2015-10-29

知識と引き換えに失うもの

数年前の事、学校の課題のために血液型をテーマにしたいと、ひとりの女子中学生が訪ねてきました。
とても可愛いA型の女の子。
そして、しっかりと自分と向き合っている、という印象があります。
だって、たったひとりでここへ来るには勇気が必要だったろうから。

その子が、非常に興味深いアンケートをとってくれました。

質問は、「幽霊を信じますか?」
過去に同じ質問を、能見正比古が行ったのですが、その時と結果はほぼ同じ。

(回答)
あるはずがない、くだらない!・・・多い順に⇒O、A、B、AB
(逆に「ある」と思うのは、AB型、B型の順で多いということ)

補足には、以下のような事柄もあるけれど、いずれも血液型の気質をよく現しているのです。

O型・・・「自分が見れば信じる」
(O型の現実性の強さ・・・見たもの触れたものを信じたいという感覚)

B型・・・「無いとはいえない」
(B型のケジメをつけたくない・・・可能性を残しておこうとする純粋な科学的志向性)


中学生女子が行ってくれたアンケート結果もほぼ同じ結果となり、加えて彼女は小学生にも同じ質問をしてくれました。
その結果が興味深いです。
小学生低学年では、O型が、「信じる!」というのが一番多くなっていたからです。

さて、これはどういうこと?

O型はとても素直。
だから、素直に社会の中に染まりやすいといえます。
そうすることが、生存のためには最も優位だからでもあります。

すると、これまでの科学信仰社会の中では、O型が、幽霊を否定するのは無理も無いかもしれない。
でもそのO型も、子供の頃は、一番信じていて、一番怖がってもいたのです。
知識がまだ無い頃のO型の子は、見えないもの、触れないものも、感じ取ることができたのかもしれない。
幽霊を信じることが良い悪いということを言いたいのでは、もちろんないのです。

知識を得ると、その無防備な感性は遠のく。
そして、いつか失う(忘れ去る)
その失った・・・忘れ去られた部分に、何か大切なものがあるのでは?
と、度々思う事があるからです。


子どもたちを観察するのは興味深いことばかり。
それは、私たちに何かを教えてくれているに違いないからです。


2015-10-26

オレンジリボン運動~子供たちが残しているメッセ―ジとは?

児童虐待防止をめざしたオレンジリボン運動というのがあります。
発端は2004年栃木県の事件だそう。
現在、この運動は年々拡大し、厚生労働省により11月は児童虐待防止推進月間とされたということ。

栃木県小山市の事件をきっかけに、児童虐待にようやく注目が集まったというわけです。
以前には無かったというわけではないだろうし、もしかしたら、以前はもっと多かったかもしれない。
けれど、子どもの数も時代背景も違う30年前、40年前と件数を比較したところであまり意味はないかもしれません。
今、この日本においてその事実があり、それが明るみに出たということに意味があるのでしょう。

幼い子どもの命を守りたいという、ごくあたり前の憂いがあるにしても
日本は、世界の人口増加とは逆行して、減少の一途をたどっている最中です。
現在、子供の数はおよそ1600万人。
社会の集団的意識が存在するのだとすれば、これだけ減少している子供たちを何とか守らなければという危機感を持つのは当然のことです。

虐待を減らすにはどうすれば良いかについて、オレンジリボン運動を始めとする成果は確実に表れている気がする。
そこに関わる人々の懸命さを強く感じるし、その現場に行ってみて、強いパワーも感じ取れたからです。

けれど私があえて問いたいのは、もっと深い原因を探ってもいいのではないかということ。
なぜ今、その事が明るみに出て、なぜ今、その事に注目するようになっているのか?
悲痛な思いで世を去った子供たちは、残された私たちに何を伝えたいのだろう?

虐待を無くして!
虐めを無くして!

ただそれだけではない気がしてならない。
子どもたちからの、日本人、全ての人に対するメッセージのような気がしてならないのです。
テレビで新聞で、そのニュースを聞くと、私たちは始めは悲しむけれど、そのうちに、この社会に対する不安や恐怖のような感情に移行し、むしろその気分だけが残留する。
子どもたちは、そんなことを望んでいるわけではないはず。

マザーテレサの言葉が頭をよぎります。
「この国は、愛が足りないのです」

日本は、このままでいいのですか?
不安だけを抱え、怯えるだけでいいのでしょうか?





血液型のうた「みんななかよし」


横浜山下公園にて

子ども虐待防止キャンペーン~オレンジリボンたすきリレー~
童謡バンドイチゴパフェと小学生たちのダンス風景











昨日(2015.10.25)横浜山下公園を中心に、神奈川と都内においてオレンジリボンたすきリレーが開催されました。
イチゴパフェさんが参加し、ダンス部の子供たちが血液型のうたを踊ってくれるというので応援に!

