細胞は思考するーブルースリプトン博士が到達しようとするその先は?

細胞は賢い!そしてABO血液型も賢く働いている?


以前にもこのブログで簡単に紹介したことがある「思考のすごい力(原題:The Biology of Belief)」という、細胞生物学博士ブルース・リプトン氏の著書を再考察します。

リプトン博士の発見は、生物学における「セントラルドグマ(中心教義)」という概念(現在はこれが強く言われることは少なくなった)を、ある意味覆すことになるものでした。セントラルドグマとは、遺伝子の情報伝達においての中核的な教義で、あらゆる生物の生成は「DNA→(mRNA)→たんぱく質」という一方向の順に情報が伝達されるという基本原理のことです。


そしてリプトン博士自身も、その日その時までは、「セントラルドグマ」に従って研究を進めていたし、生徒たちにもそのように指導をしていました。ところが、生徒たちに教えるためのノートをまとめている最中に、リプトン博士は、はたと気づきます。


「細胞は、DNAの命令に従っているわけではない!」


細胞生物学者である博士は、何年もの間細胞を観察していて、その働きの独立性や知性については充分知っていました。ところが、ある壁(細胞膜)があることで、その神秘を説明して次の展開に進むことができずにいたのです。しかしその瞬間、その鍵を探し当てます。まるで電光が射し込むように…博士の知性の扉が開く瞬間でした。1985年の出来事です。


その後リプトン博士は、医学生の教育現場から医学部研究室に戻りますが、彼は「セントラルドグマ」に異議を唱え始めます。それを他の生物学者らが嫌がったのは言うまでもありませんが…。博士は、何年もかけて「魔法の細胞膜」を説明する方法を改善しながら、"生命の秘密を解く鍵"について訴え続けることになります。

本書が本国で出版されたのは2005年ということは、博士の最初の"気づき"から既に20年もの月日が流れています。その間、博士の理論を裏付けるような研究発表が次々と行われ始めます。そしてヒトゲノム計画(DNAの解読)の終了が発表されたのが2003年。その時、マウスとヒトの遺伝子の数は同じ…つまり、遺伝子だけ調べても人間の複雑さは分からないということが明らかにされたわけですが、本書の発表はその数年後になって、やっとその時を得たということでしょうか。

リプトン博士がこの本を出版したあと、同様の研究者にこう言われたそうです。

「しかし君、これは特に新しい発見というわけではないのじゃないかね?」
細胞学者にとっては、細胞が外部の情報を受け取って内部に伝達しているということも、細胞の賢さも、遺伝子が全ての支配権を握っているのではないことも、既に周知のことなのでした。
しかリプトン博士が彼らと違ったのは、その細胞の働きを単なる物質の働きと捉えるのではなく、それが"思考"していていると捉え、それがいったい何を物語ることになるかというところまで、発展させたところにあるのだと思います。

本書を読んで、教義に異を唱えたリプトン博士が味わったその数十年の経緯を見ていると、学者たちというのは、どうしても自分の専門分野を超えない範囲でしか見ない…というか、現状、見れないシステムになっている、というのがよく分かります。「セントラルドグマ」という教義が既に古くなったと分かっていながら、誰も(リプトン博士以外)それについて触れようとしなかったのは、たとえば細胞学者からすれば「細胞が情報の伝達をやり終えたあとのことは、DNAをいじくり回す人がやってくれ、私たちここまでだから…」という感じだからです。お互いの領分は侵さないという不可侵条約みたいなものが、暗黙に了解されているかのような雰囲気です。


ここで本題にもどると…

本書では、細胞ひとつひとつがまるで脳であるかのように、複雑さ極まりなく賢い様を、分かり易く説明しています。
"遺伝子が支配していない"という説明では、たとえば細胞からDNAが収められている「核」を取り除いても、細胞はだいぶしばらくの間それまで通りの活動をします。もちろんいずれその細胞は死に至るのですが、それは核からの情報指令が失われたからではなく、再生し増殖する能力が失われたからです。つまり細胞が核にある遺伝子に再生要請をすることで、遺伝子ははじめて情報を生み出すからです。となれば、遺伝子は生命の中核を成す脳というより、むしろ生殖器のようなものである、と博士は冗談めかします。外界の情報を受け取って「これが必要」「それを送れ」と脳のように指令を出しているのは、細胞膜のたんぱく質の方なのです。

