2022-03-13

ゲノム解析はABO血液型の真実に迫れるか?~『交雑する人類』より(Part2)


ABO血液型の地域差はなぜ起こったのか?


デイヴィット・ライク氏の著書、「交雑する人類」を紹介した記事の続きです。前回の記事では、5万年前までの超古代についてゲノム解析で分かったことを、書籍の前半を読みながらまとめました。

180万年前に「出アフリカ」をしたホモ・エレクトスや同類の旧人類たちは、地球全土に散らばっていき、そして各地で各々進化した形跡があり、そして5万年前、再度「出アフリカ」をしたホモ・サピエンス(現生人類)たち。更にはアフリカとユーラシアを行きつ戻りつしながら、各地の古代人たちと複雑に交雑し、現代人へと進化してきたらしいというものでした。

書籍の後半では、世界各地における人類の移動の形跡を追いながら、現代人へつながる進化の道のりを探る試みが紹介されています。しかしこの、世界中を網羅する壮大なプロジェクトは、始まったばかりです。新しい事実が発見されれば、次々と内容が塗り替えられていくでしょうともいっています。

ここでのわたしの関心は、「では、ABO血液型は、どのような経緯で現在のような構成に至ったのだろうか?」ということです。以下からは、わたしの考察になります。

ABO血液型の比率は、世界の各地域によってずいぶん異なります。



分かり易くするために色分けしていますが、もちろん実際はこれほど明確なわけではありません。とはいえ、南半球にO型が多く、ヨーロッパと北米にA型が多く、東アジア全域と東南アジアにB型が多い、というふうに明らかな地域差があることは確かです。

それには、ウィルスや細菌による自然選択があっただろうというのが、原因のひとつとして考えられます。しかし、古代人の移動経路からも何か分からないだろうか?と思います。

以下は『人類は交雑する』で述べられている主要な移動ルートをひとつの地図にまとめたものです。



ABO血液型発生のシナリオ


予測できる範囲では、②の出アフリカ、そして③、④までのルートを見ると、その時点ではO型とA型だけだった可能性もあります。(ヨーロッパとオーストラリア、アメリカ大陸にはB型が非常に少ないため。)

いちばんの問いは、「B型が、どの時点で、どの地域で発生したのだろうか?」ということですが、最初は単純に、B型率の非常に多いインドやモンゴルなどが発生場所ではないかと考えていました。ところが、アフリカの、特に西アフリカの地域では、B型が結構多く見られます。アフリカ以外でB型が発生したとすれば、逆ルートでアフリカに流れていったことになります。果たしてそういうことはあるのだろうか?一旦出たものたちがまた戻るだろうか?と、そこで思考が停止していました。

ところが『交雑する人類』によれば、ユーラシアとアフリカを、古代人は何度か出たり入ったりしている可能性があるというのです。ならば、B型が、アフリカ外で発生した可能性もあるということになります。

実際、その方が説明しやすいのは、もし「全てはアフリカから始まった」としてしまうと、「なぜB型は、ヨーロッパとオーストラリアへ向かわなかったのだろうか?」という問いに上手く答えられないのです。ただし、この何万~何十万年という長い年月の間に、いったいどんな天変地異が起こったのか、あるいは絶滅に瀕するようなどんな疫病が流行ったのか、その間の空白が多すぎて、確かなことは何も言えません。とはいえ、ここで一旦整理してみます。

とりあえず、O型とA型はチンパンジーにも存在していて、現生人類はチンパンジーと共通祖先を持つとされていることを考えるなら、A型とO型は、初期の古代人も既に持っていたと考えられます。その後のシナリオとして考えられるのは以下のようなものでしょうか。

①最初にO型が、続いてA型が、古代アフリカに存在し、出アフリカからヨーロッパへ、オーストラリアへと散らばっていった。(時期は不明だが)ある時点で、インド、モンゴル、中近東のあたりでB型が発生した。そこで交雑が起こり、一部の古代人はアフリカへ帰還した。その際、西アフリカを中心にB型が広がっていった。また、最初のアメリカ人のルートは、ユーラシア人から分岐した古代人(2万年前ぐらい)であったが、そのときB型は、まだ存在しなかった可能性がある。

②最初にO型が、続いてA型が、古代アフリカに存在し、出アフリカからヨーロッパへ、オーストラリアへと散らばっていった。それからしばらくした後、やはりアフリカ(西アフリカ)でB型が発生した。そして再び出アフリカをしたが、その群れはユーラシアと東アジアルートへ進んだ。(ヨーロッパとオーストラリア、アメリカへは行かなかった。)※西アフリカ周辺のB型率はやや高く、西アフリカはB型の多いゴリラの生息地でもあります。あるいはゴリラとの共通祖先がB型を持っていて、現生人類とは別種の旧人類として進化していた可能性も考えられます。


話を書籍に戻すと、他にもいくつか興味深いことが、ゲノム解析によって分かったといいます。たとえば、上記の移動ルートを考えると、南米とユーラシアの間の方が共通性が高いはずの遺伝子が、なぜかオーストラリアとの方が共通性が高くなっているものがあるというのです。つまり、オーストラリアと南米を行き来するルートが存在したかもしれないというのです。するとこんなシナリオも考えられます。

→最初の出アフリカではO型を獲得している旧人類のみが全世界へ散らばった。(ユーラシア、ヨーロッパ、オーストラリア、東アジア、南アメリカ/オーストラリア経由)
→次の出アフリカで、A型を獲得している存在が加わり、ユーラシア、ヨーロッパ、オーストラリア、東アジア、北アメリカ/東アジア経由)※オーストラリア経由は何らかの状況変化で利用できなくなっていた。
→更に時間をおいて次の出アフリカで、B型を獲得した旧人類がユーラシア、東アジアへ向かった。


1万年前~5000年前ぐらいになると、各地域に散らばった人類祖先たちは、それぞれの場所に定住するようになり、古代文明の開化となっていきます。ABO血液型もそのあたりまでは、もっぱら病原菌や食物に対する免疫作用が主な働きだったのかもしれません。そして社会のしくみが構築されていく中で、体質、脳やホルモン、情緒など、行動や性格にまで影響するような働きに、その機能を拡大させていったのかもしれません。

しかし、深く考えるほど、更に迷路に入っていくような感じもあり、やはりまだ重要なピースがハマっていないのだとも感じてしまいます。全ゲノム解析プロジェクトは、まだ始まったばかりのうえ、今のところ、解析はできても、その遺伝子がどのように人間に作用するかまでは、ほとんど読み解くことができていないのだとも言っています。答えにたどりつくには、いましばらく待つしかないのでしょう。

最後のほうでライク教授は、ゲノム研究の問題点についても言及していました。現在もやはり、ゲノム解析に対する人々の抵抗感が、少なからずあるのだと。ある人たちは、ナチス時代のような非人道的な形で使われることを懸念し、ある人たちは、先祖のルーツが明かされることで民族や宗教の崩壊になるのではと懸念する…。

しかしライク教授は、それには充分な配慮と注意を払うべきだが、だからといって研究しないとなってしまったら、この研究によってもたらされるであろう、人類にとって有益な情報や恩恵を放棄することになってしまう。それでいいのだろうかと。まさに、ABO血液型について研究しているわたしたちも、ライク教授と同じことを思っているのです。

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