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2017-08-12

O型になりたいA型が、こんなにも多いその理由

A型の人は、なぜに他の血液型になりたがるのか?


最近開催しているワークショップやサロンなどでも度々テーマにしていたのですが、ずいぶん前からいろんなところで「生まれ変わったら何型になりたい?」というアンケートを取り続けています。

その回答結果で、いつも興味深いところは、「A型さんは他の血液型になりたい率が高い」というものです。

それはもう、本当に、第一にはA型の人々の向上心の表れとしかいいようがないのですが、別の側面から分析するなら、A型の性質が完璧主義的な故、足りない部分に焦点を合わせやすいということも挙げられるでしょうし、その完璧主義的性質のあまり、自分自身に疲れ果て、もうA型は懲り懲りと思う場合もあるでしょうし、あるいは案外、どの血液型よりも人に対する好奇心が最も旺盛なのかもしれない、などと、いろいろ考察できるわけなのです。

中でも更に興味深いのは、A型の人が自分以外の血液型を回答する場合、B型と答える人が最も多くなることです。
A型にとってB型というのは、全くもって対照的な性質を持っている相手なのです。
それを見て私は、益々、「A型の人たちって、本当に向上心が強いのだなあ」と、感心してしまうのです。

だって、じゃあもう一方のB型さんの方はどうかというと、A型と回答する人は一番少ないのですよ。
これじゃあまるで、A型の片思い?のようにも思えてしまう結果なのです。
まあこれは、こうしたところにさえ、A型とB型の対照性というのは表れているのだ、という、不思議さでもあるのですが、このA型とB型の興味深い相性関係については話しが深くなりすぎるので、ここではこれ以上触れないことにします。
とにかくA型の人々が、(他の血液型の人に比べて)別の血液型になりたがっている人が多いというのは、事実として言えることだと思います。

A型はB型に憧れるのに、実生活ではO型を目指すホントの理由とは?

それで引き続き、いろいろなところで話を聞いてみますと、なるほどと思うような別の事実があります。
あるB型の研究員メンバーと雑談していたら、彼がこんなことを言い出しました。
「友人のA型が、”オレをA型と言うな~オレはO型を目指しているんだ~!”と張り切ってますけどね。ボクのようになりたいというA型には、未だに会ったことがないですけどねえ(笑)」

これはまあ、笑い話のひとつなわけですが、確かにそういえば、A型の人は「ワタシ、O型に近いA型だと思うんですよね、母がO型のせいかな…」というようなことをよく言います。

どうも実質的な日常でのA型は、こちらの意見の方が多いようなんですよね。

ということはつまり、A型は、B型の性質には憧れるけど、あまりに自分と違い過ぎるB型になるのは難しいので、もしも目指すなら、O型を目指す、ということなのか?
とも思えますし、そしてまあ、いずれにしてもA型の人たちは、どうやら自分の細かいところを気にしすぎてしまう性質を無くしたい思いがあるらしく、それで大らかに思えるO型的な気質になりたい、というところなのかな。
などと、私は想像したりしていたのです。

けれど、それが物理的(科学的?)な理由による明らかな現象であることを、最近改めて確信したのです。
どういうことかといいますと、ABO遺伝子の構造によるものです。
多くの人はDNAの配列など、ほとんど興味はないと思うのですが、一応ここに、その塩基配列を紹介しておきます。



図でも分かるように、O型とA型の塩基配列というのは、とてもよく似ているのです。
位置が微妙に違うだけで、核酸の種類も順序も全く同じになります。

ところがそこで大きな違いがおこるのは、O型の場合はそれが活性しないような構造になっているからです。
これをフレームシフトを起こしていると言うらしいのですが、そのためO型の場合、持っていながら使わない(使えない)状態にあるということです。
そしてA型は、それが何事もなく活性しているので、その核酸よる生合成の威力が発揮されるというわけです。

つまり、A型の活性部分を無くしてしまうとO型になってしまう、ということでもあるのです。
そうだとするなら、”A型の人がO型になろうとする現象”は、あながち戯言でもなく、単なる”無いものねだり”というわけでもないところがあるのです。
あるA型に、自分の持っている「”余分なもの”を外してしまおう」という発想が起こったとしても、ぜんぜん不思議ではない気がするのです。
実際、それを実現化した姿をO型に見ているわけですし、何となく「O型になれそうだ」という気分になっても、DNA的には不可能ではない挑戦とも言えそうでして、A型の人たちはO型を見て、妙に共通するものを感じているのかもしれません。

ああ、A型さんたちは鋭い!

