行のため、2022年の現在では既に書き換えられていたり、新しい事実が加わっていると思われます。全ての最新情報をフォローできないことをご承知願います。また、なるべく難しい言い回しを避けたいため、引用以外ではわたしの言葉で噛み砕いて表現していますので、正しく理解するには本書を読まれることをお勧めします。)

アフリカで誕生したアダムとイヴの真実


「人類(現生人類)誕生にはひとりの”イブ”がいた」(ミトコンドリア・イヴ)というニュースが世界中を巡ったのは、1987年のこと。それは天地創造の物語りを人々に思い起こさせるものであり、瞬く間に人々に伝わったのですが、一方で誤解を生んでしまったともいいます。それというのは、母系をたどれるのがミトコンドリアDNAなら、父系をたどれるのはY染色体ですが、これらをたどりさえすれば、ひとりのアダムとひとりのイヴに繋がるという、誤った印象を与えてしまったからだというのです。

実際にはそのような単純なものではなく、そのアダムとイヴにしても、子孫を上手く残せなければどこかで途切れてしまうのであり、こうした発表は、運よく繋がりを保ったアダムとイヴを発見できたということになります。とはいえ、その運の良い、最も古いミトコンドリアDNAとY染色体は、いずれもアフリカで多く発見されていることから、現生人類のアダムとイヴは、アフリカで誕生した(アフリカ起源説)と考えられているのです。

その後、2001年にヒトゲノムの塩基配列が決定されます。するとゲノム解析装置が開発され、その性能は徐々に高まり、今ではゲノム全体の配列比較が可能になったことで、それまでミトコンドリアDNAとY染色体だけで語られてきた人類史研究に、新たな革命をもたらしました。

最新の解析技術を駆使した、全ゲノム解析を試みるライク教授ら研究チームの視点で見るなら、古代から受け継がれてきた全ゲノムとは、さまざまな先祖DNAのモザイクのようなものであり、いくつもの組み替えを生じさせながら伝えられてきたものあり、たった”ひとりのアダムとイヴ”を印象付けるのは、少々乱暴すぎるだろうということなのです。

現在、人類のゲノム解読については世界中のさまざまな研究チームが取り組でいます。そしてそれぞれの目的、それぞれの異なる視点や見解で解析がなされていますが、ライク教授らのチームは、”古代DNA”という大きな括りの中で、そうした異なる見解や局所的な発見を取り込みながら、必要に応じて協働し、世界中を網羅するネットワークを構築しようとしています。現在の地球上に散らばる多様な人類の過去を、解き明かしていこうとする、壮大なプロジェクトが始まっていると言えるでしょう。


現生人類の進化はいかにして起ったのか?


学者だけでなく、私たちの人類研究に対するもうひとつの問いは、「人類が他の動物とは異なる独特の存在になったのは何故か?」「人類の進化はどのように起きたのか?」というものでしょう。

当初、遺伝学者たちは、ある遺伝子に一つの変異が起こり、その頻度が増加することで飛躍的進化を促すのではないか、という説を唱えました。(遺伝子スイッチ説)そういう特別な遺伝子として注目されたのはスバンテ・ペーボ博士の報告した「FOXP2遺伝子」で、これは発話や言語に関わる遺伝子とされています。2010年、スバンテン・ペーボ氏は、ネアンデルタール人の全ゲノム配列を解読し、現代人と変異の異なる10万か所をリストにあげました。

しかしライク教授が古代DNA解析を進める中で得たことは、FOXP2遺伝子のような数個の遺伝子が変異しただけで進化が促進したのではないというものです。それにはもっと多くの変異した遺伝子が関わっており、それらが外部からの圧力によって自然選択され、一斉に増加した可能性があると言います。そしてまた、そのせいでライフスタイルのさらなる変化が起こるという、自己促進サイクルによるものではないかとしています。