そして、我々が生命を維持するのには、内側というよりも外側からの入力が重要であるとも言っています。「環境→細胞表面・細胞膜→核(DNA)→新たなたんぱく質の生成」という順路で生命維持は行われるのだと。

もちろんこれらは留まることなく循環している作業ですから、どれが鶏か卵かというところもあります。博士は、「セントラルドグマ」の古臭い概念を崩したいがために「遺伝子は生殖器のようだ」と言ったのですが、そもそも、どこに中心をおくとか、どこに支配権があるとかいう、一方向的な支配構造概念を、私たちは取り払わなければならないということかもしれません。

こうした考えに似た理論は、生物学者も遺伝学者も、既にいろいろな本に著したりしているとは思います。けれど同じ現象を観察して説明したとしても、その人の知性や視点によって捉え方は異なり、最初はその差はわずかに思えても、いずれ大きく離れていくことになります。これまでの科学はそんな微妙な分岐点を、あるところで見過ごしながら進んできたのではないかという気がします。


では、するとABO血液型は、この賢い細胞上で、どのような働きをしているのでしょうか?

博士は本書の中では、細胞膜やたんぱく質全般について話しているのであって、ひとつひとつの特徴的な働きや細胞表面についてまでは言及していません。しかし、細胞の膜とその外側における、むしろ環境からの入力をどう処理するかが、私たちの生命を維持したり、活動を制御したり、知性を発達させたりしているのだ、ということは明確に示しています。
何度もお伝えするように、ABO血液型は細胞の表面に乗っかっている糖鎖であり、レセプター(受容体)です。ガラクトース(B型に関与)やNアセチルガラクトサミン(A型に関与)などが、その代表的なものですが、これら糖鎖が外部の情報を細胞内へ受け渡す役割を担っているのです。外側の情報をどのように知覚しどのように受け渡すか、というその鍵は、糖鎖が握っている、ともいえるのです。リプトン博士の言うように、生物としての細胞が思考(信念)を持つならば、ABO血液型のそれぞれも、それぞれの受け取り方、それぞれの振る舞いの中で、何らかの信念形成に関与していると考えられます。


そして今後の研究と可能性

私はこの本を数年前に読みましたが、あらためて再読し、記事をここに再度残そうと思ったのは、昨年終わり頃から放映しているNHKスペシャル「人体」という番組を観たからでした。

この十数年、一方では(今の)科学の限界が言われ続けていました。

「もう充分研究したが、この先何を発見すればいい?人間の頭脳で検証できることは全部やったし、今分からないことはこれからも、人間には分からないのでは?」
ところが、意外なところからその壁を打ち破る方法が生み出されている、ということを、この番組を観て知ったのです。
それは、MRIなどを観る際の画像処理技術が画期的に改善されたことで、今まで部分的にしか観れなかった血液循環の様子など、その範囲が大幅に拡大し、体内を流れる血液の中で実際に何が行われているのかという全体像が明らかになってきたのです。
それは驚きでもあり感動でもある光景です。たんぱく質らやレセプターらは、ひとつの情報をキャッチするやいなや、光の速さ(実際、光って見える!)で指令を出し、それらは次々と連携してゆき、体内の総てが共同で連動し合っているという事実を目撃するのです。

こうなってくると、私は××の研究だけしていればいい、とは言えなくなってくることでしょう。もはや、血液の研究者も、脳の研究者も、免疫の研究者も、あらゆる分野の研究者たちが総動員しなければならなくなったのです。人間というのはこの目で見たものしか信じない…という愚かしい信念がありますが、人間による理性ではなく、画像技術が生物学界の不可侵条約を打ち破ったというのですから、少々皮肉でもあるような気がします。

考えてみれば、むしろそれに関わっていない私たち一般人の方が、「部分的な研究じゃなくて、お互い連携し合って研究すればもっとよく解るんじゃないの?」と、ずっと長い間思っていたかもしれません。
とにかく、この全体像を観測できるようになったことで解っていくことは、革命的な人体科学の進歩になるだろうということです。ご覧になった人も多いと思いますが、テレビでは視聴者の身近な関心事にうったえるため、まずは癌の治療法が画期的な解決に至るであろうという点を大きく取り上げていました。それは本当に、多くの人が安堵する、素晴らしいことです!

