B型の可能性を見せてくれたイチローに感謝

「ありがとう!」イチローさん!

3月21日、東京ドームで行われたアスレチック戦を最後に、イチロー選手が引退表明をしました。

イチローはB型です。そのB型特性を、これ以上ないというくらい活かし、体現しているアスリートであったので、コラムやエッセイなどでも、あるいは取材の打ち合わせでも、B型の代表選手として、度々ご紹介してきました。

こんなふうに書いたら反論を招くかもしれませんが、イチローは、多くのB型たちが目指すことの可能な、「至上もっとも素晴らしいB型モデル」なのです。
「いや、真似できないよ」「誰もできないことをやったからヒーローなんじゃないか」
という声が聞こえてきそうですが、ここでいうのは、「血液型人間学」的な自己開発、自己進化の視点に立ってのことだと前置きしておきます。

そういうわけで、ご本人に許可も得ずに勝手に分析するのは恐縮ですが、今回の引退表明を機に、記憶に留めておきたいB型アスリート、あるいはB型ヒーローとして、あらためて記録しておかなければならないと思いました。


イチローの素質と才能は、B型が共鳴し、A型が押し上げた
イチローがプロ入りしたのは1992年。(Wikipediaより
小学生の頃から父親とキャッチボールを始め、少年野球時代、中学、高校と、その才能は開花しつつ、「エースで4番」の活躍をし、スカウトたちの目にも留まるようになっていきました。
しかし自動車事故で肩を痛め、その時点から投手としての道は諦めざるを得なくなり、打者としてのプロ入りを目指したのだということです。

イチローは名古屋出身でもあるせいで、中日ドラゴンズに入団することを希望していたそうです。でも残念ながら指名が入らず、オリックス・ブルーウェーブ(現在のオリックス・バッファローズ)にドラフト4位で入団します。
入団当初は、コーチとの意見の相違もあり、思うような結果はあまり出ませんでした。また当時の監督は、上田利治氏(O型)でしたが、イチローについての評価は「線が細すぎる」として、さほど大きな期待を持っていなかったようです。
確かに、長く活躍する選手になるには、身長だけでなく、肩や尻がガッチリしているという身体的要素が、大きなポイントになったのでしょう。

しかし、イチローが見せている"光る才能"に、気が付く人物も現れました。
まずは、当時の2軍打撃コーチ河村健一郎氏が、イチローの"振り子打法"の開発に、二人三脚で取り組みました。
河村氏は同じB型。B型は、「これは」と関心さえ持てば、それまでのセオリーにあてはまらないことでも共鳴し、熱心になってくれたに違いありません。
そしてその後、仰木彬氏が監督となります。仰木監督がイチローを高く評価し、よく使い、育てたという話は、既に人々に知られていますね。

ここで注目したいのは仰木監督がA型だということです。
A型とB型は、その対照性のせいで、お互いが認め合う工夫をしないと、調子を合わせるのが難しいことが多くなります。そのため、上司部下の関係になったときなど…特にA型が上司になった場合には、A型的な社会常識や一般常識、形式秩序の観点からみれば、B型の言動はどうにも理解しづらく、チグハグになりやすいのです。

ただし、そうしたA型性にも、実はもうひとつの面があります。
社会通念、秩序、ルール、セオリーなどを重視する一方で、その"カタチ"からの解放を願うのもまた、A型性なのです。
つまりA型にとってみれば、その心の奥にある望みを、目の前で体現してくれているのがB型というわけなのです。
ときに熟練したA型が、若きホープB型を、殊のほか高く評価し、殊のほか可愛がり、大きく育てていく例は、日本の過去にもよくあることなのです。
イチローと仰木監督は、まさにそんな関係になったのではないでしょうか。


◎功績や見返りを意識しない「B型的純粋な意図」がイチローを飛躍させた
こうしてイチロー選手は、日本のプロ野球界において徐々に評価を高めていくことになります。
たとえどんなに若くして才能や能力があったとしても、それが評価されるよう適応させていくことができなければ、それは育つことも実になることもありません。
多くのB型は、才能を持ちながらも、このあたりでつまづくことがありそうです。

自分の力が相応に評価されない―。
それをひがんで(あるいは諦めてか…)、自分の楽しみの方に目を向け過ごすB型たちは、数知れないのではなかろうか…。

では、なぜイチローは、そのチャンスを手にすることが出来たのでしょうか。

私はそれは、ひとえにイチローの、野球に対する純粋な想いだったのではないかと考えています。
”野球に対する純粋な想い”と言ってしまうと、それは単なる"野球好き少年"とも受け取れるかもしれませんが、私はもう少し、彼の想いや彼の意図を、高みに上げて理解してみうようと思います。