事実、今の段階では、ゲノム革命によってヒトの生物学的特性を説明するには、あまりに複雑すぎるというのです。
わたしたちはまだそれが何なのかを突き止める入り口にたったばかりだ。ゲノムを読むことに関して、わたしたちには幼稚園児なみの能力しかないからだ。一つひとつの言葉の意味はわかる。つまりDNAの文字の連なりがどのようにしてタンパク質に翻訳されるかは知っている。だが、まだ構文解析はできない。

ライク教授は、今のところ最も成功を収めているのは、ヒトの移住を明らかにする分野であるとし、そこから見える物語というのは、多様な集団の大規模な混じり合いという驚きの物語りであり、今日の人類の集団間にある差異とは、まったく違うものだと言います。


アフリカ単一起源説は真実か?~ネアンデルタール人との交配


人類の祖先とされるホモ・エレクトゥスなどの類人猿から分岐したのち、現生人類はさらにネアンデルタール人と分岐したとされていますが、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが現代人とは遠く隔たりがあるせいで、この両者は交流しなかったと考えられてきました。しかし、ペーボ博士の研究に参加したライク教授は、ネアンデルタール人と現生人類が交配した証拠が、ゲノムの至る所、そして至る地域にあることを突き止めました。

そうなると、現生人類の進化や拡散は、そう単純なものではないかもしれないと予測されます。現生人類が出アフリカであることには違いないとしても、ネアンデルタール人と現生人類の間には密接な交流があった可能性があり、その交雑集団の一部は生き残り、今日の多くの人々の祖先となっているのです。

ネアンデルタール人は、彼らが生息していたユーラシアを覆った氷河期の影響に加え、ゲノムの多様性が少なかったことで、次第に自然選択されながら絶滅することになりますが、現生人類に、ユーラシアの環境に適応するための遺伝子を伝えるという遺産も残していったようです。

そして、「ネアンデルタール人が唯一現生人類と交配した旧人類なのか?」という新たな展望が見えてきます。研究チームは、世界各地で発見されている古代の骨についても、同様の解析を精力的に行っていきました。すると、デニソワ人などの幾種かの旧人類と、未知の旧人類と、さらには既に痕跡は無いものの、想定せざるを得ないゴーストの集団が、各地に存在していたであろうことが見えてきました。

生物の系統樹を作る場合、普通は枝分かれした樹木の枝が再び一緒になることがないのと同じで、種と種の交雑はめったに起こらないことを前提にしているのですが、ヒトの集団に関しては、それが誤りの元になるといいます。ヒトの集団では、極めて多様な集団が、分れては融合し、大規模な混じり合いを繰り返し起こしていることを、ゲノムが教えてくれるているです。

ライク教授らの解析によると、各地域に出現する旧人類のそれは、あらゆる地域に及んでいて、もはや系統立てて説明するのは困難に思えるほどです。以下に古代の現生人類交雑の概略を簡単な図に表しました。現生人類、つまりわたしたちの直系となる古代祖先たちは、各地域の環境に適応していた旧人類たちとの交雑によって、遺伝子の自然選択を行いながら現在に至っている、ということになります。



【現生人類がいた時代の分岐と時系列】

 ┃700-500万年前
 ┣┯┯┯┯※チンパンジーと分岐
 ┃
 ┃320万年前
 ┣┯※アウストラロピテクスの化石
 ┃
 ┃180万年前
 ┣┯※ホモ属の出アフリカ(ホモ・エレクトゥスなど)
 ┃
 ┃  ┏┯●デニソワ人
 ┃  ┣┯●その他の旧人類
 ┣┯┯┻┳┯●ネアンデルタール人
 ┃   ┃
 ┃77万~55万年前(推定される分岐)
 ┃   ┗┯●現生人類(ホモ・サピエンス)
 ┃
 ┃30万~25万年前
 ┣※1~22番染色体の全てを現代人と共有する最新の共通先祖がいたと推定。
 ┃
 ┣┯┯┯┯┯┯┯●西アフリカ人・サン族
 ┃
 ┃16万年前
 ┣※ミトコンドリアDNAによる最新の共通先祖がいたと推定。
 ┃
 ┣┯┯┯┯┯┯┯┯┯●東アフリカ人
 ┃
 ┣┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯●西ユーラシア人
 ┃
 ┃7万~5万年前
 ┣※現生人類が再び出アフリカ
 ┣┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯┯●東アジア人
 ┃
 ┃
 は古代人
 ●は現代人の最新の共通先祖