そしてABO血液型について話を戻せば、この研究に対しても、部分的に調べていたのでは、おそらくいつまで経っても分からないだろうというのを、能見俊賢ともよく話していたことでした。血液学者が血液をどんなに調べても、免疫学者が免疫システムどんなに論じても、遺伝学者がDNAをどんなにいじくりまわしても、何も出てきやしないのです。彼らはいつも、「ABO血液型物質はそんなに重要な働きをしていない」としか言えず、「悪いけど、私たちにはもっとやらなければならない重要な研究がたくさんありますので…」と、鼻で笑って見過ごしてきたのでした。

ところが、こうして全体像が見えてくるようになれば、リプトン博士のように電光に目が覚め、そこに光をあてる学者が出てくる可能性も高くなります。

そしてまた、現在、糖鎖の研究が進み始めていることも、ABO血液型にとっての朗報です。糖鎖研究に関わる研究者たちは、この糖鎖の働きがいかに重要かということを解り始めているのです。おそらく「糖鎖」とインターネットで検索すれば、今はたくさんの情報が出てくると思います。数年前までは、ほとんど情報が無かったし、あってもサプリメント関連で取り上げているような位置づけでしかなかったのです。これについての研究者側の言い分は、細胞にはたんぱく質と糖鎖があるが、糖鎖は次々とその形を変えて複雑なため、観察するのも複製するのも、再現するのも困難だったということです。これもやはり、近年の観測技術の進歩によって次のステップに進めたということなのでしょう。


このようにして、ABO血液型について真に研究できる舞台が、徐々に整いつつあります。

そして、本当の研究が行われたとしたら、今度はその結果をどのように我々が活用するのか、そのことが最も重要なことかもしれません。そのとき訪れるであろう微妙な分岐点を、どうか見誤らないで欲しいと願うばかりです。

リプトン博士の本から話がだいぶそれましたが、リプトン博士の細胞の研究に対する期待もさることながら、私は個人的に…、リプトン博士の物の見方、捉え方に共鳴しています。ですから今後、ABO血液型についても何か示唆を与えてくれるのではないかと期待をふくらませているのです。

実のところ、現在リプトン博士は、研究現場からは退いているようです。おそらく、学会に属していたのでは自分の真の目指すことが出来ないということになったのでしょう。
リプトン博士は、細胞が環境の情報を受け取って独自に"思考している"ということが分かったことで、私たち人間は、その情報の受け取り方次第、その思考の仕方次第で、いかようにもなれる"すごい力"があるということを、生物学者という物理の科学者として理解したのでした。そして人間だけでなく細胞同士がうごめくこの世界は、それが今は目で見えなくても、全てが繋がっている共同体なのだということに焦点をあてるようになります。するとその先へ進むには、もっとスピリチュアル(精神性)な視点を広げなくてはならなくなります。その見方は、いまだに多くの人が避けている道でもありますが、リプトン博士は今、そうしたスピリチュアル的概念に背を向けていた世界に居た一生物学者として、ひと肌脱がなければならぬという思いで啓蒙活動に忙しくしているようです。

私も、ABO血液型遺伝子という物理的な働きにおいては、実証できる(現在の)科学的研究が成されるべきだと考えていますが、実際に私たち人間がこのABO血液型の知識と知恵を活用するためには、スピリチュアル的な概念を理解していかなければならないとも強く思っているのです。

それは私だけが独断でそう思っているのではありません。この研究の創始者、能見正比古も、「愛」をもってしてでなくてはこれを使うべからずと、何度も何度も訴えてきました。しかし能見正比古が、「愛」とか「人間の連帯意識」とか、そういう見えないもの、スピリチュアル的要素を多分に含む観念(能見正比古がスピリチュアルという言葉を意識したかどうかは別として)を土台にして人間を観察していたことを、多くの人は知らなかった(あるいは気に留めなかった)であろうと思います。しかも困ったことに、そっちを強調すると「やっぱりまやかしだ」「トンデモ科学だ」「ただの占い」というふうに、違った方へ矛先が向かってしまうのです。能見正比古は、このどうしようもない思い違いに深く苦悩しながら、著書の最後のほんの隅っこに、その想いを綴っていたのでした。

私自身、そんな迷路のような行ったり来たりのあれこれを、長い間ずっと考えてきたわけですが、これからは、さすがに次のステージに進めるのではないかと希望を持っています。

そのためには、リプトン博士のように、科学とスピリットの橋渡しをするような、あるいは科学と精神性の統合をめざすような、そういう学者がどんどん現れることを楽しみにしているのです。
そして、それぞれの血液型の、その血液型にしかない素晴らしい役割や思考、あるいは隠されたスピリットというのを、人々が理解する日を待ち望んでいます。


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