イチローは、野球というプレーを通して、イチロー自身の全てをそこに投入し、表現し、体現しようとしたのでなかいかと。

つまりイチローにとっての”野球”とは、それはツールなのです。もしも野球以外の別のものにイチローが幼い頃触れていたら、その別のものが「純粋な想いを体現するツール」になったかもしれません。
イチローは、野球というツールを選択し、その自分自身を体現するツールが野球なのだとすれば、そこには自分の意志や意図、自分のエッセンスを純粋に注ぎ込まなければなりません。
周囲から、生意気だとか、変り者だとか、少々のケチをつけられたからといって、自分ではないものを作り上げたのでは、何の意味もなくなってしまうのです。
イチローは、その核心のところを、絶対はずさずにいたに違いないのです。

B型のマイペースさ、自分の興味への純粋な意図は、それを可能にしてくれるはずです。
その、芯からぶれない純粋さは、必ずや、共鳴し、共振する人や出来事を、引き寄せていくのだと思うからです。

約束事の多い窮屈な現代社会において、そうしたことが少々苦手なイチローでしたが、彼の純粋さは、その殻をみごとに打ち破り、コーチや監督を味方にし、自分の土台作りに成功しました。そして世界へ旅立つ切符を手にすることになるのでした。
2000年の秋、マリナーズと契約を交わし、ここに日本人野手として初のメジャーリーガーが誕生します。
"日本人初めて物語"にB型がすこぶる多いことは、いろいろな場面で既に伝えてきましたね。

さて当時、私たち人間…特に日本人の性分からすると、どうしてもネガティブに傾きがちで、「大リーガーになれたことだけで充分だよ、活躍できなくたって仕方ないよね」というムードが、大方を覆っていたのではないかと思います。
私はそもそも、野球というものをあまり知らず、イチローがどんな選手でどんな人物かということについては、生前の師、能見俊賢から聞かされることでやっと知った程度でした。野球好きでB型好き(?)の俊賢先生が、イチローのメジャー入りに大はしゃぎをしていたのが、つい昨日のことのように思い出されますが、血液型人間学を通して人々を眺めてきた先生と私は、世間の予測とは少々異なり、イチローが、卓越したB型性を見せるであろう予感を、どこかで感じてもいたのでした。
その後は、みなさんもよくご存じのように、イチローは次々と記録を更新しながら、快進撃を続けていきました。


◎B型の「正直さ」が芯を歪ませない
B型の"不愛想"は、折に触れて伝えていますが、それがだいぶ彼らをソンな立場に追いやっていることは間違いありません。
たかが、"愛想”ごとき、ではありますが。
イチローも、そうした不愛想なB型たちの類にもれず、お世辞にもマスコミ受けが良かったとは言えませんでした。
具体的にはこういうことですが…。

スポーツ記者たちは、選手たちにいろいろな質問を投げかけるわけですが、そのほとんどは、ある答え(記事の書きやすさ)を期待しての質問なのです。そして選手としても、マスコミ対応は、ある意味ファンへのメッセージにもなるわけで、大概の選手は彼らの意図に合わせて(あげて)、中には非常に合わせるのが上手い人もいて、そうすると、「〇〇選手は礼儀正しくていいヤツ」なんてことにもなり、記事なんかもいい感じに書いてくれたりする、というカラクリなわけです。

ところがイチローは、いつだって、カメラ向きの笑顔も、記者が期待する答えも、してはくれませんでした。
彼は、本来のB型らしく、「正直な人」なのです。
笑いたくないのに笑ったりしないし、本心ではないことを、口に出したりもできないのでしょう。
そこには、無意味なことを期待する記者たちに対して、少々のB型流のひねくれもあったかもしれませんし、B型的な照れ性もあったかもしれません。

ところが、その頃のイチローは、米国でその実力を確実に評価され始めており、そこまで活躍するとは予測していなかった日本人記者たちはやや困惑ぎみだったのです。そんな、イチローに対するメディアのジレンマが、見て取れるような時期でした。彼らは、イチロー選手を、どのように扱って良いか分からなかったのです。

そんなある日、私としてはとてもラッキーな場面に、個人的に遭遇しました。
彼が大リーガーとなって活躍を始めた数年後のオフシーズンのことです。
深夜の都内の小さなレストランで、偶然彼を見かけました。
時間はすでに夜中の1時頃。客は私たちのグループ3人と、イチローのグループ4~5人、他に一組ぐらいしかいませんでした。
「お、イチローだよ」
私の前に座った友人が目ざとく気づき、私の背後の方の席にイチローが居ることを教えてくれました。
振り返ってみたいのはやまやまでしたが、せっかくのオフの団らんの席を、けして邪魔してはいけないのだと思い、私たちは素知らぬフリをして食事を楽しんでいたのでした。