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分かり易い図にまとめたいと試みましたが、どうやら複雑すぎて難しいようです。また、この研究は引き続き調査中ですので、いずれも推定ということになるのでしょう。また、これらの見解については、一部議論が続いているものもあるようです。

現在のところ、この研究がヨーロッパを中心に行われ始めたため、ヨーロッパ地域については多くのことが分っているといいます。たとえば、ネアンデルタール人との交雑についていうなら、ユーラシア地域が生息地だったネアンデルタール人のDNA痕跡を、ヨーロッパ人が多く持っていてもいいはずなのに、アジア地域に比べて少ないといいます。その理由は、ヨーロッパ人が、他の旧人類も含めてより多くの交雑が行われてきたからであろうと推測しています。

アジア地域については、今後たくさんのことが分ってくるだろうとのことです。ここに紹介したのは本書の前半ぐらいまでの内容です。後半では各地域についての交雑や人の流れが、より詳しく書かれています。現生人類が最後の出アフリカを果たしたとされる5万年前以降は、各地の試料も多く集まっているようで、それらを整理するのに時間が必要で発表の方が追いつかないとのことです。

古代の人類の進化には、多くの種が関わっていたということが明らかになったことで、わたしの頭も幾分スッキリしました。ライク教授のいうように、トピック的な情報しか取らない人や、わたしのようなウッカリ者は、「最後の純粋な現生人類だけが生き残り進化した」という印象を持ってしまうのです。しかし、現代人の多様さは全てが自然選択の結果だ、とすると違和感が拭えないのです。そこのピースがピッタリはまったことは大きな進展だと思います。

いずれにしても、およそ1万数千年前頃までが現生人類がいた時代となり、それ以降が、現代人に直接つながっていく歴史となっていると考えられます。わたし自身は、自分の研究であるABO血液型の観点から古代史について理解しておきたいわけですが、おそらくABO血液型が、今のような形での生物学的行動に関わる深いつながりを持ち始めたのも、その頃からではないかと考えています。もちろんABO遺伝子は、もっとずっと以前から、自然進化の中で既に存在していたのですが、人間の行動に影響を及ぼすような機能を発揮し始めたのは、現代人としての意識がめばえ始めた1万年ぐらい前からではないだろうかと、今のところ予測しているのです。


このつづきは、本書の後半を紹介するとともに、ABO血液型についてもあわせて考えていきたいと思っています。(期日は未定ですが…。)



========
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2021-11-30

量子の世界が始まるときABO血液型アンテナの働きも見えてくる


見えない世界を意識する時代へ


最近、ある本を読んで、"細胞のアンテナ"という意味について、改めて考えてみようと思いました。

その本とは、『思考が物質に変わる時』/ドーソン・チャーチ著/ダイヤモンド社(原題:Mind to Matter/Dawson Church)というものです。出版されたのは2018年(米国)で、日本語に翻訳出版されたのは2019年。

著者のドーソン・チャーチ氏は、神経外科医に学び、エネルギー療法の研究開発や、健康・心理などに関する本を出版し、どちらかといえばスピリチュアル方面で活動しています。”スピリチュアル”というと、その言葉だけで敬遠する人がいるのは知っていますが、もはやそうした見えないものを無視し続ける時代は、終わりを告げるかもしれないのです。