10年前、能見俊賢が亡くなるほんの少し前に歌と曲作りが完成し、亡くなった後、天国の先生へのプレゼントにCDを制作したのでした。



イチゴパフェのあっこさんが、ダンスも付けてくれて
今でも子どもたちと一緒に歌って踊ってくれています。

歌の動画
https://www.youtube.com/watch?v=1SH4D1N9Jvc








イチゴパフェの歌とパフォーマンスは最高!
とにかく楽しい!元気が出る!

2015-10-01

血液型テレビ番組の真相(2)

「血液型と性格」について、日本社会では誤解と中傷が多いのです。この研究がこれまでどのように行われてきたのか、どのように社会に浸透、拡散していったのか、出来る限り客観的に、記録に残していこうと思います。
現在、私は研究当事者であるがゆえ、時に感傷的であり、個人的な感情も含まれることをご理解下さい。内容の事実を拾って頂ければ幸いです。)


9月28日に放送された血液型についての情報源をテレビ局に求めたところのご報告です。

この放送での一番の問題は、厚生労働省が、科学的根拠がないというのを果たして正式発表するだろうか?ということです。
そうするには、たとえば厚生労働省が研究チームなどを編成するなどして、独自の調査を行わなければなりません。それは常識的にあり得ないことです。

テレビ側からの回答によると、どうやら、熊本厚生労働局の、企業側に向けたコンプライアンス上の注意事項を示したものです。
熊本厚生労働局 公正な採用選考のために

こうした内容なら、当センターも現在の社会的モラル上、致し方ないことです。

ところが、このホームページの一部分を切り取るかのように、
「科学的根拠が無いと厚生労働省が正式発表」
などというテロップを出したのは、明らかに視聴者に誤解を与えます。

この番組では、他にも、デタラメな数値が発表されました。


●ブラジルではO型が100パーセント(こちらはネットから情報をとったという回答でした。)

正しくは→100%ではありません。 調査場所により数%の違いはあると思われますが、およその分布は(O型49% A型37% B型11% AB型3%)となります。

●古川竹二の(当初の)論文のサンプルが11人

正しくは→11人は着想段階の人数。論文では50人
そして、更に問題があります。
古川氏は、最初の仮説において、自分の学生たち数十人に調査を行い、仮説に沿った結果が出たので論文を書きました。(現在の論文も数十人から100人程度で証明しているものは数多くあります。)
そしてその後、研究を続ける足場が整ったので、サンプル数を増やし続け、最後は数千人に達しているのです。

番組で当初の数字だけを言えば、「こんな少ない調査数で調べたといえるの?」というイメージを与え、この研究がいかに信頼出来ないかというのを暗に示してしまいます。

このような見せ方で、果たして、視聴者に真実を伝えられるのでしょうか?
これは、たまたま、直近で起こった出来事ですが、これまでも、多かれ少なかれ、このような形で番組作りが行われてきたのです。

我々が、番組を監修する際も、どんなテロップが出るかは放送されないと分かりません。そこまで制御をする権限は、監修者側にはないのです。
放送された後、我々とトラブルになることはしばしばありました。
しかし、テレビ側は謝るぐらいがいいところで、とにかく既に世に流れてしまったものはどうしようもないのですから。

唯一、事実を伝えていたのは、子どもたちをはじめとする、人々によっての、行動実験を行った時のみです。
それらは、見れば分かることだからです。
それこそが、視聴者が受け取ることのできた真実だったのです。


ichikawa


血液型と気質のパイオニア 古川竹二

「血液型と性格」について、日本社会では誤解と中傷が多いのです。この研究がこれまでどのように行われてきたのか、どのように社会に浸透、拡散していったのか、出来る限り客観的に、記録に残していこうと思います。
現在、私は研究当事者であるがゆえ、時に感傷的であり、個人的な感情も含まれることをご理解下さい。内容の事実を拾って頂ければ幸いです。)



血液型と気質(三省堂)
昭和7年1月30日初版発行

著者:古川竹二








血液型と人の気質について日本で最初に研究をしたのは古川竹二という、教育心理学者(現在の御茶ノ水女子大)だった。
彼が研究に着手したのは、昭和元年頃と思われる。
血液型の発見が1900~1901年だから、それから20年ほど後のことだ。

当初は、数十人の学生を対象に始まり、8年後にこの本を出した時には、数百人~千人前後の調査数で行っている。

研究の道のりは、非常に苦難であったらしい。
当時も、他の学者たちから、さまざまな誹謗中傷があったようだ。


以下は、上記写真の本のまえがきである。


























しかし、この本を出版する頃には、古川氏の研究の賛同者も現れた。
それには、法医学の草分けと言われる、古畑種基氏(東京大学医学部)もいた。
ABO式血液型の日本全国分布図作成は、古畑氏が中心に行われたのだ。

古川氏にとっては非常に心強い味方ができた。
しかし、その安堵もつかの間、支持していた古畑氏は考えを覆した。

理由は明らかだ。
古畑氏の法医学に対する功績は非常に大きかったため、周囲からも押し上げられるような形で、学会の頂点へ上り詰めようとする勢いであった。
古畑氏にとってはその、大事な時期であるがゆえ、血液型で性格を云々~という、わけの分からない研究を支持するのはどうしたものかと、周りからの忠告を受けることになる。