まあでも、A型の日々のストレスとか、ストイックな思いとかをはぶいて言うのなら、せっかく持っているA型的な武器(強み)を、まずは磨くのがいいとは思うのですけれど。
その完璧さ、その精密さ、その思慮深さなどは、確実に保持しながらも、その上で更に、それに伴うネガティブな部分というのを外すことができたなら、それはもう、怖いものなしなのです。さすれば、まったくもってA型最強!となるわけであります。

それにしても、DNAの配列を眺めただけでも、何かを物語っているのがABO血液型なわけです。
その何かが何なのかは、今のところ分かりませんが。
それが分かる日をとりあえず楽しみにして、私たちは、それぞれの道を究めてゆきましょう。

追伸:写真の意味は特にないんですよ。違うモノを愛する動物たちの姿が微笑ましいので画像をお借りしました。人間もみんな、異なる性質を理解しながらもっと仲良くすればいいのにな…。
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2014-06-10

2014W杯サッカー日本代表(取材補足)

代表選手にB型が少ないのはなぜだろう?

サッカーワールドカップまであと3日となりました。
先日、女性自身(光文社/6.24号,P179)さんから取材を受けたので、記事の内容にちょっとだけ補足しておこうと思います。


巷では、「今回の選手にB型が少ないのでは?」と言われているそうですが、たしかに数字で表すと、【O型/8名_34%、A型9名_39%、B型3名_13%、AB型3名_13%】となり、記事にもそのように書いてあると思いますが、チームワークを重視してメンバー構成を行うと、結果的にどうしてもB型が少なめになるのです。
ザッケローニ監督の性質や発言を聞いていると、日本チームの良さを引き出すにはチームワークだということを考えているのだろうと、私は想像しています。

だとすれば、B型の少なさは問題ではないし、そもそも大舞台に強いB型、そしてその勢いのパワーは、他のタイプの2~3倍あると思って良いのです。
ただし、B型の人数は少なくてよいのですが、技能と肝っ玉に特に優れたB型をキーマンに置いておくことはたいへん重要ではあります。
柿谷選手がそういう活躍をしてくれるとイイのですが…。

それで尚、B型の少なさがチームにマイナスな影響を与えることがあるとすると、O型の元気が少し抑えられる可能性があるということです。
O型とB型が組むことで、チームに勢いというか活気が増幅されるのです。
O型の元気にあおられてB型は気分を乗せていける。O型もB型の勢いに更に活気づく、という感じです。
逆にO型がA型と組むと、確実に仕事をこなしていけますが、少々パワーが抑えられる可能性はあります。

サッカーについては私自身が勉強不足で、選手一人一人のキャラクターについてあまり言及できなくて申し訳ないです。

[日本代表メンバーの血液型]
GK川島永嗣O型
西川周作AB型
権田修一A型
DF今野泰幸A型
伊野波雅彦B型
長友佑都O型
森重真人A型
内田篤人O型
吉田麻也O型
MF酒井宏樹A型
酒井高徳A型
遠藤保仁AB型
長谷部誠O型
青山敏弘B型
山口 蛍A型
FW大久保嘉人A型
岡崎慎司O型
本田圭佑AB型
香川真司A型
清武弘嗣O型
柿谷曜一朗B型
斎藤 学A型
大迫 勇也O型
監督 アルベルト・ザッケローニ不明

2012-11-19

「ABOキャッチフレーズ」の名付け親はアメリカ人


能見正比古氏の一番弟子だったのはMr.アンディというAB型のアメリカ人です。彼が、それぞれの血液型にキャッチフレーズをつけてくれたことがあります。


走り書きのメモが見つかったのでご紹介します !