本書は、”エネルギー”や”フィールド”、”波動”など、物質的観点からは理解し難い現象や治療法について語っていて、多くのエビデンスも紹介されているのですが、それでも今のところ、『似非科学』というふうに分類されてしまうのだろう、とは思います。

ただし、ここで語られている多くの現象は、量子物理学的には否定できないものばかりです。現在、「量子コンピューター」というのをよく耳にすると思いますが、それは、ごく近い将来、今の私たちには想像もできないような技術が、私たちの生活に取り込まれるということです。量子の世界は、これまでの理論が通用しない世界です。たとえば、時間や空間に縛られない世界。

おそらくそれは、人々がインターネットやスマホを手にするようになった技術革命とは、レベルの異なる領域です。これまでのように、「それはコンピューターの中のことでしょう」「それはごくごく微小な世界のことでしょう」、「だから私たちには関係ない」とは、言っていられなくなるに違いありません。

そういう時代が間近に迫ってきているのを感じながら、ABO血液型について、再検討してみる必要があると思ったのです。ABO血液型は、細胞の表面にある糖物質で、『糖鎖』と呼ばれるもの。糖鎖が”細胞のアンテナ”だということは、今ではもう、細胞や糖鎖の研究をしている人たちの共通認識となっているようです。アンテナだとすれば、いったいどのような仕組みで情報をキャッチしているのだろうか?

本書によれば、人には磁場のようなエネルギーフィールドがあり、たとえば思考するだけで、その性質がある種のエネルギー情報として周囲に伝達されるといいます。それは数メートルにも及び、それだけでなく、数百キロも離れた誰かにさえ、そのエネルギーを送ることができるというのです。

今の私たちの意識では、にわかに信じがたいことではありますが、量子物理学の世界では、そうした事実が既に証明されてもいるのです。先ほども書いたように、量子の世界は時間と空間の制約を受けないのです。


ABO血液型アンテナは何をキャッチしているのか?

それはさておき、少なくも、そうであるなら、細胞表面に無数にあるアンテナが、何かを受信していると考えるのは突拍子もないことではないでしょう。そしてそれは、A型アンテナ、B型アンテナ、O型アンテナ、というふうに、異なる物質によるアンテナを持っているのです。

体の内部、胃や腸の中なら、糖鎖の受容体が体内に入ってきた物質に反応するので、物理的にそれが行われていることが分かります。では、体の表面ではどのようなことが起こっているのでしょう。目には見えない空間の、”何か”を受容している可能性はあるでしょうか。

数年前、ポーランドからメールが届きました。そのラボは抗体に関する研究を行っているとのことで、興味深い内容を教えてくれました。

それによると、O型の人が居る部屋に、A型の人が入室しただけで、O型の人のA型抗体が増加したというのです。そのラボでは、人の発汗を感知したのではないか?という結論を出していたようですが、しかし、目には見えないエネルギーフィールドというのを信じるなら、O型の人の細胞表面糖鎖が、A型物質から発散される特有のエネルギーを感知するのは不思議ではありません。

研究会メンバーのひとりは、幼稚園児の頃、すでに血液型の違いに対する感受性を持っていたといいます。もちろん誰からも血液型の話など聞いたことはなく、ただ単に幼稚園の仲間たちを眺めていて、「自分とは異なる種類の子たちがいる」と、直感的に感じ取ったというのです。能見正比古はその数年後に本を出し、中学生頃になってそれを読むことになり、そして自分が幼い頃感じた異質感にようやく納得したのだそうです。

子どもの感受性が大人の数倍強いことは、誰もが理解していることでしょう。同じ場、同じ状況、同じ体験をしていても、アンテナの受信機能が異なれば、異なる感じ方をするのはしごく当然のこと。しかし今のところ、「抗原・抗体」という視点でしか説明することはできないのかもしれません。

ポーランドの実験が事実だとするなら、O型(H型)抗原しかもたないO型の人は、A型物質とB型物質に反応するわけで、それらが体内に物理的に侵入しなくても感知し、抗体を作り始めたことになります。するとA型やB型、加えてAB型が存在する場に居るとき、O型の人の体内は、何とも忙しいことになっていると予測できます。


