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B型は数がお好き?

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B型が数が好き、といっても、だからB型は数学が得意!ということでもないのです。
彼らが惹かれるのは、数そのものより、『記号』なのだとも思われます。
もちろん、数に惹かれるなら、数を扱う分野を好きになる確率は高くなるでしょうね。
それら詳しい事は、今後の研究課題です。






(以下は、子どもの観察記録より、以前寄稿したコラムから抜粋したものです。)


私の幼なじみの友人の、B型の男の子、Sくんが3歳の頃の話です。
彼もやっぱり数が大好きなんです。
保育園では先生が子どもたちに絵本を読んでくれたりしますが、他の子は先生のお話や、絵本に描いてある絵を見てワイワイ楽しそうにしています。
ところが彼の場合、絵本の隅にふってあるページの数字に興味があるらしく「あっ、これ、に(2)だあ!」なんて、ひとりはしゃいで喜んでいるんだそうです。
「Sくんは、他の子と興味を持つとこが違うものねぇ…」
保母さんたちが苦笑いしているそうなのですが、でも、お母さんの方もB型なので、子どもの興味の向くままに、むしろそんな変わりモンぶりを面白がっています。

私も何度か彼に会いましたが、実にユニークな子で、彼の行動のそこかしこに見えるB型性には、改めて驚いたり感心したり!
あるとき、「いくつ?」って歳を聞いてみたんですが、「88才!」って、元気に答えてくれました。
もう一度聞くと今度は、「91才!」ですって。
どんどん増えていきます。
まだ100以上は数えられないそうだけど、そのうち天文学的な数字に発展していくんじゃないかと思います。
でも、お母さんの歳を聞いたら、何度聞いても「24才!」と答えるんです。
お母さんは私と同級生だから、そんなはずはないんですけどね。
私の友人、ここだけは、しっかり押さえたようです。

それから、こんなエピソードも聞きました。
ある日、彼女がSくんを叱ったそうです。
「そんな我侭言うなら、明日まで口きいてあげない!」
するとSくんは、必死に迫ったそうです。
「えー、明日までって、何時何分?ねえ、何時何分までなの!?」

Sくんの、最近の興味は『四字熟語』だそうです。
これも一種の記号なのでしょうか?

さてさて、Sくんの数へのこだわりは、今後どんな展開を見せるのでしょう?
とても楽しみです。

日本で真実が伝わらない理由

たまたま見かけ、気になった記事がありました 江原啓之さんのインタビューです。 江原さんは、今や誰もが知っている日本を代表するスピリチュアリストです。 その名前が日本中に知れ渡ったのは、テレビで一時、盛んに放映していたスピリチュアル番組に出演していたからだと思います。
江原さんの番組の内容のほとんどは、芸能人の先祖霊や守護霊や過去世などを霊視して、彼ら彼女らの問題を当ててみたりアドバイスしたりするものだったよう。 その記事のインタビューで江原さんは 「みなさんに、スピリチュアルとはどういうものか、そして見えないものを理解してもらう必要があったから」というようなことを言っていました。
霊の世界を信じている人も居るが、信じていない人も居る。 それは自分で感じることだから良い悪いではない。 そしてまた、別の人々もいる。
何となく感じる気がするし、信じたい気もするけど、その証しがないから決められない、という人たち。 実は、そういう人たちが大多数ではないでしょうか。
だから、まずはその証を見せることも必要なのだ。 江原さんも、そう思ったのでしょう。 番組側と江原さんの考えが一致して、それは始まったのだと思います。…少なくも制作の段階では。 そしてみごとに反響が。 視聴者は、なるほどと感心し、驚き、ちょっと感動し、涙する場面もあったりして。
すると視聴率は、もっと上がりました。
けれどそこから先は、江原さんと番組側の意図が、少しずつズレ始めたのではないかと思います。 番組側は、視聴率を追いながら、ただひたすら同じことを繰り返す。 視聴者が飽きるまで。 そしてそろそろ、もういいだろうという頃、これもお決まりの、どこからともなく批判の声が聞こえ始める。 ――彼の力は本物なのか? ――どうせ金儲けだ、商売だろ? 江原さんは、自分が伝えたい本当の意図とズレていることに気付いてきたのでしょう。 視聴率も下降を見せ始め、そしていろんな理由を付け加えて、やがて番組は終了します。
終わった後、番組側は、「この企画は大成功だった!」「世の中にスピリチュアルブームを起こした!」、そう満足し、功績になり、彼らにとっては過去となります。 しかしその主役となった江原さんの方はどうてましょう?
もどかしく、後味が悪いはず。 「でも少なくも、霊性の世界を少しでもお見せすることができたんだ」と、納得するより他にないかも。