       

●O型さん Primordial [プライモジュアル]


最初の、根本的な、という意味です。
O型というのは、本当に人間の“根本”あるいは、“基”になる気質がストレートに備わっているようなのです。
血液型人間学を考える時も、まずO型を最初に見るようにしてみると、人間の行動の本質をとらえることができます。



●A型さん Advance with Anchor [アドバンス・ウィズ・アンカー]


錨を備えて前進する人、、、とでも訳すのかな?
A型の、殻を打ち破って前へ進もうとする気持と、それを制御する錨との綱引き、緊張感、あるいは、ジリジリと前進する、静かなる進軍という感じを表しているのでしょう。




●B型さん   De’ racine [デラシネ]


なぜかB型だけフランス語になっていますね。
でも『根なし草=デラシネ』というフランス的表現は最もB型らしいのかもしれません。



●AB型さん   Angel and Beast [エンジェル・アンド・ビースト]


そのまま訳してしまうと、天使と野獣になってしまうのですが、となりにDevil とも書いてあるので、きっと天使と悪魔という感じを表現しようと思ったのでしょう。ビーストも使い方によっては、『意地悪な人ね!』というような雰囲気で使うこともあるみたいなので、フレーズからしても、Angel and Beast の方がいいですね。
AB型の二面性を表現しています。
二面性というと「二重人格」と同じに思ってしまうことがありますが、深くは異なります。

(以下、能見正比古の著書より引用)
AB型は、悪魔と天使が共存しているようなところがあります。
社会的舞台の上でお付き合いをしているには、ほとんどはエンジェル側の面を見せるでしょうから、気づかれないことが多いかもしれません。しかし、ちょっと親しくなると、小悪魔ぶりをチラチラ見せることになるんです。
と、言っても、それほど恐れる悪魔ではありませんよね。AB型さんは、根は平和主義。ただ、普段が、それはそれは、ソツなく相手に合わせ、にこやかだから、その落差に周囲は驚く、ということだと思います。

皆さんも、面白いキャッチフレーズを思いついたら、どしどし教えてくださいね。





2008-08-05

A型 赤塚不二夫さんを偲んで


ギャグ漫画の草分けは型破りなA型さん

1998年の食道ガンに始まり、その後は脳内出血で倒れるなど、長いあいだ闘病生活を送られていたそう。
そんな最中でも、お客が面会に訪ねてきたら笑いを忘れず
そして、好きなお酒とたばこも、やめなかった。

「おそ松くん」に「天才バカボン」、「ひみつのアッコちゃん」・・・
数々の笑いやギャグ、おもしろカワイイ、ヘンテコキャラクターを次から次へと生み出し
お茶の間に温かい空気を運んでくれた。

子どもの頃、学校で嫌なことがあったり、親に叱られたり、毎日がつまらなかったり
そんな時、テレビをつけると
“これでいいのだあ~”
バカボンのパパがテレビの向こうではしゃいでいた。
沈んだ心もだんだん明るくなって
「まあいいや」と、思えたものです。

幼いあの頃、こういうTVアニメが無かったら
日々の言いようのない不安な心を、どうやって癒すことができたでしょうか…
そう思うと、感謝せずにはいられないくらい、偲ばれるのです。

赤塚不二夫さんはA型。
何でもギャグにしてしまった人。
破天荒だったり、お茶目だったり、だらしなかったり、いい加減だったり、生意気だったり
でもなぜか、愛嬌のある、型破りなキャラクターをたくさん世に送り出してくれました。
離婚した前妻に保証人になってもらって再婚をしたりもしたそうで
アルコール依存症になってもガンになってもお酒をたいそう浴びていたそうで
赤塚さん自身も、相当に型破りな人生を送っていたようです。