OとABの対照性と矛盾点

O型の人が、日常生活では他のタイプに比べてもずいぶんおっとりとしているのに、なぜか人間関係だけには細かい神経を使っているようだと、能見正比古は分析しました。その理由を、O型の力関係への敏感さ、あるいは敵か味方かという本能的な習性、というふうな説をたてていましたが、その大元の原因が『抗体・抗原』にあるのだとすれば、もっとシンプルに説明できそうです。

他のタイプと出会うと同時に、抗体を作り出すのだとすれば、それはつまり、体は警戒態勢に入っているといえます。それが自分に害を与えるものなのか、そうではないのか…。体は神経質にならざるを得ないのです。O型は、O型同士でいるとき、もっとも自然体でいられるのかもしれません。O型が多い国のO型たちを見ていると、喧嘩こそしているものの、笑い声の絶えない、常に大らかな雰囲気に包まれているのです。

だからといってO型同士でいるのが良いと言っているわけではありません。異なるものを受け入れることは、自分の成長やコミュニティの発展に必要不可欠だからです。人間は、お互いの相互作用があってこそ、意味のある人生を送れるに違いないのですから。

さて、もうひとつの例として、O型とは対照的なAB型について考えてみます。AB型は、A型抗原も、B型抗原も、そして量は少ないながらH型抗原も持っています。すると、異なるタイプと同じ場に居たとしても、体の中ではさして何も起こっていないことになります。

ところが、ここで相反する興味深い現象があります。O型は、人に警戒心を持つ一方で、仲間意識は非常に強く、仲間との親密な関係を求め、人に対して解放的でもあるのです。ところがAB型は、仲間づくりにはさして積極的ではなく、むしろ距離を置いた人間関係を好みます。しかしAB型は、他のどのタイプより公平性に秀でていて、多様性を受け入れる感性を持ち合わせてもいるのです。

この矛盾をどう説明すればよいのやら。無理やり理屈で説明することは可能かもしれませんが、今の段階では保留にしておきたいと思います。人間は、やはりもっと複雑なのです。ただし、こうした複雑性と矛盾性の中に、ある種の法則のようなものがあるのも確かなことだと、付け加えておきたく思います。

いずれにしても、このように、フィールドやエネルギーといった、今までは語ることをタブー視されていた視点からも、仮説を立てていくことができる時代に、今後は進んでいくのではないでしょうか。まだまだ人間の探究は続きます。


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2021-05-11

ABO血液型は細胞のアンテナ


 ABOは糖鎖系血液型

血液型には何種類もの分類がありますが、大きくは、たんぱく質系と糖鎖系に分けられます。ABOシステムやPシステムなどが糖鎖系で、その血液型物質を構成する成分を糖鎖が担っています。糖鎖は、グルコースやガラクトースという単糖の連なりで出来ています。

『糖鎖』については、今までよく分からなかったのです。


なぜ分からなかったかというと、糖鎖は常に形を変化させて活動しているので特定することが難しく、研究が進まなかったからです。


話しが少しそれますが、現代科学の研究というのは、量子論などの理論化学を除くと、「研究できる分野」から研究されていく、ということを、一般の私たちも理解しておく必要があるかもしれません。どんなに重要な分野でも、研究の手法が分からないことは手つかずなのです。つまり、研究されないから重要でない、ということではないということです。

「そんなに重要なことなら、とっくに誰かが研究しているはずだ」という声を時々聞くのですが、そういうわけでもないのです。


DNAの解析が完了した2003年、人類は、何もかも手に入れられるかのごとく騒がれましたが、それによって解ったことは、

「人類は何も分かっていない」ということが解った!