では、視聴者はどう…

AB型作家に共通してしまったAB型の二面性

AB型太宰治と遠藤周作の妙な共通点 太宰治と遠藤周作という作家がいらっしゃいました。
2人ともAB型だったのですが、
2人には面白い共通点がありました。
作家活動を行うなか、2人とも、全く違うテイストの本を書いたことです。

たとえば、太宰治は、「走れメロス」のように教科書に載るような優等生作品を書いていると思うと
「饗応夫人」や「人間失格」など、逸脱した人間の哀しさ可笑しさを、えぐるような作品もあります。

遠藤周作も、歴史書や宗教的テーマの純文学を書いた人と思えば
「ユーモア小説」や「おバカさん」など、洒脱な作品も数々あるのです。

私もAB型なので、気持ちはよく分かるのです。
自分の中には、常に両方の感性があり、どちらか片方では、どうしても表現しきれないので、煮詰まってしまうのです。
エッセイなどを書いている時も、一つのテーマに対して、考えが四方八方から沸いてくることがよくあり、
おっと、待てよ、これだと私の考えはどちらなのか分からなくなるじゃないかと、自分でも苦笑いしてしまいます。
何とか一つの、一本筋の通った話にしなければと、悩むことが多いのです。

もちろん、太宰治さんや遠藤周作さんは、優れた作家なので私のような幼稚なことにはならないのでしょうけど、彼らの場合は、作品を書きながら、どうしても自分の中にある、もう一つの感性を表現したいという衝動にかられたのではないでしょうか。

とにかくAB型は、何につけ、バランスを取りたくなるなるのです。
それでやっと、自分らしくなり、安心するのです。
やはりそこは、他の血液型から見たら分かりにくいところかもしれません。


少年Aと呼ばれた人

この記事を書いた後に、いくつかの情報を得ました。
私がその真相を調べるには至りませんが、取り合えず現段階で言えるのは、この事件には謎が多すぎる。あるいは冤罪の可能性もある、というものです。
なぜこのような信じがたい事件が時おり出現するのか?この惑星の社会は、狂気に陥っているとしか思えない。しかし、それに人々は気づき始め、本当の良い世界に変えようとする動きも既に起きている、というところも付け加えておきます。
私たち一般市民には、知り得ようがなかった事実が数々あるようです。
ある事件、ある話題に対して記事を書く時には、十分注意しなければならないことを痛感しますが、真実はどこにあるのかを、ひとりひとりがよく考えて受け取らなければなりません。
透明で優しい世界を創るためには、私たちひとりひとりの意識が上昇することが大切なのです。


それは、1997年に起こった。
酒鬼薔薇聖斗と名乗る14歳の少年がおこした「神戸連続児童殺傷事件」である。

2004年、彼は医療少年院を退院した。
今また、話題になったのは、彼が手記「絶歌」を出版したからである。
“元少年A”というHPには、自分のプロフィールを載せている。
血液型は『A型』とあった。

私は、最初に言っておくと、彼のA型性や犯罪性について書こうとしているわけではない。
犯罪は、どの血液型も犯す! その犯罪性を分析すれば、いろいろ言えるだろうが、たとえば心理学者が「○○症候群」などと分析するように、血液型で云々をいう事はいくらでもできるが、私はそんな事はしたくない。
でも私が、あえて書いておこうと思ったのは、ツールは何であれ、“人間を見つめる者”として、思う事があるからである。

本を出版したことに対して、世間の目は批判的だ。
遺族の方々の思いを考えれば、それはそうだろう。
そしてそんなムードが世の中に漂うとき、もう誰も、少年A氏を少しでも弁護するようなことは口にしなくなる。

少年Aは殺人者
今も更生していない非人間
遺族が気の毒

もはや情報の焦点は、そこにしかあてられない。
そこにはもう、議論をする余地は残されなくなる。
本当に、それでいいのだろうか?
この事件をきっかけに、私たちがもっと考えることは、他にないのだろうか?