一見、A型らしからぬ行動に見えるかもしれません。
表面だけを眺めると、B型のイメージを抱く人もいるかも。
けれど、その時々のエピソードをよく聞いてみると、まさに、A型そのものだったと感じます。

A型は、優等生で堅くて、常識人と思っている人が多い。
が、実はそれだけがA型の姿ではないのです。
確かに、社会において常識やルールを遵守しようとするのですが
そうした殻を、まとっているにすぎない自分自身から、抜け出したいと切望しているのもA型なのです。
もっと自由にならなければ!
こだわりを捨てなければ!
と、自分自身に、常に問いを投げかけているのがA型なのかもしれません。

A型がまとう殻は、何も生まれたときから付いているわけではなく。
産声をあげ、成長し、親や兄弟や、子供同士の関わりが増えるにつれ
そして、社会という目に見えない壁を感じるにつれ
A型遺伝子に深く組み込まれている“社会性”という特性が、作用し始めるのです。
だから育ちの環境いかんでは、そんな殻をまとう必要がなかったA型もいます。
そういうタイプのA型は、気の強さがやたら前面に出ている感じです。
けれど大半は、ある頃から堅固に殻をまとい、社会の壁に立ち向かう準備を始めるようです。
そして多くのA型は、その壁の厚さに人は無力であることを早々に感じ取り、上手く折り合いをつけていくのでしょう。

ところが、一部のA型に見られる傾向ですが
最後まで諦めず、1度はまとったその殻を、再度打ち破り続けるA型もいるのです。
能見正比古が、“破滅型のA”と名づけました。
(「破滅」というとネガティブに受け取られやすいので、最近は「型破り」と言い換えることにしています)

おそらく、赤塚さんはそういうA型だったのでしょう。
ある日、赤塚さんの娘さんが語っていたそうです。
「父は、実はすごい常識人だったんです。ルールを分かった上でそれをわざと壊しているんです」

たとえば、B型ならどうでしょう。
B型は最初から、ルールには無頓着。
だから、ルールがあるんだと教えられれば、案外素直に学んだりします。
でもA型は違う。信念で、型破りをあえてやっていきます。
食道ガンでも、アルコール依存症でも、たばこも酒もやめるわけにはいかない。
やめたら、自分が生きてきた筋道が通らなくなるんだし。

赤塚さんは、お酒を飲まないと照れて人と話せなかったのだそう。
真面目くさった自分の一面を、世間には見せたくなかったのもあるかもしれない。
ギャグの赤塚不二夫を、徹底して貫き通したかったのもあるのでしょう。

A型には、やけに周りを笑わせたがる、ギャグの名手がいます。
多くはサービス精神でそうするのですが、自分がリラックスしたいためでもあるのです。
赤塚さんの場合は、ギャグ漫画家という仕事を盾に、社会に型破りを宣言したけれど
立場上、そうは宣言できない「型破りA型」もいますよね。
そういう状況に置かれているA型は、心を許した信頼する間柄だけに
その破天荒ぶりをこっそり見せることになるようです。

ここ研究センターの、(故)能見俊賢がそういうA型さんでした。
「頭を空っぽに」が口癖で、赤塚さん顔負けのギャグで常に事務所に笑いをもたらし。
時折気が向くと、古典落語を聞かせてくれたのですが、プロも顔負け、天下一品の語り部でした。
常識を破る血圧の高さを自慢しては、それをネタに場を笑わせ、緊張する編集者を和ませたり。
こちらの先生は、病院の治療を受けることを、最後まで拒否しつづけました。
周囲の私たちも、そういう生き様を承知するしかありませんでした。

赤塚不二夫さんと能見俊賢のA型性が、ふと重なります。
もしかして、俊賢先生も
「これでいいのだあ」
最後の時には、そう言ったのかもしれない。

ああ、型破りな人たちが、ひとり、またひとりとこの世界を去っていく。
つまらないな世の中になるのかしら。
あっちでは病気なんて無いのだろうし、身軽になってギャグに精々磨きをかけたら
またこっちの世界に降りてくるかしら。