というものだったのです。とにかく我々人間は、世界の5%ぐらいのことしか理解していなかったのです。そういう訳で、糖鎖についても長い間、きちんとした研究フィールドが提供されることが無かったのですが、ゲノム解析の後に、その重要性が解ってきたので、最近では研究者たちも力を注ぎ始めています。


どんな事が分かってきたかを、いくつか挙げてみます。


  • 糖鎖はアンテナのような働きをしている。

  • 細胞の表面に顔を出している糖鎖の先端が、細菌やウィルス、ホルモン情報などの様々な情報を受け取り、細胞内に伝達している。

  • 糖鎖は細胞同士の連携を行っている。

  • 細胞表面の糖鎖が触れ合い連絡し合うことで、細胞同士のネットワークが構築され細胞が正常に働く。

  • 身体の不具合、病気の原因は、ほぼ全て、細胞同士のネットワークが上手く働かないことから起こっている。

”糖鎖”で検索するといろいろ情報がありますが、いくつか目に留まったのを紹介しておきます。

分子科学研究所

ある農学博士のブログ弘前大学の研究(PDF) 


糖鎖については、サプリメントや薬品開発を行っている研究室が力を入れているようですが、とにかく可能性のある分野として期待が高まっています。


糖鎖の働きを考えると、おのずとABO血液型の働きや重要性も見えてくる気がします。しかし私も糖鎖に関して知識は深くないので、とにかく今の時点で最も分かり易いのは、『アンテナの役割』だということです。


そんなふうに大雑把すぎる説明をすると、学者さんたちに叱られるかもしれません。

「そんなに単純なものじゃない」って。

しかし一旦、シンプルに捉えてみることも大切だと思います。自然界の理は「単純であり、複雑である」という、フラクタルな現象が多いのですから。


”アンテナ”の性能の違いがABO血液型の性質の違いだ、と捉えることで、だいぶスッキリした状態で観察できるのではないでしょうか。


A型には可笑しいギャグでも、B型にとっては少しも面白く無いという現象があったとしても、キャッチするアンテナが違うのだから当然と言えば当然なわけです。これは、責めたり悲しんだりするような部類のものではないんですね。


細胞の働きの大切さについて、最先端細胞学博士のブルース・リプトン氏がユニークな見解を展開しています。

ブルース・リプトン(Bluce Lipton/英語版Wikipediaより)は、「人間の信念によって遺伝子やDNAを操作できるというアイデアを持つアメリカ発達生物学者」として知られています。 彼はベストセラー『The Biology of Belief』の著者であり、スタンフォード大学の医学部、元研究者です。


リプトン博士については、別の記事でも書きましたが、彼は今、学者を引退して意識開発、意識改革という、どちらかというとスピリチュアルな方向で啓蒙しているようです。


彼は顕微鏡で細胞をじっと見つめているとき、「細胞そのものが、DNAを動かしている!」ということに気が付いたのです。そして思考や意識がいかに大切かというところへ至ったとき、実験室からは離れることにした、ということのようです。

それでも、そもそも生粋の学者だし、A型でもありますし(本の中で書いています。)、自分で納得する理論を重視する姿勢は変わらないでしょう。現在、彼と共に行動しているのは、多くは科学系の人たちのようですが、尚且つ現代科学の枠組みを飛び越えて突き進んでいる方たちばかりです。

どうやら真実を求める人たちは、現在、そういう方向へ向かっている模様です。


私は、ABO血液型に関していえば、それは肉体に根ざしているところが大きいと考えています。ABO血液型の特徴が感情や言動にも表れているとするなら、それは肉体から派生する、二次的な働きのはず。ところが、二次的なものだというのに、血液型カラーはあまりに色濃く表出されているのです。


考えを巡らせるうちに、鶏と卵の理論に陥りそうです。全てを理解するには、私たちがまだ分かっていない残り95%のことが分かるようにならなければ、難しいのかもしれません。それには、未知の世界、神秘の世界にもっと足を踏み入れていく必要があるのかもしれません。


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