方医学会全体において、古川氏の研究に対する意見は2つに分かれていたのである。
ABO式血液型研究を日本で開花させた古畑氏は、その対立を収めねばならなかったのだ。
古畑氏は、否定側を選択した。
それは、鶴の一声となった。

古川氏は、即座に研究の取りやめを迫られた。
彼は、血液型と人間の深い関わりを確信していたに違いないのだ。
どれだけ、無念であったろうか。

当時はまだ、どの学問分野もまったくの模索中であった。
それは現在も同じだが、何かが正しく、何かが間違っているという白黒を決定するのは無謀である。
しかも、人々の性格行動を研究するのに、法医学は専門外であろう。

さまざまな、当時の事情があったろうが、いずれにしても、古川氏と古畑氏に直接聞かなければ、真相は分からないことではあるのだが。

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(人物の血液型)
古川竹二…A型(自身の本より)
古畑種元…B型(自身の本より)

ichikawa














血液型テレビ番組の真相(1)

「血液型と性格」について、日本社会では誤解と中傷が多いです。この研究がこれまでどのように行われてきたのか、どのように社会に浸透、拡散していったのか、出来る限り客観的に、記録に残していこうと思います。
現在、私は研究当事者であるがゆえ、時に感傷的であり、個人的な感情も含まれることをご理解下さい。内容の事実を拾って頂ければ幸いです。)

9月28日、某テレビ局の深夜番組、で血液型がとりあげられた。
その内容は、否定的なものだったらしい。
それはそれとして、おまけにこんなテロップも出たようだ。

科学的根拠なしと厚生労働省が正式発表


これについては、これから調査を行います。
果たして、厚生省でこのような内容の正式発表を行ったのは事実か?
事実だとすれば、逆に、何を根拠に行ったのか?
のちほど、ご報告いたします。

それにしても、「血液型人間学」を、どうしてもこの世から消し去りたい”誰かたち”が居るようです。

そして相変わらずだが、テレビ局のやり方もまったくもって気に入らない。

番組の放映2週間ほど前に、能見正比古の写真を借りたいというメールが届いた。
これもいつものことだけれど、丁寧さも何もない担当者。
内容によっては提供できないことを伝え、とりあえずは渡してもいいかという内容だったのメールで送った。

私は放送は観れなかったが、研究会のひとりが観てくれたらしく、結局は上記のような内容だったと報告があった。
能見正比古の写真は使わなかったらしい。
私に何か言われるのを避けたという理由かもしれないし、それは分からない。

もちろん、こういう時、使わなかったとか、企画内容が変わったとか、そうした報告があったためしはない。
担当者にテロップの出どころを問い合わせた。

テレビ番組が全部悪いとは、もちろん言わない。
テレビ局とは、先生方の時代から何十年もの間、何回も何回も、お付き合いがあった。
この話題が、まだ新鮮だった頃、血液型をとりあげると、視聴率は見事に上がる。
子供たちの行動実験を行えば、20%以上にもなる。
局は、とりあげたくて仕方がない。
「せんせい、せんせい!」とおもねって、こぞって、どのテレビ局でも特集を組んだ。

番組作りに協力する先生の時間と労力は過大極まりない。
少しでも良い内容になるよう、プロデューサーに理解させることから始まる。
打ち合わせは何時間、何日にもなり、疲労困憊だ。

そんなふうに命を削って対応しても、おかしな方向に向かって終わる場合も多かった。
それでも、この事実を伝えなければ。
伝わる人には伝わるんだと、言い聞かせながら行ってきた。

しかし、それも10年前までの話。
現在、テレビ局では、血液型を肯定する形では扱えないムードが蔓延し、それは更に助長されている。
事情は、別の記事を通して書いていこうと思う。

しかし、だ。今の、テレビ側の、手のひらを返したような対応に、黙っているわけにいかない。
あまりに失礼ではなかろうか。
あなたたちは、以前、視聴率のために、いや、それだけでもなかろうに、本当にこの事実を面白がって、放送したではないか。
あなた方が、この研究の断片を、日本中にばらまいたというのに。

ばらまきすぎた結果、こういう事態になっている。
それについて、何も反省せず、改善しようともせず、今度は意味もなく取りあげては、「こんなものは信じちゃいけない」と言い放っている。
過去のことなどなかったように、節操もなく、今度は否定論を日本中に広めようとするつもりなのだろうか?


私は、俊賢先生から仕事を引き継いでから今まで、声を大にすることはなく、静かに、全てを見守ってきた。
しかし、このまま真実が隠されたままにしておくことは、もう出来ない。

言わなければならない時期が来たのだ。
この研究の歴史と真相、そして事実を、どこかに残しておかなければならない。


ichikawa