ところがありがたいことに、しばらくするとイチローは、トイレに行くために席を立ち、私たちの横を通り抜けました。
(トイレに行ったということは、帰ってくるわけだから、ここをまた通るよね。失礼のないように、素顔を少しだけ拝ませていただこうかな…)
私はイチローの後ろ姿を見ながら、浅はかなことを思い…
いや、でもなんだか「待ってました」という態度で目が合ったら、やっぱり失礼だろうか…う~ん、知らん顔したフリして、横目で見ようかな…。

そんなわけの分からないことを考えているうちに、向こうからイチローが、さわやかに歩いてきました。
それは、とても自然で、自分が今やスーパースターになりつつあることなど、微塵も感じさせず、特殊なムードを醸し出すものなど、何もありませんでした。
本当に、フツウに、しかしその爽やかさは、もはやフツウとはいえないのかもしれませんが、とにかく私は彼と目が合い…というか、むしろ彼の方から、通りすがる人同士が自然に目くばせして笑顔を見せるような、そんな感じでこちらを見て笑顔を向けたのでした。
私は、イチローと目と目があったその瞬間、咄嗟にこんなメッセージを送りました。
「あなたは必ずやり遂げる。私はあなたを信じているよ」
もちろんこれは、言葉に発したわけではなく、心で思っただけですが。

このときは、テレビで観る、ちょっとニヒルというかクールというか、まあ端的に言えば"不愛想"な印象を与えるイチローの姿でもないし、野球をプレーするときの彼でもありません。親しい友人や家族と、和やかに団らんしている、素面の彼と会う(見る?)ことができたのは、私が今後のイチロー選手を見つめる中で、たいへんありがたいことだったのです。
そしてこのときの、さわやかなイチローの方が、真の彼を表現しているのだとも確信しました。(テレビカメラや画面というのは、何か真実を別のものに変換する作用があるのではなかろうか?)

ああ、こんな彼なら大丈夫、あなたは大丈夫。
私は清々しい空気でも吸ったような、とても良い気分になりました。

話が横道にズレましたが…
とにかく、裏を返せば、B型の性質とは、本来がハートに正直な人たちだと言えるのです。
私は、そういうイチローだからこそ、世界に出ても、やり抜けるのではないかと期待をしたのです。
そしてようやく、マスコミや日本人ファンたちも、イチローへの目線を彼と同じ高さに合わせることができるようになり、新たなヒーロー誕生となっていったのでした。


◎『無限記録』に挑戦するのがB型の興味を長続きさせるコツ
イチロー選手が、日本プロ野球時代の8年、そして大リーガーとして19年、合計27年の長きにわたり活躍できた理由には、『記録の更新』という、これも実にB型的な要素が挙げられます。
B型が、何か一つのことに興味関心とその集中力を、現代の社会構造の中で持ち続けるためには、"記録に挑戦する"ということが何より有効なのです。
人間とは、そこに何か限界を作ったとき、終わりを見てしまいます。
けれど、『記録』という、一種のよりどころとなるメジャーを用いることによって、"限界を作らない"ルールを設定することが可能になるように思います。
それは他の誰かや何かと競争するのではなく、あくまでも無限の空域に挑戦するようなものとなるからです。
カタチに収めうようという力が働く社会の中で、それとの不調和に苦心するのがB型ですが、目標を、社会や周囲ではなく、『記録』というものに設定したとき、まわりの雑音に惑わされることが少なくなり、自分のやるべきことに熱意を傾けることができるのです。
それに、"永遠"や"無限"に心が向きやすいB型にとって、記録を更新していく作業は楽しくもあるのではないでしょうか。

どうぞ、調べてみて下さい。これまで、さまざまな分野で、数々の記録を打ち出した人々には、B型がとても多いのです。


◎B型特有の柔軟性はB型の大きな武器
また、イチローの柔軟な身体作りは、B型の資質をフルに活かしたものでもあります。
B型体質の柔軟性については、フィギュアスケート選手についての記事でも書きましたが、それは身体だけに限らず、心や脳の働き方にも通じるところがあります。
B型の人々は、この、他の血液型にはない、B型らなではの柔軟性を、自分の生活や仕事に、大いに活かすことが武器になるのです。
これこそが、B型の、体質に根差した能力といえます。
イチローは、それがB型的な自分の特性であることを、知ってか知らずか、徹底的に研究し、練習にも取り入れたと思われます。
ある時オバマ元大統領に、「記録を更新して活躍する秘訣」について尋ねられた際、「柔軟な筋肉です」とイチローは答えたのだそうです。彼がしっかりと、そこに意識を向けていたことがわかりますね。もちろん彼は、"血液型"ではなく、"筋肉"について学んだのだと思いますが。