私も、あの時の衝撃は記憶に残っている。
犯罪の少ない、平和な社会だと思い込んでいたこの日本で、現実に起こったことだとは思…

愛を理解したいなら血液型を知って損はない

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能見正比古は、血液型と人間の関係について、さまざまな角度から眺めて考察しました。 政治、ビジネス、子育て、夫婦の問題、男女の恋愛、人生について、スポーツ機能…。 ABO血液型は人間が関与する、あらゆる活動に関係性を認めることができるからです。
どの分野も役に立つ情報はたくさんあるのですが、日本では女性誌でよくとりあげられたせいか、男女の恋愛関係が中心になって広がった感じがあります。 そういうムードがあるからなのか、血液型のことをいうと、「女性は好きだよね」と、男性に言われることも多いのです。
「あら、そう?すると男性は愛に興味がないの?」
もし本当に興味がないとすれば、それはつまり、男性っていうのは人間のことなんて興味がないよ、と言っているようなものなのだけどな。 もちろんそれが自分たちの人間オンチを自慢しているのと同じだとは、言った本人も気付いていないのでしょうが。 男子たるもの、血液型に関心を持つのは恥ずかし、いとでも? などと、いちゃもんをつけたくなる私。
しかしそういう私も、男性たちが時々そんな風に言うのを聞いているものだから、企業関係の講演なんかに呼ばれたときには、聴講者が男性ばかりなら、やっぱりビジネスのことを聞きたいんだろうかと、仕事に役立ちそうなことをあれこれ考えて話してしまうのです。 ところが、講演の後に食事会などに出席すると、男性陣から次々に出る質問は「いや、妻がA型なんだけどね、最近上手くいってないんだよねえ、ご機嫌とるのが大変で…」 というようなたぐいのものばかり。
だからそうでしょう? 男性も、人間のことがもう少し分かりたいと、心の奥底では思っているし、分かったら、もう少し妻と上手くやれるんじゃないかとも思っているのですよ。
とにもかくにも、血液型を軽くみるのは間違いだけど、男女の愛を軽くみてもいけません。 私たち人間の、本当の探求が何かと考えれば、それは結局「愛」なのです。 「愛」とは何かを理解し、愛を具現化したいが為に、さまざまな人生を送っているといってもいいかもしれないのだから。

もちろん、愛といっても、もっと広い意味の愛であり、男女の愛に限ったことではないのですが、愛の中でも男女の愛は、愛を知る入り口としてはとても分かりやすいのです。 そして、男女の深い愛情なら、夫婦のように長い年月をかけて学んでいくことになるのですが、その最初の…

フィンランドより

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10月初旬、フィンランドで血液型の話をしてきた。

ことの始めは、30年も前になる。
フィンランド人のカイヤさんというB型の女性が、日本に住んでいたときに能見正比古の血液型人間学を知り、大変興味を持った。
そして、わざわざ能見正比古に会いにきてくれたのである。
(私はその時、まだ事務所にはいなかったが)

カイヤさんは、その時、この研究をいつか必ずフィンランドの人々にも伝えようと決意したという。
けれど、フィンランドで血液型を紹介するチャンスがなかなか見つからない。
そもそも、自分の血液型を知っている人があまりいない。

その後も、日本に来るときには、事務所を何度か訪ねてくれて、しかし能見正比古もいなくなり、後を継いだ能見俊賢もいなくなり、とうとう三代目の私になるまで、ずっとお付き合い頂いていることになる。
その間、血液型への思いを忘れずにいてくれるとは、本当に嬉しいことである。

そんな経緯があり、今度は私がフィンランドへ行って、そして血液型の話をしてこれたらいいのにね
という、ふとした思いが実現したのだ。
もちろん、カイヤさんが実現できるように、さまざまな手配をしてくれた。

2時間ほどの、カイヤさんの通訳を介してのレクチャーだったが、皆さん、熱心に聞いて下さったのでほっとした。
北欧も含めてヨーロッパはA型とO型が8割ほどを占めてしまうが、フィンランドは中ではB型族が多い方で、この会場にもB型やAB型がそれなりに来てくれていた。
半数弱くらいの方たちは血液型を知らないのは残念だが、仕方ない。

「欧米諸国の場合、まず献血運動を呼びかけるのが先かもしれませんね」
とカイヤさんと冗談を言って笑った。

もちろんフィンランドでは、「え?そんなことがあるの?」という話である。
血液型が人間の行動に関係あるなどという話、初めて聞いた方たちがほとんどだった。

けれど、面白いと思うのも、興味深々なのも、どの国へ行っても同じである。
そして、フィンランドの人々もやはり、血液型の特徴をみなさん持っている。

とても穏やかで笑顔の優しい図書館のA型会長さん。
勉強熱心なO型男性。
活発で仕切りやさんのA型女性。
とにかく楽しそうなB型さん。
やっぱりクールなAB型さん。
保育の熱い思いを語ってくれたO型さん。

カイヤさんがフィンランドの人々に血液型をもっともっと紹介できるようになるために
私…