イチローがイチローらしく、イチローとしてステキなのは、血液型だけが理由でないのはあたりまえのことで、イチローに関する資料を探したり、本を読んだりすれば、イチローの姿が、もっと詳しくわかるのでしょう。
おそらくこれからも、イチローを知りたがる人々のために、わんさかと記述されていくことでしょう。

けれど血液型的に眺めれば、もうこれだけで充分なくらいに、その血液型的功績と要素を見せてくれています。
イチローは、B型の性質…たとえそれを本人が知らなくても、彼は自分の体質的特性を、見つけ出し、引き出し、鍛錬し、実現させた人です。
そしてそれを可能にしたのは、自分らしさや自分の人生を、野球を通して実現させるのだと、覚悟を決め、それに純粋に向かったからに違いありません。


◎すべてのB型はイチローになれるはず
イチローの姿は、全ての人々が倣うことができます。
それは、「自分と真摯に向き合い、己の特性をいかに引き出し訓練するか」ということであるし、加えて「出来る限りそれに対しての(心と意図の)純度を高めること」でもあります。
そして更には、世のB型たちにとっては、B型が"成功"(自分を実現させる)するための模範を、イチローが示してくれたのだと受け取ることができます。

私は、取材や仕事で出会うB型たちによくこう言います。
「どのB型も、イチローのようになれるんですよ」
するとほとんどのB型は、「え?」という驚きの表情を一瞬見せ、そして次の瞬間、「ほんとですか?」と、キラキラと瞳を輝やかせます。

私は、世の多くのB型たちが、自分の力をどこか出し切れずに、モヤモヤとし、かといってやり方も分からず、仕方なく目の前にあるわずかな楽しみに埋没しているのだと感じています。
イチローの話に言及したときの彼らの目の輝きが、それを物語っているのです。

ここでちょっと、日本のプロ野球を少しでも知る人なら、忘れてはならないB型ヒーローについて触れておこうと思います。
そう、あの、長嶋茂雄さんです。

彼ももちろん、まるでB型を、そのまま絵にかいたような人物です。
ところが長嶋さんの場合、誰もが模範にすることは出来そうにありません。
長嶋さんの「野球に対する"純粋さ"」という核心のエッセンスは、イチローと同じく、誰もが真似したいところではあるのですが、長嶋さんは、ただそれのみで突き進み、周囲を顧みるスキもなく、どんどんスターに押し上げられていってしまった人でした。
しかしそんな、時代の勢いに乗せられたにもかかわらず、長嶋茂雄は最初から最後までずっと"長嶋茂雄"を貫き通したのですから、それはまさしくB型でなければ不可能だったのですが、それを長嶋さんは、無意識にやれてしまった人なのです。
だから、誰にも真似できない、永遠のスーパースターなのでしょう。
けれど、イチローさんは、長嶋さんとは少し違います。
イチローの言動は、そのどれもが、もっと意識的に行われているのです。
つまるところ、だから、どのB型も、意識的になりさえすれば、「イチローのようになれる」と、私は考えているのです。

ああ、もう充分です。
イチローさん、お疲れさまでした。
私はあなたのおかげで、B型性についてより多くを理解しました。その上、B型の大いなる可能性を見せてくれたことは、私にとっても、多くのB型にとっても、とても深い意味のあることです。

ずいぶん前、何かの記事で読んだのですが、プロ野球選手として登録(申請?)するための手続きの中に、アンケートの記入があったそうです。
そこには、「将来の夢は?」という質問がありました。
イチロー選手は回答らんに何を書いたかというと、「森の管理人」だったのだそうです。
将来のプロ野球選手へのアンケートなわけですから、普通に考えるなら「王さんのようなレジェンドになりたい」とか、「野球監督になりたい」とか、そんな回答が多くなりそうですよね。
それなのに、突如として「森の管理人」って?(笑)

しかし私はこれを読んだとき、イチローが、ヒーローになることに憧れた野球少年ではなかったことを理解しました。
彼は自分の挑戦すべき人生や自分の可能性に、野球という舞台を選択したのでしょう。
それは夢というより、彼の成すべき役目、あるいは課題、あるいは使命であったのかもしれません。
最後のファイナーレでも、記者会見でも、イチローは始終さわやかな笑顔だけで、涙は見せませんでした。
それは"イチロー気質"であるのかもしれませんが、人が真に意識的に生き、真にやり抜くと、感慨に浸ったりはしないものかもしれないなと、ふと思います。

そして、ほんとうの夢は、"森の管理人"なのですよね。
あの日、地下室にある小さなレストランで、私たちの横を森の中のそよ風のように通り抜けていったイチローを、今思い出します。

イチローさん、あらためて、ありがとう。




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